子供それはチリが外回りの仕事から戻ってきた時の事。残った書類を片付けようと事務所のドアを開けた瞬間だった。
「おねえちゃん!ポピーにもあかちゃんだっこさせてください!」
「良いですよ。腕を頭の下に…そう上手です。」
「おねえちゃんのあかちゃん、やわやわですぅ…。」
チリは動きをピタリと止める。ポピーは今何と言っただろう。
(あかちゃん?おねえちゃんのあかちゃんって言った?ポピーが言うおねえちゃんはアオイの事やねんな。せやけど、アオイが浮気するなんて考えられん。となるとあの赤ん坊は…)
「チリちゃん達の赤ん坊や!」
「えっ、チリさん?どうしたんですか大声出して。 」
「チリちゃん、しーです!あかちゃんおきちゃいますよ!」
チリは迷いなくアオイの側に歩み寄り、その体をぎゅっと抱き締めた。2人きりならさておき、子供とはいえポピーの目の前でだ。アオイは軽く押しのけようとしたものの、思った以上にチリの力が強く、離れることが出来ない。
「アオイ、水くさいやんか内緒にして!別にチリちゃん反対せぇへんで!2人で育てるんやから、せめて一言教えてくれな…!」
「え?!ち、違います!この子はですね…!」
「安心せぇ、チリちゃんは四天王やから!アオイと赤ん坊の世話出来るくらいの、金はある!」
「そんな心配はしてません!私だってチリさんを養えるお金くらい稼ぎます!」
「アオイ……好き。」
「私も…じゃなくて!この赤ちゃんは私の赤ちゃんじゃありません!…あっ!」
「ん?」
「あら?」
三人の視線はポピーの腕の中に向かう。先程まですやすやと眠っていたそれは、みるみる悲しげに薄い眉を潜めていく。慌てる三人を他所に、
「ほぎゃぁぁあ!」
赤ん坊は、案の定大きな声で泣き始めた。
「スタッフの赤ん坊?」
「はい。今産休申請に向かわれてる方のお子さんです。」
何とか赤ん坊は泣き止み、今はアオイの腕でようやく眠りについた。先程まで大泣きしていたとは思えない程、すやすやと気持ち良さそうだ。
「そうだったのですね。チリちゃんとおねえちゃんのあかちゃんかとおもいました。」
「ポピーちゃん、残念ですが私とチリさんから子供は出来ません。」
「どうしてですか?」
「「えっ?」」
「どうしてふたりからあかちゃんはできないのですか?」
純粋な子供の質問にアオイは頭が真っ白になり、どう説明しようか困惑する。
「えっと…ど、どうしてと言われましても…。」「どうしてですか、おねえちゃん?」
追い討ちをかけるようにポピーは尋ねた。助けを求めるようにチリに視線を寄越すと、彼女は少し考えた後、ポピーと目線を合わせるように膝を折る。
「ポピーちゃん、チリちゃん達から赤ん坊が出来へんのはな…。」
「できないのは?」
真剣な空気に、アオイは唾を飲み込んだ。
「チリちゃん達がカチカチやないからや!」
「カッチカチ~!?」
驚くポピーに反論をさせまいとチリはさらに続ける。
「せや。赤ん坊はなどっちかがカチカチにならんと出来へんねん。ほれ、チリちゃんもアオイも柔らかいやろ?」
「…おねえちゃんはやわらかいですが、チリちゃんはカチカ」
「せやせや!ポピーちゃんも大きゅうなったら分かる、なははは!」
ポピーの頭をくしゃくしゃに撫でて大声で笑い誤魔化すチリ。何やら物言いたげなポピーだったが、運良く赤ん坊の母親が事務所にやって来た。頭を下げる母親に赤ん坊を預けると、最後のお別れがしたいとポピーが母親にお願いする。その光景を一歩離れて見守るアオイの側にチリが寄り添った。
「あれで良かったんでしょうか…。」
「まぁ、いずれ分かることやさかい大丈夫やろ。」
そうですか。と溢すアオイの視線は、すやすやと眠る赤ん坊に向かれていた。
「アオイは赤ん坊欲しいんか?」
「どうでしょう。可愛いとは思いますが、無理して欲しいとは思いません。」
「ほんまか?もし欲しいなら養子を貰ってもえぇんやで?」
チリの問いかけに一瞬間を置いて、アオイは首を横に振った。
「…いえ、やっぱり大丈夫です。チリさんと2人で暮らす事以上に、欲しいものなんてありません。」
そう言ってチリの肩にこてんと頭を乗せるアオイ。少し寂しそうな声に何を思ったのか。
同性であるが故に決して得られない家族の形。それを大切な人にあげることが出来ない現状。でもお互い手放す事は決してしないし、手放してあげられない。
チリは何も言わず小さな肩を抱いた。