蛇(フルロク) 襟元を掴み壁に押し付けるようにして力を入れれば僅かに身体が持ち上がり、踵を上げなければ地に足がつかないようだった。だというのに襟元を掴まれている男は不敵な笑みを浮かべたまま襟を掴むフルフルの手の甲へと媚びるように触れる。巧みな指がすり、と宥めるように動くのが煩わしい。
「なあ、」
声色に楽しさを滲ませてニタリと笑む顔すら腹立たしく、けれどそうして苛立つことがすでに男の術中に嵌っているようでフルフルは舌打ちをしたい気分だった。
「なあって、怒るなよ」
笑いの滲んだ声は、けれどどこか甘やかな響きでフルフルへの耳へと届く。幼い子供に優しく投げかけるような、到底この男がするはずも無い言い方だがやけに言い慣れている風であるのも不快感に拍車をかけていた。
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