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    nmhm_genboku

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    nmhm_genboku

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    拳で殴ろうシリーズ番外編

    ##拳で殴ろうシリーズ

    拳で殴ればどんな事でも乗り切れる(番外編)番外編を書くまでのあらすじ


    映画見たら誰でも書きたくなるじゃん
    このお話は映画要素もちょっと入っているので、嫌な方はスルーおなしゃす。

    ざっくりとした説明
    本編の夢主と、タケミチが、原作軸にトリップして無双したりしなかったりする話。

    あと本編6話でドラケンくんがナイフで刺されるのを夏樹くんが阻止するってのを書きたいっていったから書いた。

    ってことで設定と以下内容。

    今回の主人公(ざっくり)

    九条夏樹(♂)
    (くじょうなつき)

    呼び方(夢主⇔相手)
    花垣武道:タケ⇔なつ
    橘日向:ひなちゃん⇔なつくん
    千堂敦:アツ⇔夏樹
    山岸一司:カズ⇔夏樹
    鈴木マコト:マコ⇔夏樹
    山本タクヤ:たっくん⇔なっつん

    まさかの原作軸に逆戻り。
    この作品では六桜というチームは存在していないし、無双もしていなかった。
    原作通りに進みながらも、ちょっぴり映画の内容も入っている世界軸。

    「どうも、すみませんでしたァァァァ!!!」

    その言葉を聞いた瞬間、全てを思い出した。こんばんは、諸君。俺の名前は九条夏樹。どこから説明すればいいのか分からないけれど、とりあえず転生した。
    キヨマサくんに、フルボッコされた瞬間全部思い出した。頭痛が痛いです()

    「地獄か……」
    「お前ら、俺が泣いたって誰にも言うなよぉ……!」
    「あっくん生きてる!?」
    「うぅ……」
    「地獄かwww」

    何笑ってんだよ!!なんて言われて現実に戻る。そういやあったなー、こういうシーン。漫画で見てたけど普通に3年出張った時点で反則では?って思ってた。

    「うーん、どうすっかなぁ……」
    「なつ、なつ……」
    「んあ?」
    「これどういう状況?」
    「俺ら底辺から出直せってやつじゃね?」

    嘘だろ……なんて頭抱えたタケを見て、一緒に闘ってきたタケだと確信。まぁ、俺とタケだけトリップしてきた感じかなー。

    「だるいけど、とりあえずどうする?俺普通にこれからまた天下取るの面倒なんだけど……」
    「……俺のタイムリープの始まりだとすれば、稀咲が居る。どうしようもねぇやつだけど、あいつも含めて、俺がみんな救わなきゃ……」
    「1人でやんのぉ?」
    「……手伝って、くれるか?」

    いいよぉ?なんて。うっすら笑ってそういえば、タケもにっと笑ってよろしくな、なんて。まぁ、カズたちは死にそうになってるけど。

    「とりま喧嘩賭博かなぁ」
    「あー……殴られたくねぇ〜」

    でもいきなり手ぇ出したら怪しまれるよなぁ、なんて言いながら後ろに倒れれば、タケから、別にいいんじゃねぇの?なんて。いずれ会うとなりゃキヨマサくん倒さねぇとだし、どうせなら喧嘩賭博ぶっ潰そうぜ、なんて笑って言ったタケにいいねぇ、なんてこちらも乗り気で笑って言った。

    ☆☆☆

    「あー、とりあえず、よろしくお願いしまァす」

    あれから数日後。喧嘩賭博の人間に選ばれた俺は、目の前の人間を見ながら欠伸をし、そう言葉を出して、ゆらり。まるで水の中を泳ぐ魚のように動き、呆気なく相手を倒したのでした。

    「九条ー!!」
    「なつきぃー!!!」

    “溝中に深海魚がいる”なんて変な噂を聞いたことがあるが、あれか。なんて数名の人間は思っただろう。ゆらゆらと動きながら、のらりくらりと相手の攻撃を躱す。なのに放つ攻撃は鋭い。

    「いい拾いもんじゃねぇか」

    伸された男の頭を軽く叩きながら生きてるかー?なんて聞く余裕すらある。あの時どうしてボコられていたのか。まぁ終わったことだ。自分にゃ関係の無いこと。そう思っていたが、そうは問屋が卸さない。

    「ねぇ、キヨマサくん」
    「あ?」
    「こんな雑魚相手に出されても困っからさぁ。俺と、タケの2対2でタイマン張ってよ」

    王様と、従者と、奴隷2人。
    盛り上がるっしょ。なんて。
    ゆったりと、笑うその顔には恐怖すらなく、ただただ強い相手と戦いたいだけだと目が語る。

    「てめぇ……それでお前らが負けたらどうするつもりだ」
    「負けるつもりは無いけどさぁ、もし負けたらあんたの奴隷として一生小間使いになってあげるよ。サンドバッグ、欲しいんでしょ?」

    長ったらしいシルバーの髪が風に揺れている。タケが金髪にする時にイロチでしたのだが、今思うとこの時の髪色が1番自分にあっていたと思う。まぁ。思うだけなんだが。

    「いいぜ。一生俺のサンドバッグにしてやんよ」
    「でぇ?あと一人は誰?」
    「あ?タイマン張るなんて誰が言ったよ。ここにいる全員と、てめぇら2人だよ!!やれ!!お前ら!!!」

    あっは、まぁじか!なんて笑いながら突っ込んでくる男どもを蹴り倒して行く九条と、だから後で言えって言っただろー!!なんてちょっと泣きそうな声で殴り倒していく武道。

    「えっ、えっ!?」
    「あいつらあんなに強かったっけ!?」
    「なつは気分の浮き沈み激しくてなんとも言えねぇけど……タケミチ!?」

    ゴパッ!と回し蹴りが炸裂する。今だから聞ける音ー。なんてふんふん鼻歌歌いながら地面を泳ぐ。青いカーディガンが飛び跳ねる度にヒラヒラと舞って美しいと誰かが言った。

    「な、なつー!!いけーー!!」
    「タケミチー!!負けんなぁ!!!」

    周りに囲まれながらも確実に一人一人意識を落として行く。お互いの背中が合わさって、袋小路にされたなぁ、なんて思いながら、未だ1発も貰っていないせいで余裕すらある。ただなぁ。

    「人数多いな」
    「それな?」

    面倒くせぇなぁ、なんて。手をプラプラさせてるタケを横目に、もうちょい頑張ろーぜ!と話す。ず、とお互い背中を軸に、気分転換で喧嘩の相手を交換する。

    「さぁて、“潜るか”」
    「ほどほどにしとけよ」

    俺助けられるかわかんねぇし、そう呟かれた言葉に、へぇい、なんて軽く返事をして、緩く息を吸って飛び出した瞬間、人垣の奥から、キヨマサー、なんて声が聞こえた。

    「なつ!止まれ!!!」
    「魚は急には止まれないっすー!!!」

    ゴッ!と相手の顔面を陥没させてから止まる。ほんと急には止まれないんだって!!知ってる!?マグロなんて寝ててもずっと泳いでるんだからな!?

    「へぇ?」
    「てめぇ!不意打ちは卑怯だろ!!」
    「っせぇ!!こちとら既に飛んでたんだよ!!」

    空中で止まれるか!!なんて言えば奥から威勢がいいなぁ、なんて落ち着いた声が聞こえた。トトッ、とタケの方へとバックステップして戻り、お互い見えない相手に警戒する。いや、誰だか分かるし、聞いたことある声なんだけど、なんか怖いっていうか、なんか怒ってらっしゃる?

    「多対2。喧嘩すんにしても卑怯じゃねぇの?」
    「あ、その……」
    「ねぇねぇ?ケンチン?」
    「あ?そのあだ名で呼ぶんじゃねぇよ、マイキー」
    「どら焼きなくなっちった」

    あー、聞いたことある声だー。死んだ。

    「あちゃー……」
    「逃げてぇー……」

    うわー、なんて人垣の中でお互いしゃがみこんで頭を抱える。どうにかして逃げれないもんか。だってもしかしたらおめぇ今から俺らとドンパチな!って言われたら泣く。

    「……生贄って必要だと思うんだよ、タケくん」
    「させねぇからな」

    ガッ!と首根っこ掴まれて逃げられないようにされた。アッ、しんどい……

    「お疲れ様です!総長!!!」
    「お疲れ様です!」

    バッ!とこちらへと道を作る不良共。もうちょっと肉壁になってくれてもいいと思うんだけど。ねぇ、ちょっと!!ザッザッザッ!!!ってめっちゃ道作ってて笑うんだけどwwww

    「ひぇwwww」
    「やっぱマイキーくんすごいなぁ」

    かっこいい。そう言ってちょっと困ったように笑うタケを見て、とりあえずどうしようか、とアイコンタクト。

    俺は出来れば逃げたいです
    残念ながら標的はもう来てます

    なんということでしょう。後ずさりしてきたキヨマサくんが、俺らがいた空間にやってきた。うっわ、ダッサ。

    「ィよっ!キヨマサくん!!ダサい姿見せちゃって!」
    「やめろバカ!!!」
    「あだっ!」

    緊張感もて!!なんて怒られながら頭を叩かれた。酷くない?俺こう見えて真面目なのに!!!

    「キヨマサー、挨拶」
    「お、お疲れ様です」
    「あ」
    「うわっ」

    ペコッ、って頭下げたけどそりゃダメじゃん。相手トップだって。おめーさん東卍名乗ってんのに忘れたの!?

    「いつからそんな偉くなったんだー?総長に挨拶する時はその角度な」
    「は、はい……」

    容赦ない……マジで容赦ない。普通蹴らないって。殴って沈めて次から気をつけろって言うとかあるじゃん!!え?俺が容赦ないって?ははっ、何言ってんのかわかんねぇー。

    「ねぇ、名前は?」
    「……花垣、武道です」
    「ふーん、お前は?」
    「あっ、俺も!?えっ、嘘じゃん」
    「あ?てめぇマイキーに名前聞かれてんだよさっさと答えろッ!」
    「暴!力!!反対っすよ!?夏樹です!!九条夏樹!!」

    ブンッ!と人間が出していい音じゃない音が腕から聞こえた!!ほんとなんなの!?野蛮人じゃん!!なんて思いながらそれをするすると避けて名乗る。
    あ?とちょっと面食らった声が聞こえたけど気の所為!!気の所為だから!!

    「ふーん、タケミっちと、なっちね」
    「へ!?」
    「タッチみたいなイントネーションですね!?」
    「お前ら今日から俺のダチ!な♡」
    「ひぇ……ッ」

    全力でお断りします!!!という言葉を言わないように、喉奥で留めれば、うっぐぅ、とくぐもった声が出る。頭を抱えながら、タケに全て任せます、と責任逃れすれば自分のことは自分で決めろや、なんて言いながら蹴りが飛んできたので、下へと身体を落として、飛び退く。

    「なつ!!」
    「無事!!」

    カーディガン汚れたけど!!なんて泣きそうになりながら言えばそれはどうでもいいって言われた。つら……俺のお気に入りなのに……

    「うっ……おろしたてなのに……」
    「今はそれどころじゃねぇから」
    「なっちは魚みたいだねぇ」
    「は?っ!?」

    ヒュンッ、って!!ヒュンッて!!!一般人の足から出していい音じゃねぇから!!!避けなかったら顔面当たってた!!はぁん!?ちょ、いまさっきダチって言ったのに!?えっ!?なんで!?

    「へぇ?」
    「ねぇ!?なんで!?なんでタケじゃなくて俺なの!!!?」
    「お前が悪い」
    「酷いっ!」

    わっ!と泣き真似するように手を覆えば、タケからそういう所なんだよなぁ、なんて言われた。どういうことだってばよ。

    「とりあえずゴメンなさいして1発殴られとけ」
    「えっ、絶対ェ痛いじゃん。やだ」
    「俺お前がタイマン張れって、言って巻き込まれて3発貰ってんだけど」
    「ウケるww回避能力よっえww」
    「あとでシバく」

    すまんて。そう言いう俺と、タケを見て、佐野くんはふぅん?と声を上げた。やっべ、忘れてた。

    「なっちとタケミっちはなんでこいつの所にいんの?普通だったら負けてねぇっしょ?」
    「寝てました」
    「こいつ背負ってました」
    「んだよ、奇襲かよ。汚ぇ真似してんな」

    マジで寝てたし気づいたら土下寝してたからなぁ……。ぼんやりとあの日を思い出しながら、まぁ、奇襲しないと勝てなかったんじゃねぇっすかね、と言えばキヨマサくんの逆鱗に触れたらしくてめぇ!なんて声を荒らげて殴りかかられようとした。まぁ、原作通りワンパンっていうか一蹴り?で伸しちゃったけど。佐野くんが。

    「うっせぇよ、卑怯モンが」
    「わぁ……」
    「フルボッコ……」

    ひゃー。なんてお互い言いながらその様子を見る。こちらを怪訝そうな顔で見下ろす龍宮寺くんはまぁ、無視だ無視。おらぁ、なにも気づいてませぇん。

    「喧嘩賭博とかくだらねー」
    「東卍の名前落とすようなマネすんなよ」

    はぁ、と後ろからため息が聞こえてタケはビクついてるのを見て、笑いが出る。ホントやめろよ〜。

    「タケミっち、なっち〜。またね♡」
    「は、はい……」
    「またねぇ……」

    ひら、と手を降って引く着く口角を無理やり抑えてため息を飲み込む。チラ、とこちらをみる龍宮寺くんの視線から逃れるようにそっ、と顔を逸らした。

    ☆☆☆

    「んふふふ」
    「やけにご機嫌だな、マイキー」
    「だってケンチンも見たっしょ!あの二人!ゲームで言うなら、タケミっちはタンクだし、なっちはシーフかな〜。俺らの攻撃躱したのはびっくりだけどさ」
    「あぁ、なるほど。なに?チームに入れんの?」
    「んー、まだわかんねぇ。でも、他に取られるぐらいなら、俺やケンチンの付き人でもいいって思うよ!」
    「ダチを付き人にはしねぇだろ」
    「ダチ、兼付き人でもいーじゃん!」

    絶対ェ楽しい!そう言ってニッコリと笑うマイキーを見ながら、ドラケンは確かになぁ、と口にした。
    ただなぁ……

    「なっちに東卍の特服は似合わねぇだろうな」
    「あの戦闘スタイルにはなー。三ツ谷が絶対怒る」
    「むしろ私服でいろって言いそうだもんな」

    まるで、魚だ。深海を泳ぐ、名前も分からない、青い魚。

    「綺麗だったなぁ……」

    躱した際に靡くカーディガン。髪の毛から覗く、黒い瞳。それら全てが、どうしようもない俺らの心を、包んでくれそうな気がした。

    ☆☆☆

    九条夏樹、という人間は、少しだけ有名だった。S63の世代数名を病院送りにした、と。その時パーちんこと、林田の友人を助けたのが、彼だったから。

    「おっ♡いたいた」
    「えっ」
    「あー……」
    「遊ぼー。なっち、タケミっち〜」

    あちゃー。そういえばあったわ、こんなシーン。前世(といったらなんだけど)はこうやって遊びに来る以前の関係だったからなんも言えないけど。あったわー、こんなシーン。

    「タケはとりあえずひなちゃんに理由言っておいでさ……叩かれるよ、佐野くんが……」
    「うん……行ってくる……」

    なんつーか。こう……面倒になる前に回避しないと……うん……。

    「手遅れだったけど……」
    「ひなー!!!」

    あー、なんて2人で顔を覆う。もー。ひなちゃーん……。旦那の言葉だけでも聞いて欲しかったー……。

    「いこ、なつくん、タケミチくん。こんな人たちの言いなりなんてなっちゃダメ。ひなが守ってあげる」
    「うっ、姉御……」
    「ひな、違うんだよ!!誤解だよ!!」
    「おい待てコラ。いきなりぶん殴っておいてハイ、サヨナラ?ふざけなよオイ」
    「あ、あの、ドラケンくん!すみません!!ひなが勘違いしてて……!」
    「あ?勘違いで済ませられっかよ」
    「あー……一触即発ぅ……」

    ダリィ、なんて小さく呟きながら、するりとひなちゃんを回収。そんな力を込めてなかった龍宮寺くんの手からあっさりとひなちゃんを取る事に成功し、ついでに後ろに隠す。

    「ひなちゃんさぁ、もうちょっと考えてから行動して……」
    「えっ?え!?」
    「あーあ、せっかくダチになれるかと思ったのにザンネン♡さて。どうやって死にてぇ?」
    「なつ!ひな連れて“泳げるか”!?」
    「水深210m。それ以上はちっと難しいわ」
    「あ?逃がすわけねぇだろ。二度と人前に立てねぇツラにしてやるよ」

    グッと拳を握って殴りかかって来た佐野くんと同時にひなちゃんを横抱きに抱えて瞬時に走る。そんな俺の行動にすぐさま反応した龍宮寺くん!さすが!でもごめんね!俺の方が早「なーんてね!」

    「へ?」
    「ヴァッ!?」
    「きゃっ!?」

    ズザッ、と思わずその声に振り向けば呆れた顔の龍宮寺くんと、女に手ぇ出すわけねぇじゃんなんて言って笑う佐野くんがいた。び、ビビらせんじゃねぇよ!?

    「(潜る前で良かった〜!!!)ひなちゃんごめんね……旦那より先に横抱きしちゃって……」
    「だっ、だん!?そういうのはいいから!!!」
    「でもまぁ、溝中の深海魚ってやっぱなっちのことだったかぁ」
    「はい??」
    「(あ、こっちでは深海魚なんだ)すげぇだっせぇ名前」
    「深海魚?」

    あ、ひなちゃんは気にしなくていいよ。そう言って息を吐く。前世()は弾丸で今世()は魚か。ちょっと納得いかないっていうか、よくもまぁそんなあだ名広まるなァって思う。てかどこで広がんの。その異名。

    「も、もしかして私勘違い、しちゃった?」
    「そりゃぁもう盛大に」
    「ど、どうしよう!?」

    まぁなんとかなるよォ。なんて。ホントは何ともならない。佐野くんだから許されることだけどコレが他のチームだったら絶対半殺しでヤリ回されてるわ。

    「俺ひなちゃんの無鉄砲なところ好きだけど、気ぃ付けないとホントに危ねぇからね?そこんとこマジで気ぃ付けてね?」
    「う、うん…」
    「なっちー。話し終わった?」
    「うっす。すんません」

    敬語慣れねぇな、って思いながらひなちゃん連れて校舎の中に戻る。いやぁ無視しようとかそんなこと考えてるわけじゃないのに、思わず無視しちゃうって言うか…
    【六桜】の時はちょっと話してタケに投げてたから、人の話を聞くのが得意じゃないんだよねぇ…

    「で、かーのじょ。タケミっちとなっち、借りてって良い?」
    「あ、はい!さっきはすみませんでした!!!」
    「いーよ、いーよ。でも気を付けてね?女とか容赦ねぇやつごまんといるから」
    「はい!」

    ひなってこんなに強かったっけ。なんてドギマギしながら俺に尋ねてくるタケに、まぁ、無鉄砲さは変わんねぇな、って言えば頭抱えてだよなァって言ったので、それなりに記憶は健在なんだろうな。って思った。

    ☆☆☆

    「タケミっちもなっちもさぁ、チーム作ろうとか思わなかったの?」
    「あー…個人的にそういうの興味なかったんで」
    「なつも俺も喧嘩はしますけど、ひなに怒られるので…」

    ひなちゃん怒るとめっちゃ怖いもんなァ。なんてチャリこぎながら言う。因みに俺が龍宮寺くんでタケが佐野くんを運んでいる。ううん、青春…

    「じゃぁ、なっちもう怒られちゃった?」
    「え?」
    「この間、なっち愛美愛主と揉めたでしょ」
    「もめ…?"うるさいコバエ"は駆除しましたけど、もめ…?まず愛美愛主ってなんだっけ?」
    「なつー。もうお前口開くなー」
    「ダッハッハ!!マジかよお前www」

    やっぱイカれてんな~。なんて。俺の後ろで盛大に笑う龍宮寺くんの声を聴きながら首を傾げた。俺なんかしたっけなァ…。

    ☆☆☆

    「パー!連れてきたぞ」
    「あれ?あの時ハエに集られてた人だ!」
    「なつ。ちょっとこっち」

    、と嫌な予感から声を出せばタケから引きずられた。俺なんか悪いこと言ったっけ!?

    「あのな、お前が人をハエ呼ばわりするのを、俺は知ってるケド、それは俺とお前の共通の認識であって、マイキーくん達には伝わんねぇのよ…」
    「え?あ、そういう?特に問題なく通じてると思ってたんだけどなぁ…なんて言えばいい…?蜂?」
    「せめて人間として認識してやって!?」

    うーん。頑張ってみるねぇ。とちょっと困ったように言えば、難しくねぇと思うんだけど。なんて困ったように言い返された。俺気に入らねぇ奴の顔とか興味ねぇんだもん…。

    「なっち?」
    「おい、お前らどうした?」
    「あ、いえ!何でもないです!!」
    「あー。なんでもないです」

    人としての認識ねぇ…。

    「難しいことをおっしゃる」

    ボソリと呟いたその言葉は、だれにも聞こえることなく昼の街道へと去っていった。

    ☆☆☆

    「この間はありがとうございました」
    「はあ。特にお礼を言われるようなことはしていないと思うんですが…」
    「いえ!あの時助けてくれなければ、俺も彼女も死んでた可能性だって…」
    「はあ…」

    この場合、なんと返答すればいいのだろうか。俺はさっきも言った通り、ハエを追い払っただけで、助けた記憶は微塵もないのだ。前世では当たり前に思われていることでも今世は違うのか…。面倒だなァ…。

    「あー…えーと、その、お礼、ありがとうございます。それで、その…もう夜に外でないでくださいね。あの時はたまたま散歩?していただけで、次も俺が散歩するとは限らないですし…」
    「それはもちろんっす!」
    「あと俺年下です」
    「…うっそ!?」

    マジで!?なんて聞いてくるこの人ホントにあの時コバエ…違う。えー、愛美愛主に集られてた人!?ふつうになんでこんな純粋そうな人が夜に女とデートしてんだよ。時間考えろばーか!!

    「あ、それでコレ、あの時のお礼っす!」
    「はあ。なんか…すみません」

    めっちゃ受け取りにくいメンズブランドのショッパー渡された。見た感じなんだ?腕輪?怖いんだけど…。そっと中身確認して、そっとその人の手のひらに戻した。

    「…受け取れないっす。そういうのもらうために助けたわけじゃねぇですし。本音言うとうっせぇコバエが目障りだったんで日頃の鬱憤晴らすためにたまたまそこでたむろしていた奴らを標的にしただけなんで…すんません」

    ペコっと頭を下げてそういった夏樹を見ながら、そういえばこういう一面もあって、色んな人から好かれてたなァと呑気に思い出して、ふと、マイキーくん達の方へ目線を送ったことを後悔した。めっちゃパーちんの友達睨んでる!!やめたげて!!ホントに!一般人で彼女持ちなんですから!!という叫び声は出せなかった。だって怖いし。

    「なっちはそういうの好きじゃないんだ!ごめんね、伝えそびれてて」
    「タンスの肥やしにさせるわけにもいかねぇしよォ。勘弁してやってくれ」
    「(うっわ、コッワ)」

    なつって結構人たらしだよなぁ。なんて。お前が言えた義理でもねぇぞって言われそうだが、“そういう対象”で見られるのはだいたい夏樹なので、タケミチからしてみればなつは人たらし(ただし貞操の危機に直面するタイプ)である。

    「そうだ、今度集会あるからなっちもタケミっちもおいでよ!」
    「いや、流石に集会参加は勘弁してほしいっすね…」
    「同じく」

    木の上で見ててもいいって言うなら行きます。そう言った俺の言葉に、佐野くんがなんで木の上?と首を傾げたけれど、作戦会議とかはやっぱり木の上とか一番だと思ってるから…。

    ☆☆☆

    「なぁっち」
    「はい?」
    「ちょっと教えて?なっちは俺らの顔、認識できてる?」
    「はぁ。出来てますよ?」
    「んじゃァ長内くんって知ってる?」
    「…?」

    誰だろうか。知ってる顔なら浮かぶんだけどなァ…なんて思って入れば滅茶苦茶笑われた。なんで??

    「なっち」
    「はい?」
    「愛美愛主って知ってる?」
    「………有名な人います?」
    「なつ!!ほんっとすみません!!こいつ人の顔覚えるの苦手なんです!」
    「だろうなァ」

    くくっ、と笑いながらそう言った龍宮寺くんの横で、わかる。おれも馬鹿だから人の顔覚えるの苦手なんだって言ってくれる林田君の優しさよ。流石。

    「人の名前と顔が、一致しないんすよ。佐野くんとか、龍宮寺くんとか、結構有名な人なら覚えられるんですけど、長内君…どんな人…人?人だったっけなァ…」
    「えーっと…大工仕事に会いそうなおっさん」
    「あぁ、卑怯な負け犬…」
    「だから!人として!扱えって言ってんだろ!!!」

    お前ホントそういう所どうにかしろよ!って怒られたけどホラ、人としての道を外れたやつをどうやって認識しろっというのか。ゴミで充分じゃん?

    「お前今失礼なこと考えただろ」
    「キノセイダヨ!」

    ☆☆☆

    三ツ谷は目の前の光景が異常だと気づいている。けれどそれは、自分が慕うマイキーもドラケンも同じだった。自分たちが“知っている”九条夏樹と花垣武道は、こんな冷えたような、人を見下したような顔をするはずがなかった。九条はまぁ、人の名前も顔も覚えるのが苦手なせいで過度な期待は出来ないけれど、それでもここまで冷め切った顔をする人間ではないと、思っていた。

    そう。思っていたんだ。

    「タケミっち、なっち。顔」
    「あ?」
    「は?」
    「あぁん?」
    「うっわごめんマイキー君!!」
    「…スゥ―――…すみません」

    二人してメンチ切ってきた。武道は怖くないけれど、九条のメンチ切りはちょっと冷ややかさが強すぎて一瞬三ツ谷は殴りに行こうとしてしまった。あぶねぇ。まぁ三ツ谷だけじゃなくて龍宮寺や林田も思わず飛び出そうとしたのだけれど、その空気を一瞬で四散させて、額に親指を当て、眉間のシワを伸ばしながら息を吐いたので、なんとも言えなくなった。因みにその冷ややかな空気を四散させたのは武道であるが誰も気づかなかった。

    そんな思わず。思わずマジもんの怒りを出してしまった二人だが、これにはまぁ訳がある。パーちんくんのオトモダチを助けたのは良いけれど、その彼女がこの間襲われたらしい。まじでろくな人間じゃねぇなァ。

    「やっぱ社会のごみじゃねぇかよ」
    「なつ。ゴミは環境的にもしっかりリサイクルできるものがあるんだからそう言ったらゴミが可哀想だよ」
    「あぁ、確かになァ」

    そう言ってゆるりと目を細める九条と花垣に、近くにいた人間が恐怖で悲鳴を上げた。

    「なっち、タケミっち」
    「「はい?」」
    「どうしたい?今回なっちが手ェ出しちゃったようなもんだけどさ」
    「あぁ、そうか…そう言えば長内ってアイツか」
    「ッ、あー…」

    認識しちゃったかぁ、とちょっと後悔が残る声色を出したが、まぁこれは仕方ないことだろう。この件は認識しないと始まらないのだから。

    「女に手ェ上げたんですよね?」
    「うん。俺もケンチンも見にいったけど、顔には傷が残るかもって」
    「生かす価値は?個人的には無いと思うんですけど、まぁ殺しちゃったら元も子もないんで、暴走族から足洗ってもらおうかと思うんですけど、そうなると佐野くんが戦いたいんじゃないかなぁって」
    「俺は特にそういうの気にしないからなァ…好きにやっていいよ?」
    「オーケー。タケ」
    「まぁ、とりあえず夏樹。ここで抗争しているところは見ないでくださいとか、一人で大丈夫ですとか言っとかないと、マイキー君のことだから来るよ?お前が呼び出そうとしているところに」
    「とりあえず長内連れて来ますね!」

    任せてください!一生分を後悔させてから連れて来ますから!なんて元気に言った九条と頭を抱えて取り敢えず長内連れて来ます、といって九条と一緒に武道も夜の街に消えたのを見送ったのが昨日で、長内連れてきたのが翌日だった。しかもボコられてボロボロな長内の背中に乗ったままマイキー達を待っていた様だった。

    「佐野くんお疲れ様です」
    「マイキー君お疲れ様です!」
    「マジかよ…」

    よいしょ、と言って立ち上がり、呻く長内の腹を蹴ってマイキーたちの方へと転がす。

    「取り敢えず肋骨3本と左腕の骨は折っちゃったんだよねぇ。あとは右足小指とか、鼻の骨とか?それ以外はわかんない。でも死なせてないし、手加減はしたよ」
    「すみません、マイキー君…その…止められなくて…」

    にこーっと笑って獲物を見せびらかす犬だな、なんて。不躾にもマイキーたちは思った。悪さをしたのを自覚している武道と、それがなんで悪なのかわかっていない九条だ。犬で例えるとこうも面白い。
    現実逃避はやめようか…。

    「なっちとりあえずケンチンと三ツ谷から説教受けて」
    「なんで!?」

    生きてるよ!?なんてちょっと納得いきません!みたいに見られたけれど、ここまで嬲れとは誰も言っていないので。二人にドナドナされる九条を見送って武道はもう一度止められなくて申し訳ないと声を上げた。

    「タケミっちのせいじゃないでしょ?」
    「いや、その…“潜らせた”のは俺なんで…」

    そう言った武道の言葉に、マイキーは首を傾げる。ついこの間から、九条と武道の間で交わされる暗号のような言葉。それが分からなくて、どういう事?と尋ねた。

    「あ、そうか。この世界のマイキー君は知らないのか…」
    「タケミっち?」
    「あ、いえ。えっと、潜るとか、泳ぐ、とかは俺となつとの間で決めた言葉なんですけど、なつの場合、思考を潜る事で喧嘩に必要な情報の整理をしている感じです。あの時マイキー君やドラケン君の攻撃をよけられたのも、マイキー君たちの動作を視て、情報の最適をしたからなので…。」
    「つまりスーパーつよつよモードってことね!」
    「あ、はい」

    まぁこの際ネーミングなんてどうでもいいのである。

    「それで、泳ぐ、って言うのは言葉通りです。まぁ、俺たちがそう言うようになったのはつい最近なんですけれど…」

    なつが深海魚なんて面白い二つ名で呼ばれだしたから、面白がってそう言い始めただけなのだ。

    「なっちの暴走はタケミっち以外で止めるのは難しいって思ってもいいの?それとも誰でも止められそう?」
    「言葉だけで止められるって言うなら、俺しかいません」
    「そっかー。わかった。取り敢えず、今日は解散ね!なっちの説教も終わったみたいだし!お疲れ!」
    「うっす、お疲れ様っス!なつ、帰るぞ」
    「あい…」

    めっちゃ落ち込んでんじゃん。そう言って肩を慰めるように叩けば、しょんぼりしながら頑張ったのになぁ、なんて呟いている。そんな姿を見て、武道は、頑張りどころが違うんだよなァ。という言葉は出さないでおいた。

    ☆☆☆

    「ごふっ…」
    「ケンチーン長内くん意識戻ったぁ」
    「おー、長内?」
    「…お前らが、あの深海魚を手に入れたチームか…」
    「なっち結構有名だよね。なんで?」
    「俺が知るかよ」

    だよねぇ、なんて呑気に言う二人を見ながら、長内は地面に仰向けになる。夕暮れが、いっそう美しいと思えた。

    「お前ら、深海魚をチームに入れるつもりかぁ?」
    「んー、まだわかんねぇ。なんで?」
    「弱いやつの下には、つけんなよ。アイツは“泳ぐことで”強さを発揮すんだ」
    「…なんで長内くんがなっちのこと知ってンの?」
    「俺が欲しいと言わしめたやつだからだよ。ま、俺はあいつの餌だったわけだがな、ってぇ~…」

    折られたであろう肋骨に手をやって、長内はでも気をつけろよ、と声を出した。

    「俺ァアイツに負けた。けどな。愛美愛主のメンバーは比較的若い奴らだ。深海魚の存在を知んねぇ奴が多い。俺が負けだといっても納得もしねぇだろう。お前らがいった八月三日。俺らとの抗争が起きるからな。あれを深く泳がせねぇようにてめぇらで手綱握っとけ」

    あいつは泳げるような場所にいるだけで、危険だ。そう言ってゆっくりと立ち上がりふらつきながらも立ち去る長内に、マイキー達は何も言えなかった。

    ☆☆☆

    「おっせぇなぁ」
    「集合場所ってここですか?マジ?」
    「あ?んだよなっちが一番乗りか」

    タケミっちは?なんて聞かれたので佐野くんの所にそうそうに行ったはずですけど、と伝え、2人で、あ?と声を揃えた。

    「こりゃぁ、嵌められましたね……」
    「んだよ、クソが……!」

    後ろ乗れ、マイキーのところに行く、とドラケンが言ったのでとりあえず場所聞きますわ、と言ってタケの携帯に電話をかけた。

    「もしもし?なつ?お前今どこにいんだよ」
    「嵌められてんだよバカ。俺いま龍宮寺くんと一緒に祭りんとこ、っだ!?」

    ガンッ!という音と、ガシャンッ!という携帯が落ちる音が武道の携帯から届いて、切れた。マイキーがその音を聞いて、そういう事かよ!と走る。武道が音を聞いたあと、小さくやっべ、と呟いた言葉は誰にも聞かれず喧騒の中へと消えた。

    ☆☆☆

    「っしゃおっらぁ!!!」
    「おらぁ!!!」

    ドガッ!バキッ!と殴り合う音と、人間をぶん投げる音が廃墟に届く。映画版かよざっけんなー!!!なんて、思いながらも九条は最初のバットの攻撃以外全て躱していた。ビュンビュン振り回されるバットを取り上げ、人を踏み台に、相手のバットに当てて腕を痺れさせる。

    「ットラーイク!!」
    「っしゃオラァ!!!」

    パァンッ!と、龍宮寺くんとハイタッチして、お互い背中を合わせる。かーこまれてんなぁ!

    「龍宮寺くんマァジで恨まれすぎワロタ」
    「あ?んなの知んねぇよ」

    倒せば勝ちだろ、なんて不敵に笑うその顔にせやな、と納得。こりゃマジで本気になんねぇと死ぬな、と思考が呟く。

    「龍宮寺くんや龍宮寺くんや」
    「あ?つーか長ぇだろ。ドラケンでいいぜ」
    「今言うことか?まぁいいや。ドラケンくん。タケがここに来るかどうかわかんねぇからさぁ。今言っとく。俺ァ今から泳ぐからさ。もし、敵も味方もわかんねぇってなったらさ、叫んで」

    浮上してこいって。その言葉に、分かった。と答えたのを聞いて、わりぃね、と呟く。額の血を白のカーディガンで拭い、息を深く吸い、吐き出す。ゆらり。空気が重たく変わった。

    「九条夏樹。参る」

    ☆☆☆

    泳ぐ。地面を、まるで魚のように。揺らめく白のカーディガンが、まるで魚のヒレのように、蠢く。
    深層深く潜るように、低い体制から繰り広げられる拳と、蹴り。相手の攻撃を躱して、いなして、嬲る。

    その姿を見ながら、ひゅう、と口笛を吹き、ドラケンもそれに呼応するように蹂躙する。ドラケンが取り零した分を九条が倒し、九条が躱した分を、ドラケンがまとめて倒す。
    まるで阿吽の呼吸だった。
    たった2人でその場にいる敵を倒して伸していく。わずか2人の人間が、その場を支配する。

    「こっの、クソがァ!!!」
    「キヨマサくんじゃぁん!」

    みぃつけたぁ!!なんて狂気に濡れた顔で人を盾にする男を魚が追う。
    潜りすぎている。武道がこの場にいれば、そう言って慌てて止めるであろうその姿に、逃げまどう男は歯を食いしばった。

    「聞いてねぇぞ!クソッ!!」
    「おっら、逃げんなクソガキ!!」

    ゴッ!と男の頭を蹴りつけ、飛ばす。
    遠くから、マイキーのバブが近づいてくるのを耳にしたドラケンが、九条の名前を呼んだ。

    「なっち!浮上してこい!!!」
    「ッ!?」

    ビグンッ、と打ち上げられた魚のように身体を震わせ、トトンッ、と後ろへと飛んで、ドラケンの前で止まる。

    「っ、はぁッ……」
    「やっぱすげぇわ、お前」

    あざっす、小さな声でそう言って息を整える九条の視界の奥。こちらへと歩いてくる一人の男は、現状の惨劇を見て、目を丸くさせた。

    「えっ、俺必要なくね!?」
    「よぉ、マイキー。祭りにゃちっと遅れたなぁ」
    「ケンチンもなっちもほぼ無傷じゃん。なんで?」
    「俺ら舐めんなよ。なぁ、なっち」
    「あいっす」

    ガッと肩に腕を回されて、瀕死の声で返事をする九条に、ドラケンは肩をトントンと叩いてもうひと踏ん張りだ、と言葉をかけた。その言葉に、あたまいてぇ。なんて小さくそう呟きながら、少数の人数を今度は東卍が囲う様子に、確かにもうひと踏ん張りだなぁ、と声を上げた。

    深く潜って、一気に浮上したせいで、思考が鈍い。タケが慌てて、なつ!と声を上げたのを聞いて、手をひらっと振る。

    「後ひと踏ん張りっしょ?ここで抜けたら損じゃん」
    「分かってんね、なっち!おらお前ら!!行くぞァ!!!」

    ッシャァ!!!マイキーの怒声で場を侵食する。まだまだ元気な東卍と、疲弊仕切った愛美愛主なんて、どっちが勝つか分かりきってる。そうした油断が、キヨマサの最悪の一手を防ぎきれなかった要因の一つだった。

    ギラりと揺らぐナイフ。
    それはドラケンに向かって突きつけられるはずの一手。それを、水の中で揺蕩う魚が、庇った。

    「なっ、ち……」
    「はっ、ははっ……やっぱ警戒して損はねぇなぁ!」

    ゴッ!!とキヨマサを渾身の力で殴りつけ、気絶させる。お腹に深く刺さったドスが、殴った拍子に内蔵を抉りながら抜け、九条諸共床に落ちた。

    「なっち!!!」
    「てめぇキヨマサァ!!!」
    「なつ!なつ!!!」

    僅か数名の徒党の取れない疲弊しきった敵など相手ではなかった。あっという間に全員を倒して倒れた九条の元へと全員が駆けつける。

    「……ゴホッ……」
    「なつ!!意識そのままだ寝るな!!」
    「死にそう……」
    「死にかけてんだよ!!救急車!誰か呼べ!!」

    水の中みたいだなぁ、なんて呑気に耳から入る情報を聞く。
    寝てはダメらしい。なんでさ。眠いんだぞ。寒いし、疲れたし。

    「寝させて……」
    「起きろ!!寝んな!!」
    「佐野くん酷い……」

    ゴホッ、とまた口から何か吐き出す。なんだっけ。これ。あぁ、そっか

    「刺されたんだっけ……。ドラケンくん無事っすか?」
    「無事だよ!!だから起きてろ!!」

    厳しいなぁ、なんて、ゴフ、と咳き込みながら、うっすらと笑う。少しでも近くまで運ぶぞ!なんて慌てた声に、笑ってしまう。死ぬときゃ死ぬんだ。ここが運命の分かれ道ってやつだろ。
    みんな疲れてんのにごめんなぁ、なんて言えば疲れてねぇよ!!って怒られた。
    なんか怒られてばっかだ。
    寝るなって言ったり、起きろって言われたり。みんなワガママだなぁ。

    「ごめ、ん……起きるの、無、理そう……」

    遠くで救急車の音が聞こえる。口の中が鉄の味で気持ち悪い。そう思いながら、ごめんねぇ、と言葉を吐いて、俺は意識を手放した。

    子どものような泣き声が、鼓膜を揺らして、もう一度ごめんなぁ、と呟いた。



    「生きてらァ……」
    「な……なつ?」
    「んあ?タケじゃん。見てみて。生きてる」
    「お、お前ぇぇぇえッ!!!」

    ブワッとでかい目に大粒の涙を乗せて抱きついてきたタケに、びっくりする。えっ、俺てば一体何日寝てたの!?

    「おま……お前がッ、あの後寝ちまったから、2回も心臓止まっで!!!」
    「よく生きてたね、俺。ウケるwww」
    「ウケねぇよ!!!」
    「さっせん」

    個人的によく寝たなぁぐらいの感覚なのにそんなに寝てたの?えっ、5日?やっべぇ、夏休みでよかった〜。

    「ナースコール押したから……もうすぐ医者来るけど、お前あと少し刺し所が悪かったら心臓だったんだからな!!」
    「そりゃぁ、龍宮寺くんと俺の身長差だもんよ。そこら辺は何となくわかる」
    「分かるじゃねぇよ!バカ!!」

    ほんとにお前は〜〜〜!!なんて泣きながら説教してくるタケを他所に、バタバタとやってくる看護婦さんとか医者とか。いやぁ、お騒がせしたっす。

    ☆☆☆

    「うん、異常ないね。あと2、3日は安静だけど、その後は退院してもいい。ただし!無茶はしないこと。いいね?」
    「はぁい」

    ありがとうございますー。なんて呑気に手を振って、そう言えば、とあの後どうなったん?って聞いたら稀咲率いる愛美愛主が傘下に下ったらしい。
    そこら辺は原作通りなんか。

    「へぇ……あれ?そう言えばお前帰んなくていいの?12年後に」
    「帰れねぇから未来変えるためにいんだよ」
    「なるほど」

    大変だねぇ、なんて呟いてれば、バタバタと慌ただしい音が聞こえてガンッ!と荒々しく病室の扉が開く。

    「やぁ、佐野くん。ご機嫌いかがっすか?」
    「なっち……生きてる……?」
    「勝手に殺されちゃァ困りますね?って言ってもさっき起きたばっかりでッ!?」

    生きてる……!こっちの話も聞かずにそう小さく呟きながら抱きついてきた佐野くんに、支えきれずにベッドに一緒に倒れ込む。おぉ……びっくりした……

    「生きてます、生きてます。びっくりさせてすみません」
    「良かった……ほんと……にッ…!」

    ぎゅうっ、とキツく抱きしめて来た佐野くんに、お騒がせしましたねぇ、なんて呑気に言う。病室の扉のところでずっとこちらを見つめる龍宮寺くんにもすみませんねぇ、なんて言葉を投げた。

    「はぁ……お前……」
    「ウッ、ちょ、佐野くん、苦しいッ…く、くるし……」

    タップタップ!!

    ☆☆☆

    「死ぬかと思った……」
    「なっちは死なねぇっしょ」
    「そうっすね。あれで死ななかったんで、まぁ、生き汚い方ですねぇ」




    シャリシャリとりんごの皮を無言で剥く龍宮寺くんの圧に耐えきれなくてそっと目線をタケにむけた。

    なんで龍宮寺くん怒ってんの!?
    おめぇが死にそうになったからだよ!!
    俺の責任!?違うでしょ!?

    なんてアイコンタクト取っていれば、ドンッ!!と大きな音を立ててテーブルを叩かれた。なんっすか!?びっくりしたじゃないですか!!

    「おい」
    「ひゃい!」
    「……タケミっちとアイコンタクト取る前に俺に言うことあんだろ」
    「えっ!?えー……死にそうになってすみません、でした?」
    「ちっげぇよ!!!」
    「嘘つき!!タケの嘘つき!!!」

    じゃぁわかんねぇっすよ!!なんて叫べば、なんで俺を責めないんだよ!って言われたので首をかしげる。

    「責める要素ってあります?今回の件は俺が勝手に動いただけですし…」

    うむ、と顎に手を当てて思考をめぐらせる。今回どんなことがあろうとも、死にかけたのは俺の責任だ。龍宮寺くんの責任ではない。うん、責任ではないな?

    「俺が死にかけたのは、俺が龍宮寺くんを勝手に守ったからで、龍宮寺くんを責めるのはお門違いってもんっすよ?」
    「ドラケンって呼べやァ……ッ!」
    「えっ、あ、はい。ドラケンくん」

    ねぇ、なんでこんな怒ってるの!?俺分かんないんだけど!?ねぇ、俺なんかした!?したな!死にかけたな!!でもそれとこれとはまた違うでしょ!?

    「おーい、ドラケン。そんな睨んでたらなっちも分かんねぇよ」
    「三ツ谷さん!ちわっす」
    「よ。元気そうでよかった」

    目ェ覚めたばっかりなのにウチの総長たちが悪いな、なんて笑ってそう言った彼に、はぁ、と、まぁ間抜けな声で返事を返した。そんな俺を見て、三ツ谷さんは、そうだなぁ、と気の抜けた声で尋ねた。

    「えーと?」
    「なっちは東卍に居たい?」
    「おや、おかしなことを聞きますねぇ。でもなぜそう言う質問に至ったのか、お尋ねしても?」
    「うーん、死にそうになったチームに居たら、いつかホントに死ぬかも知んねぇよ?」
    「あぁ、なるほど」

    そうですねぇ、なんて。実際眠くて仕方が無いので簡潔に述べた方が良さそうだ。くありと欠伸をして、再度、そうですねぇ、と言葉を繋いだ。

    「タケが東卍を抜けるって言うなら、抜けますし、抜けないって言うなら、抜けませんよ。俺はそういう…えーと、居場所?みたいなのは気にしない方ですし」

    そう言って剥いてもらった不格好なりんごをつまんで食べる。所々皮が残っているけれど、まぁ、リンゴに罪はないので。

    「でもまぁ、そうですね…。個人的に、東卍は泳ぎやすいので居させてもらえると、嬉しいです」

    タケ以外でも、俺を浮上させてくれる人もいますし。そう言って、あの時はありがとうございます。と言って、頭を下げれば、そのままコテンッ、と意識を落とす。流石にそこまで体力回復してないもんで。すんません、なんて思いながら、意識を遠くに手放した。

    「…そっか。うん、そっかそっか!そうだよね!」
    「ま、マイキーくん?」
    「マイキー?どうした?」
    「ねぇ、タケミっち!」
    「は、はい!」
    「東卍から抜けないでね」
    「は……」

    抜けたら俺、タケミっちでも殺しちゃうから。そう嘯いた彼の顔は、息を飲むほど美しかった。

    「なつ、が、関係しているんだったら、それは約束、出来ねぇっす……」
    「あ?」
    「なつは確かに、東卍に居たら強くなれます!けど、なつをいさせるために俺を使うのは、マイキーくんらしくないっていうか……その……」
    「あ、なるほど。タケミっちは分かってねぇなぁ〜」
    「っ……」
    「俺らに歯向かう勢力あるってんなら、俺だってなっちもタケミっちもまとめて諦めてるよ?でも、チームもつくんねぇのに、おめぇらがこの世界に居ねぇなんて、勿体ねぇよ」

    とった魚を食わずに生簀に閉じ込める魚屋なんて居ねぇっしょ?それと一緒、なんて。ゆったりと笑うマイキーの隣で、寝落ちたなつを、布団にさっさと戻すドラケンが、まぁ、お前が言うのも分かるよ。と声を出した。

    「お前は自分の危険を顧みねぇで突っ走るタイプだろうけど、コイツもお前と同じだろ。走った先に何があるかなんて確信めいたことは言えねぇ。けど、あん時、なっちが居たから俺は助かって、なっちがいたから東卍は愛美愛主相手に少数のチームで勝てたんだ」

    おめぇが思っている以上に、東卍はなっちに救われた。そう言って、悪かったな、と肩を叩かれる。

    「お前の特権だったんだろ、コイツの暴走止めんの」
    「えっ、いや、その……ッ……!」
    「なっちもタケミっちも、退院したら集会でお披露目会にしような!」

    ニッコリと笑ったその顔に、武道はそっと目を逸らした。こわ。

    ☆☆☆

    「あ、そーだ。タケミっち。お前俺の付き人になるか、マイキーの付き人になるか決めろー」
    「急すぎませんか!?」

    あの病院事件から翌日の昼。見舞い品のリンゴを自分で剥いていれば、なぁんか吹っ切れたような顔で佐野くんたちがやってきた。ついでに言えばタケが滅茶苦茶警戒してた。

    「なにしたの?」
    「なんで俺!?」
    「いや、だって何かお前が佐野君たち警戒してるから…いたずらでもして怒られたのかと」
    「お前は俺のことなんだと思ってんの…」
    「えー?…犬?」

    せめて人間がいいって言われたけれど、タケのこの状態をみて人間に格上げなんて出来無いと思う。

    「つーかなんで病人のお前が自分で剥いてんだよ」
    「タケにやらせると食べるところなくなるんで、ってあぶな!?」

    切ったらどうするんですか!?なんてちょっと慌てながら言えば、ドラケン君にリンゴとナイフを回収されながら適当に絆創膏着けてりゃ治んだろって言われたし佐野くんから大けがしてもここ病院だから直だよって言われた。そういう事じゃねぇんですって!!

    「で?どっち?」
    「え!?あ、うーん…なつは?もし付き人になるならどっちがいい?」
    「まず自由に泳げるほうが良いからドラケン君かなぁ…」
    「なんで!?俺の方が自由じゃない!?」
    「いや、佐野君は狙われやすい人間じゃないですか。個人的な話、“泳ぐ”俺より、“狩る”タケの方が良いかと」
    「「狩る?」」
    「あ、やっぱ溝中の虎ってお前かぁ」
    「黙っててすみません」

    あまりその名前は好きじゃないんで。なんて言ったタケを見て、俺は好きだけどなァ。と笑う。

    「深海魚よりよっぽどマシじゃね?」
    「名前負けしてるから。俺の場合」
    「あー!道理でなっち有名なはずじゃん!!」
    「はい?」
    「そうだよ!今思い出した!なっちもタケミっちも、昔、喧嘩してただろ!?チーム作ってたでしょ!?」
    「つくってたっけ?」
    「記憶にねぇ」

    んん?なんて二人で首を傾げていれば、僅か一年で不良の世界から消えたレジェンド!なんて熱く佐野くんが語りだすから二人でそれをドラケン君が剥いてくれたリンゴを食べながら聞く。

    「あ?レジェンドって真一郎くんの誘い断って数か月後に消えたあのチームだろ?」
    「消えてねぇよ!!今目の前に居んじゃん!!」
    「なんかしてたっけ?」
    「小学校の頃喧嘩したのは覚えてるんだけど、ひなちゃんから怒られたからなァ…」
    「喧嘩禁止令出されたよな。もうないけど」

    なんで出されたっけ?と二人でリンゴを食べながら会話しているのを、彼らは聞く。ドクドクと心臓の音がうるさい。もしかして、と思うのだ。あの日、男の光を救ったあの事件と関係しているのか、と。

    「あぁ、そうだ。夏休みのバイク屋だわ。タケがフルスイング喰らったやつ」
    「あー…あれかぁ」

    そういえばあったな、そんなの。そう言ってあの時のひなちゃんは怖かっただとか、硝子割れる音で行ったけど結局共犯かもしれないってことで事情聴取受けさせられたとか、まぁ苦い思い出はいっぱいある。

    「あんときタケじゃなかったら死んでたわ」
    「あの人のフルスイングめっちゃ痛かった記憶ある」
    「28針?」
    「32針だった気がする」

    ひなちゃんが喧嘩禁止令出したから大人しくなったんだよなァ。なんてぼやく。中学に上がる前に起きた事件だから誰も知られずに終わったし、俺もタケもあの頃は黒髪で、金と銀の髪に染めたのは中学入ってからだ。

    「懐かし―。あのバイク屋どうなったんだろ」
    「さぁ?でも経営はしてんじゃねぇの?あーでも東卍に入るなら俺らもそろそろバイク買わないとだよなァ」

    お小遣い足りるかな。なんてぼんやり呟きながらタケとリンゴを食べていれば、いつの間にか東卍の隊長と副隊長がそろってた。ここたまり場じゃねぇんですけど。

    「アッハッハッハ!!」
    「やっぱお前らかぁ」
    「だから言っただろ。俺はなっちに殴られてんだ。間違えるはずがねぇ」
    「テメェ九条!!場地さんを殴るとはどういう了見だ!!!」
    「時効ですぅ!つーか殴った覚えもありませーん!あと君だれっすか!?」
    「まぁ俺らからしてみたらひなに怒られた嫌な事件なんでそこまでしっかり覚えてないんですよ…」

    はぁ、と疲れ切った顔でそういったタケに、まぁ俺は覚える気なんてないものに関しては覚えてないので、タケの記憶だけが頼りでもある。

    「それにチームとか作るとひな怒るし」
    「ひなちゃんに去年ボコられたよな。お前が浮気まがいしたせいで」
    「だから誤解だってば…」

    チームも作る気ねぇのに勘違いでボコられたし。はぁ、とため息を吐いてそう呟いたタケに、お疲れって言ってリンゴの代わりに桃を渡す。リンゴは俺が食べるからお前ももな。っていう話。

    「溝中の虎と溝中の深海魚。なんでそんなに有名なのに名前も聞かないんだろって思ってたけど、そっかそっかぁ。なっちもタケミっちも狩りのしすぎで今寝てるようなもんだもんね。そりゃチームも何もないか!」
    「なんか勝手に納得された」
    「マイキー君の自己完結ってなんか怖いよね」

    取り合えずなんでそう思ったか聞いてもいい?って聞けば、え?って言って、タケミっち達今休んでるみたいなもんでしょ?って言われて二人して首を傾げた。

    「不良って出勤制だったっけ??」
    「俺マイキー君のことそれなりに理解したかなって思ってたんだけど、無理っぽそう」
    「一生分かり合えなくていいと思う」

    取り敢えず訳が分からないって言う顔をすれば、ドラケン君から、お前ら小6の時、なんて名乗ってたんだよって言われて記憶を探る。

    「あー、なんだったけ?」
    「俺ペンギン」
    「なんで!?いやお前なんで覚えてんの!?」
    「いや、あー、たぶんお前のあだ名俺のせいだし、お前もコレ聞いたら絶対思い出す。アイアイ!キャプテン!!(女声)」
    「ごめんwww笑うwww」

    懐かし―、なんて言った後、すぐさま我に返って、じゃぁなんでお前深海魚なんだよ。って言われた。それは俺も知らね。

    「なっちが深海魚って呼ばれてんの、アレのせいだろ」

    そう言って三ツ谷君が指さしたのは、俺がいつも着ているカーディガン。

    「なんでカーディガン?」
    「さぁ?」
    「お前ら自分に無頓着かよ」

    はぁ、とため息を吐いて借りるぞ、と言ってハンガーに掛けていた、血と泥で汚れたはずのカーディガンを三ツ谷くんが羽織る。俺が着るとオーバーサイズなのに三ツ谷君が着ると少しデカいと感じるくらいだ。同じ身長なのにな。呪う。

    「やっぱところどころ落ちきれなかったのあんな…。お前の動き出来るか分かんねぇけど、見てな。」
    「なんで俺の動き?」

    ぽそっと何かつぶやいた後、そう言って、三ツ谷君が歩く。走る。飛ぶ。足を上げる。それと同時にカーディガンが、ヒラリと踊る。

    「あ、なるほど、尾ひれ」
    「あぁ…」

    なるほど、と片手を軽くグーの形にして、もう片方の掌をポム、と叩く。なるほど、尾ひれ!

    「ならシャチでもいいじゃん!!!」
    「お前ガタイよくねぇからシャチだと名前負けだろ」
    「失礼じゃない!?俺こんなにも強いのに!?」
    「頼りねぇ力こぶだな」

    そう言って桃を食べ終わったタケに最後のリンゴを口の中に突っ込まれた。おとなしく食えってことね、ド畜生!!

    「なっち明日には退院だから、温泉いこーぜ!」
    「コーヒー牛乳あります?」
    「あるぜ!」

    ☆☆☆

    「で?結局どっちがいい?タケミっちさえ決まったらなっちも決まるからさ!」
    「あー…」

    忘れてた。そう言ってそうですねぇ、と悩むタケに、病院の看護婦さんからもらった紙に二本棒を書き、二人の名前を書き込む。

    「右と左どっち」
    「右」

    おっけー。といって左にタケの名前、右に俺の名前を書き、上と下を隠して今度は佐野君に回す。

    「1人3本ずつ横棒書いてください」
    「あみだくじかぁ。懐かしー」
    「そんな適当でいいのかよ…」
    「適当って言うか、俺もタケもどっちでもいいですし。まぁ俺個人からすれば付き人とかそんな立派な役目なんて似合わないんで自由にさせてくれそうなドラケン君が良いっすねェって話なんで」

    まぁ個人的には東卍抜けたいけど、なんか離脱とか言うと後が怖そう。なんかわかんねぇけど悪寒がするし。

    「最後はなつが三本書けよ」
    「めっちゃいっぱい書かれてて笑うwww」

    やべぇ、ウケるwwwなんて言いながら横線を書いて、色ペンでなぞる。ふんふん鼻歌歌いながら線をなぞっていれば、子どもか?って言われた。つらたん。

    「タケおめでとー。佐野君の付き人だよ」
    「まぁ。お前とマイキー君が一緒じゃなければなんでもいいよ…」
    「逆にひどくねぇか?」

    なつはああ見えて奇行に走る時があるんで。なんてちょっと疲れた顔でいったタケに、苦労してるんだな、と場地はちょっとだけ、幼馴染にふりまわされている自分とタケのすがたを重ねた。
    被害者同盟とかいつか作られそうである。

    「そういや俺(この世界での)銭湯初めてだわ」
    「そういえば俺も(この世界での)銭湯は初だな?」
    「「「は?!」」」

    ☆☆☆

    昨日は大変でしたね(遠い目)
    言い方が悪かった。俺もタケも銭湯初心者みたいなことになってしまったせいで、背中洗いっこしようとか、お風呂道具一式必要だからな、とかいろいろ言われた。言われたんだけど、銭湯初心者じゃないからホントどうしようってなったけど、俺もタケもね。いい子ちゃんだから。今日の銭湯は佐野くん達と洗いっこしたよ。うん。背中のな

    「そういえばなっち」
    「はい?」
    「お前東卍の特攻服着て泳げる?」
    「あー…泳ぎにくいっすけど泳げないこともないっすよ」
    「だってよ」
    「俺は反対。断固拒否!ドラケンの付き人でも絶対嫌だ!」
    「三ツ谷がなぁ。この間からずっとこれなんだよ」
    「パーちん!お前だってコイツの戦い方知ってるだろ!!」

    コイツは自分にあう服をちゃんと理解している!そう言ってバイクの上で風呂上りのアイス食べながら話す三ツ谷くんに、林田君が落ち着けよ、と声をかける。まぁ、この状態で集会場行くのもどうかと思うけどな。なんて思っていれば俺以外ちゃんと特攻服もってきててウケた。露骨な仲間はずれじゃんwwww。なんて思っていれば、タケが口を開いた。

    「なつも俺も自分の特攻服持ってるんで、数日は大丈夫ですよ」
    「は?」
    「あぁ、あれ?でもあれって“六桜”の特服じゃん」
    「まぁでも東卍の特攻服より断然動きやすいだろ」
    「否定は出来ないなぁ。でもあれミッツ―が作ってくれたやつだから動きやすいのは当たり前なんだよなァ…」

    二人の会話の中から知らない言葉が出てくる。まず六桜ってなんだ。その前にお前の特攻服作ったミッツ―って誰だよ。ふざけんな。

    「タケミっち、なっち、【六桜】って何?」
    「あ」
    「あ、えっと、チーム作ったらこういう名前にしたいなァって思っていた時に話し合ったチーム名です!な!!」
    「そ、そうそう!!でも結局メンバーとかそこらへん集めんのも面倒だったので!チーム作るのやめたんですよ!!な!!」
    「そうそう!それそれ!!」

    あわわわわっ!と焦りながらもそう二人で答えれば、ふぅん?と訝しげに全員からみられる。くッ…なんで前世に貰った服が今世でも持ってんだよバカ!!

    「なっち」
    「はい?」
    「今からなっちの家に行くぞ」
    「なんで!?」

    流石に特攻服もねぇのにドラケンの付き人なんて紹介出来ねぇよって言われて仲間外れにしたのそっちだからな!?って思った。言わなかったけど。(言えなかっただけである)

    ☆☆☆

    「今日から俺らのチームにタケミっちとなっちの二人が正式に入隊する!!俺とドラケンの付き人になるが、気に入らねぇ奴がいるなら言え。タケミっちもなっちもタイマン張るっつたから俺らの前で正々堂々勝敗決めてもらう!いいな!!」
    「ま、マイキー君の付き人になりました花垣武道です!!」
    「ドラケンくんの付き人になりましたぁ、なっちこと、九条夏樹です~」

    ゆったりと、鎌首もたげてゆらりと笑う。稀咲てめぇ後で絶対泣かす。因みにパーちんのあのナイフ事件は俺が長内君ボコ殴りにしたせいでそういった空気すらなかったです。やったね!

    「東卍の特攻服もマトモに着れねぇ奴が出しゃばってくんなー!!」
    「そーだそーだぁ!!!」
    「あ?」
    「三ツ谷落ち着け」

    メンチの切り方がヤクザだった。さっきの切り方、ヤクザだった!!!なんて内心焦りながらちら、とタケの方を見れば、そっと目線を逸らされた。逃げんじゃねぇよ!!!!?

    ☆☆☆

    「俺に特攻服着て欲しかったら喧嘩売って来いよ。買ってやるからさァ」
    「てめぇ丸焼きにすんぞ!!」
    「海底の魚がイキってんじゃねぇぞァ!!」
    「わぁい!雑魚がなんか言ってる~!」

    先ほどまで稀咲いるじゃぁんなんてキャッキャしてたので、九条の肩に手を当て、耳元でやるなら徹底的に、ついでに煽り方もなんかむかつくタイプの煽り方やって。なんてタケに言われたのでにっこり笑って中指立てながら、言ったのに、言った張本人の武道は笑いをこらえるために目をそらした。酷くね????

    「なつ、俺そこまでやれとか言ってないwww」
    「徹底的にって言ったのオメーじゃん!?」

    ざっけんなよ!?なんて言っている九条に、マイキーたちは爆笑しながらやるなァお前って話をしていた。
    いや、普通にここまでやんねぇwww

    「てかお前ら稀咲に何の恨みがあんだよ」
    「え?タケの嫁さんに惚れてるから潰そうかと」
    「物騒」

    せやな。(俺も思った。)

    ☆☆☆

    「……俺がその特服作り直すからとりあえずバンカラマントだけでもよこせ」
    「なんで!?」

    これ気に入ってんすっけど!?なんて言えば三ツ谷くんに舌打ちされた。泣いていい!?

    「東卍の特服は黒なんだよ。蒼は浮くダロ」
    「あぁ、そういう?でも、夜になれば黒くなって綺麗ですよ?」

    そういう意味じゃねぇよ!!なんて地団駄踏まれた。なんで?

    「なつ、とりあえず渡せ」
    「えー。気に入ってんのに…」

    まぁ、面倒なことになりそうだから渡すけどさぁ。なんて思いながらパチンッ、と首元のボタンを外して三ツ谷くんに渡す。受け取ったあと小さく舌打ちされたけど、なんか俺じゃなくてマントに舌打ちしてるように見えた。それ作ったの君なんだけどな!?

    「とりあえず俺らマイキーくんからここで待つように言われているんですけど、ちょっと席外します。何かあったら携帯鳴らしてください!」
    「…分かった」

    タケがそう言って、三ツ谷くんが答えたのを聞いて、俺とタケは近くの木の上に登る。作戦会議ってやつね!

    「最初、意識取り戻したあと、何日かに分けて記憶が甦った。なつも同じだろ?」
    「まぁね。とりあえず、お互い情報交換しよう。稀咲の件もあるし…」
    「俺がひなと稀咲に出会ったのは、小6の時。そんで、中一の頃に付き合った。」
    「小6の頃猫いじめてた中学生に挑んで勝ったんだっけ?」
    「あぁ。小6の頃に前世ではあっくん達連れて“六桜”作ったけど、ここの俺らは作ってない。ってことは、だ」
    「もしもの世界軸ってやつか。俺らが関東牛耳る世界線じゃねぇってことは、まだ稀咲はひなちゃんを諦めていない…」

    そんな世界あり?なんて笑っていえば、じゃなかったら話の辻褄があわない。って言われた。あの時、あっくん達とつるんでいた訳じゃなく、たまたま見かけたから、声掛けに行ったら殴られたという記憶があるタケが言うならそうなんだろうな。俺寝てただけだし。

    「なんとも無様な…」
    「今世の俺らはあっくん達とそこまで仲良くねぇし…」
    「そう言えば何か余所余所しさあるなぁって思ったけど、それが原因かぁ」

    入院中1度も見舞いに来ないから薄情だなぁって思っていたけれど、それなら仕方がねぇよなぁ。

    「今度、芭流覇羅と東卍の抗争がある。なつはマジで気をつけろよ!?迂闊に話しかけに行くなよ!?」
    「流石に俺もそこまで馬鹿じゃないよ!?」

    馬鹿だから言ってんだよ!!なんて失礼な事言ったタケの言葉の後、携帯が鳴って、慌てて取れば、木の下と、携帯から、佐野くんの声が聞こえて、2人して下を覗きみれば、にっこりとこちらを見上げながら笑う佐野くんが居た。こわ。

    「こわ」
    「なつ、それは言わない」
    「タケミっちもなっちもなんでそんな所にいんの?」
    「あー、ちょっと夜の街を見たいなあって思いまして」
    「そこから見えんの?」
    「まぁ、それなりに」

    そう言って2人して飛び降りる。綺麗にストンッ、と降りてきた俺らを見て、慣れてんね、と言った佐野くんに、さぁ、どうでしょう。と答えるぐらいしか出来なかった。だって顔が怖かった。

    「それで、隊長たちまで集まってどうしたんですか?」
    「なっち、タケミっち。ここにいてね」
    「「はい?」」

    神社の階段の上に俺らを置いて、佐野くんが下へと降りる。えっ、まって。嫌な予感がする。

    「九条夏樹ィ!花垣武道ィ!!!」
    「ハイッ!!」
    「はい!?」
    「東京卍會代表!佐野万次郎!!今からお前ら2人に!!決闘を申し込む!!!」

    は、と2人して息だけを吐いた。いま、なんて?と混乱する俺らを置いて、ドラケンくん達が佐野くんの後ろへと並ぶ。

    「仕切り立ててくれんのは!!お前らが今から約2年前!!気まぐれに助けたバイクの店主!!俺の!!兄貴だ!!」
    「まっ、待ってください!!け、決闘!?なんでですか!?」

    慌てながら階段を降りようとしたタケを、いつの間にかそばに来ていた男が静止させる。それを、見て、下からくる殺気にぞわりと震え、タケとその男を引き離しながら後退する。

    「………………なんでっすか?」
    「これは東卍で決めたことだ。事実、お前らは俺らの誰にも負けてねぇ」
    「そんな奴が東卍に居たらよ、いずれ派閥が出来て内部抗争の火種になる」

    それを、させねぇためだ、なんて言う彼ら。だから隊長と副隊長を連れてきた。そしてここにいないけれど、きっと東卍はここを囲んでいる。

    「…俺らは、キヨマサくんに、伸されたんですよ?マイキーくん達だって知ってますよね!?」
    「お前らと一緒にボコられたやつに聞いたよ。タケミっちはなっち担いでたから手が出せなかったって。それが喧嘩で負けだと言えんのか!?言えるわけねぇだろ!!」
    「ンどくせぇ…」
    「なつ!?」

    はぁ、と息を吐く。眉間のシワを親指で伸ばしながら、ねぇ、と声を上げた。

    「もし、これで俺らがあんたらに勝ったらどうなんの?」
    「…負けたチームの下に強者は付けねぇ。分かってんだろ」
    「なぁるぼど。タケ。覚悟決めな」

    俺らは今日、東卍の総長と副総長の付き人として紹介されたけど、それは違ぇ話だったってことだ。

    「彼ら潰して、チーム抜けるか、彼らに伸されてチームに居るか」
    「ッ…」

    前世にいた頃は癖で吸っていたタバコを口に加えて、火をつける。肺をしっかり汚して、彼らを見下ろす。

    「俺は、マイキーくん達と、一緒にいたい」
    「でもそれは別に同じチームにいなくても出来る」
    「………俺ら、何が悪かったんだろ…」
    「まぁ、しゃーねぇよ」

    強いやつが上に立つ。
    それがこの世界で自然の摂理だ。

    「佐野くん!!お前らのその言葉!しかと受けとった!!!」
    「強いやつは、自分たちの道を進める。そういうことっすね」

    俺らのその言葉に、佐野くんは、スっと頭を下げて、悪いななんて言った。

    「俺らはどっちでもいいです。乱闘でも、タイマンでも。でも、約束してください」

    勝っても負けても、友達でいてください。
    そう言ったタケの言葉に、弾かれるように顔を上げて、当たり前だろ、って笑った佐野くんは、きっと俺らの事をしっかりと認めて、助けてくれているんだろう。

    「俺らが勝ったら、お前らは俺とケンチンの付き人だ」
    「俺らが勝ったら、俺も、なつも、このチームから出ていきます」
    「…乱闘でもいいって言ったな」
    「パー…」
    「パーちんくん…」
    「俺は馬鹿だからよぉ、マイキーだろうがドラケンだろうが情で負けるかもしんねぇって思ってる。だからよぉ!おめぇらと俺ら東卍でやり合おうや」

    にっ、と笑った彼の言葉に、ゾロゾロと影から出てきた彼らに、佐野くんたちはびっくりした顔で、お前ら、と言葉を繋いだ。

    「まぁ、そっちの方が面倒な言いがかりもなくて、俺は助かるかな」
    「なつ…」
    「ここは泳ぎやすいからなぁ。海底深く沈めてあげるよ」

    そう言って1本しっかり吸い込んで、タバコを地面に落として足で火種を消す。
    俺には譲れないもん(タケとひなちゃんを幸せにさせる未来)があって、タケも譲れない未来がある。だから、ここで勝とうが負けようがどっちでもいいのだ。

    「あぁ、でもなるほど。俺らに特服着て来いって言ったのはこういうことっすね」
    「わりぃな」

    まぁ、別にいいっすよ。楽しめればそれで。なんてちょっと面倒そうに言ったあと、佐野くんの兄ちゃんからさっき三ツ谷くんに回収されたバンカラマントを受け取る。

    「これより!!東卍対九条、花垣の決戦を開始する!!両者!!準備はいいか!!」

    そう聞かれて、俺もタケも、ゆっくりと片手を上げる。

    「はじめ!!!」

    その声が、決戦の雄叫びを上げる合図だった。




    「夏樹止めろぉ!!!」
    「タケミチ囲めェ!!!」

    ゆらり、ゆらり。階段を降りながら、体を揺らし、息を吐く。

    「タケ」
    「半分こな」

    そういったタケの言葉に頷いて、パンッ、と階段を降りながら、お互いの手を叩いて人混みの中へ飛び込んだ。

    ★★★

    力強い拳が人を飛ばす。溝中の虎、なんて異名がその姿を表す。

    「タケミっち囲め!!抑え込め!!!」
    「どけぇ!!」

    ゴッ、ガッ!!と1発殴られれば1発殴り返しながら、前へ前へと進む。まるで修羅だと誰かが言った。

    「オッラァ!!」
    「ぎゃー!!」
    「やべぇ!!避けろ!!」

    ブンッ!と近くの人間の髪の毛を掴み、ぶん投げ、目の前でへたりこんだ人間の顔を蹴る。この間僅か2分。目の前の10人がのたうち回っていた。

    「くそがぁ!!!」
    「ごめん」

    ぐっ、と眉間に皺を寄せて、殴る。ここで稀咲を倒して、ひなやあっくん達の未来を守る。それが、俺に出来る唯一の方法。そう思いながら、タケミチは拳に力を込めた。よろけた1人と、その後ろにいた人間ごと飛ばすように蹴りを入れ、数を徐々に減らしていく。ちらりと九条の方を見たが、“海面”ではなく、“海底”を走っているようだ。自分より早くバタバタと人を伸しているようで、少しだけ闘争心が沸いた。

    「っらぁ!かかってこいやァ!!!」

    いい怒声だなぁ、なんて。緩やかに泳ぐ魚は思う。ひらりとマントを翻し、目の前にいる人間を一撃必殺で倒していく。

    「ワン、ツー!」

    パパッ、と顎を裏拳で殴り、目の前の男の鳩尾に拳をぶち込む。大回りでマイキーたちの方へと向かっているが、彼らは目の前のタケに気を取られているようで、こちらに気づいていない。
    ラッキー、なんて思いながら、伸した男を踏み台に彼らの背後へと回った。

    「やっべぇなぁ!!マジで!!」
    「まだ出んなよ、マイキー。俺らが今出ると他も巻き込む」

    そう言ったドラケンの言葉をマイキー達は理解している。大人数なら問題ない。一人一人バラけられるから。けれど相手は僅か2人だ。数が少ないとまとまってしまう。纏まってしまえば、それに反して攻撃が仲間にも当たってしまう。 ちっ、とパーが舌を打つ。

    「つーか俺らタケミっちしか見てねぇけど、なっちは?」
    「ハァイ♡」
    「ッ!?」

    ドンッと背後から繰り広げられた上段の蹴りをぺーやんが受ける。高さ的に、マイキーのこめかみ辺り。ぺーやんが間に入らなければ、そのまま一撃喰らっていた高さ。

    「ありゃ?」
    「ふんっ!」

    おー。なんて人垣の中へと投げ戻された九条を見ながら、ドッドッ、と騒がしい心臓を、パーちんは押えた。

    「い、つの間に…」
    「音がねぇなァ、あいつ」

    喉奥が、引く着く。目の前で獰猛な虎が暴れれば視線が無意識にいってしまう。その隙を九条が狙ったのだろう。ちら、と九条が飛び込んだ“人の海”は、タケミチと同様に倒されていた。

    「ありゃ1発でやってんな」
    「顎とこめかみ、あとは鳩尾?うわぁ、タケミっちに気ぃ取られて見損ねたー」
    「マイキーくん、なっちは俺がいく」
    「タケミっちは俺だなァ」

    三ツ谷と場地がそう言えば、まぁ、落ち着けって。と赤と青が前に出る。

    「やれんだろ?アングリー」
    「もちろんだよ、スマイリー(兄ちゃん)」

    ぐっ、と目の前の惨劇を見ながら、アングリーは泣きそうになるのを我慢する。
    目の前で仲間が倒されていく。一緒に笑ったのに、なんで、と。

    「タケミっち!なんで!!!」
    「ごめん、アングリーくん」

    俺たちも譲れないもんがあるんだ!!そう言ってアングリーの目の前で仲間が蹴られる。

    「待ってよ…やめてよッ…!!」
    「やっべ!?タケ!今すぐそこから離れろ!!」
    「この状況でそんなことできっかよ!!」
    「ばかかよ!!」

    ゴッ!と東卍のメンバーを伸して、泳ぐ為に深く体を沈ませようとすれば、九条の目の前に、スマイリーが飛び出す。

    「うわッ!!?」
    「お前の相手は!俺だ!!」
    「チッ…」
    「もうやめてよぉぉおおっ!!!」
    「えっ!?アングリーくん!?」

    ぴぇぇえええ、なんて、子どものような泣き声を上げたアングリーを見て、やっぱり泣いたかー、なんてうっすら笑いながらスマイリーはその光景を見る。瞬間、這うような冷たい空気にゾッとタケミチは身を震わせ、目の前で消えた男の攻撃を腕で防いだ。

    「タケ!!」
    「ッてェ〜!!」
    「ごめん、兄ちゃん…俺、泣いちゃった…」
    「仕方ねぇよ。ま、今回はマイキーくんも許してくれる。虎と魚。一気に叩くぞ!!」

    うん、グズりながらそう返事をして、アングリーは飛び出す。まだ数名下が残っている。稀咲とあのタンクの男もタケから殴られてはいるけれど、まだ意識がある。

    「あー…」
    「なつ!!!」

    上を見上げて、顔を覆う。そんな俺目掛けてアングリーくんが飛びかかる。地面に足をつけ、拳を振るうその瞬間、ぬるりと彼を躱し、少し浮かんだ身体をそのままに、タケに知らせるために、指を稀咲の方へとむけた。

    「…なつ、泳げ!!」
    「はぁい」

    ゆらり。水を泳ぐ魚のように体を揺らす。その姿を見て、タケミチは標的を稀咲へとむける。

    「くっそ…ッ!!」
    「お前の相手は俺だ!!」

    ゴッ!と拳を稀咲へ振るう。タンクとして使っていた男がそれを庇うように前に出て、拳を防がれた。その事に、タケミチは舌打つ。

    「邪魔だァ!!!」

    ☆☆☆

    「なっち。お前は俺らで倒す。行くぞ!アングリー!!」
    「うん、スマイリー」
    「かかってこいよ」

    クイッと指を動かし挑発する。左右から放たれる拳を右へ、左へ、下へと避け、二人の僅かに開かれる隙間を縫って、ちら、とタケの方に視線を向ける。まだまだ意識のある奴らはこちらよりもタケの方へと行っているようだ。ならこちらに集中しても構わないだろう。

    「よそ見すんなよ!!」
    「よそ見じゃないよ、確認だよぉ」

    ヒュンッとムチのようにしなる腕を避け、こめかみに向かって蹴る。それをさっと下へと避けたスマイリーの後ろから、アングリーの強い拳がこちらへ放たれ、避ける間もなく受けた。

    「…プッ」

    あの一撃で口の中を切ったらしい。溜まった血を飲み込むことなく吐き出す。顔面だった。頬だけど。めっちゃ力強いな。なんて呑気に思った。咄嗟の判断で腕を盾にしてもこの威力。少し飛ばされてふらついたけれど、それ以前に腕が痛い。

    「うーん…強いな」

    稀咲こっちで預かればよかったなぁ、なんて思いながらも、後ろから、っしゃぁ!!という叫びが聞こえたので、隊長以外の全員を伸したということになる。

    ちら、と後ろへと視線を向けるが、彼らは動く気は無いようだ。なら、まぁ、マシかな。なんて。

    「はぁ…」

    星が綺麗だ。そう呟いて、ぐぅっ、と背伸びをして、首を1回。コキッと鳴らす。細い銀の髪が風に靡くのをじっと見つめていたアングリーが、何故か夜空を見上げていた。

    「えっ、ゴッフッ…」
    「アングリー!!ガッ!?」
    「ありゃぁ、兄さんの方は賢かったか」

    ズザッ、と着地音が聞こえ、スマイリーは目を見開く。さっきまで、目の前で揺らめいていた魚が、何故か目の前に居た。何が起きた!?そう思考が脳に浮き出た瞬間、ブワッと冷や汗が溢れる。
    また魚が泳ぐ。
    ブンッ!と拳を突き出せば、それをひらりと躱し、腕を取られた。

    「(折られる!!)」
    「兄ちゃんから離れろ!!」
    「うわっ!?」

    そう言ってアングリーはバンカラマントを掴んで九条を後ろへと放り投げる。ありゃ、と声を出して、人の上に着地。ぐっ、と下から声が聞こえたが、まぁ、ここで沈んでんのが悪いな。うん、なんて自己完結した。

    「タケ無事ィ?」
    「まぁ、無事」

    ぷらっ、と硬かったー、なんて言いながら手を振ってこちらへと倒れた人間を踏んでやってくるタケミチを見て、九条は無事ならいいよ、と声を出した。

    少し時間を戻そう。
    タケミチと、稀咲という男の戦いだ。

    稀咲は花垣の事を知っていた。小6の頃、果敢に中学生へと挑み勝ったあの姿が、どうしようもなくかっこよかった。好きだった女の子が、その男に心を奪われる瞬間を目の当たりにしても、仕方ないと思わせるほど、かっこよかったんだ。その姿は、獰猛な虎のように勇ましかった。だから、稀咲はタケミチの後を追うように不良の道へと進んだ。彼が、自分を部下にして貰えるように。けれどそれは叶うことがなかった。

    橘日向と付き合い始めてタケミチは変わった。彼女を悲しませないためにあの女の言うことを聞くようになった。

    なぜ。その強さをなぜ見せつけようとしない!?なぜ。お前のその強さは誰にも持っているものじゃない。お前は!!お前は!!!

    「お前は!!!俺を下につけるべき男だった!!!なんで消えた!!リスペクトしてたのに!お前が!!お前があの女に惚れるから!!」
    「何言ってっかわかんねぇよ!!」

    ゴンッ!と盾にしていた男がタケミチの拳を受けて倒れる。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃ……ッ!!

    「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
    「もうちょっと強くなって出直してこい!!」

    ゴッ!と稀咲の顔面にカウンターを入れ、タケミチは稀咲を伸して雄叫びを上げ、息を吐いた。息を吐いて、ん?と首を傾げた。あれ!?今稀咲なんて言った!?ひなのことじゃなくて俺の事言ってなかった!?

    まぁ、気絶させてしまったので何も聞くことが出来ないのである。
    稀咲かわいそ。

    ☆☆☆

    「なつ、潜っていいんだぜ?」
    「んー、向こうにドラケンくんがいるから安易な深さに潜れないんだよねぇ。簡単に浮上されちゃったし」

    まさか1発で成功させられるとは思わなかった。どんだけ声デケェんだよ、なんて思ったのは内緒だ。ちら、とドラケンの方を見て、んー、と呻きながら眉間に親指を当てる。

    「より深く潜るには、時間がかかる…。80秒、ほしい」
    「…分かった」

    なら、俺がその時間を稼ぐ。
    そう言って前に出たタケに、ゆるっと口角を上げて噛み付くだけの肉は残してね、なんて。そう言ってゆっくりと目を閉じた。

    ★★★

    「あ?」
    「いまなっちこっちみたね?」
    「何かあるんでしょうか…?」
    「あー、多分、“浮上される事”を気にしてんだろ」

    俺はあいつが潜っても戻せる人間らしいからな、そう言ってドラケンはジッと九条を見る。ゆらゆらとまるで水面のように揺らいでいる。

    「なっちはさ、よく見れば細くて軽い。あの泳ぐような身軽さはそこから来てんだろうね」
    「だろうなァ。体重がありゃそれだけ重くなる。あいつがあんまり食ってねぇのはそれを意識してんだろうな。代わりにタケミっちは見た目に反して重い」
    「今回泳いでねぇだろ、ホントにあいつ溝中の深海魚か?」
    「パーちん、まだ潜ってねぇって」
    「あ?俺ァ馬鹿だからンなのわかんねぇよ!!」
    「パーちんの頭は空気みてぇに軽いんだぞ!もっと詳しく言えや!!」
    「わかんねぇなら聞くなよ!!」
    「多分さ」

    前を見据えるマイキーの言葉に反応するように、全員2人を見る。タケミっちがアングリーとスマイリー相手に若干有利な状況を見せている。
    振り上げられる拳をいなし、自らの拳は入れる。パンチの速度が早い。ずっ、と後ろに少し下がった2人を見逃す事なく、スマイリーの顔面に拳を、アングリーの腹に蹴りを入れ飛ばす。
    地面と足が離れたアングリーの視線の先に、ゆらゆらと左右に揺れる九条が見える。ぐっ、と浮いた足を地面につけ、九条へと標的を変えた瞬間、パシャンッ、と魚のはねた音が聞こえた。
    「なっちは潜ってンだろうね。ケンチンの声が届かない深さまで」そういったマイキーの言葉通り、魚が泳いだ。

    「えッ…ガッ!?」
    「遅せぇよ。2秒遅刻だ」
    「うん、ごめんねぇ」

    「マジかよ…」そう言って誰もが目を見張る。くっ、と前髪を上げた九条の回し蹴りが、アングリーの脳天に届いた。グラグラと脳が揺れて、もう立てないのは分かっていたから、九条はアングリーにトドメは刺さなかった。ヒッ、ヒッ、と息ができない。グラグラと視界が揺れて、泣いているのに身体がうごかない。まるで、海に放り出された時のようだった。

    「兄ちゃん!!!」
    「悪ィ!マイキーくん!ドラケンくん!!」

    水面からまるで顔を出した時のように、息苦しい中、声を出す。そんなアングリーを見て、スマイリーはやっぱ強ぇわ。そう言い残した。彼の鳩尾に、タケミチは問答無用で拳をねじ込んだ。

    ☆☆☆

    「はっはぁ!次は俺だ!!」
    「パーちんが行くなら俺も一緒だ!」
    「んだよ結局タイマンじゃねぇか」
    「いいんだよ。これで」
    「まぁ、そうだな」

    お前らー、踏まれたくなかったら端に寄れー、なんて笑いながら言った真一郎の言葉に、蜘蛛の子を散らすようにサッと端によった彼らをみて、キョト、と九条は目を瞬かせた。

    「ふっ、ふふ、あッ、あははっ」
    「なーつ」
    「ふふふっ…」

    ふはっ、とゆらゆら揺れながら、笑う。その姿に、タケミチは眉間にシワを寄せた。傍から見たら、緊張感とか、そこら辺を指摘したいように見えるが、違うのだ。

    「なつ!!潜りすぎんな!!」
    「あっ、はぁ…」

    ゆら、と揺らめいていた身体をとめ、俯かせた顔を上げて、ゆるりと目を細める。
    感情を器用に落とし、とん、とん、と踵を鳴らし、ちら、とタケミチを見て、大丈夫、と声を出した。

    「今日は、気分がいい」
    「…分かった」

    場所が広くなったおかげで、泳ぎやすい。ふう、と息をうっすらと吐いて飛び出そうとする九条に合わせて、ぺーやんが走り出した。

    「パーちんくん…」
    「あいつは俺より手強いぞ」
    「負けませんよ」

    負けない。負けられないのだ。ここで負けたら、せっかく俺らを認めさせようとしてくれているマイキーくん達に示しがつかない。まぁ、それもあるけれど…

    「悪いっすけど。魚は泳ぐ場所さえ手に入ったら強いんですよ」
    「は?」

    そういったタケミチの言葉を理解するように、視界の端でぺーやんが吹っ飛ばされていた。

    「ぺーやん!!!」
    「三ツ谷!!」

    ダンっ、と止める場地の言葉を無視して前に出る。腕っ節の強さじゃぺーやんの方が上だ。けれど、九条の“泳ぎ”についていける訳じゃない。翻るマント。内側に見える桜色の内布。流水を模したれ流れるような刺繍。今の俺でも、あそこまで綺麗な流水を表す刺繍は縫えないだろう。だからこそ嫉妬した。それを着る九条に。だからこそ嫉妬した。それを着せることが出来る、相手に。

    「三ツ谷!!」
    「パーちん!よそ見すんな!!」

    ゴッ、と頬を殴った勢いで鈍い音が出る。強いパンチだと思った。けれどそれで勢いが止まるパーちんじゃないことを、タケミチは知っている。だから、“狩る”。戦意ごと、その強さごと。パパンッ、と軽く殴りつけ、相手の軸を揺らし、飛んで頭を蹴る。ぐらついたその体の鳩尾に向けて、今度は重い拳を入れる。

    「ぐっ…」
    「ごめん、パーちんくん」

    そう言って今度は顔面を殴ろうとしたタケミチの拳を、パーちんは止めた。

    「三番隊の隊長、舐めんなよタケミっち、ゴラァ!!!」
    「ははっ!すげぇ!」

    パシャンッ、と無い水が音を立てる。ゆらりと蠢いて、こちらの攻撃を全ていなし、攻撃してくる。避けないと1発でやられるな、なんて思いながら、先程食らった拳がじわじわと三ツ谷の神経を削る。

    トトン、とリズムを刻む足元。ゆらりと揺らめく身体。思考を深く落とし、相手の攻撃を躱して反撃してくる拳。軽いだけの身体だと思っていたが、どうやら違うみたいだった。

    「三ツ谷!!1回戻れ!まだぺーやんの番だぞ!!」
    「くそっ…」
    「ンのくそがぁ!!!」
    「おっと」

    ひょいっと横から殴りかかってきたぺーやんの攻撃を躱して、足を引っ掛ける。盛大に転んだ姿を見て、九条は二、三歩後ろに下がった。

    「まだ元気だなぁ」
    「当たり前だコラ」

    アァん?とガンつけられているけれど、特に気にした様子もなく、九条はゆったりと笑った。

    「うん、やっぱ強いねぇ」

    泳ぎにくいやぁ、なんて。その言葉にタケミチ以外が首を傾げる。泳ぐことを阻害されるタフなやつだ。自分より上だとわかっていても、その闘争心は消えずに向かってくる。

    「ふーんふふーん…」
    「鼻歌なんて歌ってんじゃねぇぞゴラァ!!」

    アァ!?なんて言いながら殴りかかってくるぺーやんの攻撃をスルスルと躱す。

    「せっかく広い場所なんだ」

    泳がないと勿体ないだろ。まるでそう自分に言い聞かせるように、トーン、と浅く飛んで、突っ込む。
    ぶんっ、と殴りかかった腕をとり、慣性の法則のまま、ぐるりと腕ごとぺーやんの背中にのり、反対の手で肩を掴んで引き寄せれば、コキャッ、と骨の外れる音が境内に響いた。

    「あっがァァアッ!!!」

    痛みで叫ぶぺーやんの叫び声に思考を向けた瞬間、パーちんの顔にタケミチの拳が入る。それを見て、パッ、と手を離し、飛び退いて、九条は蹲ったぺーやんを蹴り飛ばした。

    「ぺーやん、無理すんなッ!!」
    「パーちん…」

    ゴッ。とタケミチの拳が入る。ちょうど顎のあたり。ひゅう!と声を上げて膝から落ちたパーちんを見て、タケミチはふぅ、と息を吐いた。

    「えっぐ」
    「パーちんくんやべぇ強かった」

    ボソッとお互い言葉を交わして彼らを見る。まだ泳げる俺と、ちょっと疲弊してるタケ。うーん、まぁ、やれるでしょ!

    「次は?誰?」
    「タケミっち、覚悟できてんだろ?」
    「バジくん…」
    「まて、バジ。さっき俺が出ちまったからな。次は俺だ」
    「あー?チッ。精々伸されんなよ!」

    そう言って出てきた2番隊を、俺とタケが見る。2番隊の副隊長柴くんなんだよね。マジで力強いから苦手な部類。
    でも、俺目掛けて三ツ谷くん来たし、そういった意味では俺に有利かなー、なんて思っていれば柴くんがこっちに向かってきてて思わず大きく避けた。

    「マジか」
    「悪いな、なっち」

    俺はお前もタケミっちも、東卍に残してぇんだわ。そう言ってタケミチの方へと視線を向ける三ツ谷君に、キュッ、と眉間に皺を寄せた。

    「タケ、疲れてる?」
    「…ちょっと」

    そう言ったタケミチに、九条は、なら今回は休んでて。と言葉を繋ぐ。ゆらり。身体を揺らし、俺はさぁ、と言葉を吐いた。

    「獲物が逃げんのも、取られんのも、大っ嫌いなんだわ」
    「…なつ、無茶すんなよ」

    そう言って後ろへと下がったタケにヒラッと手を振って、息を吐く。
    深海の魚は執念深いのだ。それを教えてやるいい機会だったと、俺はあとからでも言うだろう。

    「ほら、こいよ」

    2人まとめて相手してやる。クイっと指を動かし挑発する。まさかのまさかだ。三ツ谷はそんな九条を見て、八戒に、なるべく長引かせるように、と声を告げた。

    「えっ、どういう?」
    「俺らの後ろには、バジや、マイキー、ドラケン達がいる。九条の苦手な戦闘法やタイプ。なんでもいい。少しでも情報になるようなのが必要なんだよ」

    何故、九条が“深海魚”と呼ばれているのか、三ツ谷達は知らない。小学生の頃の九条や、これまでの九条は知らない。キヨマサに殴られた時、何故寝ていたのかも。
    相手の戦い方を知っているのと知らないのとじゃ、戦況が大きく変わる。“泳ぐ”つまり“避ける”ことに特化している九条だが、相手を一撃で気絶させることが出来るのも事実。けれど、さっきぺーやんを相手したときは“泳ぎにくそう”と言った。
    だから三ツ谷は九条ではなく、タケミチをタイマンの相手に選び、八戒を九条の相手へと選んだのだが、まぁそれを気に入らない九条がまさかの二人を相手にする発言を取ったのは驚きである。

    「なっち、手加減できねぇぞ」
    「手加減ねぇ…大丈夫ですよ」

    俺は手加減なんてする気もないので。そう言ってゆらりと身体を傾け飛び出す。三ツ谷の目の前に飛んできた足蹴りを、八戒が割り込み、腕をクロスして受ける。ビリビリと痺れるが、揺らめくバンカラマントを掴みあげ、マイキーたちの方へと放り投げた。
    癖である。いつもなら放り投げれば誰かしら倒してくれるので。しかし、今回彼らが自分たちの戦いのせいで参戦出来ないが、九条にとってはそれは関係ないこと。もし飛ばされたついでに攻撃を入れたらと思ったが、九条はそんなみっともない真似はしたくない。くるりと空中で回転し、トンっと片足で地面に着地。そのままくるっと半回転してゆらりと身体を揺らし、三ツ谷達の方へと戻る。
    この間、止まることはない。まるで水のように流れる動作で目の前から消えた九条に、全員が目を見張る。

    「(結構飛ばされたなぁ)」
    「うぉらァ!!」

    トーン、と軽やかに殴り掛かる八戒の攻撃を飛んで避け、逆に脇腹や、頭部をめがけて蹴り上げる。沈ませようとするたびに三ツ谷に邪魔をされて眉間にしわを刻むだけなのだが。

    「無事か!八戒!!」
    「大丈夫!!」

    しかし、攻めきれない。
    休んでいるタケミチの方へと行こうとすれば、九条がぬるりとやってくるし、九条を倒そうと躍起になればなるほど逃げられる。まるで魚だ、と八戒は思った。名前負けしてんじゃないかと思っていたのに、こうやって戦ってみればそれを理解してしまう。けれど、九条はただの“魚”ではなくて、“深海魚”だ。“避ける(泳ぐ)”以外でも何か、あるはずなのだ。それが分からない限り、後ろに繋げにくくなる。

    「八戒、ちっと根性見せろよ」

    ふぅ、と短く息を吐いた三ツ谷を見て、八戒も同じく拳を握る。その姿をみて、九条はふむ、と声を上げた。

    「(それなりに反撃はするけれど、強く攻めにきていないし、何かを探る様な戦い方。こらぁ俺の事探ってんな?)」
    「なつ!前!!」
    「おっと」

    ひょいっと振り回される拳を避けて、なるほど、とわざと声に出した。ここで自分の苦手な戦闘法を取られると、後々面倒なんだよなァなんて。実際は疲れたくないのでそうだなァ、と悩むふりを見せているのである。

    「なに悩んでんのか知んねぇけど、タカちゃん負かすわけにはいかねぇ」
    「俺もタケも負けるなんて出来ねぇよ」

    ぐぅ、っと体を伸ばし、息を吐く。悪いね、なんて悪びれもしていない顔で言って、九条は八戒のアタマを蹴り上げた。一瞬の気のゆるみと、油断。その僅か1秒にも満たないソレらが、勝敗を決める。三ツ谷の視線が九条を離したその隙をついて、三ツ谷に膝カックン。そのあと体勢を崩した三ツ谷君の腹にすぐ様回し蹴りをして距離を取り、一気にまた詰める。

    「ぐっ…」
    「タカちゃん!!!」

    回し蹴りを受けた後、負けじと拳を振り上げてみたが、それがうまく決まることはなかった。タ、トンと軽やかな悪魔の足音が聞こえて、三ツ谷はそのままこめかみに向かって放たれた蹴りをもろに喰らって倒れ込んだ。弱点なんてねぇのかよ、なんて悪態着く三ツ谷を横目に九条はさっさと八戒を倒しに走る。九条は焦っていた。

    目の前の二人は自分の苦手な、殴っても立ち上がってくるタフな人達であるには変わりはない。ただそれが、ばれない程度の苦手だという事だっただけで、九条の少しのいら立ちと、早急につぶしに行くスタイルの理由さえ結び付けてしまえば、あとはなんとなく理解できるだろう。しかし、九条はそういう“自分の弱点となる部分”になると隠し通せてしまえた。だから今回もそれとなく苛立ちはあったけれど、それすら隠して二人に攻撃したし、それを可能にする。一撃必殺。油断しているそのご尊顔めがけての上段蹴り。もろに居れたはず。そのはずだったのだ。

    「ッ…!」
    「まだまだァ!!!」
    「タフだなァ…」

    するッと二人の攻撃を避けながら小さく呟いて、トン、と大きく距離を取る。ちら、とタケを見ればまぁ焦っているようだった。俺の苦手なタイプを、知っているから。

    「もっと、深く」

    そう呟いて息を吐く。目を閉じ、脱力し、ゆらりと揺らめく体を、全員が見ている。もっと、深く。
    ゆるりと、黒い瞳が開かれて、目の前の2人をまとめて沈めた。

    「なつ。ありがと」
    「回復したぁ?」

    充分。そう言ってパンっと自分の拳と掌を合わせ、あと少しだ、と口にした。
    八戒も、三ツ谷も、何が起きたか分からないまま、沈んでいる。2人が攻撃してきたその瞬間、隙間を縫って躱し、鳩尾と、脇腹に拳と蹴りを同時に入れた。ただそれだけである。脳が理解することを放棄したせいで、立ち上がれないだけ。けれど、それが、この戦いの終止符でもあった。

    「くそっ…」
    「ごめん、タカちゃん…」

    息も絶え絶えのその身体を九条は見下ろす。その姿が美しいと感じるのは、今じゃねぇだろ、なんて、三ツ谷は自分自身に悪態を着いた。

    ☆☆☆

    この後戦いにくいのがいるけどなァ。なんて思いながら、後ろから近づいてきた三途君を一発でノックアウト。あ、やっべ、なんて言えば真一郎君がマジかよって大爆笑してた。せやな。俺もそっちの立場だったら爆笑してる。まぁ自分の隊の副隊長一発で伸したのが気に入らねぇのかこっちにやってきたけどな。てめぇの相手はタケなんでェ!!履き違えないでくだぁい!!
    ひょいひょいとよけながら、タケの方へと武藤を誘導する。俺結構前から思ってたけど絶対ムーチョ君ってクッパ役だよね。三途はクリボーかピーチ姫(見た目で判断)的な。

    まぁ、マイキー君から許可もらってるとは言え、原作でタケのことフルボッコにしたの許してねぇから!!!つーか、東卍の風紀委員とか、S63の世代って漫画で言ってたケド、この世界で真一郎君生きてるし、イザナくんどうなってんだろ。後で調べっかなぁ。なんて思っていれば、俺が椅子代わりにしていた三途君を回収するべく突っ込んでくるムーチョ君に思わずクッパとピーチ姫って言っちゃったよね。タケ以外には聞かれなかったけれど。必死に笑い堪えているタケには悪いけれど、やっぱりムーチョ君はクッパだと思う。

    「なァつ!!」
    「すまんて」

    お前なぁ、なんて言葉を投げたタケに軽く謝りながら、ム武藤君を見る。端っこに三途を非難させて、指を鳴らしながらこちらへと歩いてくる。

    「覚悟はできているな?」
    「あれ?三途君伸しちゃったのそんなに怒る!?油断してたのが悪いってならん!!?」
    「そうか…。なら死ね」
    「全否定botかよ」

    ひゅんッ、と拳が空気を切り裂く。スレッスレの所を避けて、九条はそのままその腕が横薙ぎにしてくるのを感じて下に体を滑らせ避ける。その九条がいた場所に今度はタケミチが入り込み、武藤の鳩尾を殴った。

    「お前の相手は俺だ!!」
    「こ、の!!!」

    ゴッ、と振り落とされた拳がタケの頬に当たる。俺なら吹っ飛んでいるその強い拳も、タケはグッと腰を据えてよろけることなく受ける。

    「こんなもんかよ」

    まだなつの方が脳に響くぜ、なんて言ってムーチョの顔面を掴んで頭突きをした。

    グラりと揺れた身体に、容赦ない一撃を送る。ゴンッ!と呆気なく地面に落とされたのを見て、油断しまくってたんだろうなぁ、と思考を飛ばした。

    「やっと俺らかよ」
    「バジさん、俺九条いきます!」

    おぅ、なんて笑って首を鳴らしたバジくんに、タケミチはゴクリと喉を鳴らした。
    バジくんの強さは知っている。あれは敵に回したくないぐらい強い。だから、タケの肩に手を置いて、九条はそっと呟いた。

    「骨は拾ってやる」
    「負けること前提で話すんじゃねぇよ!?」

    いや、だってバジくん、普通俺とタケでやり合ってトントンみたいなとこあるじゃんなんて言えば確かにそうだけどさぁ、と困ったように呟いていた。まぁ、こんなこと言うのもなんだけれど、これは俺とタケが乗り越えなきゃいけないひとつの壁である。つまり、だ

    「手伝えないんでファイト!」
    「タイマンってこういうのあるから苦手なんだよ…」

    ボソッとそう呟いたタケに、まぁ、こればっかりは仕方ねぇよ、と呑気に言う。
    そう、仕方がない事。そしてそれを納得しないと始まらないこと。

    「タフなやつが多いなぁ…」
    「千冬は強いよ」
    「知ってる」

    ここまで長く潜たことがないからか、身体がこれ以上深く潜ることを怖がっている。震える手を見ながら、ゆるりと息を吐いて、後、2人と言葉を繋ぐ。

    「トップまでが遠いなぁ」
    「ほんとだよ」

    でも楽しいや。不意にそう呟いた九条をみて、タケミチは、そうだな、と思わず笑った。仲良く半分こ。何をするにしても、タケが傍に居た。タケの声だけ、いつも深く潜っても、聞こえていた。なら、もう怖がることはない。

    「勝とう」
    「あぁ」

    ぐっ、とタケが右手で拳を握って、俺が左手で拳を握って、ファインティグポーズ。
    べろりと唇を舐め、ゆったりと笑う。

    「九条夏樹」
    「花垣武道」

    「「参る」」

    ダンッ、と一瞬で深く、暗い場所へと思考を落とし、俺は千冬へ、タケはバジくんへと向かう。

    「負けねぇよ!!」
    「生きて帰れると思うなよ!」

    タイミング合わせて俺へ拳を振るった千冬の攻撃を、首を逸らして避け、握ってた拳をこめかみに向かって振るう。一筋縄じゃいかないことも承知だし、彼らは自分より強い相手に心躍らせる馬鹿だ。分かるよ。だって俺もそのバカの一人なんだから。

    揺らいだ視界をものともせず、躱された拳を開いて俺のマントを掴んでマイキーくんたちの方へとぶん投げられる。ズサッ、片足で着地し、こちらへと飛び込んでくる千冬をすんでのところで避け、空いた片足で彼の腹を蹴りあげる。

    「ぐっ」
    「ふっ!」

    パンッ!と浮いた千冬のからだの鳩尾の部分に、掌底打ちを決める。ガッ、と息を無理やり吐かされてもたつく足を踏んで、顎を叩き、視界を揺らがし、よろけられないその体を掴んで膝蹴り、首を掴んで横へと薙ぎ倒す。

    「舐めんじゃねぇ!!」
    「ぐっ…!?」

    転がった千冬を追って、腹を蹴ろうとした俺の攻撃を避け、今度はこちら側へ攻撃される。ガンッ、と頬を殴り、不意打ちでよろけた身体に蹴りを貰う。

    軽く吹っ飛ばされながらも体幹を戻し迫る腕を払って後ろへと回り、背中を蹴る。

    「くっそッ!!」
    「悪態着くなよ」

    ぷらっ、と手を払って身体を低く落とす。潜れ。泳げ。目の前の彼を倒すことだけ頭を使え。視界の端で、タケミチが飛ばされても、九条はその姿勢を戻さない。深く、深く。獲物が痺れを切らすその瞬間を、狙っている。

    「オッラァ!!!」
    「ふっ!!!」

    走り出してきた千冬のその足目掛けて払う。避けられることは承知だった。払った足を軸にするりと横にそれ、振り返ると共に腹に拳を入れる。

    「ガッ、はっ…!!」

    不防備なそこに叩き込んだのを理解して、手を合わせて拳を作り、千冬に叩き込もうとした瞬間、タケミチが九条ごと吹っ飛んだ。

    「わりぃわりぃ。邪魔したかぁ?」
    「すみません、バジさん…!」
    「油断してんじゃねぇよ、千冬ゥ」

    そういったバジの言葉に、もう一度すんませんと謝り、よろけながら千冬は立ち上がる。

    「ぅ、ぐっ…」
    「はぁ、はっ…」

    息の仕方を忘れていた。危なかった。ドッと押し寄せてくる息苦しさに気を取られながら、のしかかるタケの肩を叩く。

    「生きてる?」
    「バジくん強ぇ…」

    負けたくねぇ〜なんて言って俺の上から退くタケに、千冬も強いんだよなぁ、これが、と小さく声を上げる。

    「ん、しょ…」
    「つか、タケお前飛ばされすぎでは?」

    ほんとそれな?なんてちょっとショックな顔を見せながら、息を深く吐いたタケに、勝てよ、と言って背中を叩く。
    幾度となく潜ろうと意識を落とそうとする流れを、彼らは狙ったかのように止めにくる。泳ぎにくい。潜りにくい。広くて使いやすい場所なのに、それを上手く使えない。

    「厄介だよ、ほんと」

    パタパタと落ちる汗を拭い、空を見る。星が、綺麗だと、まだ俺は感じてしまっている。もっと深く。もっと、何も感じない世界に。

    コポリ。聞こえるはずのない気泡音が、千冬の耳を掠め、不可抗力のまま、意識を深底へと落とした。

    「タケ。あとはお前だけだよ」

    ゆらり。風で靡くマントが、九条を包み込む。一瞬の出来事に呆けることしか出来なかったバジは、その隙を付かれ、タケミチの拳を受ける。

    「くっそ…!千冬!起きろ!!」
    「無理に起こすのはダメですよ」

    ごっ!パンッ!!とお互い1打撃1打撃重くなる拳を受け止め、弾き、やり返す。

    ゆらゆらと水面のように揺れていた九条の身体は、静かに、ジッとタケミチとバジを見つめている。

    「チィッ!!」

    バキャッ!と場地の拳をモロに食らったはずのタケミチが、グンッ、とよろけた身体を戻し、頬に向かって殴る。ゴパッ、と重たい拳と、それに追従するかのように加えられた足蹴りに、反応する間もなく首に受け、バジはよろけながらも渾然とタケミチをみて、意識を落とした。

    シンッ、と静まる境内に、パチパチと拍手が届く。ちら、と目線だけを向ければ、マイキーが無言で拍手を送っていた。

    「やれる?タケミっち、なっち」
    「やれますよ、俺は」
    「なっちは?」

    そう聞かれて、声に出さずにゆるりと笑ってみせる。それを参加の表明だとしっかり理解して、マイキーとドラケンは横並びで並んだ。

    「すげぇよ、お前ら」
    「うん、まさかバジがやられるとは思わなかった」

    ザッザッ、とマイキーもドラケンも前に出て、タケミチと九条を見る。

    ラストだ。楽しもっか。なんて笑ったマイキーに、タケミチもそうですね、と笑う。九条の前にはマイキーだったし、タケミチの前にはドラケンだったから、タケミチは油断していた。

    ダンッ、とこちらへと飛んでくるマイキーをみて、マジか!?なんて叫ぶぐらいには油断していたのだ。

    「なっちは力あるやつとやんの苦手でしょ?逆にタケミっちはわスピードあるやつが苦手。違う?」

    ブンッと唸る足が頭上をすぎる。人が!出していい!!音じゃねぇ!!なんて思いながら、タケミチは飛び退く。タケミチ達に気絶させられた奴らは無事この戦いになる前に目を覚ましていて、全員息を飲んでいた。

    九条が、全く動かない。異様なまでの空気。風でマントの裾が揺らめいて、深く聞こえる呼吸音が生きていることを証明している。

    「なっち、戻ってこれるか?」

    まるで池の中に石を入れられたような感覚に、ちら、と九条は顔を上げた。

    深く潜り過ぎている。マイキーが言ったように、自分の言葉はもう聞こえないかもしれない。それでもまぁ、良かった。寝ているわけでも、このタイマンを諦めたようでもないその態度に、くっ、と口角を上げてドラケンは戦闘態勢に入る。

    「攻め、あるのみ」


    幾度となく掴まれ、幾度となく投げ飛ばされる対象となったマント。それが、全く掴めなかった。
    ひら、と揺らめいて、その中に隠れている腕がドラケンの鳩尾目掛けて放たれる。躱して殴りかかろうとすれば、それはほんの紙一重で躱される。

    身体が水を吸ったように重い。拳が当たる素振りもなく、逆に九条の攻撃だけを無差別に受け入れてしまうこの状況に、ドラケンは焦っていた。ここまで一方的なのは、小学生以来だったから。

    ゆらりと動くその身体が揺れる。視線は時折、マイキーとタケミチの方へと向けられ、その隙をつこうにも、直ぐに戻され躱される。確かに、九条の苦手な人間はタフで、力がある人間だ。けれどそれは、攻撃が当たらなければ驚異ではなかった。
    むしろタケミチの方が危ないと、九条は理解している。水の中を悠々と泳ぐ魚のように、ドラケンの攻撃を避けながら、確実な一撃を与えようと機会を伺っている。

    浅く、深く繰り返される呼吸に乱れは感じない。トンッ、と背中に追い詰められていたタケミチの熱が入る。

    「苦戦、してんね」
    「そういうお前は潜りすぎだよ」

    後で倒れても知んねぇよ。そう言ってうっすら笑うタケに、大丈夫だよ、と顔を上げる。今日は、気分が良かった。だから、ここまで深く潜れている。

    「買ったらパポコ食べようぜ。アイツらのおごりでなァ」
    「ふはっ、そうだな、うん。気持ちで負けそうになったら、その時点で勝てるもんも勝てなくなるよな」

    助かったぜ。そう言ってトンッともう一度背中越しに熱を貰う。そんなタケミチをみて、九条はもう大丈夫そうだと、深く身体を落とし視線をドラケンのみに向けた。

    「遊ぼうぜ、なっち」
    「うん、一緒に泳ごう。ドラケンくん」

    パシャンッと水の弾く音がこだました。

    ★★★

    重たい拳だと、蹴りだと、タケミチは思う。目の前の男が繰り広げてくるしなやかなそれを弾いて、躱して、自分も拳を振るう。ごっ、とお互いの顔にお互いの拳がぶつかり、よろけながら、もう1発食らわせに行く。

    相打ち覚悟での攻撃。タケミチは、マイキー相手に圧勝できるとは思ってもいない。自分がマイキーの攻撃を受ければ、それと同じ重さの拳を蹴りを繰り出す。マイキーも同じように、タケミチに食らった重さの分だけ、殴り、蹴り返す。そうすれば、お互いどうなるか分かっていた。フラフラと目の前が霞む。息も絶え絶えで、だけれどどうしようもなく楽しかった。

    「楽しいなぁ、タケミっち」
    「うん、楽しいね、マイキーくん」

    マイキーはこの勝負負けると確信していた。何度殴っても倒れない。諦めの悪さだけが取り柄のタケミチは、しっかりと足を地につけてこちらを真っ直ぐ見つめている。かくいう自分はフラフラだ。

    「あーあ!一緒に天下取れると思ったのになー」
    「ごめんなさい」

    でも、戦えて、チームに誘ってくれて、嬉しかったです。そう言って笑ったタケミチをみて、マイキーは口角を上げた。

    わっ!と歓声が響く。いつの間にか、ドラケンが九条によって倒されていた。お互い無傷では済んでいない。むしろ九条の方がボロボロなのに、それでもしっかりと立っている。

    「なるほど、確かに“深海魚”だ」

    水圧に負けない身体を手に入れた、魚。俺らよりもタフじゃんなんて言えば、潜りすぎですけどねとタケミチは声を上げた。

    「じゃあね、タケミっち。また遊ぼーね」
    「はい。また」

    ぐっ、とお互い拳を握り、殴る。お互い本気の一打。ぐらりと2人で1緒に倒れて、雑音響く喧騒の中、タケミチは意識を落とす前に、小さな声で九条に帰っておいで、と声を上げた。

    ☆☆☆

    「おはようございます」
    「うっ、あー…はよ」

    どれぐらい意識を落としていただろうか。目の前でボサボサの髪の毛をそのままに、仲間にドラケンくん起きましたーと言うのを見ながら起き上がる。

    「ケンチン寝坊助じゃん」
    「あ?うっせぇ」

    流石に何度も顎やこめかみに打撃を食らっていたのだ。そう易々と起きれるわけが無い。

    「身体は?なんともねぇの?」
    「まぁ、頑丈だけが取り柄だからな」

    ぐっ、と体を起こし、立ち上がる。ふら、とよろけたが、バジが支えながら、負けたよ、と答えた。

    「いい試合だった。お前となっちの試合は全員見てなかったけど」
    「はぁ?嘘だろ?」
    「俺は見てたぜ。綺麗に躱されたお前の拳とか」
    「うっせぇ」

    ペッ、と口の中に残っていた血を吐き出して、タケミチの所でのんびりと欠伸をしている男を見る。

    勝てねぇと、一瞬でも思ってしまったのが運命の別れみちだった気がする。
    あの時の九条の顔は、とても寂しそうに、けれど、楽しそうにしていた。矛盾しているな、なんて思うけれど、それとこれとは話が違うのだ。

    深く潜っていた思考を戻したのも、九条にあの柔らかな顔をさせるのもの、全部、タケミチのおかげだ。あーあ、なんて。

    「タケミっちがライバルかー」
    「あ?」
    「ケンチンはなっちがライバルだよね」

    お互い負けたけど、それでもそれ以上に楽しかった。チームを去る2人だけれど、友達でいてくれると言った。

    「俺ね、すっごい楽しかったよ!」

    そう言って子供のように無邪気に笑ったマイキーを見て、ドラケンは俺もだよ、とうっすら笑った。

    たのしかった。本当に。
    はっ、と浅く笑って、2人は奥でもみくちゃにされている九条とタケミチを見ていた。




    長くなってごめんね!!!

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    ⚠️アテンション
    ・未来パロ(17歳、高2)
    ・しん風
    ・中学から付き合ってるしん風
    ・以前高1の頃○○しないと出れない部屋にて初体験は終えている。(いつか書くし描く)
    ・部屋は意志を持ってます
    ・部屋目線メイン
    ・ほぼ会話文

    ・過去にTwitterにて投稿済のもの+α
    『風間トオルがデレないと出れない部屋』

    kz「...」
    sn「...oh......寒っ...」
    kz「...お前、ダジャレって思ったろ...」
    sn「ヤレヤレ...ほんとセンスの塊もないですなぁ」
    kz「それを言うなら、センスの欠片もない、だろ!」
    sn「そーともゆーハウアーユ〜」
    kz「はぁ...前の部屋は最悪な課題だったけど、今回のは簡単だな、さっさと出よう...」

    sn「.........え???;」

    kz「なんだよその目は(睨✧︎)」

    sn「風間くんがデレるなんて、ベンチがひっくり返ってもありえないゾ...」
    kz「それを言うなら、天地がひっくり返ってもありえない!...って、そんなわけないだろ!!ボクだってな!やればできるんだよ!」

    sn「えぇ...;」

    kz「(ボクがどれだけアニメで知識を得てると思ってんだ...(ボソッ))」
    kz「...セリフ考える。そこにベッドがあるし座って待ってろよ...、ん?ベッド?」
    sn「ホウホウ、やることはひとつですな」
    kz「やらない」
    sn「オラ何とまでは言ってないゾ?」
    kz「やらない」
    sn「そう言わず〜」
    kz「やら 2442