小話『いらっしゃい』
「やぁ、少しだけ時間いいかい?」
『ここは日本語が話せる人間のみご利用可能な店なので、お引取りを』
『少ししか話せないけど、それでもいいかい?』
『チッ……!』
これだからスペックの高い人間は。そう言って舌打ちした夏樹を困ったように見ながらスティーブンは1枚の紙を夏樹に見せた。
「エンジェルスケイル……超高度の術式合成された麻薬に何の御用で?」
「!、知っているって言うことは出処も?」
「まぁ。確かこの間HLの外にも流通されたやつだろ?えっ、何、今更これ追ってんの?」
「今更?」
「これ随分前からある術式合成麻薬じゃん」
そう言って表のドアにぶら下がっているオープンの看板をクローズへと変更し、夏樹は念の為に鍵をかけた。どうせ話が長くだろうな、なんて思っていなくとも目に見えているというものだ。
「エンジェルスケイルになる前はスケイル、ダークエンジェル、スケルトンと3回ほど名前を変えてるんだよね。あ、これ販売ルートね。目を通しといて」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!なんで君そこまで知っているんだ!」
「?、なぜって言われても、その3つは俺がHL内のバイヤーに運んだからとしか……?さすがに外に持ち出せるか、って聞かれてレルとバンライの2人に内密でって言うのは請け負ってないから断ったけどさ」
多分外に通じる穴を開けちゃったかなぁ、と呑気に何かを探している夏樹に、スティーブンは信じられないような顔で彼を見ていた。普通なら厄ネタ案件だ。誰も知らないし、足跡すら残していない連中の痕跡を知っているにも関わらず彼は呑気にこの薬が完成する前の状態のモノを運んでいたということ。
「……君が僕らと同じ人間であることに酷く憤りを感じているよ」
「それはどうも。こんなになるまで放ったらかしておきながら問題になってようやっと重い腰を上げる副官に言われるなんて栄光ですね」
これ、外への穴が空きそうな場所と流出ルートね。バサッ、と適当に資料を投げ捨ててあとは、と声を出す夏樹に、スティーブンはどさ、とソファーに座り直した。
「お代は?」
「クラウス・V・ラインヘルツの時間。そうだな、4時間貰おうか」
彼に聞きたいことがあるんだよね。そう言って最後に薬が入ったパケを置いて夏樹はスティーブンの目の前のソファーへと座り、緩やかな笑いながら聞きたいことはあるかい?と声を出した。
「十分だ」
そう言って資料をファイルの中へと入れたスティーブンに、夏樹はにっこりと笑って立ち上がり、「まいど」と声を出して閉めていた鍵を開けた。キィ……と少しだけ古びたドアノブを引き寄せ、15度の会釈のまま、日本語でまたのお越しを、と言われてしまえばスティーブンはため息を吐き出すしか無かった。その約2時間後、K・Kからの通達によりクラウスが入手した情報を聞いてスティーブンは乾いた笑いを出すしか無かった。
そんなちょっとした大捕物があった三日後。夏樹はライブラに来ていた。扉を開けて見知った自身の雇い主がいた事に盛大にひっくり返ったレオナルドを置いて、机の上にその長い銀の髪を惜しげも無く撒き散らしながら「なんでそうなんの?」と尋ねるその姿にはちょっとした同情の目が込められていた。
「えっ、えっ、ちょ……はァ!?」
「んぁ、レオナルドじゃん。来るの遅かったね」
「あ、すみません。じゃなくて!!なんで夏樹さんがここにいるんですか!」
「プロスフェアーを習いに」
「はぁ!?」
習い始めてもう1時間も経っているのに内容が理解できないし新しいステージが出てきてしんどい。
そうため息混じりに言った夏樹の顔を見ながら、レオはどういうことかとスティーブンに尋ねれば、この間のエンジェルスケイルの件で取引をした、というのだ。
「夏樹くん、その駒は動かさない方が良い」
「飛車角落ちってやつか、なるほど」
「まぁ、そんなわけで取引内容がクラウスの4時間と交換だったから、事後報告としてクラウスには伝えたんだけれど、何をするのかと思えばプロスフェアーを教えて欲しい、と言ってきてね」
「そう言えば夏樹さんの家に本格的なのありますよね……。知らないのになんで置いてるんですか?」
「アレ支払い能力ないやつが置いていったやつ。質屋に売ろうとしたら呪いが付与されてるから仕方なく置いてるって感じ」
引き取り先なくて困ってんだよね、場所とるから近々捨てる予定。そう言ってレマゴグ(傀儡)を右へと動かせば楽しそうな雰囲気をした顔で引き取り先を探しているのかね?と聞いてきたクラウスに、夏樹はのんびりと説明書を読みながらまぁね、と声を上げる。
「んー、ゴルクリオ(堕天使)を左に、ウーフェン(戦塔)を第6形態に変化。ラァジ(衝車)とカイン(背教徒)を聖陣営に動かして、宣言?」
「うむ。聖職域に変形する。この場合は未来のみを選択出来、私からギシャール(屍騎)を手に入れるとまた変形することが出来る」
「その場合は宣誓になる、ってことだよね……?難しいな……」
「ゆっくり覚えてくれて構わない」
それから、宜しければプロスフェアーのチェス盤を買い取りたいのだが、とついでのように言われて面倒臭くなりながらも許可を下す。とりあえず駒の動きはチェスと将棋を掛け合わせたもののようだが、チェスより複雑で、将棋よりも随分と3次元の世界だな、なんて思った。
「とりあえず変形無しで1度指そう。コマの動きを確認したい」
「承知した」
そう言って嬉しそうに答えた彼に肉薄はしたいなぁ、なんて思いながら駒を意気揚々と動かしたのは言いけれど、初めてまだ1時間なのに手加減なくズタボロにされたよね!くそったれ!!!