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    yukuri

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    yukuri

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    🐑🔮学パロ
    腐男子と同性が好きな男の子のお話です。

    ⚠「春は来たれし、恋せよ男子。」のスピンオフです。(🔗🎭要素あり)

    #PsyBorg
    #Cyphic
    #Sonnyban
    sonnyban

    夏は短し、恋せよ男子。「それでね、そしたらその時サニーが」
     栗色の髪を遊ばせて、延々と彼氏の惚気話をしているこの男、アルバーン・ノックス。
     先日一目惚れが実ったばかり。応援していたので同じく嬉しい気持ちではあるが、仲睦まじい話を聞いていると多少羨ましい気持ちが湧いてくる。
     かといって、今すぐ彼氏を作る気があるわけではなかった。趣味である自分磨きを怠ることはないが、自分から出会いを求める気持ちが今浮奇にはない。

     予鈴を聞いて席に戻るアルバーンを横目に、浮奇は青い鳥印のアプリを開いた。新着ツイートがアップされているフォローアカウントを見て心が躍る。
     浮奇には、自分磨きのほかにアルバーンたちにはまだ言っていない趣味がある。それは、創作のBL小説や漫画を読むことである。元々、アニメや漫画は嗜む程度だったが、ふとおすすめに流れてきたBL小説を読んでから沼にはまっていった。自分がゲイであるからか、界隈に造詣の深い創作者が多いからか、感情移入ができるシーンや心情表現の虜になった。
     そして浮奇には最近推しているアマチュアの作家がいた。彼は一次創作や二次創作の小説をSNSにアップしている腐男子だ。ツイートの節々から滲み出る人柄の良さと高頻度でアップされる作品の魅力に一瞬で取り込まれた。
     最近は暇さえあれば彼のアカウントを見て新着を待っている。
     

    〈U: ふーふーちゃん。今回の作品も最高でした。特に主人公と恋人のすれ違いが繊細に描かれていて、切なくて涙を堪えながら読みました〉
    〈ふーふー: Uさん、今回も読んでくれてありがとう!拘った部分なので褒めてもらえて嬉しいです〉
     昼休み。先程読んだ作品の感想を早速アプリ内の個人メッセージに送る。
     すると、間髪入れずに返事が飛んできた。彼の年齢は知らないが学生だとしたら、彼も昼休みに入ったところなのだろうか。
     初めは浮奇が彼のアカウントに反応をしているだけだったが、いつからか彼の方からもフォローして返信をくれるようになり、個人チャットで交流をするようになった。
     ふーふーとは彼のペンネームで、浮奇は愛称としてちゃんを付けて呼んでいる。
     いつだったか、発音する時の口がスープを冷ます仕草に似て可愛いですね、と言ったら、そんな発想に至るUさんの方が可愛らしいです。と返ってきた。
     ちょっとしたやり取りの中でも、浮奇が今まで貰ったことのない優しい言葉ばかりをくれる彼の人物像を想像することがいつの間にか癖になり、彼と会ってみたいという希望が欲望に変わり育っていく。

     作品の余韻に浸りながら、タイムラインをスクロールしていると、彼がまた何かをツイートしていた。

    [ふーふー]今度の夏コミ、どなたか一緒に回りませんか?参戦予定の方はメッセージください。

     彼と会えるかもしれない。気がつけば、メッセージを送っていた。

    〈U: さっきのツイート、まだお相手決まってなければ一緒に回りたいです〉
    〈ふーふー: Uさん、ありがとうございます!ぜひ一緒に回りましょう。詳細は追って連絡しますね〉


     夏のコミックマーケット、通称夏コミ。毎年夏と冬に開催されるマーケット。主にアマチュアを中心に自身で創作した作品を売り買いするなど、様々な活動幅のオタクが一堂に会する大きなイベント。

     浮奇は改めて目的地をネットで検索し、持ち物を見直す。明日はいよいよ夏コミ当日。ふーふーちゃんと初めて会う日だ。
     会うことが決まってから時間はあっという間に過ぎて、気がつけば前日となっていた。着ていく洋服は動きやすさ重視だが自分らしいデザインのもの、汗で落ちない素材のメイク道具もナチュラルに仕上がるものを揃えた。

     そうして、当日。
     指定されてたブースへ行くと、金髪のイケメンが設営準備をしていた。サラサラな髪に艶やかに光る瞳、イメージとかけ離れた容姿に数秒躊躇い、恐る恐る声をかけてみる。
    「……ふーふーちゃんですか?」
    「ふーふー?……あ、もしかして、ファルガーに用事ですか?彼はちょっと今外してて、」
     ファルガーが本名なのだろうか。金髪の男性はサニーという名前らしい。どこかで聞いたことがあるような名前だが、今は深く考えていられない。ファルガーに会う前の緊張で頭の中はそれどころではないのだ。
     ふーふーちゃんもといファルガーはすぐ戻ってくるとのことなので、サニーに言われるままパイプ椅子に座って待つことにした。

     数分後、現れたのは銀髪に色素の薄い瞳、穏やかさが内から滲み出る想像していた通りの柔らかな空気を纏った人だった。
    「サニー、すまない」
    「ファルガーにお客さんだよ」
    「ふーふーちゃんですか?Uです」
     今度こそと喉を鳴らして自己紹介をすると、ファルガーは驚いたように少しだけ目を開いた。
    「……Uさん!ふーふーです、はじめまして。本名はファルガーなのでお好きなように呼んでください」
     ファルガーの細かな表情の変化まで勘繰ってしまう。実際に会ってみて、がっかりされてしまっただろうか。そういえば、ネット上では自分も腐男子だと明言したことはなかった。女性が来ると思っていただろうか。性別で態度を変えるような人ではないということを分かっていても、細やかなことから変な想像を膨らませてしまう。

     もともとサニーに店番をお願いしていたらしく、ファルガーが事前に計画していたルートに沿ってマーケットを回ろうという流れになった。
    「ここから回ってこうだな。サニーに売り子をお願いしている間に遠いところを回り終えよう」
    「そうだね」
     小さなメモを覗き込む顔が自然と近くなる。ファルガーと実際に会ってから心臓が鳴り止まない。聞こえないよね。大丈夫かな。掻き消すように口を開く。
    「ふーふーちゃんの新刊も後で読みたいな」
    「ぜひ。いつも読んでくれてありがとう。Uさんの感想すごく嬉しいんだ」
    「本名は浮奇だから、もしよければ」
    「じゃあ浮奇?」
    「うん」
     彼の口から紡がれる自分の名前は新鮮で、心臓が羽根でくすぐられる。
     ぎこちない自己紹介から始まったが、紙袋に戦利品が増えていくうちに話は深まり、最後の方はクラスメイトと話しているような気楽さで笑い合いながらファルガーのブースに戻った。
    「これ、今回の」
    「ありがとう。帰って読んだら感想送るね」
     ああ、と微笑んだファルガーの周りにふわり花が咲いた。
     射抜かれた心からどくどくと血液が溢れてくる感覚で自覚する。ファルガーのことが好きだと。



    〈ファルガー: 前に言ってたカフェに待ち合わせでいいか?〉
    〈浮奇: もちろん!楽しみにしてる〉
     一文字一文字考えて打ち込む。ファルガーから送られたスタンプが纏うハートすらも深読みしてしまう自分が怖い。

    「最近の浮奇、楽しそうだよな」
    「好きな人ができたんだって」
    「おー!まじか」
    「ね、浮奇」
    「うん」
    「最近よく遊びにいってるよね」
    「告白の日も近いか?」
    「んー。どうだろうね」

     ひゅーひゅーと囃し立てるアルバーンとユーゴを横目に、小さくため息をついた。
     何回も放課後に待ち合わせて寄り道をしたり遊んだりした。それでもまだ告白をする勇気が持てないのは、ファルガーには後ろめたい過去があるから。



    「どうした?元気ないな」
     ファルガーの呼びかけで意識が宇宙から引き戻され、目の前に焦点を合わせる。
    「ううん。ちょっと考え事してて」
    「そうか」
     コーヒーに浮かぶ自分は浮かない顔をしていてせっかくファルガーといられるのに、こんなんじゃダメだと不安を振り払って彼の話に耳を傾けた。
    「この間話してたアニメあっただろう。その続編が決まったらしいんだ」
     嬉々として語る彼の表情は可愛らしい。ファルガーの携帯画面を覗き込み、自然と近くなった距離。甘酸っぱいときめきが広がって、お互い不自然に顔を逸らした。
    「浮奇、もしよかったら今度どこか出掛けないか?」
    「それってデート?」
    「ああ、そうだ」
     茶化すつもりで聞いたのに、真剣な顔で返事をされた。拍子抜けした間抜けな顔のまま頷いて、あっという間に日時まで決まってしまった。



     ファルガーとのデートは、今週の日曜日。彼のことが好きなのに、ここまで来ても告白の覚悟が決まらない原因は一つ。浮奇が以前持っていたSNSアカウントについてだ。
     ユーゴやアルバーンとも出会う前、浮奇はSNSでゲイであることをオープンにして自分の体の写真を上げていた。
     中学校では自分がゲイだと噂が周り、クラスメイトの男子の目線に興味や嫌悪の色が混じっているのを感じて、学校内で恋愛はできないと悟った。自分の気持ちを誰かに聞いて欲しい。初めはそんな軽い気持ちで学校の愚痴を呟いていた。時折、文字数が少ない時に適当に撮った手の写真を載せて呟くようになった。それから、写真が載っている呟きへの反応が多くなり、「綺麗ですね」「可愛い手だね」など写真への反応が来るようになった。いいねの数が増えていくにつれて、足や腕から腿や鎖骨、お臍など性を彷彿とさせる部位をそういうアングルで上げるようになった。良くないことだとは分かっていた。それでも、自分のことを褒めてくれる人がいて男である自分をそのまま受け入れてくれる存在がこの世界のどこかにいるのだという希望を手放すことができずにいた。
     浮奇の期待とは裏腹に、個人メッセージに送られてくるのは"そういう"出会いを期待した内容ばかりで埋め尽くされた。寄せられたコメントやメッセージには何も反応せず無視をしていると、そのうち逆ギレとも取れるメッセージまで来るようになった。

     心無い言葉に傷付いている自分に気付いた時にはもうやめ時を見失ってしまっていて、一種の自傷行為のような気持ちで写真をあげ続けた。匿名の仮面をかぶって自分を露出して、自分でも何を求めているのか分からない。
     そこに来た一通の通知。プロフィールには何も書いてない捨て垢のようなアイコン。内容は、
    『自分の好きなものには自信を持って。自分の体を大切にしてください』
     どこの誰からどんな意図で届いたものかも分からない。それでも、そのアカウントを作ってから浮奇の身を案じてメッセージをくれた人は初めてだった。頭が冷え、安堵のため息が出た。久しぶりに深く呼吸ができた気がして良い心地だった。
     そのメッセージをきっかけにプロフィールとそこに載せていた写真の全て削除した。アカウントのフォロワーも全員ブロックすると、日常的に届いていた個人メッセージも徐々に減っていき、数ヶ月後には何も来なくなった。
     インターネット上に載せた全てを削除したからと言って、自分の体を晒して男性にちやほやされたいと願った過去が消えるわけではない。
     誰にも言わない、言えなかった過去が現在の自分を強く否定する。優しくて素直なファルガーに、自分は全く釣り合わないと自己嫌悪の思いが思考を鈍らせていく。




    「浮奇?ごめん。待ったか」
    「ううん、全然!」
     デート当日。私服のファルガーを見るのは久しぶりだ。オフ会で会って以来、制服姿の彼しかみていなかった。シンプルだがスタイルの良さが際立つコーディネート。
     今日はファルガーがプランを考えてくれているということだったが、行き先はまだ聞いていなかった。
    「それで、今日はどこに連れてってくれるの?」
    「気に入ってくれるといいんだが、」
     そう言って手渡されたのはプラネタリウムのチケット。夜空を見るのが好きだと、どこかで溢した気はするがそれを覚えていてくれたのかと思うと胸の奥がまたきゅうと鳴った。どこまで好きにさせる気なんだこの人は。半ば恨むような気持ちでファルガーの後に続く。

     都心から少し離れた場所にあるプラネタリウム。こじんまりとした小さな建物で、お客さんは少なかった。プラネタリウムの質は高く、昼間から見る無数の星は癒しのひと時を与えてくれる。初めてだというファルガーの横顔も彼の好きなアニメを語る時のようにワクワクが滲み出ていて見ていて飽きない。
    「すごく楽しかった!」
    「そうか。喜んでくれてよかったよ」
     カフェでいつものように語り合って、気がつけば日が傾き始めていた。ファルガーに連れられるまま、サンセットの見える丘までやってきた。ベンチに座って影が2つ。ロマンチックな雰囲気に浸って、隣には好きな人がいてーー幸せなこの時間が浮奇の心の影を締め付ける。
    「浮奇、どうした?」
    「……なんでも、ない」
     どうしてだろう。涙が出てくるのは。
    「あれ、どうしたんだろう。止まんない」
     名前のない雫が頬を伝って、ぽつりぽつりと地面を濡らした。ハンカチを差し出したファルガーは動揺することもなく普段と同じ居心地の良さでいてくれる。
    「なんでもない話でいいから、聞かせてくれないか」
     どうしてこんな俺に、この人はここまで優しいのか。ファルガーに触れられて心の鎧が剥がれ、素の柔らかい部分がふやけて外に出る。
    「俺ね、ふーふーちゃんのこと好きなの。でもこんな醜い自分じゃ告白とかできないって思って」
    「醜い自分?」
     浮奇は醜くなんかない、とファルガーの変わらず優しい眼差しが告げている。
     今、言わなくては。彼を騙すような真似をして付き合うより、今ここで自分の知られたくない過去を曝け出しちゃんと振ってもらわなくては。
     観念して過去の自分と共に彼への想いを告白する決意と共に唾を飲み込んだ。
    「ふーふーちゃんに知っておいて欲しいことがあって…」
     昔のSNSアカウント、自分のはしたない欲を満たそうと写真をあげたこと。結果誰かと繋がることもその低俗な欲求が満たされることがなく悪循環に陥った日々。
     浮奇が全てを話し終えてから、しばらくの沈黙が2人の間を流れる。
     引いてないかな、気持ち悪いと思われないかな。恋人なんて贅沢は言わないから、もし許されるならどうかこれからも友達でいさせてほしい。
     刹那に光る願いを胸に顔を上げた。



     ネットでの彼は何かを求めていた。退屈な日常の呟きから滲み出る寂しがりな性格。際どい写真を載せる度に増えていくフォロワー数と反応の数々が彼を苦しめているのではないかとお節介にも匿名のアイコンの奥にいる彼を案じた。

     BLを嗜む趣味の関係で、エロ垢がおすすめ欄に流れてくることは珍しくない。そういった仕様でランダムにおすすめされた投稿の中から、偶然彼のアカウントを見つけた。綺麗な体だなとぼんやり眺めていたら、誤タップでアカウント主のホーム画面に飛んでしまった。なんとなく呟きを遡って、同じ学生であることに親近感を覚えた。自己紹介欄には自分は同性が好きであると書かれている。写真は日付が現在に近くなるほど過激になっていて、投稿へ寄せられるコメントもそういった色や出会いを求めた輩が群がっていた。
     コメントに反応しないところを見てファルガーはふと疑問に思った。彼は本当にそういったコメント欲しくてこのような投稿をしているんだろうか、と。

     そしてまたしばらく彼のアカウントを眺めているうちに、彼の心の安寧が心配になっていった。顔も名前も住んでいる場所も知らない男の子。エゴと勢いに任せて『自分を大事にしてください』とメッセージを送りつけ、アプリを閉じた。余計なお世話かもしれないと思いつつもあの時はどうしてもそうせずにはいられなかった。

     BLの一次/二次創作を見る側から作る側になったのは新しいオタク垢を作ってからだった。同じ趣味を持った人と繋がれるネットの世界は魅力的で、自分の秘めていた趣味を明かすことで自分に自信が持てた。
     作品を肯定されることで、自分自身まで肯定されている錯覚に陥る。こういう感覚があの男の子をネットに写真を上げさせ続けたのだろうか。自身の体の写真を投稿し、出会い目的のコメントに反応するでもなくただ見られることを目的にしていたようなアカウント。彼の存在が、ずっと頭の片隅で気掛かりになっていたことに今になって気が付いた。思い立ってうろ覚えのユーザーIDを検索してみる。ヒットした検索は一つのアカウントを映し出した。彼は名前とプロフィール欄、アイコンの写真を変えていた。名前はU、反応をした履歴の欄を見ると馴染みのあるBLの作品。ファルガーもよく知っているアニメ作品がリツイートされたりもしていた。
     過去に彼の身を案じ躊躇いながらもメッセージを送ったそのアカウントは、見事にBLオタクアカウントに変身を遂げていた。


     暫くして、自分の作品に彼から反応があった時は心臓が止まるかと思った。初めはたまたま趣向が一致しただけだろうと飛び上がりそうな気持ちを必死に抑えていたが、暫くして別の作品を投稿すると、またもや彼からいいねとコメントが来てベッドから文字通り飛び上がった。彼はその次の作品もそのまた次の作品も欠かさずにチェックし反応をくれた。
     気がつけば、数年前と同じように彼のダイレクトメッセージを開いている自分がいた。

    〈ふーふー: Uさん、いつもコメントをくださりありがとうございます〉

     小1時間悩んだ末に送った全くもって面白みも個性もないメッセージ。こんなんでいつも小説なんて書いたりしているのかと肩を落としていると、すぐに返信が来た。

    〈U: ふーふーさん…!まさかメッセージいただけるなんて。こちらこそいつも素敵な作品をありがとうございます〉

     どう会話を繋げば良いのかとまた数十分ほど悩んでいると、彼の方から追ってメッセージをくれた。

    〈U: ふーふーさんは商業BLも沢山読んでおられますよね。差し支えなければ、おすすめの漫画や小説を教えていただけませんか?〉

     好きな話を振られて話が弾み、自然とお互いの文章に丸みが帯びていく。気付いた頃には夜が更けていた。
     それからというもの、自分が作品を上げる度に彼は個人メッセージで感想をくれた。

    『ふーふーちゃんの選ぶ言葉やキャラクターの描き方が素敵』
    『こんなに優しい文章はふーふーちゃんにしか書けない』
    『あなたの手から生まれる作品が大好き』

     インターネットは怖い。自分が組み立てた文字列、ただの創作小説を褒められているだけなのにまるで自分自身をそのまま肯定されている気分になってしまう。彼からのメッセージが来る度、彼の好意を履き違えないように宙へ浮かんでゆきそうな心をその都度引き摺り下ろした。

     思い上がらないように努めても彼の言葉に中毒性があるのは変わらず、作品をアップロードした翌日は授業中でも彼から反応が来ていないか気になってこまめにアカウントをチェックしてしまう。

     そして夏コミへ向けた作品へ筆を走らせていたある時、1つの思いつきがファルガーの脳内を走り抜けた。

    「彼は昼休みの時間と深夜前にSNSに浮上していることが多いから、そのどちらかでコミケを一緒に周る旨の募集をあげてみようと思うんだ」
     昨晩の思いつきをそのまま言葉にして、幼馴染のサニーに伝えてみる。
    「浮上してる時間統計とってんのきもいね」
    と携帯から目も離さずに辛辣な言葉をいただいた。自覚があるのでかなり耳が痛くはあるが、日に日に育っていく彼と直接話してみたいという気持ちを誤魔化し続けるのもそろそろ限界だ。
     昼休みの時間に作品への反応があったので、返信をした直後に、意を決して募集のツイートをする。
     祈るように数回リフレッシュしていると、まもなく彼からメッセージが来た。思わず立ち上がって大きくガッツポーズをしてしまい、サニーに微笑まれた。


     コミケでついに初めての対面を果たした。自分の中にあるスパダリのイメージを掻き集めて必死に取り繕ったが、かなり緊張していた。彼、Uもとい浮奇は想像していた通りの柔らかく美しい空気を纏っていて、そして想像していたより何倍も魅力的だった。

     距離が縮まり現実の話もできるようになった。お互い高校に通っている同い年であること、コーヒーが好きなこと、得意な教科、苦手な先生、クラスメイトとのエピソード。
    放課後に待ち合わせてカフェやモールへ行って日が暮れるまで時間を過ごす。テスト期間で会えない時は電話で話をしたりもした。

     笑った時に口元を抑える癖、少し伸びた髪を耳にかける仕草、電話越しに聞こえてくる彼の息遣い。もともと深く知りたいと思っていた相手だ。彼の一挙手一投足が可愛くて彼の全てが愛おしいと思うのにそう時間はかからなかった。
     過去に見た彼の体のパーツの写真を想起して心臓が縮む音が聞こえる。服で隠れている場所に目を向ける度に自分を恥じて何度罪悪感に苛まれたことか。自分はネットの写真に群がる輩とは違うと思いながらも、浮奇に触れてみたいという気持ちを含んだ恋情が、自分の中にあるのは紛れもない事実だった。


     そんな浮奇から、今自分は告白を受けているのだ。過去のアカウントに対する彼の気持ちを真正面から受け止めようと出来る限り誠実に耳を傾けた。浮奇が全てを話し終わり、ゆっくりと顔をあげた時には自然と華奢な体を抱きしめていた。

    「ふーふーちゃん…?」
    「浮奇、ごめん」
    「なんでふーふーちゃんが謝るの」
    「知ってたんだ」
    「え?」
    「浮奇の前のアカウント見たことがあって、どんな投稿をしてるか知ってたよ」
     浮奇の顔にカッと血が上り、ファルガーの腕の中から離れようと身を捩った。逃げないで、と耳元で囁くと浮奇は大人しく動きを止める。
    「がっかりしたり、軽蔑したりとか」
     浮奇が小さく漏らした不安の呟きを拭い取れたら、と額に唇を落としてみる。
    「そんなことするわけないだろう。それに、俺も浮奇の体が綺麗だと心の内で思っていた点で言えば俺もあまり相違ない」
    「……きれい?」
    「すまない」
     自分の本心が口をついて出て咳払いで誤魔化した。逆にこちらが引かれているのではないかと不安になり浮奇の顔を覗き込む。浮奇は意外にも何かに安堵したような顔つきで、顔をファルガーの胸に埋めた。
     しばらく抱き合って、ファルガーがゆっくり背中を撫でていると鼻を啜る声が聞こえてきた。

    「浮奇」
     顔を見やると浮奇の綺麗な瞳がこれまでにないほど潤んでいて、今にも雫が溢れてしまいそうだ。
    「浮奇のことが好きだ。誰にも君を傷付けさせたくない。それは君自身も含めて。浮奇がいいと言ってくれるなら、これからもそばに居させてくれないか」
     優しく微笑んだ浮奇の目からぽろぽろと零れる涙が頬を伝った。ファルガーは浮奇の顔を両手でふわりと包み込んだ。
     あの日インターネットの海で見つけた唯一の宝物を、ファルガーは壊れてしまわないよう優しく大切に抱きしめた。





    「浮奇!こっちこっちー!」
     アルバーンがぴょんぴょん飛び跳ねながらこちらへ大きく手を振っている。パークの入園時間まではまだ余裕があるのに、準備万端と息巻くアルバーンの興奮した様子に自然と笑みが溢れてしまう。
    「お待たせ。結構人多いね」
     祝日だからねーと浮奇に答えるアルバーンの隣には、アルバーンとのシミラールックの格好で涼しい顔をしたアルバーンの彼氏、サニーが立っている。
     コミケで遭遇したファルガーの友人、サニーがアルバーンの彼氏だと発覚したのはつい先日のこと。付き合う前はお互いの友人の話はしても、名前まで教え合うことはなかったので、つい最近までお互いの友人が交際していることを知らなかった。

     それぞれの友人の情報を共有してまもなく、アルバーンの提案でWデートをしようということになり祝日の今日4人でアミューズメントパークへ来たのだった。

    「はじめまして?」
     大きく首を傾げるサニーは相変わらずキラキラとしたオーラを纏っているが、アルバーンから聞いていた話と比べるといくらか表情が薄いように思えた。
    「サニー、お前は浮奇とコミケで会っただろう」
     ファルガーが一言添えても大きなハテナを頭に浮かべてる無表情のサニーが面白くてくすりと笑ってしまう。
     ふわり、頭にファルガーの手がそっと添えられて頬に熱が集まっていく。いつも通り外でも関係なくスキンシップに躊躇いのないファルガーの裾を小さく掴むと、優しい笑顔のファルガーが浮奇の目に映る。
     薄い色素にぬくもりが滲むファルガーの目に見つめられると途端に浮奇は思考が溶けてしまう。

     黙りこくる浮奇を横目にアルバーンはサニーの耳元に口を寄せた。
    「ね、サニー」
    「ん?」
    「あの2人、本当にお似合いだと思わない?」「そうだな」
     アルバーンの友人思いな横顔を見たサニーは愛しさが込み上げる。瞳の先には、数少ない親しい友人であるファルガーが幸せそうに恋人と微笑みあっている。

     ふと、アルバーンと付き合ったことをファルガーに報告した時のことを思い出す。
     『自分が素敵だと思う人に想いを寄せてもらえるのは稀有なことだと思う』とファルガーは言っていた。
     その時は彼ほどロマンチストではない自分にはしっくりこなかったが、今アルバーン達を前にしてなんとなくファルガーの言いたいことが伝わった気がした。
     大切な人とその人の大切な人が笑いあっているこの空間は、幾つもの幸運が偶然重なって織りなされているのだと、柄にもなく夢想的な考えに浸った。


     パークの入り口の門を潜ったその先の青空は果てしなく広く、雲はどこまでも長く連なっている。太陽が照りつけてじとりと暑さの滲む地面を爽やかな風が横撫でた。
     蝉の声がだんだんと遠くなっていく。みずみずしく青い夏の終わりはもうすぐそこまで来ている。
     夏の余韻を謳歌する4人の影が、眩しく照らす太陽の方へと向かって走り出す。
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    yukuri

    DONE🐑🔮学パロ
    腐男子と同性が好きな男の子のお話です。

    ⚠「春は来たれし、恋せよ男子。」のスピンオフです。(🔗🎭要素あり)
    夏は短し、恋せよ男子。「それでね、そしたらその時サニーが」
     栗色の髪を遊ばせて、延々と彼氏の惚気話をしているこの男、アルバーン・ノックス。
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     かといって、今すぐ彼氏を作る気があるわけではなかった。趣味である自分磨きを怠ることはないが、自分から出会いを求める気持ちが今浮奇にはない。

     予鈴を聞いて席に戻るアルバーンを横目に、浮奇は青い鳥印のアプリを開いた。新着ツイートがアップされているフォローアカウントを見て心が躍る。
     浮奇には、自分磨きのほかにアルバーンたちにはまだ言っていない趣味がある。それは、創作のBL小説や漫画を読むことである。元々、アニメや漫画は嗜む程度だったが、ふとおすすめに流れてきたBL小説を読んでから沼にはまっていった。自分がゲイであるからか、界隈に造詣の深い創作者が多いからか、感情移入ができるシーンや心情表現の虜になった。
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    yukuri

    DONE🦁🖋
    ボスになりたての🦁くんが🖋くんと一緒に「大切なもの」を探すお話です。
    ※捏造注意(🦁くんのお父さんが登場します)
    題名は、愛について。「うーーん」
    「どうしたの。さっきから深く考えてるみたいだけど」
     木陰に入り混じる春の光がアイクの髪に反射した。二人して腰掛ける木の根元には、涼しい風がそよいでいる。
    「ボスとしての自覚が足りないって父さんに言われて」
    「仕事で何か失敗でも?」
    「特に何かあったとかではないんだけど。それがいけない?みたいな」
     ピンと来ていない様子のアイクに説明を付け加えた。
     ルカがマフィアのボスに就任してから数ヶ月が経った。父から受け継いだファミリーのメンバー達とは小さい頃から仲良くしていたし、ボスになったからといって彼らとの関係に特別何かが変化することもない。もちろん、ファミリーを背負うものとして自分の行動に伴う責任が何倍にも重くなったことは理解しているつもりである。しかし実の父親、先代ボスの指摘によると「お前はまだボスとしての自覚が足りていない」らしい。「平和な毎日に胡座を描いていてはいつか足元を掬われる」と。説明を求めると、さらに混乱を招く言葉が返って来た。
    8660

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     栗色の髪を遊ばせて、延々と彼氏の惚気話をしているこの男、アルバーン・ノックス。
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     かといって、今すぐ彼氏を作る気があるわけではなかった。趣味である自分磨きを怠ることはないが、自分から出会いを求める気持ちが今浮奇にはない。

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    REHABILI*不是BE,放心服用。
    *OOC歸我,一切勿上升主播

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      你曾坐在火車上,看著朝背後呼嘯而去的窗外景色,思考過也許自己其實沒有移動,而是這世界在遠離你嗎?
      Sonny常有各種天馬行空的疑惑,大多像網站的彈跳式廣告,出現的時候吸引你的注意力一秒,拋出問題、關掉廣告,答案或後續如何也不重要。
      但是當自己如溺水般被無止盡的問題所包圍時,他不知道是現實還夢境囚禁了他的思想與身軀。
    Sonnyban - 清醒夢  VSF這段時間加入了許多新隊員,作為隊長、同時也是隊內最出色的執行者,他在出任務、帶新人和文書工作之中分身乏術。
      好幾次在忙碌的一天後,他累得只能甩掉沾上血跡的外套跟護甲,坐在總部辦公室角落的椅子上,抬腳勾過旁邊的椅子,用盡全身最後的力氣把雙腳交疊在上,厚重的靴子敲擊椅面發出沉重的聲響,而他毫不在意,瞬間沉入睡眠。
      這麼疲累的狀況,按理不應該作夢。
      但是這半年多來,他持續地做著一場幾乎不中斷的清醒夢,到了最近甚至無法辨別自己身處現實還是夢境。


      他夢見自己在某次任務中意外穿越時空,到了一個和現實極為相似、卻屬於歷史的時代,而他加入了新的團體,認識了許多人。
      和他差不多時間加入的幾個人也跟他一樣透過穿越時空到了這個地方,其中就包括了Alban。
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