猫の喧嘩は犬も食わぬ ネオン賑わう夜の繁華街。バーの一角に、酒を手に睨み合う二人の男がいた。
「絶対サニーの方がいい彼氏だよ!」
「いいや、ふーふーちゃんが一番」
お互いの彼氏を自慢し合うアルバーンと浮奇は取り止めもない話から、どちらの彼氏がより良い彼氏か、話し合いを始めた。
側から見れば、自分の恋人が一番に決まっているのだから、この話し合いに終着点などないのだが、冷静さを欠いたほろ酔い気分の二人を止めるものは居なかった。
よってどちらの彼氏がより良い彼氏か、という論争の火蓋がここに切って落とされた。
「そもそも浮奇はファルガーのどこが好きなの?」
「あんなに魅力で溢れた人のいいところを一つに絞るなんてできないけど、強いて言うなら…」
勿体ぶった様子の浮奇はスマホをスクロールしてファルガーの写真を画面に映した。
「笑顔が可愛いところ?」
浮奇が出したのは二人で花見に行った時の写真。桜を背景に笑うファルガーの姿。左手は浮奇の手に繋がれていて、二人だけの世界と言わんばかりの写真だった。
「えー、普通」
「普通じゃない!世界一可愛い。この笑顔。もっとよく見て」
ぐりぐりとアルバーンの頬にスマホを押しつける。反撃するべくアルバーンも自分のカメラロールを漁った。
「サニーだって可愛いよ!ほら見てこの動画。この間猫カフェ行った時の…」
再生された動画はガサゴソと音を立て、キスマークを沢山つけた上裸のサニーが映っていた。
『……ッ……あぅばん…』
一瞬流れたサニーの艶声にアルバーンは急いでスマホの電源を落とす。
「………ま、間違えた」
「何、今の」
「なんでもない」
「もう一回見せて」
「見せないよ!馬鹿!!」
「見せてきたのはそっちじゃん。ていうか二人もハメ撮りとかするんだ」
「……"も"ってことは浮奇たちもするの?」
「たまにふーちゃんにお願いして」
「うわぁ、ファルガー撮るの嫌がりそう」
「そんなことないよ、むしろ…。あんまり教えたくないからそういうことでいいや」
「告白したのは浮奇からでしょ?みんなでいる時のファルガー見てても、付き合う前と後で変わりないし、いまいち二人が付き合ってる実感湧かないんだけど」
「確かに告白は俺からしたけど好きとか愛してるとか言ってくれるよ。みんなの前ではそうしないってだけで。夜だって熱情的だし」
「その点サニーは自分から告白してくれたし、みんなの前で牽制してくれるし。「アルバーンは俺の」って抱き締めてくれてる時の顔、本当に可愛い」
「へぇ。その割にはサニーって俺といちゃつくの好きだよね」
「それは同期だから仲良くしてるだけ。僕の時とは違うもん。ファルガーってそういう時何も言ってこないの?」
「叱ってくれるしお仕置きしてくれるよ?」
「それがサニーに近づく本当の理由か…」
「あはは」
「自分の欲求のために人の彼氏使わないでよ」
「ごめん、でも嫉妬してるふーちゃん最高に可愛いくてセクシーなんだもん」
「まぁ確かに。独占欲見せてくれるのはいいよね。自分だけ見てくれてる感じがするし」
「サニーは嫉妬して鼻血出したんだっけ?」
「あれは嫉妬じゃなくて興奮してた。すっごい可愛かった」
「なんだっけ、してる最中に鼻血出したってやつ?」
「そう。僕がその日ちょっとえっちな下着着てて。ズボン脱がせてからいつもよりキス多くしてくれるなぁって思ってたら、最中に鼻血出てて。その時の焦った様子が可愛くて」
「サニーの格好いい所は?」
「んー最近だったら、飲み会の帰り車で迎えにきてくれて、酔った友達に絡まれそうになってたところ助けてくれた時かな」
「わざと絡まれたの?」
「そんな浮奇みたいなことしませんー。酔ったノリでふざけた友達が肩組んできて、その手を握り潰す勢いで止めてた」
「サニーの本気の握力は痛そう…」
「ははは、その友達はその時のこと覚えてなかったみたいだから良かったけど」
「ふーちゃんもよく迎えにきてくれるよ、ネイルの後とか」
「ネイルの後もお迎え呼ぶの?」
「そのままご飯一緒に食べに行ったりするし」
「二人ってほんと一緒にいる時間長くない?グループチャットで発言しても大体同じタイミングで返信くるし」
「そういう時は一緒にいる時かも。基本仕事とお互いの予定以外はどっちかの家にいたりするから」
「そこまで一緒にいたら嫌なところも見えてこない?」
「まぁシンク周りの掃除は徹底して教えたからもう大丈夫だけど」
「うわぁ…さすが。最初の方は怒ったりしてたの?」
「いや、俺が勝手にやってたんだけど、ちょっと見ない間に放置してたりするから一緒に掃除してって言うようになった」
「ファルガーからは直して欲しいところとかなんか言われたりした?」
「うーん、あんまり外で色気振りまくなって」
「要は飲むなってこと?」
「そこまでじゃないけど、飲んだ日はふーちゃんの家に帰るようにとは言われた」
「へぇ、ファルガーも結構嫉妬するんだね」
「ふふ、うん。ふーふーちゃんの嫉妬はすごいよ」
「意外」
「サニーは口にも出すし態度にも出すよね」
「うん。それが可愛くて最初の方はわざと他の人と仲良くしてたこともあったんだけど、」
「怒られたってやつね」
「そうそう。ほんっとに怖かったんだから」
「ははは」
「笑い事じゃなくて」
話しは深まり、夜は更けていく。終電はとうに無くなって、バーの店内も人の数がだいぶ減った。
カップルで飲みに来ている者、出会いを求めてやって来ている者、単に酒を飲みに来ている者。2人はどれにも属さないが、側からみれば出会いを求めに友人2人で来たとも取れる。もともと容姿が良い2人だが、酒に濡れた唇と火照る頬がより魅力的に見せた。
遠巻きに見ていた男たちが腰を上げた。出会いを求めてやって来たのに、今日の収穫はいくつもの冷たい目のみ。彼氏の自慢をし合っているとも露知らず、覚悟を決めて自身の威厳の為近づいた。
「君たち、2人で呑んでるの?もしよければ俺たちも混ざっていいかな?」
とろんとしたオッドアイの瞳が二つ。吸い込まれ、今すぐに欲を吐き出したい衝動に駆られる。お持ち帰りまで成功させるためには、なけなしの理性で抑えなくてはならない。
「んー」
「僕たち彼氏いるから」
「二人ともすごく可愛いし、そうだよね。でも呑むくらいだったらいいんじゃない?」
まずは抵抗の少なそうな部分から、と順序立てて考えていると、二つの影が男たちの前を遮った。
「サニー!」
「ふーふーちゃん」
アルバーンと浮奇の瞳は輝きを増して、男たちの存在などないものとして、腕に頭をくっつけたり首に腕を回したりして甘え始めた。
「あー…えっと」
灰色の髪に見透かされるような瞳、蛍光色の髪と穏やかな中に鋭利を含んだその瞳。
彼らが彼氏であることは火を見るより明らかだった。
「俺たち…もう帰ろうかな」
「そうだな。マスター、ご馳走様!」
引き攣る声で退く二人。一言も発さずとも、あの威圧感。火遊びをするには今日は運が悪すぎた。いくつもの冷たい目に加え、一日の締めに迫力と凄みの牽制を食らった男たちは、文字通り尻尾を巻いて大人しく帰路に着くよりなかった。
「二人とも結構呑んだな」
「へへ」
「浮奇、立てるか」
「ふーちゃんおんぶ」
「アルバーン大丈夫?」
「うん!サニーがお迎え来てくれて嬉しい」
「さっきの下衆野郎に何もされてない?」
「何にもないよ」
「そっか」
声のトーンが変わった。先程まで声を荒げるほどの勢いで自慢話をしていたアルバーンと浮奇。お互い、彼氏によく見られようと振る舞ってることが一目瞭然で、共感するようなにやりと小突いてやりたくなるような感情を抱えて密かに笑い合う。
二組の寄り添う影は別の道へと別れ、ネオンも沈む夜の街に溶けていく。
勝敗はつかずに闇の中。酒の勢いに任せて飛び出た話の数々も星の瞬きと共に流れ隠れた。