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    yudoufuneko

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    yudoufuneko

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    術で体も精神も幼少期に退行した魏嬰の話。

    幼児化した魏嬰の話「おにいちゃん、だれ?」
    「!? あ、私は藍湛。君の、……家族だ」
    少し言葉に迷うように少しの間のあと、藍忘機は答えた。
    「かぞく……。でもおれ、らんじゃんのことしらない」
    「君は、本当は大人だ」
    藍忘機がそう口にすると、彼の目の前にいる子供は不思議そうに首を傾げる。それは当然のことだった。この子供は術の影響で幼児化してしまった魏無羨で、体だけでなく記憶も退行してしまったのだから――。

     ことの発端は午後の昼下がり。藍忘機は所用で雲深不知処を離れていたため、魏無羨は静室で彼の帰りを待っていた。いつもであれば外をぶらりと散歩したり、りんごちゃんのところへ行くのだが、今日は外へ出る気分にはなれず、静室でだらだらとしていた。しかし暇をつぶせるものはなく、いつになく時の流れがゆるやかでなかなか時間が進まない。しかもこういう時に限って眠くなく、彼はついには仰向けに寝転がり天井のシミを数えだした。
    「藍湛はいつ帰るかな。シミ数えるのも飽きてきたな」
    しかしそれも大した暇つぶしにはならず、すぐに飽きがきて数えるのを止めた。彼は起き上がり、部屋の入口へと目をやる。藍忘機の用事は時間のかかるものではないらしいが、さすがにこんな早くは帰ってこないだろうと分かっている彼は、ため息を零す。
    「早く帰ってきてくれ。暇すぎて死んじゃいそうだ」
    心底退屈そうに言葉を零す。そして彼はぼぅーっと一点を見つめる。何か面白いことはないかとあれこれ思考を巡らせ始めた。
    「ここにいてできること……。さすがに書物を読むのはなー。落書きでもするか。筆と紙はあるし。んー、……あっ」
    ぶつぶつ言っていた魏無羨は何か思いついたように声をあげる。そして口角を上げ、にやりと笑った。彼は立ち上がり文机へ向かうと、そこへゆっくり腰かけて筆を手に取る。
    「せっかくだから藍湛を驚かせるようなことやろう」
    悪巧みをする子供のような表情で目の前の紙へ視線をやる。そして手に持った筆を墨へ付けると紙に何やら書き始めた。彼は途中、何度か手を止め頭を捻らせることを繰り返す。そんな彼の様子はとても生き生きとしており、先程までの退屈さなど忘れ去るほどだ。そうしてしばらく筆をすべらせたあと、力強く頷き、手にしていた筆を机の上へと置いた。
    「できたぞ。藍湛いったいどんな反応だろうな」
    想像しながら楽しそうに笑う。すると外から人の気配を察知する。藍忘機が帰ってきたのだとすぐに分かった。いつの間にか一時辰ほどが経っていたようだ。彼は慌てて今しがた書き上げた紙を手に取り、呪文のように言葉を唱え始める。そして最後の言葉を口にし終えた瞬間、小さな爆発のようなものが起き、彼の体が白い煙に包まれた。
    「魏嬰、戻った」
    扉の前でそう言うと、用事を済ませた藍忘機が部屋へと入ってきた。そしてすぐに魏無羨の姿を探す。
    「うぇい、いん……?」
    藍忘機は視界に映った景色に目を見開く。そこには魏無羨とおぼしき姿をした四、五歳の小さな子供がいた。突然の出来事にも関わらず藍忘機がその子供を魏無羨と分かったのには理由があった。当然、ここが静室であり簡単に人の出入りができるわけではないことも理由の一つではあるが、一番の理由はその子供が背丈に全く合わない衣服を着ており、しかもそれが魏無羨のものであったからである。彼のことだ、暇つぶしにでも術を開発して自分を驚かせようとでもしたのだろうと、藍忘機はすぐに察した。そしてその予想は見事に的中していた。しかし一つ想定外のことが魏無羨にはあった――。
    「おにいちゃん、だれ?」
    その台詞が全てを物語っていた。魏無羨は体のみ幼児化させる予定であった。しかし思い通りにはいかず、記憶まで幼い頃に戻ってしまったのだ。見知らぬ場所に見知らぬ人。今の魏無羨、小無羨にとっては馴染みあるものは一つたりともなく、気づいたら今の状況、というわけだ。
    「ここはどこ?」
    「ここは雲深不知処だ。君は今私とここに住んでいる」
    「ひとさらい?」
    不安げにそう口にする小無羨の言葉に、藍忘機は言葉を失う。確かに知らぬうちにここへ居れば誘拐されたと勘違いしても不思議ではない。正直に話すべきか彼は悩む。彼の話を小無羨がどの程度理解できるかも分からない。しかも彼は恐らく、この頃まだ江家に引き取られてはおらず、術のことなど全くの未知であろう。藍忘機はどうしたものかと考え込む。
    「らんじゃん?」
    「っ……。取り敢えず服を着替えよう。そのままでは裾を踏んで転んでしまう」
    「うん」
    彼の優しい声色に、小無羨は悪い人ではないと察したのか、おとなしく彼の言った通りにする。
     藍忘機は子供用の服をすぐに用意し、小無羨に着せる。そして元の彼の服を丁寧にたたみ、棚へしまう。
    「じき夕食の時間だ。お腹は空いているか?」
    「あ……、うん、すいた」
    「君は何が食べたい?」
    「えっと、らんじゃんは?」
    「君が食べたいものを。……君はこの頃から自分より他人なのだな」
    最後に藍忘機はぼそりと呟いた。小無羨は何を食べたいかという問いに、うーん、と唸りながら頭を捻らせて考える。
    「なにかあったかいものが、たべたい」
    その台詞に、藍忘機の胸が少し痛む。それは江家に引き取られる前の魏無羨が送っていた生活を思ってのことだった。恐らく温かい食事を摂ることなどほとんどなかったのだろう。それ故に出た言葉なのではないかと考えるだけで苦しくなる。
    「すぐに温かいおかずや汁物を用意しよう」
    好きなものを用意してあげたい気持ちはあるが、さすがに今の彼に辛いものを用意するわけにもいかず、一先ず彼が好みそうな料理を用意することにする。
    「私は食事の用意をする。君はここで待っていてくれるか?」
    「うん。まってる」
    「いい子」
    そう言って藍忘機は小無羨の頭を優しく撫で、部屋を後にした。
    「えへへ。らんじゃんのて、あったかかった……」
    静室に一人残った小無羨は、先程撫でられた頭に手を当て、どこか嬉しそうに笑った。小無羨は自分に優しくしてくれる藍忘機へ心地よさを覚える。先程までの不安は消えており、彼は早く藍忘機が戻ってこないかとずっと扉の方を見ていた。
     それから少しして藍忘機が戻ってきた。手に持っていた料理を机の上へ置くと、おいで、と小無羨を呼ぶ。少し遠慮がちに近づいてきたが、料理のいい香りが鼻に入ると、小無羨は足早に机の所へとやってきた。そしてそこに並ぶ、湯気が立ち上がる料理たちに目を輝かせる。
    「ごちそうだ……」
    「好きなだけ食べなさい」
    「こんなごちそう、ほんとうにたべていいの?」
    様子を伺うように藍忘機の顔を恐る恐る覗き込む。藍忘機は微笑みながら静かに頷いた。それを見た小無羨は満面の笑みを浮かべて箸を手に取り、拙い箸使いで料理を自身の皿へ盛り始める。そして香りを鼻いっぱいに吸い、喉をごくりと鳴らすとゆっくりと口の中へと食べ物を運ぶ。一口食べた瞬間、彼は目を大きく見開き、きらきらとした笑顔を目の前に座る藍忘機へ向けた。
    「すごくおいしい!」
    「それはよかった」
    料理がどんどん小無羨の口の中に吸い込まれていく様に、藍忘機は笑みを零す。藍忘機は椀に入った汁物を、食事を頬張る小無羨に差し出す。
    「これも食べていいの?」
    「うん。熱いから気を付けて」
    小無羨は箸を置き、レンゲを手に取ると慎重に汁をすくい上げる。ふぅーと、と息を吹きかけて熱い汁を冷ますとゆっくり口へ運び、ごくん、と飲み込んだ。
    「これもおいしい……」
    「魏嬰!? やけどでも――」
    「? やけどはしてないよ」
    「でも君、泣いて……」
    そう藍忘機に言われて初めて自分が波を流していることに気づいた。小さな手で零れ落ちる涙を拭うが、それでも目からは涙が溢れてきた。
    「あれ、なんでないてるんだろう。とまらない。なんでかわからないんだけど、なつかしいきがする。へんなの。はじめてたべるのにまえにもたべたきがして……」
    (それは江殿の……。記憶がなくとも体に染みついているのだな)
    藍忘機は敢えて何も口にせず、ただ小無羨の頭を撫で、涙を拭ってやる。
    「えへへ、ありがとう」
    笑みを浮かべてそう言うと、小無羨は一口、また一口と汁物を口へ運ぶ。そして食べ終わる頃には彼の涙も止まっていた。
    「ごちそうさまでした。すごくおいしかった!」
    「口に合ったのならよかった」
    「こんなおいしいものたべたのはじめてだよ! ありがとう、らんじゃん!」
    「君が望むならいつでも用意する」
    そう言うと、小無羨は何か言おうと口を開きかけてまた閉ざした。藍忘機はそれに気づいたが、問いかけるでもなく、彼が言葉を発するのを静かに待つ。するとすぐに小無羨が口を開いた。
    「らんじゃんは、おれのことだいじにしてくれてるんだね。きっとおれ、らんじゃんといるとすごくうれしいとおもう。ありがとう」
    「私は魏嬰が好きだ。それにお礼を言うのは私の方。ありがとう」
    「おれほんとうはおとなで、いまはちいさくなってるんだよね。だったらおれいはおとなのおれにいってあげて。こどものおれじゃなくて、らんじゃんのしってるおれに」
    にこりと笑う小無羨にどこか子供らしくないようか違和感を覚えたが、彼らしいと藍忘機は心がじんわりと温かくなるのを感じた。そしてきっと小無羨は勘違いをしているだろうと、彼に想いを伝える。
    「魏嬰、私は君を好いている。そこには今の、子供の君も含まれる。だから自分に向けられた想いではないと突き放さないで。君だって魏無羨なのだから」
    「でもこどものおれは、らんじゃんとあったことないんだよ?」
    どうして藍忘機がそんなことを言うのか分からず、小無羨は小首を傾げ尋ねる。
    「確かに幼い君には会ったことはないが、私が好いている魏無羨は君が日々を生きて作り上げたものだ。君がいなければ魏無羨はいなかった。だから君も魏無羨だ。私が愛している魏無羨だ」
    「……らんじゃん。うん、わかった。でも、おとなのおれにもいってあげてね。そしたらきっとよろこぶから!」
    小無羨の言葉にしっかりと頷くと、彼は屈託ない笑顔を藍忘機へ向けた。小無羨の心の中は温かいものでいっぱいになる。今までこんなに多幸感を味わったことないと思うほどに彼の心は幸せで満たされた。そしてずっと藍忘機と一緒にいたいと思った。しかし仙術に明るくない彼にも、今の自分に残された時間が短くないことは薄々感じ取っていた。そのため少し寂しさを感じるが、それでも先程の藍忘機が言ってくれた『今の自分も大人の自分も同じ魏無羨である』という言葉で心がすっと軽くなる。元の体に戻っても自分は自分であるのだと。
    「らんじゃん、おれなんだかねむくなってきた」
    「そうか。なら少し休むといい。こちらへ」
    藍忘機は両手を広げ、小無羨を自分のもとへと呼ぶ。それを見た小無羨は少し照れくさそうに、でもどこか嬉しそうに藍忘機の胸へと飛び込んだ。
    「らんじゃんはあったかいね。すごく、あんしん、す、る……」
    「……魏嬰、おやすみ。良い夢を」
    腕の中で静かに眠りに落ちていく小無羨を愛おしく思いながら、そう優しく言葉をかけた。

     それから一刻ほどで、魏無羨は元の体に戻った。そして目覚めた時、藍忘機の腕に抱かれており驚きを隠せずにいた。
    「え、俺なんで藍湛に抱かれて寝てるんだ?」
    幼児化したときに記憶まで幼い頃に戻っていたが、どうやら彼は幼児化していた時のことは全く覚えていないようだった。
    「何も、覚えていないのか?」
    「覚えてって何を……、あ」
    魏無羨は何か思い出したように文机の方へ目をやる。
    「そっか、俺暇すぎて幼児化する術を。途中から何も覚えていないのは、俺はさっきまで幼児化していたのか?」
    「うん」
    こくりと藍忘機は頷く。すると魏無羨は口を尖らせながら言葉を零す。
    「せっかく小さくなって藍湛を驚かせようと思ったのに、俺が覚えてないんじゃ意味ないじゃないか」
    「驚いた」
    「俺はそれを見たかったんだ。記憶まで幼少期に戻るのは誤算だったな。これは改良の余地ありだな」
    どうすればいいのか、と魏無羨はぶつぶつと独り言を呟きながら術の欠点を探し始める。藍忘機はそんな彼をじっと見つめる。そして彼の頭の中には小無羨の言った言葉が浮かんでいた。
    「なあ藍湛、どうすれば記憶は今のまま維持できると」
    「魏嬰」
    「ん、何だ?」
    「君が好きだ」
    「……え? 急にどうしたんだ藍湛」
    「愛している」
    「ちょっと、ほんと何なんだ?」
    「私は君に」
    「藍湛、含光君、ちょっと落ち着こう、な?」
    「魏嬰、私はどんな君も例外なく、すべて愛おしく思う」
    「っ……」
    藍忘機の愛の言葉に魏無羨は動揺を隠せない。並べられる言葉たちに、彼の顔は徐々に赤らんでいく。魏無羨は取り敢えず彼を制止しようとする。しかし藍忘機はそんなことはお構いなしに言葉を続けた。
    「魏嬰、私は君に感謝している。私と一緒にいてくれて、私を好いてくれて。だからありがとう、魏嬰」
    「うぅ、不意打ちはやめてくれ。心臓がもたない……」
    きっと今自分は情けない顔をしているだろうと、魏無羨は藍忘機の胸へ顔をうずめる。恥ずかしくて、というのはもちろんあるが、藍忘機の自分への愛の言葉に心をくすぐられ、込み上げてくるものがあり泣いてしまいそうだった。表情を取り繕えそうにないと、彼は先程の行動に至った。そして彼はくぐもった声で、返事をするように藍忘機へ言葉を贈る。
    「藍湛、俺も、お前が好きだ。俺を大事にしてくれて嬉しいんだ。……ありがとう」
    「ふふ、照れている君は珍しい」
    「笑うな。藍湛が急にあんなこと言うからだろ。なんで急に……」
    「君が言った」
    「俺が?」
    「うん。小さくなった君に想いを伝えたら、大人の君にも伝えてくれって。そしたらきっと嬉しいから、と」
    なんだそれ、と魏無羨は言葉を零す。
    「君は今も昔も変わらない。小さい君と話してやはり魏嬰は魏嬰なのだと、私は小さくても大きくても君が好きなのだとはっきりと分かった」
    「らんじゃ、ほんっとに、お前……」
    羞恥が最高潮となった魏無羨は言葉に詰まりながら、結局口を閉ざし、さらに強く顔をうずめる。そんな彼の様子が愛おしくてたまらない藍忘機の胸がトクン、と高鳴る。
    「……魏嬰、顔を見せて」
    「断る」
    「魏嬰、お願い。君の顔が見たい」
    耳元で囁かれる藍忘機の言葉に、魏無羨の体がぴくりと跳ねる。無理やり顔を向かせればいいのに、と思いながらも、藍忘機はそんなことしない、と魏無羨は仕方なく自分が折れることにした。彼はしぶしぶ藍忘機の胸から顔を離すとぎこちない動きで顔を上げる。しかしその視線は明後日の方向を向いていた。
    「これで満足か」
    「うん」
    ちらりと藍忘機へ目を向けると、優しく微笑む彼の顔に目を奪われた。そして二人の視線がぶつかり、絡み合った。
    「ぁ、藍湛……」
    「魏嬰」
    藍忘機は魏無羨の頬へ手を添える。それから二人は視線を絡ませながら引き寄せられるように距離を縮めていく。互いの吐息がかかるほど近づくと一度動きを止めた。熱を帯びた眼差し、速まる鼓動、互いを愛おしむ気持ちがすくすくと大きくなる。おでこをコツン、とぶつけ二人は微笑む。そして彼らは静かに目を閉じると、そっと唇を重ね合わせた。
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