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    ru_za18

    @ru_za18

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    11/5 「江華絢爛♡darling!!」

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    ru_za18

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    毎年お盆のある日、田舎へ帰ると黄昏時だけに会える“鶴丸”という人。
    今年もその季節が来た。そう思っていたら、田舎で一つのお守りを渡される。
    そのお守りの意味は…
    ※相手not審神者、捏造設定あり
    ※何でも許せる人向け

    #鶴女主
    craneFemaleLead
    #鶴丸国永
    kuninagaTsurumaru

    毎年この日、黄昏時 私の記憶で一番古い思い出と言えば、彼に会った日のことだろう。
     幼い頃、両親に連れられて帰省した田舎。そこに私と同じくらいの歳の子はおらず、遊ぶにも一人遊びのみ。時々、両親が遊んでくれたけれど、なにせ挨拶回りだ親戚の歓迎だと、何かと忙しくしていた。幼心にも、その忙しさはわかっていたのだろう。だからこそ一人で遊び、近い場所へ遊びに行ったりもした。
     現在では、幼い子供が一人で遊ぶだなんて『危険だ』 『危ない』という声もあるだろうが、幼い頃にそれが許されていたのは、もちろん田舎の小さな村だったからにすぎない。私のことは、『〇〇さんの家のお孫さん』と知れ渡るのは早かったし、危ないところへ行こうものなら声をかけられて、すぐに安全な場所へ戻される。そんな、人の目がある場所だったからだ。だから、ここの村では誰かしらに話しかけられるのが普通だと思っていた。
    「へぇ……君は、俺が見えるのか?」
     ある日の黄昏時。遊び終わって帰ろうとしていた道すがら、見事なほど美しく橙に染まる真白な人に目を引かれた。『真白』というのは服がではない。服を含む全身だ。髪も、橙に照らされはしているものの、その内は白に煌めいて見えるし、肌だって透けるかのようだった。服も白の着物だったのだから、どこを見ても『真白』だった。ここまで真白な人を見るのが初めてだっただけに、興味があったというのもあるし、何よりとても綺麗な人だったから――。
     彼からかけられた言葉にこくりと頷けば、とても嬉しそうに笑っていたのを今でも覚えている。『鶴丸』と名乗ったその人は、私の頭を撫でた。
    「また……会いに来てくれるかい?」
    「うん!つるまるにあいにくるよ」
    「そうか!それじゃ、約束だ」
     指切りを交わして、鶴丸に見送られながら帰宅する。家で『友達が出来た』とはしゃいでいた私に対し、私と近しい年齢の子供がいないことを知っていた両親は、とても不思議そうにしていたけれど。私はまた鶴丸に会えるのが楽しみで、それだけが頭の中を占めていた。
     翌日、早速約束を果たそうと合った場所へ向かったが、そこに鶴丸の姿はなく。
     ――まっていたらくるかな……。
     そう思いながら、そこで一日ずっと待っていた。けれどもその日、鶴丸が来ることはなかった。その翌日も、そのまた翌日も、どれだけ同じ場所で待とうが鶴丸に会うことも、人伝に彼の話を聞くこともなかった。
     『約束を破られた』と感じた私は、家で泣きじゃくった。一向に泣き止む様子が無いものだから、理由を両親に聞かれて答えたのだ。『約束をしたのに鶴丸が来ない』と――。
    「鶴丸……?そんな人、この村にいたかしら?」
    「いや、村の外れの……ほら、小屋近くにあった祠に祀られているものが、そんな名前じゃなかったか?」
    「あぁ……小屋ってあの不思議な職業だった人の?もうあそこは、誰も立ち寄らないはずだけど……」
    「『七つ前は神の内』とも言うくらいだ。何かに呼ばれたのかもしれない」
     そんな話が行われていたなんて、その当時は知らず。何かを察したのか、不気味に思ったのか。まだ家へ帰る日程は先だったというのに、この年は両親が早々に予定を切り上げて帰路についた。
     そうして村を離れて幾日か経てば、あれ程泣きじゃくっていたというのに。幼い故だろうか、私は鶴丸のことも忘れ、日々を安穏と過ごすようになっていた。友達と遊び、学び、よく食べ、よく寝る。そう過ごして一月、二月と経ち、正月を迎え、春の息吹を感じ、桜を愛で、鯉幟が空を泳ぐ。そして、雨の季節を終えれば、蝉の鳴き声がそこかしこで聞こえてき出した。また気付けば、お盆の季節を迎えていた。
    「おっ!会いに来てくれたんだな」
     今年もまた一人、遊び終わり帰る時のことだ。村外れにある山に繋がる小道の前で、彼は夕陽に照らされて立っていた。それまで忘れていたはずなのに、声をかけられた瞬間に昨年のことを思い出す。『つるまる』と呼んだ彼の存在も。
    「つるまるなんでやくそくやぶったの⁉ひどい」
     泣きながら訴える私を、おろおろとしながら見つめる彼は、どこにでもいるお兄さんのようで。どうにか私を宥めようとしているのだと、すぐにわかった。
    「悪かった。俺はこの日にしか会えないからな……」
    「このひ……?」
    「あぁ。毎年の今日この日、黄昏の時間にしか君と話せないんだ」
    「まいとし?たそがれってなに?」
    「今は分からなくても構わんさ。ただ、毎年俺に会いに来てくれるかい?」
    「よくわからないけど……わかった」
     理解などまるで出来ていない幼子。なのに返事を返したのは、ただただここで会った友人とまた会いたいと思ったからに過ぎなかった。
    「ありがとうな。待ってるぜ」
     ぽんぽんと昨年と同じように私の頭を撫で、嬉しそうに笑った鶴丸。私はそんな友達との約束を、毎年一人心躍らせて楽しみにするようになる。


     そんなことを続けて十数年。毎年、お盆の決まった日。黄昏の時間にだけ会える『鶴丸』。若い見た目に反して、昔と変わらない真白な髪、真白な肌、そして真白な着物を着た彼は、改めて思えば『鶴』といった印象は確かにあった。とはいえ、毎回会うのは黄昏時なだけに、その白も影が無ければ、夕陽に染まって橙を帯びているところしか見たことはないが――。
     そんな彼は、出会った当初に比べれば、ここ十数年で様々な話をしてくれた。ただ単に、初めて会った頃が幼すぎて、彼の話を理解出来なかったから敢えて彼が話さなかったのかもしれないが。
     聞いた話は多種多様で、『彼の友達の話』 『住んでいた場所の話』、そして『戦の話』。このご時世にそのような話を聞けば、彼が何なのか察しはつく。それに、こんな季節の限られた日にしか会えないし、何より出会って十数年も経つというのに見た目が何一つ変わらないのだ。薄々思ってはいたが、やはり彼は戦で亡くなったこの田舎の幽霊なのかもしれない。とはいえ、私しか見たことがないというのも気になるところではあるが、幻覚といったものでないのは確実だ。幼い頃から幾度も頭を撫でてくれた彼からは、温もりを確かに感じた。人のような、それを。
     そんな事を考えながら、私は今年も田舎へと向かう。おそらく、今年も会えるであろう彼へと思いを馳せながら――。
    「おばあちゃん、来たよー!」
    「あらあら、よく来たね。いらっしゃい」
    「お世話になります」
    「土産もいっぱい持ってきたからな」
    「ありがとう。さ、上がってちょうだい」
     田舎の村へ着けば、変わらない風景に懐かしさを感じる。都会よりも涼しく感じるのは、木々が多いからだろうか。足取り軽く祖母宅に到着し、声をかければ奥から出て来てくれた祖母。今年も元気そうな姿を見て安心する。両親も軽く挨拶を済ませ、部屋に入れば寛ぐ。ふと目に入ったカレンダーを確認すれば、鶴丸に会うのは二日後の夕暮れ。黄昏時だ。去年は『さだぼう』 『みつぼう』 『からぼう』という人達の話だった。その前は、よく怒る人達だと『かせん』と『はせべ』という人達の話だったか。
     ――今年はどんな話が聞けるんだろうな……。
     そう思えば、今から会うのが楽しみでわくわくしてしまう。
    「ごめんください」
    「はぁい」
     お客さんだろうか。普段そこまで気にならないけれど、玄関を部屋から顔だけ出して見遣る。そこにいたのは、私より幾らか歳上だろう女性の人だった。
     ――毎年来ているけれど、あんな人いたかな……?
     それ程に見覚えのない女性で、じっと見ていれば会話が微かに聞こえてくる。
    「………外れの山の……」
    「あぁ………さんのお孫さん……」
    「……祖母から…………渡すようにと」
    「………ました。確かに……」
     『外れの山』と聞くと、毎年行っているだけに、思い浮かぶのは鶴丸がいつも待っている場所だ。とはいえ、あの近辺にある小屋は既に空き家なはずで、もう長い間誰も住んでいなかったと思うのだが。
     女性から何かを受け取り、見送ってから部屋へ戻ってきた祖母をじっと見る。先程のやり取りを見ていたことに気付いていたらしい祖母は、受け取った物を渡してくれた。
    「あなたにだそうよ。貰っておきなさい」
    「……私に?」
     渡されたものは、薄桃色のお守りのようなもの。『何故私に渡されたのだろう』 『あの人とは面識もないだろうに』と頭を巡らせれど、理由は皆目見当も付かず。疑問は残るが、とりあえず持っておくことにした。
    「さぁ、お風呂が沸いているから。先に入ってきなさい」
    「はーい!」
     それがどんなものなのかも、どういった経緯で渡されたのかも知らずに――。


     日は経ち、鶴丸に会える日。もう昔のように遊び回ることが無くなってしまったこともあり、『夕涼み』といった名目でいつも祖母宅を出るようにしている。
     今日も、朝起きてから祖母達の手伝いをし、昼を過ぎてのんびりする。天辺から落ちてくる日を見ながら『もう少しか』と心を馳せる。今日は心なしか日暮しが鳴く時間が早くて、『もうそんな頃だろうか』と少し焦ったりしながら。ケータイと財布をズボンのポケットに入れ、出ようとしたときに見えた薄桃色のお守り。
     ――持っていた方が良いのかも。
     何故かそう感じて、お守りも一緒にポケットへ入れて外へ出た。
     夕方になり、少し気温が下がったように感じるとはいえ、まだ陽はじりじりとそれぞれを照り付ける。そんな中をゆったりとした足取りで、村の外れへと向かう道を辿る。村の外れ、山に繋がる小道の前。ここがいつも鶴丸と会う場所だ。
    「……誰もいない?」
     おかしい。もう日は傾き、黄昏時に迫っている。いつもなら、これくらいの時にはいるのに。
    「もしかして、上にいる……?」
     鶴丸がどこから来ているのかは知らないけれど、毎年この小道の前で会うならば。もしかすると彼はこの小道の上、つまりは山の上にいるのかもしれない。『成仏したのかもしれない』というような考えが過ることもなく、会うことが当然のように思っていた私は、そんな仮説を立てて一人小道に入り込んだ。
     小道を登り、どれくらい経っただろうか。木が生い茂っているからか、奥へ進むにつれて辺りは陽が差し込まずに薄暗くなる。それに、足元も滑りやすい斜面をずっと登っているのだ。あまり良くはない。どれくらい登ったのか。ようやく見えた段差に手をかけ、よじ登れば、目の前に見えた鳥居。そして、そこから続く階段。
    「え……?まだ、登るの……?」
     昔に比べ、今はインドアな私の体力では、今の段階でも息は絶え絶えで。正直、階段を登る気力はない。けれど、彼に会うのは年に一度のことなのだ。ならば、会って話したいじゃないか。恨めしい階段を睨み付けるように見て、大きく息を吸い、長く吐く。気合を入れるように頬を叩けば、ゆっくりでもしっかりとした足取りで階段を登っていった。
     登りきった階段の先にあったのは、橙に照らされた広場だった。てっきり鳥居があったくらいだ。本殿や社のようなものがあると思っていたのに。周りを見渡せば、広場の端に小屋が一つ。そしてその奥に古びた祠が一つあった。あの鳥居は、この祠の為のものだったのだろうか。
    「……刀?」
     祠が気になり近くへ行けば、そこに祀られているのは刀のようだった。黒く汚れてはいるが、所々薄っすらと白と金が見える。
     ――どんな刀かはわからないけど、これが神様ならお参りした方が良いのかな。
     じっと刀を見ていれば、後ろから足音が聞こえてきた。
    「なぁ、どこかにいるのか?」
    「鶴丸……?」
     足音と共に聞こえてきた、聞き覚えのある声に振り返れば、鶴丸が広場をきょろきょろと見ている。私が名前を呼んだにも関わらず、まるで聞こえていないかのように、そして見えていないかのように探し続けている。
    「何でだ……。気は感じるのに見当たらない……」
    「鶴丸!私待ってたのに……」
    「何処だ⁉何処に隠れてる出て来い」
     声をかけるが、やはり反応がない。
     ――私が、見えていない……?
     そして昨年までの鶴丸と違い、豹変した姿に驚きを隠せない。彼は、いつもにこにこと話してくれていたじゃないか。穏やかで、驚くようなことが好きで、それらをとても楽しそうに話していた。
     ――私の頭を、あんなに優しく撫でてくれていたのに……。
     目の前にいる鶴丸は、まるで人が変わったようで。つい恐ろしく感じてしまった。
    「なぁ、約束しただろう……?『毎年、俺に会いに来てくれる』と……。君だって、俺に会えなくてあんなに泣いていたじゃないかなのに……どうして俺の前に出て来ない……っ」
     そうだ、そう約束したのは私だった。それでも今、私は鶴丸を恐ろしく感じ、そして幸か不幸か彼からは何故か見えないでいる。
     ――このまま逃げた方が……。いや、怖いと思ったとしても、毎年一日を長年一緒に過ごしたんだ。こんなに悲しそうな鶴丸を放ってなんて……。
     悲痛な声を聞いて、恐ろしく感じたというのに彼に近付こうとした。その時、ポケットに入れたお守りが落ちかけたのに気付く。あっと思うも手を伸ばし、それを受け止めたつもりでいた。
    「そこか」
     聞こえた声と金属音。お守りを受け止めようとした手の平の上には、無惨にも真っ二つになってしまった薄桃色の物。
    「つる、まる……?」
     手の上にある物を信じたくなくて、震える声で呼びながら鶴丸を見遣る。今まで見たどの表情よりも冷たくて、恐ろしくて。そして、愉悦を浮かべていた。
    「まさか、俺の邪魔をしていたのが主だったなんてな……。どうやってそのお守りを手に入れた?」
    「これは……おばあちゃんの知り合いの人が、届けに来てくれて……」
    「へぇ……。流石主、俺のすることもお見通しだったってことか」
     ゆったりと近付いては、真っ二つになったそれをひょいと持ち上げ、更に細かく切り刻んでいく。憎しみが籠もったかのように、何度も、何度も。
    「何でそんなに……」
    「俺をこの地に縛り付けた相手の渡した物を、喜ぶと思うかい?」
    「縛り付けた……?鶴丸は幽霊じゃないの?」
    「幽霊?まさか!俺は付喪神だぜ?今は……何なんだろうな」
     遠くを見つめながら寂しそうに笑う姿は、どこか辛そうで悲しそうだった。どういう意味かまでは、私には読み取れなかったけれど。
     ――このままでは何か起きてしまう。
     何故そう思ったのかはわからない。だからこそ、聞かなければと思ったんだ。
    「縛り付けたってどういうこと?」
    「そうだな……。順を追って話そうか」
     彼の抱えている思いを。


     俺が審神者である主に仕えていたのは、もう数十年も前のことだった。本丸で仲間と過ごし、戦に出ては刀を振るい、そして共に高め合う。そんな忙しくも充実した日々を過ごしていた。どれくらい経った頃だろうか。
    「ほぉ、やや子か!」
    「そうなの。だから、この本丸も別の人に来てもらうことになったのよ」
     政府のやつと結婚した主が子を宿し、引退することになった。主の祝い事だ。これほど喜ばしいことはないはずだった。
    「それで、鶴丸には私と一緒に現世へと行ってほしいの」
    「…俺がかい?」
     『引退を迎える主と共に現世へと渡る』。それは、もうこの戦いには参加せず、主の家を守る神になるということ。無論、家を守るのだから顕現されることは滅多になく、主を助け、ただただ見守る存在になる。
    「退屈そうだな」
    「そうね。家のみを守るとすれば、そうかもしれないわ」
    「どういうことだ?」
     聞けば、主はある村の巫女だったという。故に俺が守るのは家ではなく、『村全体』なのだと主は言った。規模の大きさに『面白そうだ』と思ってしまったのが、俺の運の尽きだったのかもしれない。
    「良いぜ。驚きの結果を君にもたらそう」
    「やだわ。平穏に過ごさせてちょうだいね」
     そうして、引退を迎えた主と共にやってきたのが、今いる田舎の村だった。のどかで自然が多く、心地良い。主が村へ帰れば、皆に歓迎されていた。『巫女様、よくお戻りで』と。そのときに気付いた。この心地良さは、村人達の信心の深さから来るものだということに。だからこそ、巫女である主をこんなに歓迎しているのかと。ならば、その信心に応えなければと俺が思ったのもこのときだ。
    「ここから村がよく見えるでしょう。鶴丸は、ここで見守ってちょうだいね」
     刀に戻った俺は、主の家の近くに建てられた祠に祀られた。ここに来るまでの道も切り拓かれ、様々な村人が俺の元へ参拝に来た。家族の安寧を願うもの、仕事の無事を願うもの、田畑の豊作を願うもの。願いは様々だったが、『恩恵を与えられない俺にも何か出来るかもしれない』と思うようになった。というのも、願われる度に力も強くなっていくように感じていたから。そして、願いが叶ったと村人が報告に来たときは、それは嬉しかった。
     ――付喪神の俺でも叶えられたのか。
     そう、思えたからだ。俺は、少なからずこの任に誇りを持ち始めていた。
    「鶴丸、どうかしら。ここの暮らしは……」
    「あぁ、悪くない。人の願いを叶えるのも良いもんだ」
     一年に一度、決まった時間だけ顕現されることになった。それがお盆のこの季節、黄昏時だ。『もし見える人がいたとしても、お盆の幽霊だと思うだろう』という、主の配慮だった。
    「産まれたやや子が次は巫女かい?」
    「そうなる予定よ。ただ……」
    「ただ?」
    「……最近は、村離れも多いでしょう?この子も出て行くと言い出すんじゃないかって」
    「……そうならんように願ってるさ」
     憂いていた主。その心配は、十数年経った頃に現実になった。主の娘は村を飛び出し、上京した先で結婚したと連絡が入ったからだ。
    「主……」
    「……ごめんなさい。一人にしてくれるかしら……」
    「あぁ、わかった」
     あの時の主の気の落ちようは、見ているのも辛い程だった。そして、その頃には俺の元へ足繁く通っていた村人も少しずつ減るようになっていた。

     主に孫が出来た頃だったか。お盆と正月に娘達は顔を出すようになった。それに対して主は嬉しそうにしていて、主の子等が戻ってくることは俺も嬉しかった。だが、俺が主と話せるのは一年に一度。もうこの時には、主は足を悪くしていて、外で長く話せなくなっていた。
     ――誰かと話したい。主の血縁だ。もしかすれば、娘や孫と話せるかもしれない。
     そんな淡い期待を抱いたりもしたが、娘も孫も主の血を引いているとはいえ、俺の声を聞くことも、姿を見ることさえ叶わなかった。
     それから数年経った後、主が亡くなった。俺にただ一言、『連れてきてしまってごめんなさい』と言い残して。葬儀が終わった後、娘達も此処へは寄り付かなくなった。そして、この時には村人からの参拝も、誰一人だって来ることはなくなった。
     ――俺はどうすればいい?この強くなった力を何に使えばいい?
     一振で過ごす時間が増え、そんな風に考えるようになった。この山に続く小道の前に立っても、俺が見えない村人達は目の前をただ通り過ぎていくだけ。声をかけても、誰にも届かない。刀の時だって、誰も会いに来やしない。どんどん刀は錆びていき、黒ずんでいく。白と金に輝いていたあの頃が懐かしく思うくらいに。
     『主がここに連れて来なければ、こんな思いをすることもかったのに……』
     『今の村人を助けて何になる』
     『誰も俺のことを見やしない』
     『なぁ、誰か……誰か俺を見つけてくれ……』
     そう思っていたある日。顕現出来る日に、山へ続く小道の前に立っていた。もう日が沈みかけ、空が赤く染まる。
     ――あぁ、今日だって誰からも見えることがなかったか……。
     そんな時、歩いていた幼子と目が合った。『俺じゃない物を見ているのか』と思い、見渡しても特に何もない。
     ――俺を見ているのか?本当に……?
    「へぇ……君は、俺が見えるのか?」
     そう言った言葉が届けばと、どれほど強く願ったことか。こくりと頷いた幼子を見て、どれだけ心満たされたことか。
    「俺は鶴丸。よろしくな!」
    「……うん」
     少し恥ずかしそうに頷いた幼子が、どこか可愛らしくて頭を撫でる。
    「また……会いに来てくれるかい?」
    「うん!つるまるにあいにくるよ」
    「そうか!それじゃ、約束だ」
     ここ数十年。こんなに嬉しいことがあっただろうか。喜びに震える指で、小さな指と指切りを交わし、幼子を見送った。幼いながらも、神との約束を交わしたんだ。魂に刻まれたことだろう。今日のことを忘れることはないはずだ。
    「毎年、会いに来てくれ……俺にな」
     温かなぬくもりを忘れぬよう、手を握りしめた。その事だけで、一年が早く過ぎ去るような気がした。またあの幼子に会えると、それだけを希望にして。
    「おっ!会いに来てくれたんだな」
     一年が経った頃。また山に繋がる小道の前で立っていれば、幼子は遊んだ帰りなのか、向こうから歩いてきた。声をかけると、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。
     ――驚いたのか?
     なんて思ったのも束の間。幼子は目に涙を溜め、俺の足を何度も叩く。
    「つるまるなんでやくそくやぶったのひどい」
    「えぇ……」
     泣きながら訴えてくる幼子を、どうしたものかと考える。『約束を破った』と言うくらいだ。もしかしたら、どこかの日に俺を待っていたのかもしれない。そんな幼子が、愛おしく思えた。
    「悪かった。俺はこの日にしか会えないからな……」
    「このひ……?」
    「あぁ。毎年の今日この日、黄昏の時間にしか君と話せないんだ」
    「まいとし?たそがれってなに?」
    「今は分からなくても構わんさ。ただ、毎年俺に会いに来てくれるかい?」
    「よくわからないけど……わかった」
     理解などまるで出来ていない幼子だ。なのに返事を返してくれた。俺を思ってなのかはわからんが、それだけでも胸が温かくなった。
    「ありがとうな。待ってるぜ」
     ぽんぽんと昨年のように幼子の頭を撫で、これから来る『この日』を心待ちにしていた。


    「なのに、俺の邪魔をしようとしていたんだ主は……」
    「どうして?私が鶴丸と話せたら……それで良いんじゃないの?」
    「いや、違う。主は気付いていたさ。俺が話すだけじゃ事足りないと言うことも」
     ――話すだけでは事足りない?それってどういうこと……?
     考えれど考えれど、私の頭では追いつかず、理解が出来ない。先程の話だけならば、私が彼と毎年話すだけで良いと思ってしまったのに。
    「だから、主は君にこれを送った。これを持っていれば、俺から君は見えないからな」
     細切れになってしまった薄桃色が、風に乗ってふわりと飛んで行く。鶴丸が私を見れなかったのは、あのお守りがあったからだったのか。だとしても、何故あれが必要だったのか。どうして、今年は渡されたのだろう。
    「今年、君は成人を迎えるだろう?」
     私の考えを読んだかのように、鶴丸は話し始める。走る緊張感に、息が詰まりそうだ。
    「……そうだよ。よく、覚えてるね」
    「そりゃあそうさ。ずっと……この十数年……この日を心待ちにしていたんだからな」
    「どういう……いたっ」
     鶴丸に握られた腕は、鶴丸の手が食い込んでしまうのではないかと思うほど強く容赦ない。まるで、『逃さない』とでも言うように。
    「今年は俺が顕現出来る最後の年だった来年からはこの祠で誰とも話さず、ここに鎮座するだけ!誰も来やしない中、ただ一人そんなの、耐えられると思うかい……?」
    「鶴丸……」
     痛々しい表情で目を伏せる鶴丸を、見ていることしか出来ない。それでも、先程の話からもわかる。彼は、ずっと寂しかったのだ。唯一話せる主さんが亡くなり、村人も来ず、娘さん達とも話せない。毎年たくさんの話してくれた彼の様子を思えば、話せる人も見える人もいない状況は、どれほどの苦行だっただろう。だからこそ、ここに縛り付けられたと恨んでいるのか。そっと鶴丸の頬に手をやる。いつも感じていた温もりはなく、夏だというのに冷たかった。
    「鶴丸、話せなくなっても私が毎年お参りに来るよ。刀だって綺麗にする!だから――」
    「そんなことで、俺が満足するとでも?」
     鶴丸に引き寄せられ、ポケットから落ちた財布とケータイが音を立てる。けれども今はそれを気にする間もなく、近くなった鶴丸をただただ見遣る。
    「もっと昔に出会っていれば、俺もそれで満足しただろうな。だが、俺はもうそれだけじゃ足りないんだ」
    「何が……わっ!」
     急に立ち込めた雲と、直ぐ様変わった曇天の空。ぽつり、ぽつりと降り出した雨は、瞬く間に大雨に変わる。ふと見た鶴丸の手には、これが本来の姿だっただろう白と金に輝く刀の姿。
    「……もう、この村が沈むまで雨が止むことは無いだろうさ」
     にやりと笑った鶴丸に血の気が引く。
     ――神様って、こういうことなの……⁉
    「止めて鶴丸どうしてそんなこと」
    「俺を先に見捨てたのはこの村だろう?」
    「だとしても……避難させに行かなきゃ……」
     鶴丸から離れようと抵抗してもびくともせず、むしろ抱き締められてしまう。
    「離して……!お願いだから」
    「君は、俺と一緒に神域に行くんだ。その為に成人を迎える年まで待ったんだからな」
    「神域……?なにそれ……」
    「君は俺と二人、そこで過ごしてくれればいい。これまで毎年一緒に過ごしていたように。俺と話し、時には食を共にしてな」
    「そんなのやだお父さん!お母さんおばあちゃん逃げ――」

     激しい雨音に声は届くことなく。祠からは刀が消え、そこに残ったのは彼女が落としたケータイと財布のみ。
     その二つも、雨に流されて何処かへ消えてしまったが。
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