悪酔いどうしてこうなっているんだっけ、と清河卿は上手く回らない頭で考えていた。
いつものように清河の主として机仕事をこなしていた時、客人が来たと星辰に呼ばれて、向かった先には珍しく司馬懿の姿があった。彼は余程の事がない限り、遊びに誘ってもわざとらしく仮病を使うような人。だから清河卿は最初、火急の用事かと思いそれなりに慌てていたのだ。
(「司馬懿さん何かあったんですか!?」)
(「そんなに慌ててどうした、主」)
(「……はい?」)
そう、確かそんな、嚙み合わない会話をして、それで──どうしたんだっけ?
「主、何を考えている?」
「あ……れ?」
呂律が回らない。視線をふらふらと彷徨わせると、机の上に酒瓶がいくつか倒れているのが見える。飲み過ぎたと理解するまでにそう時間はかからなかったが、それ以上を思い出すよりも先に視界へ影がさした。そういえば司馬懿の目は燃えるような紅だった、と息をすれば、それを食らうように口を塞がれる。
酒で火照った頬に触れる司馬懿の手は、冷たくて心地が良い。
「主、まさかこの状況で寝ようとしているのではあるまいな?」
「ねる……」
「酔わせすぎたようだな、」
口の中に無理やり押し入ってきた親指が歯の裏をなぞる。気持ちいいのか気持ち悪いのか分からないゾワゾワとした感触から逃れようとすれば腰に回されていた腕に引き留められた。これでは何だか捕食されているみたい、で。
ああ、少しだけ思い出してきた。
(「へえ~やっぱり司馬懿さんにも縁談は沢山来るんですね」)
(「……も、という事は主にも来るのか?」)
(「こんなんでも一応、清河の城主ですから。恋愛のれの字も分からないのに色々すっ飛ばして縁談ですよ縁談。口付けも何もしたことないのに……」)
(「ほう?」)
お互いに酒が入ったせいか、司馬懿は普段よりもずっと愉快そうにしていた事を覚えている。それから周囲の恋愛事情やら、何処どこの結婚があったらしいだとか、話の方向がどんどん変わっていって──机を挟んで向かい合っていた筈なのに、いつの間にか司馬懿が隣に座っていて、思わず酒瓶を手で倒してしまったんだったか。
(「司馬懿さんはどうせ、相手なんて選り取り見取りなんでしょうね」)
(「フハハ、そこまでいうなら試してみるか?主よ」)
(「試すって、」)
聞き返そうとした刹那、身体は勢い良く司馬懿の方に引き寄せられ、そうして──自分はもしかして、上手く乗せられたんじゃないかと気付いた頃には遅かったのだ。ふに、と触れるだけの口付けを数度繰り返されたあとに、半ばこじ開けるように口付けは深まっていって、酔いの回りを加速させる。そうして思考はおぼつかなくなっていって、それで、それで。
「愉しいな、主」
浅い息を繰り返しながらふらりと倒れ込めば、司馬懿の声が耳元で反響する。一つだけ確かなことは、最初から自分はこのひとの掌の上で転がされていただけだった、という事だ。