チョコレートが好きだと知ってる人にチョコレートをあげるのってちょっと緊張する。好みのチョコじゃないなぁなんて思われたら悔しいし、嘘で喜ばれたって嬉しくない。本当に喜んでほしくてたくさん悩んで買ったけれど、彼の家に着いた今もこれで良かったのかなって少し不安だった。
「浮奇、コーヒーでいいんだよね?」
「あ、うん。ありがと」
「いいえー。見たい映画見つかった?」
「んー、まだ、探してる……。スハはどういうのが良い?」
「浮奇と一緒ならなんでもいいよ」
「……、俺もそうだもん」
「ふ、おそろいだ。はい、コーヒーどうぞ」
「……ありがと」
「可愛い顔してる。いつも可愛いけど、もっと可愛いね。どうかした?」
「スハのせいじゃん……」
ベッドに隣り合って座ってるだけでドキドキしてるのに、スハの優しい笑顔を向けられると自分だけがそういうコトを期待してるんじゃないかって恥ずかしくなる。おうちデートで映画でも一緒に見ようって、俺の知識だとそれはセックスの誘い文句なんだけど、本当に映画を見るんだもんなぁ。
入れてもらったコーヒーを一口飲んで「おいしい」と呟けば、スハは嬉しそうに笑って「浮奇のために好きそうな豆探したんだ」と言った。ポッと火が灯るように胸の中が温かくなり、スハに寄りかかって甘えた。
「ふふ、浮奇、今日は甘えたな気分?」
「いつでもスハに甘えたいよ」
「……キスしてもいい?」
「……聞かなくていい」
スハは俺の手からカップを取り上げてテーブルに置き、控えめに肩に手を添えた。赤くなった真面目な顔がかっこよくて可愛い。スハのまっすぐな好意を向けられるとソワソワして、初恋みたいに照れてしまう。釣られて熱くなった頬を誤魔化すために俺もスハに手を伸ばし、火照った肌を指先でするりと撫でた。
「んっ……浮奇、大人しくしててよ……」
「だってスハが可愛いんだもん」
「浮奇の方が可愛い」
「ふふ、スハの方が可愛いよ。……ねえ、キス、してくれないの?」
首を傾げて見せるとスハはグッと息を呑み、ゆっくり俺に顔を近づけてきた。目を瞑り、スハの気配にだけ全神経を集中させる。
そっと重なった唇に、可愛いな、なんて思っていたら不意に口が開いて舌が伸びてきた。ぬるっと唇を舐められ心臓が跳ねる。
「ん、ぁ、すは……」
チョコレートをよく食べてるからかな、スハとのキスは、いつもとろけそうなくらい甘い。頭がボーッとしてきたところで唇が離れ、スハが俺を甘やかすようにちゅっちゅっと頬や目元にキスをしてくれた。俺もスハの首筋や耳元に唇を押し付ける。
「ん、ふふ、くすぐったいよ浮奇」
「んん……ねえ、スハ、映画、絶対見たい?」
「うん? ……なんでも、浮奇の好きなことしよう?」
「……スハは? 何がしたいか言ってみて?」
「……浮奇と、一緒にいたい」
「それはさっきも聞いた」
「……うー、浮奇、いじわるだ……」
「スハに欲しがってほしいんだよ。俺ばっかり好きじゃないよね?」
「私だって大好きだよ! 浮奇の全部が欲しいけど、嫌われたくないから我慢してる……」
「でも俺は我慢しないで欲しがってほしい」
スハに倣ったまっすぐな言葉を瞳を見つめながら言えば、スハはわずかに目を見開いてから何かを隠すのを諦めたように小さく息を吐いた。
「……、……今日、何の日か知ってる?」
「……バレンタイン」
「うん、それで、……チョコレート、用意したんだけど、一緒に食べない?」
「えっ」
「え?」
「……チョコ、用意してくれたの?」
「うん。……あれ、浮奇、チョコダメだっけ……?」
「ううん! 好き! 好き、なんだけど……」
「うん……?」
首を傾げて少し不安そうな優しい顔を向けてくるスハに、俺は唇を噛んだ。こんなことならさっさと出しちゃえば良かった。スハの選んだチョコなんて、おいしいに決まってる。俺だってちゃんと良いやつを選んだけれどチョコレートに詳しいわけでもないし……。
「浮奇? どうしたの?」
「……」
「……考えてること、教えて?」
スハの指が俺の目元をなぞった。その手に擦り寄り、手のひらに唇を当てる。ピクッと震える可愛い反応を見て口角を上げた。
「呆れないでくれる?」
「浮奇に? 呆れないよ、どうして?」
「ちょっと待ってね」
スハから離れて自分の鞄を開け、持ってきた紙袋を取り出した。よしっと心を決めて振り返る。
「チョコレート、もらってくれる?」
「……え」
「……」
「……」
「……いらない?」
「いる! あ、う、ごめん、えっと、すごい驚いちゃって……」
「バレンタインに誘ってくれたんだから、チョコレート用意するに決まってるでしょ」
「ただ浮奇と一緒にいられたら良かったんだよ……ほんとうに、まさかくれるなんて思ってなくて……うれしい……」
「……中を見る前にそんなに喜んだら後悔するよ」
「なんで?! 浮奇が私のために用意してくれたチョコレートでしょ!? どんなものでも嬉しいに決まってるし喜んで後悔なんてしないよ!」
「……、……すは」
「なに、わっ」
「だいすき」
俺がチョコレートをあげるだけでこんなに喜んでくれるなんて、予想してなかった。泣いてしまいそうなくらい嬉しくて、安心して、俺はスハに抱きついた。スハは驚きながらも俺の頭や背中を優しく撫でて「私も大好きだよ」と甘い声で教えてくれる。
「ね、一緒にチョコ食べよっか」
「うん……。スハのチョコは甘いやつ? ビター?」
「色々あるけど、……浮奇と食べるなら、とびきり甘いやつがいいかな」
「ん……? 甘いの好きだけど、どうして?」
「キス、甘いほうがいいでしょう?」
まだ食べてはいないのに、重ねた唇はチョコレートも敵わないくらい甘かった。