ベッドの上で寝返りを打って、何にもぶつかることなくシーツに触れた腕にパチッとスイッチが切り替わるように目を覚ました。
ぬくぬくとした毛布の中には俺一人きり。腕を伸ばして枕元に置いてあるスマホを手に取り顔の前で電源を入れた。パッと明るくなる画面に思わず目をつむり、そうっと細めた視界で表示される時刻を確認する。
「ええ……まだ昼にもなってないじゃん……」
昨日は夜更かししたからもっとゆっくり眠るつもりだったのに。カーテンの隙間から入り込む日差しは部屋をほの明るく照らしていた。
ようやく画面の明るさに慣れてきたから目を薄く開き、すいすいと指先を動かしてSNSをチェックする。いくつかの投稿に反応してからアプリを閉じ、今度は連絡先の一覧を表示させた。
迷うことなく履歴の一番上の名前をタップして、スマホを耳に押し当てる。顔に触れた機械はひやりと冷たくて身を震わせたけれど、すぐにコール音が止んで『もう起きたのか、浮奇?』と大好きな低い声が耳に流れ込んできたから、俺はスマホの冷たさも、自分の体温だけじゃ足りない布団の中の寒さも忘れて「おはよう、べいびー」と甘えた舌足らずな声で囁いた。
『おはよう、ハニー。まだ寝ているかと思ったから、今ちょうど散歩に出てしまっているんだ。朝食を買って帰るから少しだけ待っていてくれ。コーヒーとカフェラテ、どっちにする?』
「おさんぽかぁ……。だって、ねえ、一人じゃ寒くて、起きちゃうよ」
『……ああ、悪い。服を着させてやればよかったな。寝起きで見た浮奇があまりにも美しかったから忘れていた』
「……服なんか着させなくていいから、俺が起きるまで俺の隣にいて」
『次はそうするよ。眠り姫は飽きることなく見ていられるしな』
「見てるだけ? 起こしてくれたっていいのに」
『朝のおまえの瞳はとろけそうなくらいに綺麗で心臓に悪いんだけど、そう言ってくれるのなら今度から声をかけてみようかな。寝起きの浮奇に不機嫌にあしらわれるのも悪くないし』
「ビッチ。そろそろそのよく回る舌を噛み切るよ」
照れ隠しで放った恫喝めいた低い声に彼はくすくすと笑い声を返し、俺が舌打ちをすると甘い声で『ごめん、謝るよ』と囁いた。簡単に許してやるのは不服だけれどいつまでも電話越しで言い合ってたってしょうがない。はぁとため息ひとつで気持ちを切り替え、冷たいシーツに手を伸ばしながら声を出した。
「待ってるから、早く帰ってきて。朝ごはんもコーヒーも家にあるものでどうにでもなるんだから寄り道はナシ。ドッゴと一緒に走って、まっすぐ俺のところに来ること」
『……走って、か』
「イエス。汗をかいたキミはとっても魅力的だから」
『は……あぁ、そうか、なるほど』
「分かったんなら、ゴー。どっちが早いかドッゴと競走してごらん」
『走るのが早いのはどう考えてもドッゴだろうな。……でも、浮奇のところへ行くのなら、きっと俺が一番だ。すぐに帰るよ。待っててくれ、ベイビー』
「……待ってるよ、ハニー」
チュッと鳴らしたリップ音は電話越しに彼が鳴らしたものとぴったり重なった。驚いた後もう一回が欲しくなって口を開きかけたけれど、彼がふっと笑い声を溢してからすぐに電話を切ってしまった。
さっきまでと同じ一人きりの毛布の中。だけど、トクトクと高鳴る心臓が俺の体温を上げてくれる。キミが俺のところへ走ってきてるんだって、そう思うだけで驚くくらい幸せだ。
帰ってきたらとびきりのハグで迎えよう。彼の胸に抱きついてしっとり濡れた肌に頬擦りをするんだ。きっと触れただけで分かるくらいにドキドキと騒ぐ心臓は、走ったからじゃなくて、俺のせいにしていいよ。