「また俺の勝ちだな」
そう言ってカードの柄を見せるスービエ。
綺麗に並ぶ数字とマークに、ノエルは自身の敗北を悟り自身のカードを卓上に置いた。
「どうした、カードに迷いが見えるが……悩みごとか?」
そんなんじゃ勝てるものも勝てないぞとカードをまとめるスービエに、少しな……と目を反らすノエル。
「クジンシーの事だろ」
「………………」
図星である。
つい数時間前、町中で彼を含んだ数人が取っ組み合いになるという騒ぎが起こった。
駆けつけた数人と共に何とかその場をなだめ、責任を持ってクジンシーを回収したノエル。
別の場所に移動し二人きりになり事情を確かめようとしたのだが、「言いたくない」「ノエルには関係無い」の一点張りで答えようとしなかった。
何度聞いても聞き方を変えても同じ答えしか返ってこず、どうしたものかとノエルはため息をつく。
理由がわからなければ、原因もどちらに非があるのかもわからない。
だが今の彼から聞き出すのは無理かと判断し、他の乱闘者にあたるかと考え「もう言い」と伝えたのだが……
どうやらそれを見限られたと勘違いしたらしく、クジンシーは泣きそうな顔になり「俺は悪くない!!」と叫んでそのまま何処かに走り去ってしまったのだ。
すぐに後を追ったのだが見つからず、下手に探し回るより待っていた方が良いと判断し、一旦宿舎へ戻るノエル。
そこにいたスービエは何かを察した様で、気分転換にどうだ?とカードゲームを誘われ、今に至る。
「あいつ、いっつも何処かで何かしらやらかすよな。
そろそろワグナスから本気の説教を受けるんじゃないか?」
「注意するようには言っているのだがな……」
「まぁ今回は、あいつだけが悪いわけじゃないが」
まるで事情を知っているかのようなスービエの口ぶりに、ノエルは思わず立ち上がる。
「騒ぎの時、近くにいたんだ。
止めようと思ったが、俺が行く前にアンタと役人が来たからあえて何もしなかった。
その時に一部始終を見ていたんだが……その様子だと、奴から何も聞けなかったみたいだな」
スービエはカードを混ぜ、互いの前に配る。
「教えてやっても良いが、その前にもう一度勝負だ。
真剣にやらない失礼な奴に、話す事はない」
「……全力でやらせていただきます」
ニッと笑い手にしたカードの背を見せるスービエに、ノエルは座り直し深呼吸をし、目を細め本気で勝負に挑むのだった。
「ちくしょーマジムカつくー!!
ノエルに嫌われたじゃねぇか、あいつらマジで許さねぇからな!!
毎日小石に躓(つまず)いて、その度に小銭落としてすっからかんになっちまえ!!」
「せこい呪いかけてんじゃねぇよ」
「まったく……酔っぱらいの相手は本当に面倒極まりない」
いつもの食事処兼酒場にて。
ノエルの元から逃げてきたクジンシーは、偶然居合わせたダンターグとボクオーンに飛びつき奢るから!!と半ば強引に愚痴を聞いてもらっていた。
いつもなら断る二人であったが、あまりにもどんよりとした空気をまとっていた彼に放置するのは危険か?と判断し、しぶしぶ付き合っていたのだが。
あまりのくだの巻きっぷりに、さすがにうんざりしてきていた。
「そんなにぐちぐち言うくらいなら、聞かれた時に正直に答えれば良かったではないですか」
「やだ、言いたくない。ノエルに聞かれたくない」
「『身体使って誘惑して、戦士の一員に取り入れてもらったんだろう?と言われて腹を立てました』か……口に出すのも馬鹿らしいな。
そもそも、んなクソみたいなんでこんな役立たずを戦いに連れて行くわけないだろうが」
「役立たず言うなぁ~」
「名誉毀損……いえ、そんな事実はありませんから、この場合は侮辱罪ですかね。
訴えるならそれなりの額で弁護を引き受けますよ」
「良いよ別に、もうあいつらとは関わりたくないし」
いじけながら焼き鳥が刺さっていた串で卵焼きをつんつんするクジンシーを、ボクオーンが行儀が悪いですよと嗜(たしな)める。
「あいつら本当にムカつく……ノエルがそんな言葉に乗っかる様なスケベ野郎なわけないだろうが、俺の男を馬鹿にしやがって……!!」
グラスを掴み、ゴクゴクと勢い良く酒(度数低め)をあおるクジンシー。
自分も馬鹿にされた事は良いのか?と思いながらも、口にすればまた新たな愚痴が発生するのがわかっていたので、二人はあえて言わずに酒の肴をつまむ。
「あーもー本当にムカつく……あいつら絶対許さねぇ……
パン買った側から鳥にかすめ盗られちまえ」
「おいクズ、また話が最初に戻ってんぞ」
「腹立たしいのはわかりましたし吐き出したいという気持ちは理解出来ますが、さすがにこれ以上は付き合えません。
どうしても聞けというのなら、お金を取りますよ」
「何でも金で解決すんなよ」
「良いよ、これで足りる?(ジャラジャラ)」
「いやお前も出すなよ」
「まあまあな額ですね、良いでしょう」
「おい、本当に取んなよ」
「条件を提示し承諾されたのですから、仕方ありません」
貰えるものは貰います、といそいそ手を伸ばすボクオーンをジト目で眺めるダンターグ。
さてはこっちも相当酔っていやがるな……と内心大きく息を吐きながら酒場の入り口に目をやり。
「ボクオーン」
「はい?」
名を呼ばれ振り返るボクオーンに顎で示すダンターグ。
そちらに視線を移し、「おや」と呟きボクオーンは巻き上げたばかりのお金を持ち主に返した。
「え、何で?やるから聞いてよ」
「結構です、その必要がなくなりましたから」
ボクオーンはそう言って、見なさいと入り口付近を指差した。
クジンシーがそちらを見ると、ここまで走ってきたのだろう、息を切らしたノエルが近づいてきていた。
「んげ!?ノエル……痛っ!!」
条件反射て逃げ出そうと慌てて立ち上がるも酔いが回り足がもつれ、椅子に躓(つまず)きその場にひっくり返るクジンシー。
「何やってんだよ酔っぱらい」
「無様な事で」
ダンターグに呆れられボクオーンに鼻で笑われ、ちくしょーとぼやき頭をさすっていると誰かに手を差し伸べられ、クジンシーは無意識にその手を取り立ち上がる。
「大丈夫か、クジンシー」
「あ……」
その手がノエルのものだとクジンシーが気づいた時には、抵抗する間もなく引き寄せられ彼の胸に抱き締められていた。
「目の前で惚気るな他所でやれ」と二人に店から追い出され、ノエルは足元がおぼつかないクジンシーを背負い夜道を歩いていた。
(ちなみに食事代はボクオーンが立て替え、後日利子付きでキッチリ取り立てると宣言していた)
「ノエル……俺……」
「話はスービエに聞いた。
俺の名誉の為に怒ってくれたんだろう?」
「うわー叫んでたの聞かれてたんだ……恥ずかしい」
呻くクジンシーに、嫌な思いをさせて悪かったと謝罪するノエル。
謝らないでとクジンシーは彼の背中に頭を押しつける。
「ノエルは悪くないよ……あんな事を言われるぐらい俺が弱いのがいけないんだ」
か細い声でごめんなさいと呟くクジンシー。
ノエルは立ち止まり、ずり落ちかけている恋人を背負い直し言葉を紡ぐ。
「確かに君はまだ強くはない」
「だが、決して弱くはない」
見返したい、何者かになりたい。
理由や動機が何であれ、命を落とす可能性がある場所に自らの意思で足を踏み入れる決意を固めたその心の何と強きことか。
そんな彼が弱き者だと言うのなら、そんな彼を貶める物言いしか出来ぬ者は、一体何なのか。
「君は戦った。そして戦い抜き、生きて帰ってきた。
それだけで賞賛に値する強さを持っている。
卑下する必要はない」
「でも弱いのは事実だし……」
「実力の事なら、心配ない。
これから力をつけていけば良い。
鍛練なら、付き合おう」
「ノエルのしごきは、ちょっとキツいかな……」
発言は弱気なクジンシー。
そういうところだぞ、と言いたくなる様な彼らしさに、ノエルは苦笑する。
「ノエル、怒ってない?」
「さっきの事か?俺が怒る理由がないだろう」
「あ、いや……そっちじゃなくて……お酒……」
飲み過ぎ厳禁。その約束を破った事を気にしていたらしい。
「……今回は、例外だ」
「そっか」
良かったぁと胸を撫で下ろす彼を安心させ、ノエルは再び歩き出す。
「ノエル、何処に行くの?宿舎あっちだよ」
「いや、そこには行かない」
「じゃあ……」
もしかして、いつもの宿か?と思うが、そもそも道筋が違う。
何処に連れていかれるのだろうかと回らぬ頭で首を傾げていると、見慣れない建物の前に着いていた。
「ノエル、ここって……」
「俺とロックブーケの家だ」
「え」
「今の君から、目を離したくない。
だから俺の部屋で休んでもらおうと思ったんだが……気を遣うか?」
「いや、それは大丈夫なんだけれど……ロックブーケは?」
「今日はサグザー達と過ごすからとワグナスの屋敷に行っている。
オアイーブと折り入って話があるらしい」
「女子会かぁ」
普段男しかいない場所で過ごしているのだ、女性同士でなければ話せない事がたくさんあるだろう。
とはいえ――――
(ノエルの家……っていうか、部屋で二人きりかぁ……)
初めては素面で来たかったかも、なんて素直な考えが浮かぶのは酒で思考が鈍っているからなのか、本心だからなのか。
よくわからないままだが、まぁ良いかとクジンシーはノエルの肩に頭を乗せる。
「俺、すぐに寝ちゃうかも」
「構わない、気楽に過ごしてくれ」
甘えてくるクジンシーを微笑ましく思いながら、ノエルは家へと入っていった。