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    tonamiRO

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    3話 ~酒は飲んでも飲まれるな~.



    アサシンのエレメス=ガイルは、とりわけ外交的な人間ではなかったが内向的というわけでもなかった。
    特別親しい人間はいなかったが、それでも話しかけられれば応対するし、臨公の後に飲みに誘われれば付いて行くこともある(付き合いだけで、参加するのは最初だけだが)。
    だがしかし、自分が中心の祝いの席などついぞ経験したことがなく、しかも用意された料理の品数や酒の量はどう考えても今いる人間の倍近く並べられていた。
    まさか、また人が増えるのかと思っていたエレメスは、ハワードによる乾杯の音頭の後、数分もしないうちにそうではなかったのだと悟った。
    エレメスの横ではブラックスミスのハワードが立て続けに3杯のビールを浴びるがごとく飲み、反対側の隣では黙々とウィザードのカトリーヌが目の前の料理皿を空にしていく。
    もちろん騎士セイレンや聖職者のマーガレッタ、ハンターのセシルも食べたり飲んだりしているのだが、この二人はまた別格だった。
    始まったばかりだというのにエレメスはすでに通常とは違うものをこの場に感じていた。


    だがしかし、饗宴の夜はまだ始まったばかりだったのである。












    LOOP ~酒は飲んでも飲まれるな~














    「エレメスのー・・・ギルド加入を祝ってかんぱーい!」

    ハワードが椅子に片足を乗せて高々とビールジョッキを掲げる。
    やんややんやと他の四人が追随するが、これをやるのはいったい何回目だろう。
    そのたびごとにごきゅごきゅとうまそうにビールを一気飲みするハワードは、飲み干した後に満足そうにくーっと唸っていた。
    「あーうまい!やっぱ働いた後の一杯は格別だな!」
    「働いたのは俺だがな」
    エレメスと戦ったのはハワードではなくセイレンである。
    鋭く突っ込みを入れるセイレンの言葉など川に流れる落ち葉のごとく聞き流して、ハワードはエレメスの肩を叩いて抱いた。
    「お前も飲め飲め。お前の歓迎会なんだから」
    度数の高いワインをエレメスのジョッキになみなみと注ぐ。
    皆の視線を感じて、どうしようかと思っていたエレメスもしかたないと割り切ってそのワインを一気に飲み干した。
    「おおおおっ!エレメス一気一気一気♪ヒューヒュー!」
    飲み干したジョッキにまたハワードが酒を注ぎ足す。
    「良い飲みっぷりじゃねーか。結構いける口か?」
    「・・・・・・ほどほどに」
    そういいつつも、エレメスは酒に潰れるどころか、酔っ払ったころがなかった。
    毒を扱う職につくからと幼い頃から日々体を毒に慣らしてきた成果なのか、エレメスは体内に取り込んだ薬や酒などの分解能力が格別に高い。
    飲んだ端から分解していくので、酒に酔うという感覚がいまいち無かった。
    なので高い酒も舌で味わう嗜好品としか思わなかったし、どうせ酔わないなら水の方がいいと思っている口である。
    だがそれを言ってしらけさせるわけにも行かない。
    「・・・・・・・・・?」
    エレメスはふと向かいに座っているセイレンのコップを見た。
    彼の手にあるのは酒ではなく、オレンジジュースのようだった。
    「セイレン殿は・・・・酒は飲まないのか?」
    「セイレンでいいって。エレメス」
    エレメスがギルドに入って最初に知ったこと。それはこのギルドで一番年下なのが自分だということだった。
    とはいっても一番近いセシルとは一ヶ月違いだし、一番年が離れているハワードとも2歳差でしかない。
    ほぼ同じ年頃ではあし、冒険者レベルで言うならセイレンについでエレメスが二番手にくるのだが、エレメスは気になるのか彼らを呼ぶ時にわざわざ「殿」をつける。
    それが自分なりのけじめだと言わんばかりに。
    思わぬところで堅物である。
    「・・・・俺はその・・・ちょっと酒は飲めないんだ・・・」
    そしてエレメスの疑問にジョッキから決まり悪そうに視線を逸らして頬をかいた。
    その両隣でマーガレッタとセシルがくすくすと思わせぶりに笑っていた。
    見ればハワードもニヤニヤしながら「飲んでもいいんだぜ?」と自分のジョッキを渡そうとするが、口を横に引き結んだセイレンから拒否される。
    そんなやりとりを横目で見ながら、今度は隣で黙々と食べているカトリーヌに視線を取られる。
    「・・・・・・・カトリーヌ殿は、よく食べるな」
    感心というか、驚嘆というか。
    カトリーヌの周囲には彼女が食べた皿が積み上げられていた。
    肉魚野菜満遍なく食べていた彼女の手がぴたりと止まる。
    「・・・・・・・・・・二人分、食べないとだから」
    「・・・・・そ、そうか」
    小さく淡々と呟かれた言葉に、エレメスは疑問を挟むことすら許されなかった。
    カトリーヌは再びフォークとスプーンを器用に扱いながら黙々と料理を平らげていく。
    何故二人分なのか。
    少し悩んで思いついたのは、お腹に子供がいるのかということだったりしたのだが、まだそこまで親しいわけではない女性にそれは禁句のような気がした。
    しかしそれ以上に、たとえ二人分食べないといけないということであっても、彼女が食べているのはもうすでにその3倍以上に達していると思うのだが。
    やはりこれも言ってはいけないことなのだろうか。
    悩んでいるエレメスに、セイレンが身を乗り出すようにして聞いた。

    「それはそうと・・・・エレメスには驚かされたな。毒にしてもあんな綺麗な濃緑は初めて見たし、オートカウンターの時だってあのタイミングでかわされるとは思わなかった。センスの問題なのかもしれないが、あの身のこなしといい、特別にどこかで学んだりしたのか?」
    「そうそう。今まで見たアサシンとは少し違うように見えました。セシルなんて見とれて言葉も出なかったくらいなんですから」
    「ちょっと!マーガレッタ!嘘よっ。嘘なんだから信じないでよね!」

    「・・・・・・・・・・・・・・」
    セイレン達の純粋な質問に、エレメスはジョッキを口に当てようとしていたのを止めた。
    その微妙な間にハワードが気がついたが、エレメスは顔を上げる。
    今まで誰にも話したことは無かったが、セイレンや彼らならいいと、信頼感をもって話し出す。

    「拙者は、天津にて育った。育ててくれた養い親が城に仕える『忍』で、幼少からその訓練を受けていた。ただ、拙者は純粋な天津人ではなかった為『忍』にはなれず、能力を活かせるこのアサシンという職を選んだのだ」

    意外な出生に5人の視線が集まる。
    「聞いたことあるな・・・天津には表には出ずに、一国を陰で守る特殊能力を持つ集団がいるって話。そうか・・・・・それが『忍』なのか」
    セイレンは情報通なのかそう言って神妙に頷く。
    「しかし、拙者この職が天職だと思っている。『忍』は城と国王に仕えるもの。拙者、世界を見て回ることが好き故に、きっと養い親もそれをわかっていて『忍』にしなかったのだろう」
    「もしかして、お前『忍』のスキルとかも使えるのか?」
    興味深々とばかりにハワードがエレメスの肩を抱いたまま顔を覗きこむ。
    どうでもいいのだが、必要以上に接触するのはやめてもらえないだろうかと思いつつも、エレメスは質問に首を横に振った。
    「いや。いくつか簡単なものを教えてはもらったが、それを使えば今の職に反する。故に拙者はそれを道具と共に封印した。拙者はアサシン故にそれ以外のスキルを使うことは無い。それに養い親も常々言っていた。『術は使うものであり、術に使われるような戦い方をするのは三流なのだ』と。最大の武器は己の体、それを鍛え上げてくれただけでも感謝している」
    恥ずかしげもなく、そう言い切るのは自分に自信があるからなのだろう。
    そしてそのなかにもまた純粋さを垣間見てハワードは微笑む。
    「拙者もセイレン殿に聞きたいのだが」
    「ん?」
    「最後、ベノムダストの煙に巻かれている隙に攻撃したあの一太刀。まさかあれが交わされるとは思わなかった。・・・・・拙者の腕が未熟といえばそうであろうが・・・」
    何故避けれたのか、もしや自分に何か気がつかない落ち度があったのかとエレメスは気になっていた。
    「いや、あのタイミングでかわせる奴は殆どいないと思う。それくらい完璧だった。俺がかわせたのは、エレメスに隙が無さ過ぎたこと、そして一度ソニックブローを見ていたこと、この二つだな」
    セイレンは皿の上の肉をつつきながら説明する。
    「隙が無いということは、無駄な動きが無いということだ。それに毒で視界を塞いできた以上、奇をてらうよりもまっすぐに攻撃すると思ってた。それに俺の特技は一度見た技のタイミングを覚えることなんだ。熟練した技ほど同じ軌跡を辿る。ともあれ、本当に紙一重だったがな」
    「・・・・・・なるほど。その紙一重は、きっと厚いのであろうな」
    にっと笑みを浮かべるセイレンに、エレメスはしみじみとそう言う。
    最後の一太刀は偶然ではなく完全に見切られた上のものだったのだと納得してため息をつく。
    だが、セイレンへの興味が益々沸いてくる。
    「セイレン殿は、剣はどこで?」
    「俺?・・・・俺は、元は騎士団にいたんだ」
    騎士団といえば、冒険者である騎士ではなく、国王に仕える由緒正しき騎士のみで構成される。
    「そうそう。庶民に生まれつつ有り余る才能で交流試合で優勝後、鳴り物入りで騎士団に入ったものはいいものの、分団の副団長になれるとこまできてお貴族様を殴って脱退したのよね」
    セシルが茶化してそういうと、セイレンがこらっと目で怒る。
    だがセシルは悪びれたことなくべっと舌を出すだけだった。
    しかしエレメスはその話に驚いていた。
    上下階級がはっきりしているこの世界で、庶民が貴族を殴るというのは一大事件である。下手をすれば首が飛ぶ。
    セイレンはどうやらあまり知られたくなかったらしいが、エレメスはどうして彼が今こうやって冒険者になったのか気になった。
    その興味津々な視線にセイレンも気がついて口をへの字に曲げる。
    彼に話させて自分は黙秘というわけには行くまい。
    「・・・・・騎士団っていうのはさ・・・外面は煌びやかでいいもんに見えるけど、結構中はひどいもんなんだよ。貴族の子供が多いものだから上下関係激しくていじめとか嫌がらせとか日常茶飯事。それでもまぁ団長の世話になったし、上に上がる目標があったから我慢してたんだけど、いよいよ副団長任命を受けるって時になってキレちゃったんだよなぁ・・・俺も若かったしなぁ・・・」
    肘をついて深いため息をつくセイレンだったが、当時のことは悔いてもそれに執着するような感じではなかった。
    「お前、元々そういう器じゃなかったんだって。冒険者やってる時の方が楽しそうじゃん」
    どうやらハワードとセイレンは昔からの知り合いらしい。
    「まぁ、あそうなんだがな」
    にっと笑うその笑みにかげりは無い。
    セイレンが貴族を殴ったくわしいところは分からないが、きっと理由があったのだろうと思う。何の理由も無く殴るような人間ではない。
    そしてこう言っては何だが、どういう理由であろうと、彼が今冒険者であってくれてよかったと思った。
    でなければこうして彼と会うことは無かったに違いない。
    表情が変わらなくともエレメスの視線が軟らかくなるのに、隣にいたハワードが面白くなさそうな顔をする。

    勝負に負けることでエレメスがセイレンに興味を持ったことは明白だ。
    今はまだ恋という自覚はなくとも慕っていることは確かなのだ。
    今もセイレンとエレメスはあの戦いのことに話を戻していて、次の試合の約束を取り付けている。

    ああ、あの時血斧を売り払わなければ、この視線は自分のものだったかもしれないのに。

    あのエレメスに勝てたかと言われれば即座に頷けないものの、その褒章がこれだったのだとするとつくづく悔やまれることである。
    しかも、エレメスは酒に強いのか、隣を陣取って結構飲ませているのだが顔色がまったく変わらない。
    酔わせて→つぶして→お持ち帰り→とりあえず了承だけは頂いて既成事実達成という作戦をひそかに考えていたハワードのもくろみは半分立ち消えようとしていた。
    なにせエレメスに飲ませるたびに、自分の杯にもエレメスが注いでくれるのだ。
    自分も大概飲めるほうだと思ってきたが、これではエレメスが潰れるより先に自分が潰れそうだ。
    そうなると自分が潰れた後、酒の入っていないセイレンとエレメスが益々仲良くなってあんなことやこんなこと?
    あれ?ちょっとまて。
    それは大変やばい。
    何かこういう思考回路になってるのが何よりやばい気がする。
    え、あれ?
    まてまてまて。冷静になれ自分。

    酔っ払いの思考回路は単純でどこまでも堂々巡りするものだ。
    迷路のごとき思考に嵌りかけたハワードの前で、気を利かせたマーガレッタが追加を持ってきた。
    「ありがとう」
    そして礼を言ってオレンジジュースを受け取ったセイレンは、それを一口飲んだとたん、いきなり前のめりに倒れた。
    がんっと頭をテーブルに落とすかのようなそれに、けたたましい音が鳴り、酒場に一瞬静けさが訪れる。
    「っ?」
    エレメスが慌てて様子を見ようと立ち上がろうとテーブルに手を着く。だがそれに反応するかのようにむくっとセイレンが顔を上げた。
    まるで機械のごとくまっすぐに上がるセイレンの目は何故だかひどく据わっていた。
    うっすらと頬が赤くなり、さっきまでとはまったく様子の違う彼の姿にエレメスは目を丸くした。
    「セイレン?セイレンどうかしまして?」
    マーガレッタは緊迫感の無いにこにことした微笑みを浮かべながらそんなセイレンの肩をゆする。
    セイレンの顔がゆっくりとマーガレッタの方を向いてにっこりと微笑んで優しく言った。

    「マーガレッタ。・・・・好きだよ」

    そうして彼女の滑らかな髪を梳いて頬に口付ける。
    「」
    それにぎょっとしたのはエレメスだけだった。
    「まぁ、私もですよ」
    マーガレッタもにっこり笑ってセイレンの頬にちゅっとキスを贈る。
    それに満足したのか、今度は反対側にいるセシルに向かう。
    「あー・・・・マーガレッタ・・やったわね、あんた」
    セイレンが一口飲んだオレンジジュースに指を突っ込んで舐めたセシルはそこにわずかな酒気を確かめて眉を顰める。
    普段ならこんな罠には引っかからないセイレンも、夜の酒場で立ち込める酒の香りに誤魔化されてしまったのだろう。
    ほほほと笑うマーガレッタの周りにはさっきから何気にジョッキが並べられていた。
    そう、彼女も立派な酔っ払いと化していたのである。
    「セシル・・・」
    「あーもう・・・はいはい。私も好きよ」
    まるでおやすみのキスをするようにセイレンから頬にキスをされたセシルもお返しに頬にキスする。
    そしてエレメスの視線に気がついたのか、セシルが肩をすくめて説明する。
    「こいつ酒にめちゃくちゃ弱いのよ。しかも酒癖悪くてね、一滴でも飲もうものならこうして誰彼かまわず口説いてキス魔になっちゃうの」
    「おもしろいでしょう?」
    犯人は悪びれず黒い棘のある尻尾を隠して天使のごとく微笑を浮かべている。
    「・・・・・・・・・・・・・・」
    唖然とするエレメスの横でセイレンはカトリーヌとも頬にキスを交わしていた。
    こうしたキスも慣れたものなのか、女性陣はけろりとしている。不思議なことにそこに恋愛感情など無く、まるで出来の悪い弟を見守るかのようであった。
    カトリーヌに至っては手に持ったフォークを握ったままで、それが終わるとまたもくもくと食べていた。
    しかもセイレンはハワードの横にまで来た。どうやらこれは男女関係無くらしい。
    「ハワード、好きだよ」
    「んー、あーもうめんどくせーなぁ。てめー終いには犯すぞ」
    そう言いつつも、ハワードはしかたなしにセイレンの口付けを頬に受けてそれを返す。
    満足そうに笑うセイレンはエレメスに向かって手を伸ばした。
    「っ」
    「エレメス・・・・好きだよ」
    「ちょっ・・・・ちょっと待てっ」
    「これもまた一つの試練だ。害は無いから一回は受けとけ」
    ハワードは内心面白くは無いものの、ここで素直に受けないと後が恐いことになると知っていた。
    だが、そんなことなど知らないエレメスは、机の縁に背中を預けるようにして身をそらして逃げようとする。
    その肩をがっしりと掴んだセイレンは潤んだ瞳で優しく微笑む。
    「っ!」
    秀麗なセイレンの顔を間近で見てしまうことになったエレメスは、それにくらりときつつも、近づいてきたセイレンの口を手で塞ぐ。
    「拙者は、結構ゆえっ」
    「・・・・・・・・・・・・・・」
    閉じかけていたセイレンの目が再び開く。
    その目は危険なほど鋭く光っていた。

    「あ、馬鹿っ」

    ハワードが慌てて立ち上がると同時に、エレメスの手を掴んだセイレンがエレメスに覆いかぶさる。
    それを見ていた周囲の客がひゅーっと口笛を吹いて笑っているが、エレメスはそれすらも耳に入っていなかった。
    目の前の銀のまつげや銀の髪。
    口に感じる吐息と熱。
    まぎれもなくキスされているのだと分かったのだが、体が固まって指の先すらも動かなかった。
    唖然としているうちに舌まで差し込まれてしまい、吸われる感触にぞくっと背筋に電流のようなものが走る。
    「ちょっと、待ったぁぁぁぁぁぁっ」
    立ちくらみを起こしかけていたハワードがセイレンの襟首を掴んでべりっと引き剥がしてハワードを揺さぶる。
    「てめー、エレメスに何してやがるっ。俺だってなっ、俺だって、まだしてねーんだぞ」
    そう涙目で叫んだハワードが、そのままぶちゅっとセイレンにキスする。
    椅子から滑り落ちたエレメスは下からそれを見上げることになり、唖然とする。
    ・・・・・・しかもなんだかそれは深いもののような気がした。
    「うし、取り戻した」
    満足げにハワードは目を据わらせたままぐっと口を拭う。
    そしてセイレンをエレメスが座っていた椅子に座らせた。
    セイレンは冷たい机に突っ伏せ、目を閉じて動かなくなる。
    「ったく、抵抗されると余計燃えるなんざ、とんだ酒癖の悪さだ。ほら、寝てろよ」
    「・・・・・・・んー・・・・・おやすみ・・・・・」
    あいさつだけはきちんと。
    そのまますーっと寝息を立てるセイレンの横で、まだエレメスは地面に座りこんでいた。
    「はい」
    「・・・・・・ありがとう・・・・」
    カトリーヌがくれたワインのジョッキを呆然としたまま受け取り、それを一気に飲み干す。
    顔の赤さは酒のせいではない。
    口に残る感触がまた蘇りそうになって手の甲でぐいっと擦るが、なんとも言いがたいやりきれなさを感じて膝を抱えた。

    「わかったろ?こうなったセイレンには抵抗しない方がいいんだよ。まぁ、あんなの俺が忘れさせてやるから。とりあえず消毒を・・・」

    そう言って膝を突いてよってきたハワードに本能が危険を感じ取ったのか、無意識にその頭を地面に潰して立ち上がる。

    「・・・・・・・・・・飲もう」

    埋まった自分の席ではなくセイレンが座っていた席に着き、面白がってマーガレッタが次ぐままに酒を飲み干していったエレメスは、皆が酔いつぶれ、店主が泣きを入れるころに漸くそのピッチを止めた。


    次の日、エレメスとカトリーヌ以外の者達は二日酔いで倒れ、夕方になってこの酒宴の請求書を見た会計係のハワードは真っ青になり、エレメスには必要以上の酒を飲ませまいとセイレンとは違う理由でそう思ったらしい。



    教訓。
    酒は飲んでも飲まれるな。
    そして酒を飲んだセイレンには何があろうと逆らうな。












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    前回の後の話になります。
    この話の中で一番かわいそうなのは誰でしょう・・・(笑)

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