CLOSS WORLD2~聖職者の矜持~.
愛は いつまでも 絶えることがない
その二人と目があった時、私は鼻歌のようにそのフレーズを口ずさんでいた。
このグラストヘイム古城にペア狩りに来ていたのだろう。気のよさそうなロードナイトと、私を見て怪訝な表情を浮かべたアークビショップの二人。
以前は荘厳だったのだろう重厚さを感じさせる古い城に入る手前の庭先で、目が合ったから小さく目礼だけして離れたところですれ違う。互いに武器を持っているのである程度距離を取るのは狩場でよくある風景である。
私と共に来ていたオレンジ色の髪にゴーグルをしたアサシンクロスが彼らの後ろ姿と私を見比べる。
「知ってる人?」
「さぁ」
私は彼の名前も知らなかったのでいつものように薄く微笑みながら正直にそういった。
先の二人はこっちに気を使ったのか接敵率を上げる為なのか、別の出入り口から城の中に入った。おそらく城の中ですれ違うことはあるまい。
「じゃあ、私たちも城の中に」
さて、ハイプリーストらしく私は私の仕事をしよう。
さぁ。
今日こそはこのアサシンクロスを殺せるだろうか。
頭が足らず、愚かで許されざる罪を犯した馬鹿なこの男を。
CROSS WORLD ~聖職者の矜持~
初めて会った時、彼はアサシンだった。
ゴーグルの下、淡いオレンジ色の髪が夕日に好けると赤く染まる。そんな不思議な髪を肩まで伸ばして無造作に紐で縛っていた。
見目は悪くなく、かわいいというよりは素直そうなという印象が強い。年はまだ20にもなってないかもしれない。
夜にこそ花開くこのプロンテラの裏通りで、片膝を抱きながら道端の少し大きめの木箱に座って道行く人を見ているから、今夜の相手を探しているのだろうと思ったのだが、私が用を済ませて戻る頃にも彼はまだそこに居た。
彼の容姿で誰にも声をかけられなかったなんてことはない筈だ。自分が3歩歩いている間に軽薄そうな騎士が声をかけていた。
思うように行かなかった騎士の捨て台詞は聞き取れなかったが、アサシンは片手をひらひらとさせてうんざりしたように壁に寄りかかっていた。
一人、つまらなさそうに目を閉じてため息をつくその姿が気になった。
「こんばんは」
声をかけると彼はこちらを見た。大きめの木箱のせいで、立っている私と視線が同じ高さのところにあった。
闇の中、月の光に反射する綺麗に澄んだ泉色の瞳がこちらを射抜く。
アサシンという職にありながら、彼には血の匂いも負の空気もない。
こんな場所で見るには少し綺麗すぎる。
「今夜の相手を探すなら、こんな場所よりもうひとつ表の道に行った方がいい。こちらは少し危ないから」
子供に言い聞かせるように優しくそう言うと、アサシンの青年は肩の力を抜いて片足を木箱から下ろして足の間に両手をついた。
「本格的に稼ぐならこっちだって聞いたんだけど・・・」
稼ぐ。
その意味が体を売るということであろうことはこの道に居るものなら誰もがわかること。だが、このアサシンにはあまり似つかわしくないように思った。
だが、私の目が曇っていただけなのかもしれない。
「君がわかっていてここに居るんだったら余計なお世話だったね」
「うんん。・・・おっさん、ここのこと詳しいの?」
去ろうとした私の法衣のすそを掴んで見上げるその表情は少し不安そうな子供のそれだった。
しかしそれが彼の手腕なのかもしれないと思い、私は微笑みながら返答をしなかった。
だがアサシンはそんな私を見ながら木箱から降り立った。小さいかと思っていた彼は私と同じくらいの上背だった。ただ細すぎて小さく見えただけなのだ。
「とりあえずベット抜きで俺と飲みに行きません?いろいろ教えて欲しいんだけど」
「あいにく私もそれほど暇じゃないんだ」
職業病ともいえる、自愛に満ちた笑顔を向けるとアサシンは泣きそうな顔をした。これは反則だ。子供を苛めているような気持ちになる。
「ハイプリーストのくせにぃ・・・・っ」
歯噛みして肩をすくめる仕草もまだ年若い証拠。
「そうだよ。ハイプリーストだ。だけど私もまた裏の住人だから関わらない方がいい」
私はアサシンの頬を優しく撫でてやった。
偽りであればたいしたものだがまだ彼はそこまで擦れてはいない。迷子の子供がすがるような手を法衣から外して引く。こちらに向かって倒れてくる体を肩で支えてやりながらもう片手で股間を掴んだ。
とたんに情けない声を発してこわばる体は、少し苛めたくなる素直さだ。形をなぞるように指先と手のひらで押し上げるように揉むと縮み上がったようだった。
まだ、経験が浅い証拠だ。もしかして初めてなのだろうか。
「でないと、こういう風に怖い目にあう」
声質を換えて脅すように低い声で耳元でささやくと、アサシンは震えだした。
夜の帳も深いというのに、ここだけ日の匂いがする。暖かい匂いだ。
金と権力と力と引き換えに私がもう過去に失った匂い。
「・・・・・・・・・」
私から闇の匂いを感じ取ったのか、アサシンの青年は震えながら私の肩に手を突いて身を離そうとした。
それでいい。彼はこんなところに来るにはまだ早い。
だが、澄んだ瞳は曇らないまま私を射抜いた。
「だから、怖い目にあいたくないから・・・・っ。教えて欲しいんじゃんっ!」
「・・・・・・・・・・・・・」
今まさに怖い目にあいそうになっている彼は、なるほどどこか鈍いらしい。
私は似非聖職者と言われる手合いだが、この危なかしい青年の道を正しい方向へ向けるくらいの慈悲は持ち合わせていたようだ。
壁に寄りかかってアサシンを見る。
「・・・・・目的は?お前も冒険者だ。狩りに行けばそこそこ稼げはするだろう。金に困る事情でもあるのか?」
この青年がここに来た理由は何なのか少し興味がわいた。だが彼の回答はそんな私の予想をはるかに超えていた。
「え?・・・・・・気持ちいいこと好きだし、楽して稼げるって聞いたし・・・」
「馬鹿か」
珍しい仏心が一瞬で引っ込んだ。
「金が要るんだよ。短剣買うのに」
「たかだか短剣ひとつで体を粗末にするな」
「一本だけじゃないし。・・・・・・いっぱい欲しいのあるし」
確かにアサシンが両手に短剣を持つならそれぞれの属性や種族倍率をもつ複数の武器が必要になる。
すべてを揃えるまではいかなくても、最低限の主要武器を揃えるだけでも首都プロンテラに家が建つと言われている。
「ここで金を稼げば揃える頃には廃人だ。剣一つまともに握れなくなってるぞ。悪いことは言わん。まともに働け」
「それじゃ遅いんだってっ」
アサシンの青年はせっぱつまったような声で叫び、そしてぐったりとしたように私に寄りかかる。
「・・・・・・・おっさん。金持ちで優しくてセックスうまい奴ってどこいけば会えるかなぁ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぐりゅううううと情けない音が下の方から聞こえたのはその時だった。
「・・・・・腹・・・減ったぁ・・・・」
情けない声でさめあめと泣くアサシンに、私はあきれたようにため息をついた。考えてみれば彼は夕方になる前からここにいたのだ。
「・・・飯くらい食え」
「食ってる間に金持ちで優しくてセックスがうまい奴が通り過ぎたらどーすんだよぉ」
なるほど。彼にとってはそちらが重要だったらしい。馬鹿だ。
馬鹿すぎて裏があるのではないかと思ってしまう。
「お前、本当に短剣を買いたいだけなのか? 里に病気の親兄弟が居てとかじゃないのか」
「両親共に健在ー。すげーらぶらぶ夫婦で、兄弟は上に6人兄ちゃん姉ちゃんがいるけど、皆元気だよ?」
「借金でもあるのか」
「うんん。返す当てもない金は借りないようにしてるし。あー・・・・腹減ったぁ」
本当に短剣を買いたいだけらしい。
甘やかされて育った末っ子の典型か。ただの考え無しか。
捨て置けばきっとここのやつらに食い物にしかされまい。
それはそれでこいつの浅はかさのせいだろう。
だが、そうさせるには少し情がわいた。
「金を持ってれば悪い奴でもいいのか?人殺しでも?サドでも?」
「痛いのは嫌だなぁ・・・・。優しい人がいいなぁ・・・・。俺優しい人って余裕がある人だと思うんだよねぇ。心に余裕があるから人に優しくできるんじゃん? 余裕がなかったら人のことなんて構ってられなくなるじゃん。だから余裕のある優しい人なら悪い奴でもいい。人殺しでも。サドは・・・・・痛いのは嫌だからなぁ・・・・。痛くなければ・・・あれ? でもそれってサド言わないよね。あれ? なんか頭ぐるぐるする・・・・」
飾り気のない言葉は間違いなく本心からのそれで。
馬鹿なだけではなく、彼なりの考えがあるのだろう、その理屈を持つ彼に少し興味がわいた。
たしかに人間には余裕が必要であり、正義論など抱えていても腹は膨れない。
ぶつぶつ言っているアサシンの襟首を掴んで押し剥がす。
「飯、食わせてやる」
「まぁじぃでぇ。・・・・・・へへ、ラッキー」
子供がおもちゃをもらったような顔でアサシンは体を起こした。まだ少しふらついていたが、へらっと笑った。
「金持ちで優しくてセックスがうまい奴の捕まえ方教えてやろうか」
「え?う、うん」
とたんに目をぱちぱちとさせるアサシンに私はにやりと笑って言った。
「まずは一週間、私を楽しませてみせろ」
アサシンは目をぱちくりとさせて、「おっさんってそんな風に笑うと悪魔みたいだね」と言った。
先ほど一人海の中に沈めてきたのだ。少し気持ちが高ぶっているのが表に出たか。
「よく言われる」と言うとやっぱりと笑った。
私のことを知っていればまず言えない言葉だろう。
でもだからこそいい。私のことを知らないからいいのだ。
この面白いアサシンを汚して闇に染めるもの悪くはない。
だが、どちらかといえばやはり彼は日の光の下がいい。だがせっかくこんな場所に来てくれたのだ。
疲れた精神の慰みに、わずかでもその匂いを感じられたら。
間違った方向へ伸びようとする若い芽を正しく修正してやるにも、多少の勉強料を払わせてやらねばなるまい。
わずかな期間の遊びと思っていた。
「そういえば・・・お前、名前は?」
「え? 俺? ハイネ。おっさんは?」
一夜の相手を探すこういう場所で口にする名前は偽名が多いものだが、このアサシンは間違いなく本名を名乗っていた。
毒気を削られて、つい自分も本名を名乗った。
「クチナシ」
「へぇ。怖い名前。『死人にくちなし』みたいだね」
「ああ、よく言われる」
主に教会から受ける背信者粛清の依頼の場でとは言わずにいた。
金と権力と力を得るには、それ相応の義務が発生する。
当然の事だろう?
■■■
たとえ 神の言葉を話しても 信じる心がなければ無に等しい
古城の中でモンスター達の殺気や死の気配を感じながら接敵したモンスター達を倒しながら歩き回る事30分も経っていない頃だろうか。
グロリアが聞こえた。
「え」
ハイネはグロリアの恩恵高いカタール使いとは違うので私も戦闘中グロリアを歌うことはほぼなかった。故に聞こえてきたグロリアを珍しがって立ち止まったのだろう。
私もつられて立ち止まるが、それはハイネとは意味が異なる。
グロリアは神への賛歌であり祈りでもある。
そしてプリーストから上の聖職者が習得できるスキル『グロリア』は一般的に幸運値を上げることでも有名だったが、ある特定の聖職者にとっては違う意味もあるというだけの話だった。
その暖かな腕に包まれても 希望なく生きることは難しい
私は突然薄暗い城の中で薄くはない壁の向こうから聞こえてきたスキル『グロリア』に目を細める。
男の声だ。恐らくは先ほどすれ違ったロードナイトとペアを組んでいたアークビショップだろうと見当をつける。
連日のモンスターと冒険者たちの戦いの中で壁に穴が開いているところがあるのだろう。
思った以上に近くで聞こえるグロリアはあえてこちらに聞かせていると思ったので、立ち止まって馴染みのあるフレーズを重ねて歌って返した。
持っているものすべてを施し体を焼いても 愛がなければむなしい
思った以上に心地よく音が重なったことを確認して、あえてこちらが追いかけるように唱和する。
愛は(心ひろく)
なさけ(あつく)
礼に(そむかず)
利を(もとめず)
恨み(いだかず)
真実を(よろこび)
すべてを(包み)
すべてを(信じ)
すべてを(希望し)
すべてを(耐え忍ぶ)
愛は いつまでも 絶えることがない
そして壁の向こうの声の響きが消えていき、同時に立ち去る気配がした。
聖歌を歌った後のルーティンになっている十字を切って神のご加護を願いながらつぶやいた。
「……ああ、やっぱりそうか」
「何がそうなの。いきなり壁越しにコンサート開くのが聖職者にとって当然の事なの」
突然の事で驚いたのだろう。
ハイネが目を丸くして首を傾げていた。
「黙れ猿」
「突然のディスリ!」
今日は冒険者らしく二人でグラストヘイム古城へやってきていた。
あんな出会いから紆余曲折あって、今は相方としてこうして二人狩りをするくらいまでになっていた。
ハイネは今はもう転生してアサシンクロスではあるが、短剣使いであることを変えなかった。私から得た金や共に行く狩場での報奨金で短刀を揃えていったのだ。
あれから私も若い体をそれ相応に楽しませてもらっているので文句はないが、先日ご同業から『それって援助交際……』という言葉をもらってつい拳が出てしまったのはまだまだ私の心の修練が足りないせいかな。
「さて、こっちも行くか」
些末な気がかりも解消されて歩き出せば、ハイネも後からついてくる。お前アサシンが前衛だということを忘れていないか。
ただ不思議そうにしていてもここがモンスターの沸く敵地だということで話を続けてもいいものかどうか迷っているのだろう。
短剣を買う為に体を売るという考えなしでも一応思考する能力はあるらしい。
結果興味が勝ったのかハイネが口を開いた。
「城の敷地に入ってすぐだっけ。ちらっとあの人達が見えた時、あんたさっきの歌のワンフレーズだけ口ずさんだよね」
「気が付いてたか」
「『グロリア』じゃなかったから気になった」
「猿でも考える頭があってよかったというべきか」
「あんた空気吸うように俺罵るの趣味なの?」
「むしろ生き甲斐」
「逃げたいわ。結局何だったの? あれ。プリースト達の戯れ?」
「近いかもな。結局は『私達はあなた方の敵ではありませんよ』って話だ」
「は?」
「以前別の狩場で長期滞在していた時に、あのアークビショップとはよく狩場が一緒だった覚えがある。その時組んでいたのはさっきのロードナイトではなくレンジャーだったが。お前と組みだして狩場を変えたからしばらく見てなかったが一緒に組んでいたのが互いに変わっていたら気になるだろう。互いにギルメンではない相手だったなら特に」
「不仲での解散……? もしくは臨時公平パーティ組んでただけかもよ?」
「もしくは冒険者キラー」
ぎょっとする相方に視線も向けず前から来た深淵の騎士に話はここまでだと口元を上げて杖を持ち直す。
「さぁ、逝ってこい」
「字面が気になる!」
滑りだすように走り出す背中は、初めて見た時よりも広く感じる。
あらかじめ短剣はアスペルシオで聖属性付与してある。切れないよう支援を重ねて、怪我を負えばヒールをかけて治す。
周囲に気を配り横沸きがないかを合間に確認しつつ、ハイネが深淵の騎士に短剣を振るうのを眺めた。
頭が足らず、愚かで、体を売ることをいとわないくらいには身持ちが良いとは言えないが、初めて会った頃よりは強くなったと思う。アサシンの上位職のアサシンクロスになったのだから強くなってもらわなければ困るのだが。
だが隙が無いわけじゃない。むしろ私の前では日常的に隙だらけだし、今も戦闘が終わって残心しているところなど警戒心が足りなすぎる。
唸り声をあげて霧のように消えていく深淵の騎士から落ちた槍を拾って眺める。
「バトルフック?」
「ああ」
聖職者は刃物が持てないと言われているが、こうして槍を持つことはできる。
その上で思うのは、この槍は転生した騎士系職しか使えないが、槍が持つ効果に職は関係ないということである。
先が曲がり、鉤の形をしている槍は首を引っかけやすいであろう形をしている。
相手を引っかけて引き寄せ、この武器の効果であるスタンで動けなくしてしまえば後は容易い。
人を殺すのに刃物は必ずしも必要ではない。
むしろ刃物での殺人は神の恩恵を汚すものであると私は考える。
まぁ。スタン率が低いゆえにリスクが高すぎる手段だが。
ハイネの首から視線を外し、槍を杖代わりに持ち足元の石をはじきながら歩きだす。
さっきのアークビショップは私の裏の顔を知っているようだった。
ただはっきりと確証を持っているわけではないのだろう。だから私が今仕事中であるかもしれないことを考えて、自分は邪魔しないという意味を込めて高レベルのグロリアを私に対して歌った。教会の裏の仕事をしている聖職者は神への信仰心が高く、神を讃えるグロリアを高レベルで扱えるものが多いのだから。
ちなみに以前長期滞在していた狩場にはもちろん私一人いたわけではない。その時の『相方』はイズルード海底洞窟の海峡の底で永遠に眠ってもらっている。
仕方がなかった。
彼は神への信仰が足らず、他の聖職者を食い物にしていたのだから。
教会に属する聖職者は信仰厚き者同士の同族意識が高く、上の地位を頂くものほど博愛精神と同調に長けている。
そして同族が意味なく害されれば、それは神への背信行為であると泣き、慈悲という『救済』を行う程にイカレてもいる。
ちなみにこの『救済』とは、この世からの解脱のことである。
「スキルとしての『グロリア』は所持レベルによって唱和も合唱もできない」
「え、何事もなかったように説明に入ってくれるの? 猿にもわかるグロリア講座なの?」
「レベル1を習得したプリーストととレベル10のグロリアを習得したプリーストが合唱した場合本当にびっくりするほど合わないんだ。3人ばらばらだと不協和音となり寝た神も起きると言われる」
「寝てたとこ叩き起こされた神様を憐れめばいいの? 相方に突っ込みスルーが当然の俺を憐れめばいいの? はー……なるほど。で、さっきの人あんたと同じレベルのグロリア持ってるんだ。レベルいくつ?」
「10」
「10!? え、でも俺あんたがグロリア歌ってるのほとんど聞いたことないよ!?」
「二刀短剣使いのお前にグロリアは邪魔だろうが」
「あー…滑らせるように斬るのと急所狙い切りするのって違うもんね」
納得したように頷くハイネを横目で見つつついでの話もしてやる。
「ちなみに教会に所属する聖歌隊は、このスキルの関係もありアコライトまでと暗黙の了解があるわけなんだが」
「突然何よ。あーでも声変わりするからじゃないんだ」
「耳障りの言い理由にはなってるな。名のあるプリーストを面倒無く弾くには」
「あ。教会の闇は聞きたくないです」
利権とか権威とか名声とか関わるほどに面倒。
馬鹿は馬鹿なりに考えてそうぼやく。
こういうところは好ましいと思う。それらはたしかに面倒なので。
「で? さっきのは何だったの? 猿でもわかりやすく言って」
「スキル制限がかかる忌々しい現状で他の有益なスキルレベルを下げて苦労することが分かっていてスキル10のグロリアを取るバカなど、愚かを通り越した聖職者の業であろうということさ」
「もー! 長々言われてもよくわかんないから! 一言で言って!」
聖職者の数多あるスキルは高レベルですべてを習得することは難しい。グロリアのレベルを押さえてそれ以外の有用なスキルを取る方がいい。
冒険者たちは蘇生が可能な聖職者が最後まで生きていればパーティは立て直せるのだから。
だから聖職者は死なずに最後まで生き残らなければならない。すべては仲間の為に。
それでもそれは蘇生が可能な範囲であればのことだと聖職者たちは知っている。
毎年どれだけの聖職者が希望に対するその重圧と不可能に接した絶望とで消えていっているか、他の冒険者たちは本当の意味で知ることは少ない。
キリエレイソンによる威力制限防御。
セイフティウォールによる完全防御。
どちらも多段攻撃には弱いことは知られている。
グロリアに期待するのは幸運値を上げることで高くなる運回避。
多段攻撃を受けても消えない一定時間の最後の砦。
故に思うところのある聖職者は人事を尽くした後、幸運を仲間の無事を神に祈ることがあるという。
そういう冒険者は多いのだろうと思う。
さっきのアークビショップはその類だろう。
そんな同じ神のもとに祈る同胞を愛おしく思う。
まぁ、私の場合は彼とは違うが。
私のすべては神の名のもとにあり、聖歌を捧げるのは同じ聖職者と神にのみ。
それ以外であえて言うなら背信者への鎮魂歌くらいか。
ぶっちゃけ、彼を私の後継かと疑っていたのだが、ただの善良な同胞で良かったと思う。
これでも若い頃はそこそこにこの『お仕事』に悩みもしたので。
そう考えると、グロリアを必要としないこの猿は私ととても相性がいいことは間違いがない。
思わず口元を上げていた。
ハイネがこちらを凝視するほどだったから、自分でも驚くほど笑っていたのだと思う。
「愛だよ」
お前『達』は知らなくていい。
仲間たちへの献身。
そして神への信仰心。祈り。
口に出さず聖職者はただ願うように歌うのだ。
それが聖職者の矜持。
『そういえば・・・お前、名前は?』
『え? 俺? ハイネ。おっさんは?』
『クチナシ』
『へぇ。怖い名前。『死人にくちなし』みたいだね』
『ああ、よく言われる』
『あははは、やっぱり? おっさんも災難だねー』
無邪気に笑うアサシンに、私は似非笑顔を張りつけながらさてどう楽しもうかと思っていた。
『でも俺、梔子の花は好き。いい匂いがするからさ』
『・・・・・・・・・・そうか』
月の下、澄んだ瞳が明るく笑う。
また日の匂いがした。
自分にはもう遠くなったと思っていた優しい匂いが。
それは罪の匂い。
大罪を犯す予感がしたが、それをかき消すように口元を歪めて笑った。
『物好きだな』
それはこのアサシンに対してだったのか。
それとも自分へだったのか。
私はこの出会いこそが、生涯の恋になるなんてこの時はまだ気がつかずにいたのだ。
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愚かで許されざる罪=惚れさせた罪
神に仕える聖職者が些細な癒しを求めて援助交際してたらという話。