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    #RO

    サマスぺ!~ミュータントダンジョンはマラソン会場です~.



    茹るような暑さの中、とある森に謎のダンジョンが発見される。
    「ミュータントダンジョン」と名付けられた4層からなるダンジョンは、進化を遂げた昆虫たちの楽園だった。
    国は調査隊を結成しダンジョンの中に入り、途中昆虫たちが何故か嫌う魔粘土という巨大な結晶がある場所を休憩所として作りあげた。
    そして、最上階まで駆け上がった彼らが見たのは、触れるものに力を与える謎の花。
    パワースポットと名付けられたその花から力を得ようと、後日解放されたこのダンジョンに侵入した一般の冒険者たちは今日も一階から最上階までのダンジョンをマラソンで駆け抜けて行くのだった。









    サマスぺ!~ミュータントダンジョンはマラソン会場です~











    バードのオスロには恥ずかしがり屋の恋人がいる。
    筋骨たくましい戦闘ホワイトスミスの青年だ。
    自分とは正反対の芯の通った黒髪と紺の目がオスロのお気に入りで、とても可愛い人なのだ。

    彼は同性同士で自分達の年が一回りも離れている事をとても気にしていた。
    金髪碧眼の美しい容姿もさることながら、まだ若いオスロの未来を考えてそっけない態度をとるけれど、行動の端々に愛情を感じてはやっぱり大好きなのだと再認識する。
    本当に可愛い人なのだ。彼は。

    「うおおおおおおおおおおおしゃあああっ!!!!」

    「ふぎゃっ」

    愛しさに思いあまって後ろから抱きついた途端、そのまま視界がひっくり返った。
    背中から地面にたたきつけられ、恋人から背負い投げをくらったバードがカエルがつぶれたような声を上げた。
    周囲を駆け抜けて行く冒険者たちが、ギョッとして歩みを止めかけたりオスロを飛び越したりしている。
    パワースポット目的で駆け巡る冒険者たちに、歩みを止める暇はない。

    ああ、今日も愛が痛い。

    「カランドさんひどい~」

    「俺に付きまとうなと何度言ったらわかるんだ!? その耳は飾りか!?」

    気の強さを物語る鋭い視線で見降ろされて、オスロは乙女のようにキュンと胸をときめかせた。
    ミュータントダンジョン1階の薄暗い建物の中とは思えないほど桃色空間に、花まで降っているように見えるのは恋ゆえだろうか。

    「カランドさんかっこいい・・・。そうだ、この悶えるような愛を詩にしよう。1番、2人の出会い。ぶんちゃーぶんちゃー」

    地面に転がりながら身もだえして楽器も弾かず歌いだした金髪碧眼の美少年に、カランドが無言でその顔を片手で押さえつけて黙らせる。
    この少年に歌わせてはいけないことを、カランドは身をもって知っていた。

    「おい、でめぇ・・・いい加減にしろよ」

    カランドが目を細めて低い声で脅すように言った。

    「これ以上、俺に付きまとうならストーカーとして騎士団つきだすぞ」

    「・・・・・」

    じっと見上げていたオスロは口の辺りを押さえているカランドの掌をぺろっと舐めた。
    悲鳴を上げて顔を離したカランドに、オスロは上半身を起こして顔をそむけた。口元に指を当てているその仕草は、見た目だけは麗しの美少年だ。

    「迷惑・・・ですか?」

    「は?」

    小さく泣いているかのような声に、カランドがたじろぐ。
    ただでさえ綺麗な容姿をしているオスロは年より若く幼く見える。
    子供が泣いているのをほっとけるような男ではないのだ、カランドは。
    思わずオスロの顔を覗き込もうとしたが、線の細い色白の顔が背けられる。

    「・・・僕、嬉しかったんです・・・」

    顔を手で覆って肩を震わせる年若いバードにホワイトスミスの方が乱暴を働いたと思ったのだろう。ダンジョンを走って通り過ぎる人々の視線がカランドにはとても痛かった。
    そんな中で、オスロは目に涙を浮かべながら呟いた。

    「右も左もわからないノービス時代。冒険者場で流されるままにアーチャーになったのはいいけど、そこでもらった弓を倉庫代に売り飛ばして、武器も無くなって。人がいるところにと思って行ったキャンプ場でも何をすればいいのかもわからずに途方に暮れた僕に、あなたは声をかけてくれた」

    切々とというよりは、節にのせて言うのは、バードゆえのものだろうか。
    カランドは節くれだった指で自分の頭を押さえた。

    「・・・・・・・」

    はっきりいって、あの時声をかけなければよかったのだと、カランドは何度後悔しただろう。

    2週間前のことだ。
    女の子のような愛らしい顔をしたアーチャーの少年は、保護者もいなかったようで端の方で座り込みキョロキョロとしていた。
    新たな名所、パワースポット巡りで経験値を稼いでいたカランドがミュータントダンジョンの中を5周マラソンをしていても、彼はそこにいた。
    それどころか、タチの悪そうな男2人に囲まれていて、仏心で知り合いの振りして助けたのだ。
    そのまま、またからまれないうちにと、オスロをマラソンに引っ張り出した。
    周りは莫大な経験値をくれるパワースポット巡りのマラソンをする冒険者で溢れ返っており、立ち止まって邪魔すれば蹴り飛ばされること必至だ。
    こんな中で喧嘩を売ってくる者もいないだろうと思っての事だった。
    走りながらアーチャーの話を聞いてみると、冒険者になりたてで金も武器もないらしい。

    「ホワイトスミスって弓も作れるんですか?」

    「弓は無理だな。というか、俺、戦闘系だから短剣も作れないし」

    「戦う武器職人か。かっこいいですね」

    本当にそう思ってるのかと聞きたくなるのは、その口調が淡々としているからだろうか。

    「お前は、ハンターになるの?」

    「僕はバードになりたいなぁって思ってます。兄達もミンストレルだし」

    「末っ子?」

    「はい」

    「兄弟いるなら付いてきてもらえばよかったのに」

    「うち基本放任主義なんで。『人との出会いを大切に。1から稼いでこその冒険者』ってのが家訓です」

    ぼーっとしているから鈍いのかと思えば、返ってくる返事から聡明な子なのかもしれないと思った。
    弓系とはいえ、体力もそこそこあるようで、カランドは少しだけペースを落としただけですんだ。
    もとより、マラソンやベースに滞在している聖職者の皆さんが、速度増加をかけて下さるので、それなりに早く駆け抜ける事が可能になっていた。

    ああ。
    思えば、この頃はまだまともだったんだ。

    この時のカランドはこの可憐な少年の異常性にまったく気がつかなかった。

    「俺ならお前みたいな弟がいたら、猫っかわいがりするけどなぁ。1人っ子だったから、兄弟には憧れる」

    「・・・・・」

    オスロは顔を上げてカランドを見た。
    だが、口に出したのは別の事だった。

    「これ、体力づくりですか」

    「そのようなもの。お前、運良かったのか、・・・悪かったのかなぁ。これ経験値はもらえるけど、金は入らないし、戦い方も身に付かないからな。とりあえず走るだけでレベル上がるから上げられるだけ上げといて、あとは自力でがんばれ」

    「はい」

    わかってるのかわかってないのか、4層からなる未開の地を走り抜けて、敵に襲われそうになったら守ってやりつつ、いろいろ話をした。
    さすがに職経験値は足りなかったのでバードに転職はできなかったものの、パワースポット様々で、かなりのレベルになった。
    セーブポイントから外れた右の広場で疲れて座り込むオスロに、そのまま待ってろと言ってカランドは倉庫に行った。
    カプラ嬢に頼んで倉庫を開けて中をあさる。目的のものをいくつか拾い上げて、倉庫を閉めた。
    水辺に足をつけて涼んでいたオスロの所に戻って、カートから精錬用の金槌と金敷きを出した。製造はできなくても、精錬だけはできるのだ。
    オリデオコンを出してスロット付きのクロスボウとハープを精錬する。
    カンカンと打ち付けてそれぞれエンベルタコンとオリデオコンを馴染ませる。武器の握り手を滑らかにしてやって、興味深げに見ていたオスロに差しだした。

    「倉庫の肥やしだからやるよ」

    「え」

    「もっといいのがあればよかったんだけど、とりあえず武器はいるだろ。今度は間違っても売り飛ばすなよ? ・・・悪いな、俺もまだ精錬するの慣れてないから過剰はしてやれねぇけど」

    「・・・・・」

    オスロは両手に抱えた武器とカランドを見て、しだいに頬を赤らめさせた。
    ありがとうとか、大事にしますとか、そんなかわいい言葉が呟かれるかと思っていた口はとんでもない事を言い出した。

    「僕が上であることを前提に、お付き合いしていただけませんか」

    カートに腰掛けていたカランドは、その言葉を理解する前に斜めに体が傾いて、固まったまま地面に倒れた。




    最近の若者の、行き過ぎた好意の言葉だと思っていたカランドは、それから毎日キャンプ場で後を追いかけられながらアーチャーに口説かれまくることになった。
    1日見かけなかったので、安心したら、翌日バードにパワーアップして帰ってきた。
    それはもう毎日毎日朝から晩まで、夢にまででてきて魘されるほどだ。
    おかげで、マラソンしている人たちの格好のからかいの種になってしまっている。

    「オスロ君がんばってー!」

    「ありがとうございます!」

    アークビショプの綺麗なお姉さんに手を振られて、オスロが片手を上げて返事を返す。
    カランドは無心でダンジョン2階の雪道を走り、魔粘土の結晶部屋に走り込んだ。2階と3階を繋ぐこの部屋にはモンスターが入ってこない。
    そして追いかけてきたオスロの頭を掴んで持ち上げた。軽いからできる芸当だ。

    「カランドさん、痛い」

    「俺の心が万倍も痛いわ」

    「それは大変です。僕が撫でてあげます」

    「胸を触るな! 胸を!」

    両手で男の胸板を撫でて、何が楽しいのだろうか。
    さっきもかわいいアークビショップさんに、恋の応援とやらをされて、しかもそれが何度も続いているので、カランドの心はリミットブレイク寸前だ。
    ぶらぶらと足を遊ばせながら、オスロは俺がやったハープを背中から持ってきて、ぽろろんと奏でだした。

    「じゃあ、歌で元気にしてあげますね。カランドさんの為に寝ずに考えた100曲目の力作です。題してカランドさん賛歌。ぱらりらぱらりら~」

    「だから、何故、前奏を声でやるんだ!? 手に持ってる楽器は飾りか!?」

    こんなだから馬鹿にされてると思っても、しかたないだろう。
    パワースポットでメカニックになろうと思っていたカランドは、メカニックになるのが先か心労で倒れるのが先かというところまで来ていた。
    もとより自分が男前とか言われる人種から程遠く、十人並の容姿であることは重々承知している。そこで男とはいえ容姿端麗なかわいらしいバードにかっこいいと迫られても、からかわれているとしか思えない。むしろ眼科か脳の病院に行けと真剣に思っている。
    あまりの馬鹿らしい現実に力が抜けると、すとんっとオスロが地面に足を付けた。

    「昔々、可憐でかわいいアーチャーの少年が、ホワイトスミスの青年に誑かされたという物語風になってるんですよ」

    「だれが、誑かしたかああああああ!!!!!」

    思わず平手でふわふわのハニーブロンドを殴る。
    痛いと両手で頭を抱えるオスロにヒールがあちこちからかかる。
    見れば、これからまた凶悪なモンスターの中を走り抜ける仲間達に支援をかけるべく、聖職者の皆さんがずらっと並んでいた。ある者は微笑ましそうに、ある者は「リア充爆発しろ」と呟いたり、ある者は腹を抱えて笑っており、ある者は涙を浮かべ感動すら覚えている。

    「今日で2週間かぁ。こんな可愛い子に迫られてうらやましいなあ」

    「もういい加減、落ちればいいのに」

    「焦らしプレイだよ。焦らしプレイ」

    「10分ごとの楽しみだよねぇ」

    マラソンは1階から4階までを一周とした場合、回り切るのに10分程かかるのでそんな風に言われるのだろう。

    「もう私なんて、友達がマラソン終わったからここに居る必要ないんだけど。でもこの二人を見守って、結末を見ないといけない気持ちになっちゃって・・・」

    「わかるわかるー」

    「気に入ったんなら、お前らがこいつを引き取ってくれ! 頼むから!!」

    オスロを聖職者達に向かって押しつけて、1人部屋を出て行く。
    たたらを踏んだオスロは追いかけずに、ドアを見るだけだった。

    「もう追いかけないの?」

    「諦めたらそこで試合終了だよ?」

    「あの人の事だから、また一周して来ますよ」

    だからちょっと休憩ですと言うバードの少年は、この部屋に居座っている人たちが持ってきたテーブルに誘われてイスに座った。
    4人掛けのテーブルの上のお菓子やら飲み物が入った籠もあり、オスロは勧められたが首を横に振った。

    「ごめんなさい。僕、前に変質者に変なものを飲まされてからは、知り合いからしか物はもらわないようにしてるんです。下心とか怖くって」

    「オスロ君かわいいからね。わかるわかる」

    「そうよね。それがいいわ。自衛は大事よ」

    「私達もこれ、自分たちで持ってきたものだもの」

    疑われている事を怒りもせずに、見目麗しい聖職者達がうんうん頷いている。
    この部屋でもトップ3に入る美男美女なだけに、そこに美少年のオスロが入り込んでも違和感がなく、そこだけ花畑でも広がっていそうな光景だ。

    「いよっ! そこの美人さん達。俺とデートでもどう!?」

    マラソンで通りすがったシャドウチェイサーが、目を惹かれて声をかけると4人が一気に目を吊り上げて腕を組んでガンをつける。背後に般若と鬼が見えた。

    「てめえの顔磨いてこいよ、チンカスが」

    「ドタマかち割って虫に食わせんぞ、コラ」

    「こっちは目の保養してんじゃ、ボケ。汚ねぇ面で目が腐ったらどうしてくれんじゃ」

    「その貧弱な体を聖堕天使様の供物にしてやろうか、アアン?」

    「す、すいまっせんでしたあああああああ!!!!!」

    3階の麗しき聖職者達に声をかけてはならない。
    マラソンのお約束の一つを破った男は、恐怖に身を震わせて泣きながら魔粘土部屋から出て行った。

    「・・・はぁ・・・・カランドさんに会いたい」

    般若の顔から天使に戻ったオスロが、しゅんっとうなだれる。
    一瞬で地獄の一丁目から天国の花園になったテーブルで、オスロを挟む形で座っているアークビショップのお兄さんとお姉さんがかわいいと頭を撫でている。

    「オスロ君は、カランドさんが本当に好きなのね」

    「はい。一目惚れなんです。突っ込んであんあん喘がせたいんです。そんな風に思ったのは初めてなんです」

    魔粘土に張りついて欠片を削り取りながら聞き耳立てていた冒険者たちや、走り込んできた運の悪い者達がコントのように滑って行く。
    しかし囲んでいるお姉さんお兄さんは欠片もたじろがなかった。

    「わかるわ。好きな人ほど、襲いたいものよね」

    「分かってくれますか! おかしくないですよね!? あの人僕が精神を病んでるんじゃないかって疑ってるんですよ!? ひどいです。こんなに好きなのに・・・」

    愛くるしい天使のようなバードは、ハープをもって立ち上がり、カランドへの愛の賛歌を歌いだした。

    「黒い髪は ゴミをあさるカラスの色
    紺の瞳は MONO消しゴムの青い線
    日に焼けた肌 細腰が けしからん、ああけしからん
    見るたび僕は ラマーズ法」

    容姿に違わず美声が奏でだした詩で、マラソン中、部屋に飛び込んできた哀れな冒険者たちが氷漬けになっていく。
    しかしとっさの判断に長けている聖職者達は動じなかった。自分にセルフリカバリーをかけ続ける。

    「あらやだ、寒いジョーク?」

    「カランドさんに捧げる愛の賛歌です!!」

    ドヤ顔のオスロには悪いが、かなりの凶悪兵器である事は間違いない。攻城戦では、さぞかし重宝がられるだろう。
    30番まであるんです!と、続きを楽しげに歌いだしたので、しだいに部屋が氷漬けで埋まっていった。
    入ってくるものすべて凍らせて止めおく能力は、オラオラも真っ青の威力だ。

    「なんじゃこらっ!? 魔粘土が巨大化でもしたのか!?」

    氷漬けで開けにくくなったドアの蝶番を外して入ってきたホワイトスミスに、オスロが満面の笑みを浮かべて駆けだす。
    氷の上をとび跳ねながらやってきたバードを見て、カランドは事態を把握する。
    自分の所にやってきたオスロの首根っこを捕まえて金髪の頭を押さえた。

    「お前は歌うなって言ってるだろ! 見ろ、この惨状を! 皆に、ごめんなさいしなさい!」

    「僕はカランドさんへの愛を歌っただけです! 謝る必要なんてありません!」

    いやいやと体を揺らして抵抗するオスロを下して、カランドが自分を見上げるバードの両頬を摘まみあげた。

    「そんなことを言う口はこれか!?」

    「ひゃああああああああううううううううう」

    痛い痛いと泣くオスロと、引っ張っているカランドの周りで氷が音を立てて崩れていく。
    解き放たれた冒険者たちは、鬼気迫る勢いで二人をとり囲んで一纏めに持ち上げ、部屋から追い出した。

    「ちちくりあうなら、余所でやれ!!!」

    ただでさえ、ミュータントダンジョンは明日にでも森から煙のように消えるのだと言われているのだ。
    最終日とあっては、マラソンにかけている人達の情熱と熱気たるや半端ではない。
    結晶部屋から虫が襲ってくる場所に追い出された二人は、さっそく青いカマキリに襲いかかられそうになって逃げにはいった。
    ここのモンスターは上にパワースポットがあるからなのか、かなり強くて半端な冒険者では太刀打ちできないのだ。
    すぐに、ルート確保をボランティアで手伝ってくれている緑髪の男レンジャーが罠を敷いてカマキリを捕獲してくれた。

    「サンキュ」

    「いーえ。ここは大丈夫だから、いってらっしゃい」

    礼を言って次の結晶部屋までのルートを駆け抜けるまでの間に、レンジャーの悲鳴が聞こえた。
    驚いて振り返った先で、彼は虫ならぬ、男アークビショップに飛びつかれていた。

    「ごめん! お前を1人にしてっ!」

    「ぎゃああああっ!? てめえ、抱きつくな尻触るな、また結晶部屋にたたき込むぞ!?」

    怒声を諸共せず、男アークビショップは一方的なスキンシップに勤しみながらレンジャーに頬擦りしている。
    カランドにとっては他人事とは思えない光景だった。

    「どうして先に進めるのに、戻れないのかなぁ。また1階からやりなおしてきちゃったよ」

    「人の話を、うわっ!? 後ろいっぱい来たあああああ!!」

    「空気読めない虫は死ねええええっ」

    とたんにセイフティウォールを張り巡らしているその腕は確かなものだ。
    しかし、立て続けに立ち上るピンクの柱がハートの形になっているところで、これはないと見たものを脱力させていた。

    オスロを肩に抱えたカランドは安全地帯である次の結晶部屋に駆けこんだ。
    人がたくさん集まるダンジョンには名物がだんだんできあがるもので。
    1階では黙々とクワガタもといホルンを狩っている美少女剣士とそんな彼女を影で見守り萌々する会がいたり、2階にはやけに避けまくるソロウォーロックが「紅蓮の炎よ、我の前に立ちふさがる敵に・・・」等厨2詠唱を延々と繰り広げており、その先にある結晶部屋前の強化版ホルンが大量に出てくる場所では男アサシンと男モンクと男殴りプリが痴話喧嘩しつつ狩りしていたりする。
    さっきも愛を叫んでは天上に伸びた水晶の道から叩き落とされ、雪に逆さまに刺さっていた逆毛騎士の横をマラソンの団体が駆け抜けて行っていた。
    そして三階にはさっきのどつき愛ペア。
    これが朝から晩どころか、夜中もこうなので、虫達は休めずに気が立っている様子だった。実に災難だ。虫たちに憐れみを。

    そして4階には地面があり、植物が生息している。
    いつ来ても不思議な場所だ。
    もちろん虫も居るのだが、こっちを襲ってくる気配はない。奥の方には強いボスがいるらしいが、そこまで行かずにパワースポットだけを回るに徹する。
    他の階にはある名物も、黙々とパワースポットを巡るだけのここにはない。ただ渦巻状の道を走り花に触れて行くだけだ。

    「なんで、1人で走ってたら、『嫁に愛想つかれたのか』とか『あれ、旦那は今日おやすみ?』『昨夜はお楽しみだったの?』『嫁をどこかに落としてってるよ。ほら戻らなくていいの?』とか言われなきゃなんねーんだよ!」

    「えへへ。公認で恥ずかしいな」

    「お前、もう俺に付きまとうなっつってんだろうが!」

    経験値をくれる謎の花に触れながら、次の花が生えているところまで走る。
    これが渦上になっている道なりに25本も生えているものだから、休む間もない。
    集団マラソンのようなものだから、この木が一杯生えているところでも人の後を追いかけるだけですむのは助かる。

    「こうやってデートできるのは嬉しいんですが、そろそろベットインもしてみたいんです。今夜僕の部屋に遊びに来ませんか」

    「うわっ、今、鳥肌立った。すげえ、なにこのチキン肌。感動する」

    「え、どんな感じに」

    思わず覗き込もうと身を乗り出したオスロの胸倉を掴んで、自らの足を軸に一周振り回して、その遠心力で崖に向かって投げ飛ばした。
    勢い余ったのか、崖の上を越えていったのだが、それが中心方向、つまり自分が走っていく先だと気が付いて舌打ちする。

    「カランドさああああああああああんんんん」

    そうしないうちに逆流してきたオスロが崖の蔭から現れた。うっすら涙を浮かべてカランドに飛びかかってきて、張りつく。
    その体は青白く発光していていた。
    衝撃をカートを支えに堪えたが、両手両足で体にしがみつかれて肩口でワンワン泣かれる。

    「さっきパワースポット触ったら、こうなっちゃって!! いったい何なんですか、この光。僕死ぬんですか!? 死ぬ前にカランドさんと一発しないと浮かばれませんんんん」

    「ぎゃああああっ!!!! やめんかあああああ!!!!」

    泣きながらごそごそと体中をまさぐられ、カランドは金髪を掌で押しのけるように殴った。
    へちょんと地面に転がり落ちたオスロに、周囲を走っていた数人が立ち止まって拍手した。

    「ふえ」

    「オスロ君大丈夫よ。その青い光はね、君のカランド君に対する愛情の表れだから」

    さっき、オスロを応援していた美人なアークビショップのお姉さんが座ってオスロの頭を撫でる。

    「おい。嘘教えないでくれませんか」

    顔をひきつらせた俺に、アークビショップは楽しげにコロコロと笑った。

    「うふふふふ。すごいわね。マラソンで光っちゃうなんて」

    そう言って、すぐに次のパワースポットに走り出した彼女達を見送りながら俺は、意味がよくわかっていないオスロに冒険者証を出させた。

    「はい。ベースとジョブレベル言ってみろ」

    「えーと。ベースが99で、ジョブが1です。・・・・・99?」

    バードに転職してからすぐマラソンで走ってきたのだろう。こっぱずかしい愛とやらを叫びながら。
    パワースポットから得られる経験値はレベル99までの未転生者、その後転生して上位2次職の資格を得る転生者、更に上位の三次職とそれぞれ違うとは聞いていたが、未転生者の場合ベースだけしか得られないものらしい。

    かくして、オスロは職経験値が足りないままに、転生の資格を半端に持ってしまったということだ。
    しかも、ろくに狩りもせずに、男の尻を追いかけまわした結果として。

    「お前、これからどうすんの・・・」

    カランドはがっくりと肩を落とした。
    なんという過保護な子育てだろう。これはこいつの家の家訓とやらに違反してるんじゃないのか。
    何故自分がこんな責任を感じなければならないのだとカランドは嘆く。

    マラソン途中で集めた魔粘土の結晶をキャンプ場を取り仕切っているボンバスに渡せば多少は職経験値がもらえたはず。
    魔粘土を交換した際にもらえるチケットで職業訓練も受けれた気がする。
    しかし確実に経験値が足りないだろう。
    狩りもまともにできない、歌もヘタと言うこいつをどうすればいいというのだ。

    「これからですか」

    オスロはそんなカランドの考えも気づかず、小首を傾げた。
    そして天使もかくやと言うほどの頬笑みを浮かべる。

    「カランドさんと一緒にいたいです」

    「・・・・・・・・・・・・・・」

    二週間前から、ずっとぶれない愛を囁くバードに、実は気苦労症のホワイトスミスは蹲って頭を抱えて唸った。
    だから関わりたくなかったというのに。

    「お前いったい何なの。俺のどこを気にいったんだ」

    「・・・・・どうしてでしょうね。かわいいと、思ったから?」

    カランドは苦虫を潰したかのような、不可思議な顔をした。

    「おまえそれ。間違っても、男に言う台詞じゃねぇわ」

    でもかわいいと思ったのだ。
    オスロはカランドが精錬してくれたハープを握りしめる。
    初めて会った日、カランドがくれたのはこのハープとクロスボウだった。
    何故クロスボウと思った。
    昔はよく使われていた武器だが、今はドロップで出ても店売りされそうなものだ。
    この世界には自分でも使える、もっと強い武器はいくらでもある。

    オスロは自分の見目がいい事を知っていた。だてに幼少の頃から何度も誘拐されかけていたわけではない。
    他人から高価なものを貢がれそうになることもあったが、その下心を幼いながらに察してからは受け取る事は無かった。
    物は手元に残るから、余計な気持ちが籠ってるものをもらうくらいなら、何もない方がましだ。
    欲しいものは自力で取ろうと思ったから冒険者になった。

    だけど、目の前に出された精錬されたクロスボウとハープは、今まで見た事もないくらいきらきらと輝いて見えた。
    過剰できないけどと、言ったその言葉にも心惹かれた。
    今この人はその時できることを自分の為にしてくれたのか。
    下心どころか、純粋に冒険初心者を心配しての好意。きっとそれは彼が万人に向けるものと同じものなのだ。
    彼は自分を特別なのものとは思わないのだ。

    髪の毛が逆立ちそうになるほど感動した。
    純粋な好意が心地いいなんてそれまで知らなかったのだ。自分は。

    気が付けば手を差し伸べていた。
    受け取ると、苦笑するように笑った顔に、好きだと思ったのだ。

    この人と一緒に行きたい。
    もっと違う顔を見たい。
    できれば独り占めしたい。
    冒険者になり、初めて欲しいと思ったのがカランドだった。

    「大好きなんです」

    そう言って笑えば、カランドは歯ぎしりしながら、わずかに頬を染めて顔をそむけた。





    その後、ミュータントダンジョンは森から忽然と消えた。
    愛と欲望渦巻くそれぞれの話は、また来年に持ち越されるものもあるのかもしれない。
    そしてその1年の間に何か別の場所で進展があるのかもしれない。

    その後、プロンテラの十字路の上で露店を開いている黒髪のメカニックと、彼のカートに寄り掛かりながら隣で奇怪な歌を歌っては客を凍らせ怒られている見目麗しいクラウンの姿が見られるようになり、マラソンをしていた者の間でちょっとした話題になっていたことだけは付け加えておこう。

















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