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    9話 ~ドッペルゲンガー~.



    カトリーヌは自室のベットの上にぺたんと座り、顔を上げて目を閉じていた。
    身に纏う青いオーラの塊はふわりふわりと漂ってはカトリーヌを照らす。

    「ここは広くて、もし進入された時テレポートで飛ばれたら索敵するのに時間がかかる。・・・・だから、進入経路の見張りとは別に見回りをすることになったけど、冒険者証もないからPT機能も耳打ちも飛ばせない状況では仲間を呼ぶのも困難・・・・・」

    仲間の場所を知ることができるパーティ機能も、耳打ちも冒険者証を所有していればこそできるサービスの一つ。
    こういう時あったらいいのにと思うが、自分達のそれはもうすでに研究所の者によって処分されているのだからしかたない。
    冒険者証さえあればあればセンサー式のエレベーターでこの地下三階から上の二階に行くことも可能になる。もちろん逆もしかり。そうすれば二階の子供達と連携を取ることもできるのにと思わずにはいられない。
    ロードナイトのセイレン、アサシンクロスのエレメス、ホワイトスミスのハワード、スナイパーのセシル、ハイプリーストのマーガレッタ、そして自分ハイウイザードのカトリーヌの六人だけではこの広い場所を見回るにも限界があった。

    『ふーん、じゃあ見回る人間を増やせばいいじゃないか』

    ここにいるはずの無い『7人目の女性』の声は、カトリーヌの中から聞こえてきた。

    「・・・・・増やす?」

    カトリーヌは声を不思議とも思わずに、それはどういうことかと問いかけた。

    『今、この空間はお前達の霊圧によって乱雑で高圧力の磁場が形成されつつある。これに方向性を持たせてやればいい。あんたならできるはずだよ。カトリーヌ』

    「・・・・・・・私に・・・できる?『カトリ』」

    カトリーヌはその声の主を『カトリ』と呼んだ。
    呼ばれた女は老獪な笑みをこぼしたようだった。姿は見えなくとも、カトリーヌはそう思った。


    『出来るさ。かつて――――――――と繋がっていたあんたならね』













    LOOP~もうひとりの自分~


















    アサシンクロスのエレメス・ガイルは地下二階を巡回しながら多少うんざりとした表情を浮かべていた。
    心なしかやつれているようにも見える。
    「ハワードもいい加減にしてほしい・・・」
    ついさっきまで地下三階にいたのだが最近とみにちょっかいをかけてくるホワイトスミスの男に危うく貞操の危機を抱きかけたところを逃げてきたのだ。
    そう言ってしまえば暇しているのかと思われそうだがそんなことはない。最近は進入してくる冒険者の数も増えつつあり、それで二階も三階も殺気づいているところなのだ。
    「落ち込んだ気持ちを浮揚するため・・・・・というのは拙者の間違いであったか・・・?」
    ハワードが自分にちょっかいをかけてくるのを、エレメスは自分を元気付けてくれようとしているのだとばかり思っていた。
    しかし顔をあわせれば抱きついてくるわキスを迫ってくるわハワードの部屋にお持ち帰りされそうになるわろくなことがない。
    先日お預けを食わされたハワードは学習したらしく周囲の被害を最小限にする方法を取り出したため、他の面子は再び自分たちを生暖かく見守ることにしたらしい。
    というか・・・・セイレン曰く「今のところエレメス一人で無事撃退できているようだから」とは何とも温かい言葉であることよ。
    「・・・・・・・ぐれるぞ、拙者は」
    そう言ってうなだれるエレメスが蹴った石が、石にしては重い音を立てて壁に当たる。跳ね返って自分の前まで滑ってきた黒いすすの塊のようなそれをエレメスは拾い上げた。

    「これは・・・・」

    手に取ればずしっとくる重み。指先ですすを拭えばそれが銀だということがわかった。
    「はて、何ゆえこんなところに」
    冒険者が落としたにしてはずいぶんと古い上に埃まみれのようにも見える。
    疑問に思うエレメスは、ふと人と争う声を聞いて表情を改めた。
    最近この生態研究所に数多く現れるようになった冒険者達。
    またその者達かとエレメスは煤けた銀を懐にしまい、声のする方へ走り出した。
    だが、それが見当違いであるとわかったのは、その争う声が気の強いアコライトのイレンドと気難しいマジシャンのラウレルだったからだ。
    「貴様が前にでるのは構わんが、それでこちらまで飛び火しては叶わん。少しは頭を使ったらどうだ。バカライトめ」
    「殴られるたびにバカバカバカ魔法連打させる奴が何言ってんだ!バカマジの暴走にはこっちの方が迷惑してるんだよ!」
    「イレンドもラウレルももう止めてよ~。僕は平気だからさぁ」
    気弱なアーチャーのカヴァクが二人の間に入って止めようとしている。その頬には出来たばかりと思しき傷があった。
    そんな三人の様子を見ていた女の子三人組が、やってきたエレメスに気がついた。
    「何事だ、これは」
    「エレメスにーちゃん。聞いてーな。さっきまた冒険者達が来てな、運良く皆で立ち向かえたんやけど、細い道のせいで混戦になったんや」
    「でね~。ラウレルの魔法がカヴァクに当たっちゃったの~」
    「だから狭いところに固まるなと日頃から口をすっぱくして言っているのに」
    独特の方言を多用する商人のアルマイア、のんびりシーフのトリス、二階のリーダー格である剣士のセニアが順番にエレメスに説明する。
    「なるほど・・・」
    しかしイレンドとラウレルの対立はいつものこととはいえ今日はいつもより激しい。互いにイライラしているのが分かる。この二人に限ったことではない。他の者も疲れが出て、本来は皆を纏め上げねばならないセニアですら気が立っている状態だった。
    早い話が連日の狼藉者たちとの戦いで二階のメンバー達は疲労困憊していたのだ。
    「・・・・・・・これは、まずいなぁ・・・・」
    二階には物言わぬゾンビや日々けたたましい笑い声でくるくる踊っている人造人間もいる。
    だが、この広い研究所をこの人数で回るのはそろそろ限界であるとエレメスも思っていた。
    「まぁ、二人とも。とりあえず今日は拙者に免じて引いて欲しい。ここで味方同士で争うよりも体を休ませた方が互いにとってよかろう。後の見回りは拙者がするからゆっくり休め」
    エレメスがイレンドとラウレルだけではなく皆にそう言って子供達の背中を押してベットのある部屋に向かって歩かせた。
    「で、でも・・・」
    「時には休養も修行の一環と、セイレンならきっと言うだろう」
    セニアが戸惑うように見上げてくるのに、エレメスは笑顔で返した。
    三階を掌握している尊敬するまだ見ぬロードナイトの名前を聞き、セニアは不甲斐ない自分に頬を染めて俯いた。
    子供達はエレメスに見送られながら自室に向かって歩いていた。
    「カヴァク。まだ傷痛む?よく効く傷薬があるからつけとき」
    アルマイアが自分の鞄から白いポーションを出してカヴァクに渡す。
    「えええっ。い、いいよっ。あとからお金要求されても困るし!」
    「カヴァクは素直な子やなー。でも、口には気をつけた方がええで。うち、そこまで守銭奴やあらへんわ」
    アルマイアは口元を上げ、こめかみに青筋を立ててカヴァクの頬を摘んでねじる。
    「痛いよ~。アルマイア~」
    「うちを庇って怪我したんやから、ロハにしといたる」
    アルマイアが白いポーションをハンカチに染み込ませてカヴァクのほほの傷と自分がねじって赤くなったところに当ててやる。
    「あ、ありがと・・・・・」
    恐縮するカヴァクの顔をトリスが覗き込む。
    「でもねカヴァクは後衛なんだから前にでてこなくてもいいんだよ~?私びっくりしちゃったよ~」
    「あ・・・・うん。ごめん。・・・・・・アルマイアが危ないと思ったら体が勝手に動いちゃってさ」
    「なんや。あんさん、うちに惚れてるとかそういうことかいな」
    「ち、違うよ!絶対それはないから!」
    今にもがくがくと震えそうなほど青ざめたカヴァクは両手を上げて首と一緒に横に振る。
    これには冗談を言ったアルマイアも顔を引きつらせる。
    「そんな慌てて首振ることないやろ。なんかすっごいむかつくんやけどな・・・っ」
    「ご、ごめん」
    カヴァクは肩をすくめてちらりとアルマイアを見る。
    まだ口を尖らせているアルマイアにカヴァクは恐る恐る呟いた。

    「・・・・・言われたんだ」

    「え?」

    「誰に言われたか・・・・覚えてないんだけど。アルマイアを守って欲しいって・・・・・」

    「・・・・・・・・・・・それは、生きていた頃の記憶か?」

    セニアが真剣な顔でカヴァクに問いただす。
    自分たちには生きていた頃の記憶が無い。もしかしたらカヴァクはそれを取り戻しつつあるのではないかと思ったのだ。
    カヴァクはずっと前から自分の脳裏に浮かぶ言葉を思い出そうとするかのように目を閉じた。

    「そうかもしれないし、もしかして僕の思い違いかもしれない。・・・・・・・・でもね・・・、僕はその約束を守らないといけない気がするんだ」


    その言葉があまりに願いを込められたものだから。

    切ないまでに愛情が込められたものだったから。


    カヴァクの言葉にアルマイアは小首を傾げる。
    自分にそんなことを言ってくれるような人が果たしていただろうか。
    記憶が無いだけにはっきりしたことがわからないが、それでもその言葉だけで自分を守ろうとしてくれるカヴァクには感謝した。
    掌でばしんとカヴァクの背中を叩く。
    「部屋に戻ったらとっときの栄養剤届けたるわ」
    「・・・・・・・・・・・・・ありがと」
    カヴァクは咳き込みそうになるのをかろうじて堪えながら涙目で礼を言った。






    子供達を見送ったエレメスは二階を見回りながらため息をついた。
    子供達の精神状態が不安定なのはわかっていた。だが休ませる以外何も出来ないのが現状だ。
    「幽霊となり、三ヶ月は経つが未だ仲間が増える気配はない。多くの実験体がいたと思うのだが、こうした存在は我々のみということか・・・・」
    だとしたら頭の痛いことだ。
    侵入者達はこれからも増えるだろう。だが迎え撃つ我々の数は限られているのだ。
    生ある冒険者達と死者である我ら。どっちが消えるべき悪かと言われると世間一般は後者と言うだろう。
    それは理解できる。
    だがしかし、自分達もまた意識ある存在なのだ。
    守りたいものもあるのだ。
    仲間が傷つけばまるで自分のことのように胸が痛むのだ。
    エレメスは自分の掌を見つめる。

    意識を覚醒させたあの時に、この手には何も持っていなかった。
    ただ、守れなかったのだという喪失感だけがあった。全身から力という力が抜けていくあの感覚。
    皆が見つけてくれなかったら自分はあのまま消えてしまっていたかもしれない。

    「今度こそ・・・・・皆を守る・・・・・」

    エレメスは大事なものを掴むかのようにぎゅっと拳を作った。
    そして一つ頷いて気持ちを切り替えた。

    「さて、・・・・・そろそろ戻るか」

    あれから侵入者の気配はない。エレメスは最後に進入口を念入りに調べてから三階に戻ることにした。
    先の通路で人影が通りすがったのを認めたのは偶然だった。
    「あれは・・・トリス?」
    あの特徴的なポニーテールのシーフの少女は間違いなくトリスだった。
    「トリス。ちょっとは休めたか?拙者ここを見てまわったら三階に戻るゆえ、後は頼んだ」
    あれから四時間は経っている。きっと休んだトリスが起きて歩き回っているのだろうと思ったのだ。エレメスは不思議に思わずその背中に声をかけた。
    だがその背中は消えたまま顔をのぞかせることは無かった。
    「聞こえなかった・・・か?」
    そのエレメスの横を赤い髪をしたマジシャンが通り過ぎる。
    「ああ、ラウレル。拙者三階に戻るゆえ・・・・・・ラウレル・・・?」
    ラウレルはエレメスを見上げ、すっと視線を外すと歩き去ろうとした。だが、その目はどこかうつろで生気がない。まるで夢遊病にでもかかっているかのようだった。
    「・・・・・寝ぼけているのか?」
    だが、幽霊が夢遊病などというのは聞いた事がない。
    そういえばここは彼らの部屋にも近い。
    気になり、様子だけでもと思い向かうとカヴァクとアルマイアの悲鳴が聞こえてきた。

    「うわぁああああああ」
    「何や!これ!」

    「何だっ」

    異常事態かと思い、エレメスが慌てて駆けつける。
    そしてそこでエレメスが見たのは・・・・・大量のドッペルゲンガーたちだった。
    「なんでうちが三人もおるん」
    「え~私なんて四人もいるよ~!」
    「ちょっ・・・・気持ちわりーっ!何だよこれ!」
    「貴様、俺の姿を騙るとはいい度胸だな!」
    「落ち着け!そいつらを刺激するな!同士討ちになる!」
    「あっ!エレメスさんこ、これなんですか何で僕らが一杯いるんですかぁ」
    アルマイア、トリス、イレンド、ラウレル、セニア、カヴァクが身を寄せ合うように固まってエレメスを見た。
    その目には確かな意思がある。
    どうやら彼らが本物らしい。幸いにも怪我なども無いようだ。
    安心したエレメスはそして周囲に立つ彼らのドッペルゲンガーを見た。
    有象無象に湧き出た彼ら、彼女らは意志があるようには見えない。
    だがその手には武器があり、戦闘となればどうなるかわからない。こちらに興味は持っていないものの、まるで何かを探すかのように彷徨っているようだった。

    「・・・・・・・・・・・・・・・・」

    エレメスは戦いの際に放たれる闘気独特の空気を感じ取り、近くで戦闘が行われているのを悟った。
    自分たち以外のものが闘っている。

    「・・・・・・・・・。拙者様子を見てくる」

    「私達はどうすれば・・・」

    「この者達がこちらに敵意を持っていないのは確かなようだ。だが、できるだけ一人にはならず皆で行動しろ。刺激は与えるな。セニア・・・・・皆を頼む」

    本当なら一緒に行った方がいいのかもしれない。だが、もしかしたら三階もと思うと気がせいてしまう。
    セニアもエレメスの危惧がわかったのだろう。きりっとした表情で頷いた。

    「はい。・・・・・こちらはこちらでなんとかしますから」

    エレメスは小さく頷いて走りだした。
    マフラーの影だけがそこに残るかのように見え、だがそれもすぐに消えた。
    エレメスは走りながら戦闘の気配に意識をとがらせた。
    いったいこの二階で誰と誰が戦っているのか。
    冒険者と声を持たないゾンビたちならいい。ジェミニということもありうる。
    だが、もし今もところどころで見かけるセニアたちのドッペルゲンガーたちが同士討ちでもしていたら。
    エレメスの懸念はそこだった。
    そうなったら・・・。


    『来ないで。来ないでっ。来ないでぇぇぇぇっもう私誰も殺したくない』


    ふいに脳裏に浮かんだ叫びにエレメスは体をこわばらせて足をもつれさせた。
    壁に腕をついてかろうじて体を支える。
    「・・・・・・・・・・・?」
    今の声は実際に聞こえたものではない。
    せっぱつまった悲痛な叫びはエレメスを立ち止まらせた。

    脳裏に浮かんだ・・・・これは、過去の記憶・・・・・・?

    それに、その声は聞き覚えがあった。
    まるで実際聞いたかのように浮かんだこの声は・・・・。

    エレメスは手のひらで顔を覆う。

    「ぎゃああああ」

    「っ」

    すぐそこの角を曲がったところから聞こえてきた断末魔の悲鳴に顔を上げたエレメスは壁に沿うように隠れながら様子を伺った。
    そうだ、今はこの現状を確認しなれば。

    だが、そこでエレメスが見たのは想像していたうちの一つとはいえ無残なものだった。

    おそらく研究所の資料を集めるべく来た冒険者たちなのだろう。
    騎士とハイプリースト、ウィザードにモンクがかろうじて立っている状態でセニアたちのドッペルゲンガーたちと戦っていた。
    次から次へと溢れてくるドッペルゲンガーたちに冒険者たちの疲労も濃い。
    地面にはすでに数人の冒険者たちが倒れ付している。
    地面は血まみれで、まさに殺戮と呼ぶにふさわしい。

    「・・・・・・・・・」

    エレメスは自分の中の血が騒ぐのを感じた。だが、それを覆い隠すように拳を握る。
    ここで目が覚めて始めて知った感覚。生きた血の匂いは芳しく、まるで酒のようにエレメスを酔わせる時があった。
    それが良くない兆候なのだと言うことはさすがのエレメスもわかる。
    ただでさえ肉体が無い不安定な今の自分たち。あるものが無いと理解するだけでも精神に負担はかかる。
    血に狂えばきっと、自分は殺戮だけを行う殺人鬼に成り果てるだろう。

    「・・・・・・・・・・・・・」

    エレメスは冒険者たちに襲い掛かる見覚えのある顔ばかりの少年少女たちが醜く嗤い、目が血に飢えた猛獣のように赤く光っているのを見て目を細めた。
    殺戮を、断末魔の悲鳴を、血しぶきを、・・・・・・・このドッペルゲンガーたちは楽しんでいるのだ。
    カヴァクの姿をした弓手がエレメスの脇を通る。
    エレメスには興味を持たず、だが、殺戮の場を目にした瞬間、虚ろだった目を赤く濁らせ口元を吊り上げて弓を構える。
    絶えず矢を放つカヴァクのドッペルゲンガーは楽しそうに嗤った。
    「くくく・・・・ははは・・・・っあはははっ」
    そこに人としての理性は見えない。

    ただ、殺戮を楽しんでいた。

    「・・・・・・・・・・・・・・・・」

    最後の一人が血しぶきを上げて伏すと、とたんに糸の切れた人形のようにドッペルゲンガーたちは血まみれの武器を下ろした。そしてまた無表情に戻ってあちこちに散っていく。
    エレメスのそばを何人も通っていくが、彼らはまったくエレメスに興味を持っていなかった。
    エレメスはためしにイレンドの姿を模した少年の肩を掴む。立ち止まった人形はエレメスを見上げ、だが、虚ろな目には何も宿さずにエレメスが腕を下ろすとまた歩きだした。

    「・・・・・反応するのは侵入者のみということか」

    しかし彼らが急に現れた理由はいったいなんだろう。それを知る必要があった。
    彼らの姿を模しているのだ。無関係とはとてもいえない。
    そしていつか彼らが自分たちに牙をむくことが無いとは言い切れない。
    エレメスはきびすを返し、地下三階に下りる通路をクローキングで進んでいった。
    もしかしたら三階も同じことが起こっているのかもしれない。
    エレメスは焦る気持ちを抑えながら石壁や鉄筋の隙間を潜ってたどり着いた。
    二階より更に薄暗い、洞窟のように冷え切った空間。すえた水のかび臭さが立ち込める。生前であれば眉一つしかめたかもしれないが、今の自分には逆に馴染みやすい。それは霊的な場という意味なのだろうが。
    エレメスは周囲を見渡すがこの静かな空間にまだ異変が無いように感じて安堵する。しかし皆に上の様子を話す必要があった。
    エレメスは雑多に置かれた鉄くずなどを避けて歩き出す。

    「・・・・・っ」

    何かの気配を感じてエレメスは反射のようにそちらに顔を向けた。そして目を見開き石化を受けたかのように固まった。
    戦う時に邪魔にならないようにと脇に固められた砂利や錆た鉄骨の山の影に白い上着を着た緑髪のホワイトスミスが四つんばいで屈んでいた。
    そのホワイトスミスは最近何かとエレメスに絡むハワードだった。
    そして彼は一人だけではなかった。

    「ん・・・・・・ん・・・・?んんんっ?」

    背後の気配に驚いて振り返ったハワードは、エレメスの顔を見たとたんぎょっとしたように目を見開く。
    そのハワードの下、組み敷かれるかのように長い青髪の『エレメス』がいた。
    肋骨を模した装飾や衣類をはだけられ、ベルトごと腰布もはずされている。ズボンはまだしているようだが、上気して頬を赤らめている『自分』の様子を見れば何をしていたのかぐらいはエレメスも容易に想像がつく。
    しかもあろうことか自分の写し身はハワードの体に両腕を回している。

    「エ、エレメス?え・・・?な、なんで?こっちはっ?え?」

    ハワードは身を起こして慌てたようにズボンのチャックを上げようとしてうまくいかなかったらしく、短い悲鳴を上げて屈みながら股間を押さえていた。
    恐らくナニをチャックで挟んだのだろう。
    涙目でぴくぴくと肩を震わせるハワードの姿に、同じ男として痛みはわからないではないが、それ以上のわきあがるどす黒い感情に哀れなど吹き飛ぶ。

    「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

    エレメスはハワードの前に立ち、彼を見下ろす。
    見開かれた瞳は絶対零度のストームガストよりも更に冷たかった。

    「・・・・・・・・お楽しみ中、邪魔して悪かったな・・・・」

    深い闇のようなオーラを纏ったエレメスは顔を引きつらせて抑揚の無い声でつぶやき、どこからとも無く赤い瓶を取り出す。そして蓋を口で引き抜くと腰から抜いたカタールに中の液をたらした。それはアサシンクロスのみが使える猛毒だった。
    それにハワードは真っ青を通り越して真っ白になった。
    いくら耐久力に自信があっても、いくら幽体だとしても、いくら弁明しても・・・・・・・この男の死の牙から逃げられようはずも無い。
    幽霊が死んだら成仏するのかな。そんなことを思いながら後ずさる。
    エレメスのこめかみの青筋がびきびきと音を立てているかのような幻聴まで聞こえる。

    「ちょっ・・・・話せばわかる」

    「問答無用っ」

    片手を上げてこの世で一番有名な往生際の悪い言葉を発するハワードをエレメスももはや返礼句のようになっている言葉で切って捨てる。
    ついでにその体も細切れに斬ってくれようと足を踏み出しカタールを振り上げたエレメスは、だが、振り下ろした先で同じようなカタールを構えて受け止める自分の姿に目を見開いた。
    刃が擦れて耳障りな金属音を鳴らす。
    「・・・・・・・・・・」
    刃を重ねればその人物の力量はおのずとわかる。
    刃を押し返すその力は自分と同等。
    押し返すわけではなく引くかのように見せた動きに、エレメスはとっさに飛ぶように下がった。
    引いて相手の体勢を崩し、反撃に移るのは自分の戦い方そのもの。
    エレメスはこの得体の知れない男を改めて見た。
    ジッパーを下ろされたズボンとシーフクロースを肩で引っ掛けるだけのその姿はさっきまでの情交の余韻か、うっすら微笑む表情にも言いようの無い色気がある。

    「・・・・・・・・・・・・・」

    とたんにハワードに怒りが沸くのはどうしたことか。
    だいたいこの無節操男。
    姿が似ているだけで何の疑いもしなかったのかと思うと腹が立つ。
    だいたい自分の写し身は姿形はそのままとはいえ青いオーラを纏っていないというのに。
    ハワードを庇うように立ち上がる自分のドッペルゲンガーは、だがエレメスに興味を失ったかのように背を向けた。
    そしてカタールを捨てると膝を付いているハワードの頬に両手を這わせた。
    「え・・・?」
    ハワードはさっきまで自分が押し倒していたもう一人のエレメスを見上げる。
    『エレメス』は目を細めて見ているほうが切なくなるような表情で微笑む。
    そしてハワードに口付けた。
    エレメスは、自分の幻影の頬に伝うものを見た。それは雫となり、地に落ちる。
    同時に、ドッペルゲンガーの姿が割れたシャボン玉のように音も立てずにはじけて消えた。

    「・・・・・・・・・・・・・・・・?」

    ハワードは怪訝な顔をして周囲を見渡すが、もうその姿はない。本物のエレメスが一人いるだけだ。

    「・・・・・・幽霊の幽霊・・・・?なんだったんだ、今の・・・・」

    「・・・・・・・知らん。二階にも子供たちのドッペルゲンガーが歩き回っている」

    エレメスはハワードの脇を通り抜けて歩き出す。
    ハワードは慌てて立ち上がり、ズボンのチャックをちゃんとしめつつエレメスを追いかけた。

    「なんだ、あいつだけじゃねーのか。もしかして・・・・セイレンや他のみんなのドッペルゲンガーも?」

    「わからん。確かめねば・・・・・・それにさっきのドッペルゲンガーは上で見たのとは様子が違っていた。目に光が見えた。それに・・・・」

    涙を落とした写し身の姿がエレメスの記憶を揺らしていた。

    エレメスはいまだ掴めない記憶を探るように目を細める。
    それを横から見ていたハワードがエレメスの腰に腕を回して自分の顔を向けさせる。
    「顔色悪いぞ。大丈夫か?」
    長い前髪を大きな手でかきあげて顔を覗き込もうとした。
    とたんにエレメスが持っていたカタールを軽く振り上げ、振り下すと同時に手を離した。
    「おわっ」
    エレメスの手を離れたカタールが勢いよくハワードの足元をえぐるように突き刺さる。
    あやうく足の甲に突き刺されそうになったハワードは片足を上げたまま踊るようなポーズで固まる。鉄板が入っている靴に僅かな切れ目が入っていた。
    エレメスは再び絶対零度の微笑を浮かべた。

    「安心しろ。毒の効果は1分だ。もう切れている。それと・・・・・・・・・・・・・・・そういうことをしたいなら、あの幽霊とするんだな。ずいぶんお前に惚れていたようだったから」

    がりっと音を立てて荒々しくカタールを引き抜いたエレメスは固まって動けないハワードを置いて歩き出した。
    その背をハワードは目だけで追う。

    「・・・・・・・・・やきもち?」

    「――――――」

    エレメスは懐の塊を掴んでハワードに投げつける。思わずそれをキャッチしたハワードは、その衝撃に顔をしかめて塊をもう片手に持ち替えて手を振った。
    エレメスは怒りを纏ったまま早足で歩き去る。
    そしてその背中が消えた頃ハワードは深いため息をついて自分のうかつさを呪った。

    「うわー・・・・これってピンチ・・・・?」

    ガリガリと頭をかく。
    あのドッペルゲンガーと会った時、おかしいと思わなかったと言ったら嘘になる。
    いつものように抱きついて押し倒しても抵抗もなく、嫌がる声も発しない。そして自分であの物陰に誘ったその目は確かに自分を見て求めてきていたのだ。
    しかも積極的に抱きつかれあからさまなOKの様子を見せられて、これでやらなかったら男じゃない。
    しかしそれが本物ではなかったなんて誰がわかろう。しかも半幽体とはいえ自分たちの幽霊が出てくるだなんて考えもつかなかった。

    「・・・・・・・でもあのエレメスも色っぽかったよなぁ・・・・・」

    さっきの余韻と、キスを思い出してまったりと堪能しながら笑みを浮かべる。
    実に懲りない男である。
    いつか本人とも・・・と夢を見ていたハワードはエレメスが投げてきたものを見て小首を傾げた。
    「・・・・・・・?」
    ただの石だと思っていたそれは炎にいぶされたかのような鉱石だった。腰のポーチからぼろ布を取り出して力任せに擦ると銀だということがわかる。
    「エレメスのなんだろうな」
    磨けばまたいい味出しそうな形体をしている。
    ハワードは追いかけるいい口実ができたと、早速エレメスの後を追った。
    そんなハワードの背後からふわりと風のような人影が流れていく気配がした。
    「何・・・?」
    ギョッとしてしてそれを見るがなにもない。不思議に思いながらも周囲を注意深く見るが、特に何があるわけでもない。
    怪訝に思いながら歩くとすぐに青い髪を伸ばした後姿が見えた。
    立ち止まっていたエレメスに追いついたハワードは、そこで見た光景に顎を落として絶句した。

    通路と言わず部屋と言わず、自分たちがいる。

    わらわらとどこからともなく現れた男女六人のドッペルゲンガーたちの数は二十や三十ではきくまい。ざっと見渡しても自分の姿が十体はいるのは異様を通り越していっそ悪夢だった。
    開いた口がふさがらないとはこれのことだ。
    「エレメス!ハワード!」
    「こちらへっ」
    部屋のドアが少しだけ開いてそこからこちらを覗いているロードナイトのセイレンと、ハイプリーストのマーガレッタの姿に二人は我にかえってそちらに向かう。わらわらいるドッペルゲンガーと違ってこの二人は青いオーラを纏っていた。間違いなく本物だという確信があった。
    エレメスとハワードは隙間から滑り込むように、物置でもある部屋の中に入る。後手にドアを閉めて顔を上げると、そこには他の四人がそろっていた。
    「これはなにごとだ・・・・」
    「それが・・・・・」
    エレメスの質問にセイレンとマーガレッタは困ったように奥にいるハイウィザードを見た。
    カトリーヌは渦巻き型のペロペロキャンディをなめながら小さい声でつぶやくように言った。

    「見回りが大変だから増やしたの」

    「増やしたぁ?」

    ハワードが目を丸くする。

    「この空間は今私たちの霊圧で高圧力の磁場が形成されていた。素地は充分。あとはこれに方向性を持たせた。あれは私たちのただの影。力は少し劣るけど、数はいくらでも増量可能」

    「だけど、どうしてそんなことが・・・・」

    「思ったらできた」

    「そんな簡単にできるもんなのかっ!?幽霊の幽霊ってのはっ」

    「できた」

    「できちゃったからこうなってるんですよねぇ・・・・・。いきなり自分に微笑まれたのには驚きましたわ」

    マーガレッタは頬に手を当ててため息をつく。
    二階のこと、マーガレッタの言葉に加えて、先ほど見た自分の影のことも思い出し、エレメスは疑問に思ったことを口にした。
    「二階も同じようなことになっていた。あれもそうなのか?」
    「そう」
    「二階にいるあの子らは自分の意思が無いように見えた。だが今ここで歩き回っているのはまだ表情があるように見える。何故だ?」
    「正確な意思は無い。あくまであれは戦闘意識が強いだけの私達のただの影。だけど、違うというのならそれはきっと私のせい。私の中のあなたたちの記憶が強く影響している。私は二階の子供たちのことはデータでは知っていても性格などは知らないから」
    「・・・・・・・・・・」
    わかるようでわからない。
    カトリーヌは大きな魔力の持ち主だ。だがそれだけでこんなことができるとは思えない。

    「カトリーヌ・・・・・君は俺たちに何か隠していることがあるか?」

    セイレンも同じように思ったのだろう。
    その質問にカトリーヌは「ある」と答えた。答えた上でセイレンを正面から見上げる。
    波紋の無い静寂の泉のような瞳がセイレンを写す。
    「だけど今の私もすべてはわからない。記憶が足りない。みんなを納得させるだけの説明は不可能。混乱させるだけ」
    「・・・・そうか」
    セイレンはふうっ吐息を吐いて自分より頭二つ分近く小柄な女性に微笑む。
    「では、話せると思ったときでいい。教えてくれ」
    「うん」
    それでいいのかと思わないでもない。
    だが、カトリーヌは聡明な女性だ。彼女が混乱させたくないと言うのならそれに従ったほうがいいようにも思えた。
    それに今現状でも混乱していないとはいえないのだ。
    現に、一人、今この部屋の片隅で壁に寄りかかりながら火花を発している少女がいた。
    「・・・・・・・・・・・」
    すでに爆裂波動状態で、弓を持つ自分の腕をもう片手で抑えているオレンジ髪の少女はエレメスの視線に顔を上げた。
    「―――なに」
    その声は地面の奥底から響いてくるかのように低い。
    「いやっ、な、なにも」
    だったら見るなとギロリと睨みつけるスナイパーのセシルはともすればここから出て行ってすべてに矢を射掛けようとする気迫がすでにある。
    戦闘状態といってもいい。
    それでも戦闘意欲を自分で抑えようとしているらしい。
    5人は円陣を組むようにしてぼそぼそとしゃべる。
    「あの影が出てきてからセシルずっとあの調子なんです・・・」
    「自分と同じ顔が歩き回っているのだからなぁ・・・・正直拙者も気分はよくない」
    「落ち着いて考えてみれば、自分の肉体美を第三者視点で見れて俺は幸せだがなぁ」
    「ハワード・・・・」
    セイレンは呆れたようにハワードを見て、仕方ないとばかりにカトリーヌに顔を向けた。
    「カトリーヌ・・・・あれは俺達に害をもたらすものではないんだな?」
    「こちらから何かしなければ大丈夫」
    「二階もか?」
    口を挟む形になったエレメスの問いにもカトリーヌは躊躇いもなく頷く。
    セイレンとエレメスは互いに顔を見合わせる。

    考えてみれば確かにこれは自分たちにとってはいい案なのかもしれない。
    これだけいれば冒険者が侵入しても対応が可能だ。戦闘もできるとなればこちらの負担は大分減る。
    同じ顔であるという難点はあるものの、影と割り切って気にしなければいい。
    本体と影とを見分けることも本体だけが身に纏うこの青いオーラでわかる。
    だがしかし・・・・・。
    セイレンとエレメスは同時にセシルを見る。
    セシルは二人の視線の意味に気がついて眉をしかめた。

    「・・・・確かに・・・侵入者の対応には数いた方がいいわね・・・・」

    言葉は濁すものの暗黙の了承に二人はほっと胸を撫で下ろした。
    そうして六人はこれから新たな同居人・・・・自分たちの影たちと暮らすことになる。
    それがこれからやってくるであろう冒険者達との新たな戦闘の始まりでもあった。

    エレメスはまだピリピリとしているセシルをこっそりと見た。
    脳裏にはさっき聞いた幻聴が浮かんでいる。


    『来ないで。来ないでっ。来ないでぇぇぇぇっもう私誰も殺したくない』


    あれは間違いなくセシルの声だった。
    そして、それに伴って引き出された記憶。この間、皆の心が一つになったあの酒の会でセシルが言った言葉。


    『ごめん・・・・私、皆を殺したかもしれない。腕が覚えてるの。夢の中で私皆に矢を放ってた。来ないでっていくら叫んでも駄目でっ・・・・・・』


    あれは、本当にただの夢だったのだろうか。
    この影は本当に自分たちの姿を模しただけのものなのだろうか。


    「・・・・・・・・・・・・・・」


    杞憂であって欲しい。

    エレメスはそう思わずにはいられない。














    だが杞憂ではなかったことを、後にエレメスは失われた生前の記憶と共に知ることになる。














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