裏社会パロ4湊と仲良くなってから数ヶ月。
わかったことが一つ。
湊の言う【まゆゆ】が、湊を大変に大好きなこと。
男か女かもいまいちわかっていないし、なんなら本名すら知らないその湊の親友は、どうも常に湊を見ているようだった。
湊はそれを許容しているが、冷静に考えたらめっちゃこわい。冷静じゃなくてもこえーよ。馬鹿か。
だって湊と遊ぶ時、【myu_X】なる人物からTwitterのDMで『huwa kun wo yorosiku ne.saegusa akina kun.』と毎回送られてくる。
湊と離れた瞬間、視線の圧が消える。
湊の話に出てくる【まゆゆ】は、いつも湊を大切に大切にしているようだった。
だから、明那はちょっと、そう、ちょっとよ。ほんのちょこっとだけ、湊の友人が怖かった。
・・・
「初めまして、三枝明那くん。俺のことわかる?」
うわ。
ンアーーーーーー……お詰み遊ばしたんでは?
ド深夜、真夜中。
いつもの練習の帰り道、そいつは突然現れた。
ド低音のクッッソ宜しい声に似合わず、幼げな顔立ちの美青年。
それが只今、しっかりと明那の目の前に立っている。
長いお化けのような袖を口元に添え、間違いなく室内用であろうスリッパ。
眠たげな目元も相まって、なんだか寝起きみたいな風貌だった。
なるほど。湊の言う『美人』はこう言うことね。てっきりまゆゆって言うから女の子かと思い始めてたけど、これは確かに美人さんだ。
「…アンタが、【まゆゆ】?」
「まあね。不破くんから色々聞いてるみたいだし、自己紹介はいまのとこちょっとで良いかな。
俺の名前は黛灰。不破くんはまゆゆって呼ぶけど、あんまり推奨はしてない。どーぞよろしく。」
気だるげに袖を振る彼の名はカイと言うらしい。まゆゆって苗字から来てたんか。びっくり。
握手を求められたので『よろしく…?』とそれに応える。うわ布めっちゃトゥルントゥルン。
「それで、俺に何しに来たん…ですか?なんか言うだけならどうせいつでもTwitterで言えるでしょ。」
そうだ、何しに来たんだこの男は。
湊の友人、しかも裏の友人てことはまずマトモな大人じゃァないだろうし。
まさかアレか?『不破君に近付きすぎ!』ってか?
刺されるんかな。怖すぎるんだけど。警戒心を強く強く保ってじり、と後ろに下がる。
「ビビってんの?」
「そりゃそうよ。後ろ暗い世界の人間が急にコンタクト取ってきたら誰だって警戒するでしょ。」
「そんな怖がんないでよ。俺他の人みたいに怖いことできないし。」
ね。とりあえずどこかに座ろうか。
静やかにそう言って、灰は室内用であろうスリッパのまま『こっちだよ。』と土の晒けた地面をゆったり歩き始めた。
えっ…え?…えぇ…と思ったが、さも当然であるかのように振る舞う灰の空気に流されて、明那は何も言えずに着いて行ってしまう。だってあんまり当たり前みたいにするんだもの。
軽く自分に言い訳をして、灰の後を追った。
・・・
入った先は如何にも怪しげな店だった。
埃と古書の匂いが鼻を突いて、少し眩暈がする。
暗がりの中に目を上げれば、天井までギチリと積まれた本、本、本。
意味を成しているとは思えない程弱く淡いランプの光は、すぐ側に置かれたちょっと不安になる植物の緑をてらてらと反射している。
例えるならまさにーー魔女の、家。
灰がその積まれた本の一つを少し引き出し、その隣の小さな鍵付きの日記を奥へと押し込んだ。
刹那。
「っうぇぁ!?…え、まゆくんじゃん!どしたの?」
本棚の壁が道を開ける通行人の様に灰の前を退き、狭く感じた店内は広々としてファンタジックな研究室に様変わりしていた。
大きな石造りの作業机には大量の本とPC、お菓子や服などが散乱している。
そんな雑多に散らかった部屋の隅。
物置と化したソファーらしきシルエットの上に、その少女は居た。
多少…多分多少に入るであろう大きめな頭と、白い肌、白い髪。
明るい水色の瞳が彼女の印象を儚げにしているらしかった。
まんまるなお目目をぱっちりと開いて驚いたその少女は、灰の姿を見るや否やその表情を綻ばせる。
「久しぶり、アルス。ちょっとリビング借りるね。」
「ん〜?…あ、もしかして!」
一回り大きな灰の後ろに隠れる様にして立っていた明那をじっと見た彼女は、コロコロとその表情を変える。
閃いた!とでも言いたげな表情の彼女は、そのまま言葉を続けた。
「君がまゆくんが言ってた【アキナ】くん?そーだよね!」
「あ、え?…そうっす…けど…え??」
ニッコニコモッチモチしながら近寄り顔を覗き込んでくる少女にたじろぎ、そして言葉を飲み込んでまた困惑した。
まゆくんは灰のことだろ。つまり灰がこの少女との会話の中で明那を話題に出したわけだな。
ハ??????????????
めちゃくそ恐怖だが。まだ明那は灰を知らないし、何なら湊にとっての黛灰が大丈夫な人間かもわかっていないのに。
ぶっちゃけるならクッソ怖い。いやぶっちゃけんでも怖い。マジで。知らんうちに自分の話されんの怖すぎ…。
ちらりと灰の方を見れば、若干気まずそうに目を逸らされた。そう言う常識はあるんかい。
「…アルス…本人にそれ言わないでよ…」
「あっ…!」
アルスは完全に無意識だったらしい。口を押さえて『めっちゃ口滑ったあ…』と眉を下げる。灰は呆れたようにため息を吐いた。
「とにかく。少し話がしたいから、部屋借りるね。」
「おっけ〜」
アルスの返事を聞いた灰はスタスタと扉へ向かう。
『ごゆっくり!』と笑ったアルスに軽く会釈を返し、灰の背を追った。
・・・
先ほどの部屋と同じように、ファンタジックな部屋だった。
アンティーク調のソファや、暖炉に見える洒落た加湿器。
吊り下げられた籠の中には、乱雑に小物が放り込まれている。
壁いっぱいの本棚の中にはよくわからないアルファベットの羅列が並び、部屋の片隅に押し込められているのは馬鹿デカい鍋だ。
灰はそのソファに腰を下ろす。躊躇っていると灰に『座りなよ。』と言われたので、灰の向かいの1人用ソファにそうっと腰掛けた。
「改めてちゃんと自己紹介させて貰おうかな。多分そろそろ落ち着いてきたでしょ。」
「まあ別方向に情緒振り切れてますけど…」
「させて貰おうかな。」
「アッハイ…」
「俺の名前は黛灰。不破君の友人…みたいなものかな。客観的に見るとストーカーが同棲してるらしいけど。一応元はホワイトハッカー。…明那って呼んで良い?」
「え、じゃあまゆゆって呼んでいい?」
「急に距離詰めるじゃん。
いいよ。…明那も知っての通り今は裏で情報屋やってる。この辺は不破君から聞いてるかな。」
「細かいのは初めて聞いたわ。情報屋…なんかフィクションみてぇ…」
「表の人からしたらまさにフィクションだよ、裏の世界は。」
「へぇぇ…」
「情報屋やりながら身の安全を確保するために不破君と暮らしてるって感じ。何か質問ある?」
「えっと…さっきの女の子も裏の人?」
つらつらと読むように言葉が並ぶ。
先ほどの少女も危ない世界の人間なのだろうか。人は見かけに寄らないと言うけれど、この灰という男だってとても犯罪者には見えなかった。
犯罪者という訳ではないのかしら。元ホワイトハッカーならば金銭的な問題はなかっただろうに、わざわざ裏に来るというのもよく分からない。
質問したいことは山のようにあるが、流石に最初から切り込みすぎるのは良くないだろう。まずは当たり障りのない質問をした。
「そうだね。今は俺の仕事手伝ってくれてる。」
「まゆゆは普段どういう仕事内容なん?」
「基本的には情報の売り買い。ハッキングで得た情報を売ったりとか、やむを得ないなら潜入捜査とかかな。」
潜入捜査!!
不本意ながら好奇心が疼く。だって響きが最高にカッコイイんだもん。
自分の目が輝いたのが自分でもわかった。
「…言っとくけど格好良いモンじゃ無いよ。すごい疲れるからよっぽどじゃないとやんないし。」
「ア顔出てた?ごめんって〜憧れるんだよオトコノコだからさぁ。」
果てしなく嫌そうな顔をした灰に頭を下げる。
『無理難題言われるし気張ってないとだし女装とかさせられるしリスクたっかいし…』と灰はぐちぐちぐちぐち恨み言を連ねた。
相当嫌いなのだろう。終わる兆しを見せない愚痴に困っていると、灰も我に返ったようだった。
「ごめん、ちょっと取り乱した。他に質問ある?」
「ん〜…じゃあ。
なんで、俺をここに呼んだの?」
本題。
何故今になって明那の前に姿を見せたのか。
別段関わる必要性はなかった筈だ。事実Twitterや湊を通して、灰は何度も明那に接触している。
明那が灰を知ることが出来なかったのは、明那側に情報が開示されなかっただけに過ぎない。
アルスも明那のことは知っていた。灰が明那のことを、あの少女に教える必要性も特にない。
灰の職業が本当に情報屋で、明那について知る必要があったなら、明那に姿を見せる必要もないだろう。
何の意味があって、表に住むしがない大学生に声をかけたのか。
明那だって馬鹿ではない。悪者に見えずとも、悪人である可能性ぐらい想像できる。
湊と知り合ったのが偶然ではない可能性は低いけれど、この男が仕向けていない証拠も無い。
裏の人間の前で、完全に心を許すとでも思ったか?
強い意志を持って灰を見据える。灰の朝焼け色の虹彩に、明那のシルエットが反射した。
「…驚いた。思ってたより頭良いね。」
「そりゃどうも。最初の疑問が解消されてないんだけど?」
しばし目を見開いた灰は、その口角を少し上げる。
揶揄うように明那を見る目には、確かに先ほどの"年相応の青年"らしさは無くなっていた。
裏の人間だ。
表でぬくぬく生きている、死を知らないかわい子ちゃんなんかでは無い。
紛れもなく、犯罪とされるラインを超えてきたひとの視線だった。
「言うと思う?俺が、君に。」
「少なくとも俺には知る権利があると思うけど。」
「俺が教える義務もない。」
「口が達者なことで。」
「そっちこそ。」
「…何がしたいのかだけでも教えてくんない?普通に怖いから。」
「別に。軽く喋ろうかなって。」
「そんな事ないでしょ。わざわざ自分の味方のテリトリー連れてきといてさ。」
「本当だって。信じないならそれでも良いけど。」
いつの間にやら灰の手にはホットココアのマグがあった。
揶揄ってるでしょ。まあね。意味のない探り合いだ。
前にも後ろにもサッパリ進まない。無言の時間が流れた。
「…まあ、でも。一つだけ俺に言えるとするなら…」
ふ、とマグを置いて息を吐いた灰は、真っ直ぐに明那を見た。
「同じ物語を繰り返さない為、かな。」
「、は?」
気が付いたら元の場所にいた。
混乱した頭のまま地面にしゃがみこむ。
「…夢ぇ…?」
【まゆゆ】を知りたかった自分の、白昼夢だろうか。
でもあんなに不思議な世界を、明那の頭で考えつくことは出来ない気がする。
なんだったんだろうか。納得できない頭のまま、ひとまず明那は帰路に着いた。
TwitterのDMの、『matane.』というメッセージに明那が気付くのは、次の日の朝だ。
三枝明那
目つけられた。
極々普通の大学生。
しばらくずっとピリピリしていた。
黛灰
みつけた。
ちょっと警戒が強過ぎて悲しみを感じたハッカー。
明那と喋れたことについてはご機嫌。
アルス・アルマル
一般通過魔法使い。
明那を元いた場所に返したのは彼女。
もちもちもっちーん。