神代賢悟の親の話下女のハルが血相を変えて主人である嚴水(げんすい)の部屋に向かって走っている最中、当時まだ19であった天幸(たかゆき)は庭師の親方に連れられて神代邸を訪れ大袈裟に飾り付けられた鉄門を潜ろうとしていた。
親方が神代邸の門の呼び鈴を鳴らすと落ち着いた女の声がインターホンから返事をする。親方はその女と2、3会話をした後、勝手に開いた門の中に歩みを進めると天幸を急かして呼んだ。
下女のハルが桃色の髪をはためかせながら中年女性らしく息を切らして嚴水の部屋を訪れた時、もうすでに嚴水の部屋には身なりの綺麗な若い女が憤怒の表情を隠そうともせず乗り込んでいた。
「お父様、お話が違うではありませんか!私がもし、大学院在籍中に出版社と契約を結べたのなら、文学の道へ進むのを認めてくださると…!そう仰ったでしょう!」
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