沢蕪君は「あにうえ」と呼ばれたい「忘機、無羨との仲は進展しそうかな?」
思いがけない問いかけに、拱手の途中で藍忘機の動きが一瞬止まる。
「……何のことですか、沢蕪君」
「兄上と呼んでくれて構わないよ。実の兄弟だろう」
小さく溜息をついて藍曦臣は柔和な微笑みを残念そうに曇らせた。
「無羨も、小さい頃は義兄上、義兄上とたいへん可愛らしかったのだけど、いつの頃からかそう呼んでくれなくなってしまってね」
おおかた他の門弟に苦言を呈されたのだろう。気にすることはないと告げても、周りに気を使いすぎる程使う彼は二度と自分を義兄とは呼ばなくなった。
「まったく余計なことをする輩がいるものだ」
そう思わないかい?と尋ねられても藍忘機は答えに窮するしかない。
「はぁ」
(何が言いたいのだ、この人は)
何を考えているのかさっぱり分からないのに、こちらの心の内は見透かしてくる実兄。兄だと言われても実感は湧かないが、魏無羨がひどく信頼を寄せているのは気に入らなかった。
困惑する藍忘機の態度に気づかぬはずはないだろうに、構わず藍曦臣は言を継ぐ。
「そこでだ、忘機。無羨の道侶にならないか?」
「は?」
文字通り開いた口が塞がらない。
自分とよく似た顔がぽかんと間の抜けた様を晒すのを藍曦臣は微笑ましく見つめた。
「君、そういう意味で無羨のことを好いているだろう?」
「……」
「君と道侶になれば無羨は名実共に私の義弟だ。私はあの子にまた義兄上と呼んで欲しいのだよ。もちろん君にも兄と呼んで欲しい」
にこにこと柔らかな笑みを浮かべ、確信を持って藍曦臣は弟に手を差し伸べる。
「君にその気があるなら全力で協力するよ」
案の定、なんの躊躇いもなく藍忘機は差し出された兄の手を取り強く握った。
「よろしくお願いします、兄上」
こうして長いこと離ればなれだった兄弟の間に固い絆が結ばれたのだった。