あなたのためではないはずなのに「ゾルフ、今週の日曜日って何か予定がありますか?」
「いえ、特には。デートのお誘いでしょうか?」
「断じて違います。これ」
私は予め貰っていたチラシをゾルフに渡す。
「友人が務めている結婚式場です。日曜にブライダルフェアをするみたいで、その中の模擬挙式のモデルをしてもらえないか頼まれまして」
どうにも模擬挙式のためのモデルが見つからず、途方にくれて私に連絡してきた彼女は、その式場でカメラマンをしているとのことだった。謝礼として提示されたコース料理の魅力には抗い難く、二つ返事で引き受けたものの、「新郎役に彼氏を連れてきてね」というその言葉にはたと困ってしまった。ゾルフは決して彼氏などではないが、今私の近くにいる男性でモデルとはいえ新郎役をお願いできるのはゾルフしかいない。引き受けた手前断るのも悪いし、勘違いをされては断じて困るのでその旨をしっかりとゾルフには説明したのだが、何か言いたげにニヤニヤとこちらを見ているのは何とも居心地が悪い。
「とにかく、他意はありませんので。粛々と模擬挙式を済ませれば、そのあとコース料理が食べられるそうなので是非」
「あなたが色気より食い気なのは知っています。まあ予定もないことですし、お受けしますよ」
何かとても失礼なことを言われた気がしたが、そこはサラッと流すことにしよう。何とか友人との約束も守れそうなので、これで一安心だ。
「では日曜日、よろしくお願いします」
「ちょっとあんた、こんなに素敵な彼氏がいるなんて聞いてないわよ」
「だから彼氏じゃないってば……」
「嘘おっしゃい。彼氏じゃなきゃ、こんな用事に付き合ってくれる訳ないでしょ」
ああもう、と私は溜息をつく。思った通り、友人は何かと私を冷やかしてくるし、ゾルフもゾルフでそれを面白がってか外面がいいからか、『完璧で素敵な彼氏』を見事に演じている。「新婦様役の方はこちらへ」と通された控え室で、友人と交わす会話に私は辟易していた。彼女はカメラマン兼衣装係やメイクもしているらしく、慣れた手つきは流石だが、それ故かお喋りもかなり弾んでしまっている。
「それで、本番はいつなの?その下見も兼ねてるんじゃないの〜?」
「だから、ゾルフはただの上司で、周りの男で一番マシだったのがあの人ってだけなの。お願いだからそれで納得して……」
「はいはい、そういうことにしときましょう。でもま、結婚式には呼んでよね。あの彼氏さんでも、別れて他の人になっちゃっても」
にまにましながら作業を進める彼女に、私は溜息をついた。
模擬挙式は、ブライダルフェアに訪れたカップルにより結婚式を具体的に考えてもらうためのものらしく、挙式から披露宴の導入までをすると指示された。一通り客席を見て知り合いがいないことに安心したが、万が一誰かにでも見られたら私は明日からもう出勤しないことにしたい。
ゾルフの方はというと、白いタキシード姿が大変よく似合っている。何なら私がウエディングドレスを着ているよりも、しっくりくるぐらいだ。思わずそのしっくり具合に見とれてしまっていると、「おや、似合っていますねあなたも」と微笑まれた。
「なかなかどうして、悪くないじゃないですか」
「ゾルフほどではありません。何でそんなに白いタキシードが似合ってるんですか」
「さあ、どうしてでしょうね」と涼しい顔をしているゾルフは、どうにも胡散臭い。
「新郎新婦の役のお二人、お願いしまーす」
呼ばれて、いよいよ挙式が始まる。
「ほら、腕組んで」
と、友人が私の腕をゾルフに組ませる。こうしていると、本当に結婚するカップルのように思えてくるから不思議だ。……いやいや、しないけど。私はただ、謝礼であるこの結婚式場のコース料理を食べにきただけなのだから。これはただの演技だ。それにしては何だかリアルすぎて変な気分で、どうしてもぎこちない変な表情しか出来なかった。
数日後、私の元に送られてきたこの日の写真を見て、どういう感情を抱けばいいのか分からなくて私は頭を抱えることになる。
終