エキセントリック「理解されたいとは思わないんですか?」と尋ねてきたのは、彼女だった。何の話をしていた時だったか、ふとそう聞かれて笑ったのを覚えている。
「では、あなたは私を理解したいと思いますか?」
質問に質問で返すのはずるい、と彼女は口を尖らせた。
「他人のことを理解できる、したいと思う方が、余程傲慢ですよ。自分で自分を異端だと理解し、相応の振る舞いを心得る。相手に理解を求めず、ただ『そういうものだ』と理屈抜きで接してもらう。細かな理解を得ずとも、それで充分でしょう?」
まるで数学の公式を暗記するように。その方が、余程合理的で分かりやすい。
「ゾルフはそれで充分でしょうが……」
「あなたは、私を理解したいんですか?」
もう一度、同じ質問を繰り返す。彼女の言いたいことは、何だろうか?
「『爆弾狂』の考えなんて理解したいとは思いません。けれど、理解出来れば、行動原理も分かるし、弾除けにされなくて済むと思います」
彼女が時折するこういう物言いが、私は好きだ。そんなことを言ったからと、軽々に私が相手を爆弾にしないと分かった上での発言だ。ある意味彼女はちゃんと私を理解しているし、信頼している。無駄に相手に怯えられることがないというのは、存外心地良い。
「安心なさい。あなたを弾除けなんて勿体無いことには使いませんよ」
使う、という表現が気に入らなかったのか、彼女がむっとしたのが伝わる。感情をあまり表情に出すことがない彼女だが、僅かの変化でそれが分かる程度には自分もまた、彼女を理解し、信頼しているのかもしれない。
「まあ、ゾルフの口から『弾除けにはしない』と断言して下さるんなら安心です。そんな死に方はごめんですから」
「優秀な部下を、そんな風に消費するのは勿体無いでしょう?」
「随分私を買っていただけているようで光栄です」
愛と言うには殺風景なやり取りだが、私達は元々自由な関係だ。だから、これで充分だ。誰も理解しないだろうが、そもそも理解を得ようとも思っていない。その方がずっと気楽で、好きに出来る。自由とは案外そういうものだ。『世界』に理解されずとも、思ったより人間は生きていける。
まだ『世界』の側に辛うじて立っている彼女は、たまに私を理解しようと手を伸ばすが、私がその手を握ることはない。だからと言って彼女は無理に私の手を引こうとせず、向こう側から私を眺める。また時折手を伸ばして、触れそうになってはその手をすぐに引っ込めたりする。『世界』と『世界以外』の間で藻搔く彼女を見るのも、また一興だ。
「……何ですか、私の顔をじろじろ見て笑わないでください」
「おや失礼、あなたは愉快な方だと思いまして」
ぷい、とそっぽを向いた彼女は、「いいですから、さっさとこの書類片付けて下さい」とまた唇を尖らせる。全くあなたは見飽きない。彼女に手を引かれるのも、逆に彼女の手を引いて一緒にはみ出すのも、どちらも私にとって、愉快に違いない。
終