夢が叶う、その前夜 引き戸を引く音に気付いたテマリが玄関に向かえば、ちょうど靴を脱いでいるところだったシカマルが振り返って「ただいま」と笑った。その顔は茹蛸のように赤いが、テマリにとっては予想通りなので驚くこともない。
「おかえり」
「悪い。遅くなっちまった」
「ナルトを家まで送ってやったんだろう? さっきヒナタからお礼の電話があったよ」
立ち上がったシカマルの上着を脱がせながら、テマリは言葉を続ける。
「着替えはもう準備してあるから、このまま風呂に入っちゃいな。明日はお前にとっても重要な日なんだ。しゃきっと朝を迎えられるようにしておけ」
「そうだな。あ、風呂の前に――」
「水だろ」
テマリはシカマルの言葉を遮り、その背中を強めに押した。
「持ってってやるから、アンタはちゃっちゃと服脱いじゃいな」
「ああ、頼む」
真夜中に夫がほろ酔いで帰宅したにも関わらず、小言一つなく至れり尽くせりのこの状況。
普段の奈良家ではまずあり得ないことだが、今宵は特別なのである。
「……ついに叶うんだもんな、お前の夢が」
脱衣所へ向かうシカマルを見送り、テマリは肉を焼いた煙と煙草の臭いが染みついた上着をぎゅっと胸に抱いて呟いた。
もうすぐシカマルの夢が叶う。
それはあの第四次忍界大戦の際に瀕死の青年が死に抗ってでも掴みたいと思った未来であり、絶対に叶えてみせると誓った夢。面倒臭がりの男が自ら厄介な庶務や交渉事を引き受けてまで、この十年ずっと目指し続けていたものだ。
今宵の飲み会はその前祝。多少羽目を外したからと言って、どうしてそれを咎めることが出来よう。
明日、うずまきナルトが七代目火影に就任する。
そして七代目火影誕生の瞬間より、奈良シカマルは正式に七代目火影の相談役となることが決まっていた。