キミの遺伝子を残したい僕とそういうのはどうでもいいキミ■
ルカはうつくしい。ルカは格好いい。ルカはかわいい。逞しい。綺麗なブロンド。魅力的な顔立ち。恵まれた体躯。愛嬌と冷徹のギャップ。どこを取っても、ルカは素晴らしい。これは僕の盲目的な考えだろう。だけど少なからず同じような考えの仲間は存在するだろう。彼には、そうさせる魅力がある。なんてことをルカに肩を抱かれて流れるドラマを眺めながら考える。僕のこめかみに頬ずりしながら、あったかいルカはテレビに夢中で、全く集中できていない自分には気づかない。流れるストーリーはシンプルで、それなのにそこかしこで心臓がぎゅうと鳴く。ルカはそれをときめきと捉えて、僕は苦しみと解す。それを理由に言い合いなんて怒らないけど、人の考えって人の数だけあるんだなあと実感する。違いにドキドキするのだ。それって素敵なことだと知った。
今、僕の目を介して頭に入るフィクションはラブストーリーで、強く優しい男がたったひとつの愛を手に入れたところだった。クライマックスだ。ルカは物語にのめり込みやすく、感情の機微は僕の肩を掴む力で、撫でる柔らかさでわかる。ちょうど、ルカとは違う方向に僕は夢中になってしまった。例えば、このラブストーリーの主役がルカだったとする。彼は困難をいくつか乗り越えて、ハニートラップに掛かりながらもたったひとり愛する女性と結ばれる。キスをして、それ以上もして、やがて生まれた子どもを彼が愛おしそうに抱き上げた瞬間、僕はガツンと頭を殴られたように揺れた。決してショックだったからじゃない。僕は男だし、子どもは作れない。そのことに対して引け目もないし、女の子だったらな。なんて考えに陥ったりもしない。ただ、ルカが、ルカそっくりの赤ちゃんを育てる。ブロンドの髪は柔らかくて薄づきのラベンダーのくりくりした瞳。笑った顔はまさにルカ! それはなんて、なんて僕を満たしてくれる存在だろう。きっと、きっと可愛いんだろうな。ルカの子どもは。そう、本気でルカの子どもがいたらなと思ってしまっただけ。
「いい話だったね、シュウ」
「…………」
「シュウ?」
「え? あ、おわった?」
「寝てたの?」
自分の世界で仮想、ルカの子どもについて考えているあいだにドラマは無事エンディングを迎えたらしく、小さく肩を揺するルカの声にハッと我に返った。頭がぼんやりしている。等身大の、リアルなルカが僕を困惑した大型犬みたいな表情で窺っていて、へらりと笑い返すので手一杯だった。
「寝てないよ、んはは。ただ考えごとしちゃって」
「ドラマがつまんなくて?」
ルカが見たいと強請ったそれを、僕が楽しめなかったのでは、と勘繰って唇を尖らせながら眉尻を下げたルカに、僕はいちいち可愛いなと思ってしまう。緩く首を振って、ルカの厚くて逞しくて広い胸板に頭を寄せて凭れると、彼は直ぐに腰を抱いて引き寄せて、重たいはずなのに膝に乗せてくれる。背を丸めて首筋に顔を寄せて落ち着いてから僕は素直に口を開いた。
「ルカに赤ちゃんができたら可愛いんだろうなあってドラマ見てたら考えちゃって」
「……え? ん……?」
ルカは僕の言葉に分かりやすく戸惑って、触れた部分からド、と心臓が変な跳ね方をしたことにも気づいた。
「ルカが当たり前に女の人と結婚して、子どもができたらその子が例えばだよ? ルカそっくりに育ったらそれってすごくいいなあって……」
「シュウ?」
「ん?」
動揺していたはずのルカから低くなだめるような声がして、ずるずると顔を上げるとやけに鋭く、彩度の増したルカの瞳が僕を見ていた。
「え、と……」
なにかまずいことを言っただろうか。と夢見がちにちいさなルカを愛でていた頭の中が急回転する。
「オレと別れたいってこと? 子どもができないのはわかってることだしシュウにそういう願望があると思ってなかったオレも悪いけど、オレに普通を選ばせたくなった?」
矢継ぎ早に放たれる言葉に僕は目を回した。なるほどたしかに。突然パートナーがお互いの間には決して得られないモノを嘆いて別れたいとナーバスになってしまったから、別れ話を切り出した図、によく似ているかもしれない。腰を抱くルカの力が僕を離すまいと強くなったのを感じる。まっすぐ射抜くようなラベンダーの瞳は興奮にじわりと潤んでいるみたいだった。僕は途端に、愛おしさで満たされて、夢にしか存在しないちいさなルカJr.を頭の隅っこに押しやった。
「違うよ。絶対。断じて」
僕は時に大胆に、ルカの膝に乗り上げて向き合った。困ったような怒っているようなルカの顔をしっかりと見つめて両頬を手のひらに包んだ。
「ルカに普通はもう手に入らないし、僕も普通はいらない。ただ、」
「ただ?」
ルカの声は拗ねていた。
「僕はルカっていう存在がね、大好きなんだよ」
口にした瞬間、恥ずかしさが勝って顔に熱が集まってしまった。なんだか、いつもより、必要な時より大胆なことをしているかもしれない。ルカは瞬いて、僕の両手を僕より大きな掌で包み返した。
「続きは?」
「ルカの遺伝子が後世に残らないのは世界の損失じゃないか! って思うくらい、キミの容姿は特に、好きなんだよね……」
じわじわとしり込みしていく言葉に、先に肩を揺らし始めたのはルカだった。誤解は解けたらしい。
「ふ、はは、シュウ、……ふは、シュウの考えってホント、オレには想像もつかない……!」
「笑わないでよ……大真面目に考えただよ。ドラマみながら彼みたいに、ワオ、ルカに赤ちゃんできたら……ルカの遺伝子なんだからそりゃ、最高に、POG……じゃん……」
恥ずかしさが募り募って震える声に、ルカはとうとう吹き出した。
「ルーカー!」
「はははははははは……!」
ひとしきり笑われて、僕は羞恥心に頭のてっぺんが火山になったみたく顔を赤くして手を捕まえられたままその様子さえ隠せずに唸るしかなかった。今はルカを背もたれにして顎に一度頭突きをお見舞いしたあとである。
「はあ……ホント、シュウってPOG」
「どうせ僕は別れる気もないし産む力もないのにルカJr.に夢見た欲張りなメンクイです〜」
「ふは。そんなふうに思われるのも悪くないなって思ったって。オレは真逆だなって」
肩口に顎を乗せて、頬ずりできる距離まで近づいたルカの少しかすれた声が耳たぶをかすめてぞわぞわとした。こういうときのルカは、ときおり妙に艶っぽくて満足げで、自分のものを掌の上で転がして楽しんでいるように感じてしまう。満更、それを嫌だと思わない僕もぼくである。
「オレは、シュウの遺伝子はオレで終わればいいと思ってるから」
「ん?」
「後世なんてしらないし、優秀な遺伝子だとしても、シュウが望んでも、これはオレが手に入れたオレだけのモノだから。次も産ませない。誰にもあげない。オレと一緒にこの世からバイバイするって、決まってるから」
だからシュウには悪いけど、オレひとりで充分だって、分からせるから。
気づけばご機嫌なルカ越しに、僕の視界には天井が映っていた。
END