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    mainichi_ponpok

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    mainichi_ponpok

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    ツムとショヨが一緒にご飯食べてるだけの話。
    全年齢ですが嘔吐表現があります。苦手な方は気をつけてください。
    Vリーグの知識、関西弁共にあいまいです。ブラジル料理についてはよく行くブラジル料理屋にあるメニューの知識がすべて。
    ツムの欲望と愛がショヨを絆していくみたいなのがテーマでした。

    #侑日
    urgeDay
    #あつぴな

    近くにいても、離れていても。 長い1日を終えて帰路に着く。「今日は少し冷えるな。」一人だと思わず母国語が口からとびでる。息は白い。雪国生まれだからこのくらいの寒さには慣れているけど、未だにブラジルに冬があることを不思議だなーと新鮮に思う。だって、一年中カーニバルしてそうじゃん?
     やっと家に着いて、うがい手洗いを済ませて、風呂の準備をする。ビーチバレー修行に来てたときは湯船に浸かるなんてなかなか出来なくてシャワーだけで済ませるしかなかった事をふと思い出す。そのままだと身体が硬くなるから母さんに送ってもらった湯たんぽを抱きしめて寝る夜もあった。生活のかかったバレーが俺も出来る様になった。日々感謝だ。
     湯船から上がり風呂掃除を終えて、長袖のパジャマに着替える。寒いのには慣れてるけど、慢心なんて出来ないことももう知っている。
     朝そのままにしておいた流しの皿を洗って夜飯の準備をする。今日はあったかいものを食べたい。
     出来上がった料理を皿に盛り付けてテーブルに並べる。タブレット端末の電源を入れて、スマートフォンのメッセージアプリを開く。メッセージを送信するとすぐに既読がついてPCの通話アプリケーションがオンラインになった。
    「侑さん!おはようございます!」
    「翔陽くん、おはよおさん!そんでおつかれさん!」
     
     侑さんとは、毎日決まった時間にメッセージを送って、オンラインで時空を超えて顔を見せ合ってお互い夕食と朝食を一緒に食べる。インターネットってすごい。ちなみに朝はなにかと忙しいから朝と夜は月毎に交代している。
     
    「侑さん、今日の朝食なんですか?」
    「鯖の味噌煮。昨日の残りやけど。」
    「あ!いーっすね!」
    「せやろ!鯖の味噌煮は電子レンジで出来んねん。」

     侑さんは、ブラックジャッカルで再会した頃は全く自炊をしてなくて、美味しいお店に俺をよく誘ってくれた。いつも奢ってもらってばっかりで、俺も奢ったりしたかったけど「なんで後輩に奢られなかあかんねん!」ってお財布出させてくれなかったから代わりに料理を作って食べてもらってたら、いつの間にか侑さんも自炊をする様になったみたいだ。
     ブラジルに来る前に侑さんから作ってもらって食べたものもいくつかあるけど、今はその頃よりレパートリーがめちゃくちゃ増えてる。餃子も皮から自分で作ったりしてるみたい。作った餃子を見せながら「翔陽くん。今度餃子デートしよな!」ってすごく嬉しそうに笑って話してくれた。侑さんのそういうかわいいところ大好きだ!餃子デートって何だろ?まぁいいや!楽しみだ!

    「そんで、翔陽くんは今日何食べとん?」
    「これです!」
    「わ!何それめっちゃ美味そう!」
    「コジードっていうブラジルのスープです。これも野菜もお肉も摂れて美味いですよ。身体温たまりますし。」
     コジードはにんじん、玉ねぎ、カボチャ、とうもろこしとオクラとリングイッサっていうソーセージをぶつ切りにして鍋に入れて作るポルトガルのお鍋みたいなスープだ。本当はもっとたくさん野菜も肉の種類も入れるけど、1人だしそこはご愛嬌。
    「あの、ぐるぐるに巻かれたソーセージを切って入れてるんですよ。」
    「あーー、あれか!子供んころサムがどーーーしても買うてくれ言うてオカンにボロクソ怒られとったん思い出すわー。」
    「あはは!治さんかわいいですね。」
    「かわいい事あるかー!食い意地がカンストしとんのじゃ。」
     今日もそのあとはその日のプレーの振り返りや、今試している技の事なんかを喋りながら夕食を食べてお休みといってらっしゃいを言い合って1日の始まりと終わりを迎える。


    俺たちは恋人同士だ。


    ⭐︎




     正直こんな風になれるなんて全然思ってなかった。

     ブラックジャッカルに入団した当初、緊張してた俺に顔見知りの先輩はもちろん、キャプテンも他のチームメイトもみんな本当に良くしてくれた。その中でも侑さんは本当に俺によく声をかけてくれた。
    「翔陽くんバス隣おいで!」
    「今から自主練?俺トスあげたるで!」
    「美味しい卵手に入れたんやけど、一緒朝飯食べへん?」
    「良かったらやけど、ロードワーク一緒に行かへん?そのあと自主練すんのやったらなんぼでもトスあげるで!」
    「今度休みんとき、自主練終わったら映画見に行こうや!翔陽くん見たいって言うとったやん?」
    とにかく何かにつけては俺の世話をしてくれて、俺はいつの間にかそれが心地良くなっていった。
     
     そういう毎日の中で一回だけ、遠征で俺のバスに乗る時間と侑さんの時間がずれて、俺も侑さんも別の人の隣に座ることになった事があった。侑さんは「翔陽くんなんでそっちやねん!」っていつもの調子だったから、俺は笑って「じゃあ、帰りは一緒して下さい!」って返したら納得してくれたけど、そのまま他の人と座ってる侑さんを見て、俺の方がすごく変な気持ちになった。侑さんと隣に座ってる誰かとそれを見てる俺。釈然としない。こんな事がないと気づけなかったけど、いつも俺ばっかり誘ってもらってるんだなーって実感して、そんでそれってちょっと寂しいなって思った。帰りは約束してた通り侑さんの隣に座った。しっくりくるし、単純にうれしかった。俺は侑さんが隣にいないのが嫌なんだ。それに気づいて今度はちょっと嬉しくなった。
    「翔陽くんどないしたん?今日ええことでもあるん?」
    「はい!侑さんの隣に座るの好きだなーって思ってました。」
    「ほ、ホンマ!?ええで、いつでも隣座ったるで!」
    「あざっす!」


     
     毎回毎回、誘ってもらってばかりじゃなくて俺からも誘ってみようと思い立ってある日の帰りに侑さんに声をかけた。そんで結構勇気がいることを知った。
    「侑さん!今日一緒に帰りましょう!」
    「…え!?ホンマ?!?」
    「ホンマです!なんか用事ありました?」
    「ないし!やった!ええよ!!」
    「良かったです!」
    「うれしーなー、翔陽くんから誘ってもらったん初めてちゃう?あ!夜ご飯一緒に行かへん?今からやったらどこが開いとるかなー?翔陽くん何食べたい?」
     侑さんは、めっっっちゃキラキラの笑顔で嬉しそうに夕飯の計画を立て始めてその後も終始ごきげんだった。 
     なんだこの可愛い人って思った。年上で上背のバレーが羨ましいくらい上手な先輩が俺に誘われただけで、世界で一番幸せみたいな顔でめちゃくちゃ嬉しそうに笑ってる顔を見てすっげーー侑さんのこといいなって思ったんだ。

     結局急に決めた外食だったからその日は治さんのお店に連れてってもらった。その日頼んだおにぎり定食の具はいつものと同じ鮭としらす玉子。しらす玉子は俺が玉子が好きだから特別に用意してくれるようになった裏メニューだったんだけど、評判がいいので定番メニューに昇格したんだ。少し薄味の半熟の炒り卵にしらすが和えられてて、お米との相性抜群だ。治さん曰く「なんも特別な事してないで。」って、作り方も材料も教えてもらって家で何度か試して作ってみたけど同じ味はやっぱり難しい。その話をしてみたら「せやろ?サムはやりよんねん。なんせ俺とDNA一緒やからな!」ってすごーく誇らしそうだった。
     

     そこからは本当の意味でずっと一緒にいるのが当たり前みたいに仲良くなって、待ち合わせをしてロードワークをして、バレーをして、一緒にご飯を食べる。生活の中で侑さんの優しさがじわっと身体に染み込んでいって、そんでいつのまにか好きになってた。
     でも、この感情は心にしまっておこうと思った。侑さんは女の人にモテる。付き合ってる人はいないみたいだけど、きっと今はそういう気分じゃないだけだと思う。それに俺と侑さんは同性だ。拒絶されるだけならまだいいけど、もしかしたら気持ち悪いって思われるかもしれない。それは悲しいなって思うけど仕方ないとも思う。面と向かって言うのには勇気がいるし、言ったって困らせるだけだ。こんな事言うべきじゃない。

     その矢先にブラジルへの移籍が決まったんだ。
     

     決まってすぐに侑さんに報告した。お世話になったお礼がしたかったっていうのもあるけど、何より侑さんには誰よりも先に言いたかった。そして、気持に区切りをつけたかった。伝えたりは、しないつもりだ。そのつもりだったのに。


     その日は俺の部屋に来てもらう約束をしてて、広報の人との打ち合わせが残ってた侑さんに先に帰ってることを伝えて買い出しをした。商店街の魚屋で侑さんが好きなトロの切り身と一緒に安くなってたマグロのアラも買う。いつも買ってくれるからっておばちゃんに安くしてもらった。
     こういう、商店街でのやりとりもできなくなっちゃうのかと少し感慨にふけていたら、ちょうど夕陽が俺の目線まで降りてきて、切なさが俺を捕まえようとする気配がした。寂しさに首根っこをつかまれる前に、逃げる様に家路を走った。冷蔵庫に侑さんが好きなたくあんもあるからこれでトロたく丼を作ってアラ汁も作れる!侑さんにこれまでの事ありがとうございましたって伝えるんだ。

     家に帰って、手洗いうがいをすませて夕飯作りに取り掛かる。
     まずはアラの味噌汁作り。マグロのアラは臭みを取るために一旦湯通しする。俺も侑さんも根菜が好きだから具沢山にする予定だ。ごぼう、人参、大根をさいのめ状に切って、それをだし汁と一緒に火にかける。どうせだから冷蔵庫にあった賞味期限が近くなってるえのきと椎茸と白ネギも一緒に入れる。
     味噌は仙台味噌を使う。俺は結構この味噌が好きで、侑さんにもお味噌汁はこの味噌で作って出してたら侑さんも好きになってくれた。
     トロの切り身を大きめに切って、たくわんも食べやすいサイズに粗みじんにする。大葉と残しておいた白ネギを切って混ぜて具は出来上がり。
     あとは白米。一人暮らしだから炊飯ジャーはないけれど、最近土鍋で米を炊くことを覚えた!お米は侑さんと治さんの先輩が作ってるのをお取り寄せしてる。治さんのお店にも卸してるお米で炊き立てじゃなくても一粒一粒ちゃんと立っててそれでいて弾力もあってもっちりと美味しい。いつかどんな方が作ってるかお会いしてみたいなと思う。
     全部出来上がったころ、侑さんがやってきた。
     玄関まで迎えに行って、食卓にお招きすると侑さんは目を輝かせた。
    「え、すご!めちゃくちゃ豪華やない?!」
    「へへ!ちょっと奮発しました!」
    「え、何?なんかあったん?」
    「はい!あの実は、アーザスサンパウロへの移籍が決まりました。今まで本当にお世話になりました!そんでこれはお世話になった侑さんへのほんのお礼です!」
    「おめでとう!そんで、なんも大したことしてへんのに、気使ってくれたんやなぁーめっちゃ嬉しい。ありがとう。ホンマはこっちがお祝いせんとアカンのに。」
    「いえ、こちらこそです!ずっとありがとうございました!」
    「ほんなら今日は素直にもらっとくわ。それにしても、めっちゃごっついなー!いつからなん?」
    「来季からです。」
    「んじゃもうあと数ヶ月なんやー。」
    「はい!」
    「流石、翔陽くんや!!よう頑張った証拠や。でも俺も負けへんで!」
     こんな風に笑って喜んでくれるんだなって思ったら堪らなくなって、つい、なんて言葉では出ないはずの言葉が出ていた。
    「好きです。」
    「へ?」
     何言ってんだ、って思うのに体が嘘はつきたくないって強気で抵抗してくる。
    「俺、侑さんの事恋愛感情で好きです。好きでした。いつも一緒にいてくれて感謝していました。それで、いつのまにか俺、侑さんの事好きになってしまってました。」
    沈黙が怖い。侑さんの顔見られない。気持ち悪いって思われてしまうかもしれない。怖い思いさせちゃったかも、しれない。後悔の波が押し寄せる。
     この沈黙に似つかわしくない、お味噌汁のあったかい匂いがしてる。
     ごはん、無駄になっちゃっうかな。
     食べてから言えばよかった。
    「ごめんなさい。でもちゃんと忘れますし、これからは話しかけたりしないので心配しないで、」
    「それは何の謝罪?」
     侑さんの声が強張ってる。顔見れない。
    「俺が、侑さんを、好きに、なったことについてです。言わないまま忘れるつもりだったのに、言ってしまって今困らせてるから!」
    下向いてるから声がこもってしまってる。このままじゃ逃げてるみたいだから顔上げたら侑さんがムスッとしてる。やっぱり怒ってる!って思ったけどよく見るとそういう怖い顔じゃない。どちらかというとキャラクターっぽい。      
     どこかで見た事あると思ってたけど、あれだ。妹の夏が昔好きだった目つきの悪い黒いペンギンのキャラクターだ。こんな時なのに、なんだかちょっとかわいいと思ってしまうんだから俺は心底侑さんが愛おしいんだなって自分で自分に呆れてしまう。
    「侑さん?」
    「何で忘れるん?」
     なんでって、だって、だって!
    「だって!俺はブラジルに行くし、侑さんも俺も男同士で、俺の気持ちには答えられないだろうからです。本当は最後まで言わないつもりだったのに言ってしまってごめんなさい。」
     目を逸らしたくなかったから怖かったけど侑さんの顔を見つめ続けた。
    「じゃあ、俺が翔陽くんのこと好きやって言ったらそれでも謝って忘れるん?それは俺に悪いと思わんの?」
    「どういう、意味ですか?」
    「そのまんまの意味や。俺も翔陽くん好きや。まさか先越されてしまうとは思ってなかったけどな。」
    「なんで?だって、え?侑さんも俺が好きなんですか?」
    「そうや。俺も翔陽くんが好きや。」
    「え?俺侑さんの事エロい目で見てますよ?!?」
    「ははは!絶対俺の方が見てるから安心し。」
    「え?だって、キスもしたいし裸にして乳首とかちんことか触ってみたいんですよ!?」
    「翔陽くんの初心なんか大胆なんか分からんところも好き。せやから、もう黙っとき。」
     まだ何が起こったわからない俺の身体を侑さんの大きな身体がすっぽりと包み込む。これでも俺、結構成長したのにな。
    「俺、まだ侑さんのこと好きでもいいんですか?」
    「当たり前やん。好き同士なんやからこれからは俺の彼氏やろ?」
    「でも俺、一緒にはいられません。」
    「上等や。俺がどれだけ翔陽くん好きやったか知っとるん?初めての春高のときからやで?」
    「え!なんでもっと早く言ってくれないんですか!?」
     思わず腕の中で侑さんを見上げてしまう。なんだよその勝ち誇った顔!でも、好きだ!
    「そりゃこっちのセリフやで。ていうかな、翔陽くんも俺のこと思ってくれてたんならなんで気付いてないん?俺めっっっちゃ翔陽くんのこと特別扱いしてたやろ?」
    「そんなの、分かんないです。」
    「まぁ、翔陽くんがこういうのには鈍いことうすうす気付いとったけどな。」
    「でもずっとずっと優しくしてくれたのは分かります。」
    「せやろ?とか言って怖気付いて告白できんかったんは俺の方やな。ダサいですまん。でも信じて欲しい。俺の気持ちは本物や。俺の彼氏になってくれ。」
     侑さんの真剣な顔が好きだと思う。観念して素直になるしか道は残ってないんだ。
    「侑さんはずっとかっこいいです。こちらこそ、よろしくお願いシャス!」

     こうして俺たちは、恋人同士になった。
     そのあと俺たちは、温め直した味噌汁と大盛りのトロたく丼を一緒に食べた。恋人同士になって初めて食べるご飯。
     侑さんは「めっちゃ美味い!翔陽くん天才ちゃう?」なんて言いながら全部平らげてくれた。
     でも侑さんの方が俺を笑顔にする天才だと思う。



     そこからはなるべく一緒に居たいから、どちらかの家に帰って夜寝るまで一緒にいる様になった。侑さんが外食に誘ってくれる事もあったけど、基本的には俺が作った料理を一緒に食べたり、侑さんが覚えたての料理を振る舞ってくれたりした。

     その日は「俺が作ります!」って言ったから俺の家に来てもらって待ってもらってた。
     侑さんに何が食べたいか聞いた時「んー今日は肉の気分やなー。」と言ってたのでまずは冷蔵庫の中身を確認して献立を考える。
     まずは冷蔵庫から豚バラと残ってる野菜を出してざく切りにする。麺つゆと醤油少しとチューブニンニクと砂糖を混ぜてタレをつくる。サラダ油をひいて切った野菜を焼いてしんなりしてきたら一度火を止めて取り皿にとっておいて、そのフライパンで次は豚バラをこんがり焼く。焼き目がいい感じについたら炒めた野菜とタレを入れてよく焼いてそれを丼いっぱいによそった米の上にのせてスタミナ丼の完成!それに豆腐とワカメの味噌汁を並べて侑さんを呼ぶ。
     侑さんの気分に合わせてお肉と野菜どちらも摂れるものって思って作った。侑さんが肉って言う時は大体豚肉が食べたいときの事ってこともわかってきた。
     侑さんは何作っても「めーっちゃ美味い!!俺の彼氏料理美味すぎん?」ってめちゃくちゃ美味しそうに食べてくれるけど、やっぱり好みに合ったものを作ってやりたいなって思うし。その日も「美味いなー!豚バラ食べたかってん!」って幸せそうに頬いっぱいにしながら食べてくれた。

     ご飯食べた後は、作ってもらったほうが後片付けをする様に自然になったから俺はソファに座ってスマホ見ながら時間潰してた。
     後片付けを終えて戻ってきた侑さんが後ろからぎゅっと包む様にハグしてくる様に座る。
     それまでもお互いの家に泊まるってことはあったけど、やっぱり距離感が全然違う。最初は緊張したけど、好きな人に触れるってすごく心地いい。
     侑さんはかっこいい。顔も整ってる。見た目が良いから広報の仕事も多い。雑誌とかCMとかにも出てて人気もある。でも2人っきりで部屋にいるときに俺に向けて笑ってくれる顔はそういうところでは見せない様な可愛くて優しい表情をするから優越感を感じてしまう。
     だから侑さんの顔を見上げてつい頬が緩んでしまうんだ。
    「ん?どないしてん?」
     わ、見てんのバレてた。
    「あ、侑さんの顔好きだなぁーって。」
    「顔だけなん?」
    「顔も!です!」
     2人で笑いあって目が合う。ん、と思うと侑さんの顔が艶っぽくなる。これは来るのかなって目を瞑ろうとしたところで顔がババって離れてしまった。なんで?
    「侑さん?今キスしようとしましたよね?」
    「すまん!ホンマにごめんて!」
    「なんで、やめたんですか!?てか、なんで謝るんですか?」
    「やって、嫌やったかなって…」
    「なんでですか?」
    「嫌やなかった?」
    「嫌じゃないです!したいです!侑さんが気が変わってしたくないなら仕方ないけど…。」
    「したいねん!やけど、やって!ニンニク食べたし…。デリカシーなかったかなと思てん。」
    「え?俺も同じの食べましたよ?侑さん天然なんですか?」
    「天然ちゃうわ!恋心や!」
     あ、この人本気なんだって思うのと同時に、かわいいなって思う。侑さんは意外と繊細だ。
    「じゃあ、今日はしないんですか?」
    「いや、したい。」
    「じゃ、お願いしまーす。」
    目を瞑ると侑さんの唇が触れる感触がした。
    重ねた唇はたしかに俺と同じニンニクの味がしたけど、柔らかかった。好きな人に触れることって幸せだ。


    ⭐︎
     


     俺と侑さんが恋人になった日から数ヶ月。 
     そしてMSBYブラックジャッカルからアーザスサンパウロに移籍してからも数ヶ月経った。
     久しぶりのブラジル、サンパウロという新しい環境、新しいチームでのプレーにも大分慣れてきていた。
     そして、はじめての遠距離恋愛も今のところ楽しんでいる。
     お付き合いを始めて本当にすぐに離れ離れになったから最初は不安だったけど、その不安を吹き飛ばすくらい侑さんとの仲は順調だ。



    ⭐︎




    こっちは茹だるような暑さで毎日日差しも強い。また日焼け止めが欠かせない季節になってきたなと思う。今日も暑い中長い1日が終わる。ふと、日本はもうすぐ寒くなる季節だと思いを馳せた。お鍋とかいつか2人で囲んで食べたいな。暑いときに熱い食べ物を思い浮かべるなんて珍しい現象も侑さんとの関係がなければないことだなぁなんて思う。

    「アカン、風邪ひいた。」
     
     夜、約束の時間より早くメッセージが来た。侑さん、風邪をひいて熱が出てしまったらしい。季節の変わり目に体調を崩しやすいらしいからいつも気にして、身体冷やさない様にとか色々対策もして、俺と付き合う様になってから「夜更かしもやめてるんやー」って言ってたのにな。シーズンオフな事だけが救いだけど、侑さんが心配だ。
    「大丈夫ですか?もう寝ますか?」
    「翔陽くんの顔見たい。」
    「分かりました。PCのセッティング大丈夫ですか?」
    「もうできてる、」
     侑さんの返信を見てPCをオンラインにすると、顔を真っ赤にして肩まで布団を被った侑さんの姿があらわれた。おでこに冷却シートを貼って目も潤んでる。相当辛そうだ。
    「しょうよくんやー。」
    「そうですよー!俺ですよ!侑さん、何か食べられましたか?」
    「めーあんさんきてゼリーとかポカリとかレトルトのかゆとか持ってきてくれてん。」
     喉辛いのか、すこししゃがれてる。滑舌もいつもよりよくないな。
    「そうですか。食べられました?」
    「うん。ゼリーだけやけど、食べれた。薬ものんだ。」
    「えらいえらい。じゃあ後はいっぱい寝て良くなりましょう。」
    「うん。ちゃんと寝るし、このままパソコンつないどってええ?」
    「もちろん!良いですよ。」
     風邪引くと1人心細いだろうと思ってたから、そのつもりだったけど侑さんこんな風に甘えるの珍しい。本当に弱ってるんだと思う。こういうとき本当は近くにいてあげたいなって思う。この距離がもどかしい。ブラジルが関西の隣なら良いのに。
    「はい。侑さんが寝るまで起きてますから、安心して下さい。」
    「おん。おれ、しょうようくんおってくれてよかった…。」
    「そうですよ。侑さんには俺がいます!だから、怖くないですよー。」
    「おん。こわないぃー。」
     可哀想だけど、甘えてくれるのは嬉しいなと思う。俺がいつも甘えてばっかりで返させてもらえないことも多いから今日はたくさん甘えてほしい。早く良くなります様に。

     そのまま侑さんはすぐ眠りについて朝には熱も引いてほとんど全快したのに、布団に潜りっぱなしだ。
    「侑さーん!顔見せて下さーい!」
    「恥ずかしすぎてよう出らん!あんなみっともないところ見せてもうてほんまにすまん!忘れてくれ、」
    「可愛かったですって!」
    「可愛いってなんや…180センチ越えの成人男性捕まえて…」
    「侑さんは可愛くてかっこいいです!」
    「可愛いはないて、ほんま許してくれ…翔陽くん疲れて帰ってきてんのに子供みたいな事言うてしもて…」
    「悪かったって思ってんなら顔見せて下さい!それに、忘れちゃったんですか?みっともないところ見せて欲しいって侑さん言ったじゃないですか。初めて2人でご飯食べに行ったとき。」



     日本での最初のデート。練習終わりに侑さんが夜景が見えるホテルのラウンジのレストランを予約して連れてってくれた。
    「侑さん!そういうのってドレスコートあるんじゃないですか?俺、スーツとか持ってないです!どうしよ!」
    「短パン、ビーサンやなかったら大丈夫や。」
    「そうなんですか?」
    「せや。まぁ肉のTシャツやめとったらええんちゃう?」
     いまイタズラっぽい顔した!侑さんにそうやって揶揄われても顔がかっこよくて怒れないんだよなー。惚れた弱みだ。
     いろいろ悩んだけど当日は以前夏に選んでもらった深緑のセットアップの服に着替えて、侑さんを待つ。夏に画像送って見てもらったし変じゃないと思うけど、本当に大丈夫かな?もっとお洒落とか気にして生きてくれば良かったとほんのちょっと思う。
    「翔陽くんおまたせー。お!かっこええやん。」
     俺のことをかっこいいって言った侑さんこそめちゃくちゃかっこいいスーツを着てきてた。侑さんは背も高いからカチッとした格好がすごく良く似合うんだ!
    「侑さん、かっけーー!!」
    「せやろ!カーキ色のスーツこの間買うてん!ダブルも初めてやねん!」
    「めーっちゃ似合ってます!」
    「翔陽くんも雰囲気違うとってええやん!なんや色一緒やしペアルックみたいやな。」
    「本当ですね!」
     へへって笑いあって人目から隠れて手を繋いで歩く。
     楽しくて、嬉しくてここまでは良かったんだ。

     連れて行かれたラウンジは本当に落ち着いた雰囲気で、最初は美味しくて見た目も綺麗な料理を楽しんでたけど、もともとめちゃくちゃ緊張してたのと嬉しいので俺は慣れないワインを結構飲んでしまったんだ。侑さんは心配して「翔陽くん大丈夫か?これ結構強いで?」って聞いてくれてたのに、なんかもう遅かったみたいで俺は見事に堕ちた。
     侑さんに支えてもらいながら、なんとか侑さんの家には辿り着いたけど頭はぐわんぐわんするし経験した事ないくらい胃が気持ち悪い。身体の中をかき混ぜられてるみたいだ。
    「ぎもじわるい。」
    「翔陽くんトイレ行こ、家着くまでよう頑張ったな。」
     侑さんに背中さすってもらいながら便器に顔を埋めてるけど、そもそも酔っ払って吐くのなんて初めてで中々思う様に吐けない。よく考えてみたら、吐いたのだって高校一年の春高予選以来だ。頑張って吐こうとしても「うゔっ」って情けないうめき声しか出ない。
    「翔陽くん、ちょっとだけ我慢な。」
     侑さんの声が聞こえたと思ったら、背中さすってくれてた掌が前の方に伸びてきて口の中にそのまま突っ込まれた。一瞬何が起こったか分からなかったけど喉の奥からさっき食べたものがビシャビシャと音をたてて吐き出されていく。俺はされるがままで、侑さんの指を噛まないようにするのがやっとだった。苦しくて涙が出る。
     侑さんは自分の指をサッと洗って俺を支えてベットまで運んでくれた。お礼が言いたいのに吐いてスッキリしたら猛烈な眠気が襲ってきて、侑さんが持ってきてくれたお水をのんでそのまま眠ってしまったんだ。

     次の日、目覚めた俺は自分のしでかしたことに血の気が引いた。
     しおしおに反省してちょうど今の侑さんみたいになってしまってた俺に、侑さんは「あ!酔っ払いや。」てすっごい満面のイタズラっぽい笑顔を見せてくれた。


    「ごめんなさい!!本当にすみませんでした!!」
     俺はすぐベットから降りて床に埋もれるくらい頭を下げた。いっそこのまま地面に埋めてほしい気持ちだった。
    「ええから、頭あげえ。そんな事より、もう体調大丈夫なん?」
    「それは大丈夫ですけど。怒ってないんですか?」
    「怒ってへんよ。」
     本当に落ち着いたトーンでそう言われて嘘じゃないって分かるけどそれでも申し訳なさはこびりついたまま俺の顔をもたげさせる。
    「だって、俺せっかく侑さんが予約してくれたレストランで緊張して酔っ払って、全部台無しにしちゃって、美味しいご飯もダメにしちゃって、侑さんの、大切な手を…。」
     そうだ俺侑さんの手を、あんなベチャベチャに!なんてことだ…ってまた思考の海に沈まやそうになったところで、侑さんに肩掴まれて頭上げされられる。
    「手は大丈夫や!俺は絶対怒ってへん!」
     勢いに負けて目線を上げた先には侑さんの優しい顔があった。
    「ほんまに手はなんもないし、あの店また行ったらええだけやし、これからだってずっと一緒やねんからこんなチャンスいくらでもあるやろ。それに飯無駄にしてしもたんもわざとやないやろ?」
    「わざとじゃないですけど、でもあんなみっともないところ見せてしまって、本当にごめんなさ、」
     侑さんは俺の言葉を遮るみたいにぎゅって抱きしめてくれてた。
    「ええの!みっともないところも見たいねん。やって、それって俺しか見られんって事やろ?お得すぎるわ!絶対俺以外見せたらんねん!それに、翔陽くんずっとちゃんとしてんねやんか。昨日は俺が誘ったからって慣れん事一生懸命してくれただけやん。ちゃんとしとっても、うまく行かん事なんか山ほどあんねんからそんなこと気にせんでええ。」
     侑さん、本当にぜーんぶ用意してくれたのに俺がこんなどうしようもない大失敗しても嫌な顔ひとつせずずっと介抱してくれて、大切な手、俺の口に入れるのも俺のゲロがついちゃうのもまったく気にしてなくて、こんなに俺に優しくしてくれる人きっともう現れないと本気で思って、いつの間にか俺もぎゅって抱きしめ返した。
    「侑さん、ありがとうございます。」
    「ええんよ。ほんなら、翔陽くん、メシにしよか!」


     侑さんは、胃薬と一緒にお粥と治さんからもらったって言ってた梅をつけて用意してくれてた。優しい酸味が骨身にしみこんでいく感覚が嬉しかった。「美味いです。」って伝えたら「せやろ?」って俺の大好きな顔で笑ってくれた。これが侑さんに食べさせてもらった初めての料理で、優しくてあったかくてめちゃくちゃに美味しかったの、いまもこれからも絶対忘れたりなんかしないって思う。


    「思い出しました?」
    「はい。思い出しました。」
     侑さんがやっと布団から顔を出してくれた。顔色が良くなってる。本当に良かった。
     触れることが幸せだって分かってるけど、画面越しじゃ抱きしめられないけど、今の俺たちになら伝わるって、俺たちは充分なくらい分かってる。
    「俺も一緒です!侑さんのみっともないところも見たいです。侑さんだけずるいじゃないですか!俺だって俺しか見れない侑さんを見たいです!」
    「はい、観念するわ。すんませんでした。ほんで、ありがとお。」
    「いーんです!じゃ侑さん、メシにしましょ!」


    ⭐︎⭐︎


     俺らの関係は遠距離が当たり前や。そりゃ触れ合うことが出来んのは寂しいけどもこれが俺たちのスタイルや。
     春高で初めて戦ったあの日から片思い拗らせて、自覚した時には翔陽くんはすでに異国の地に飛び立った後やった。今更女なんか抱けんくらい好きになってたことに気付いた瞬間に絶望的な失恋しとった。「もう恋なんてせえへん。俺はバレーに生きるんや」と決めてがむしゃらにやってきた。そんな頃に翔陽くんがトライアウトでブラックジャッカルにきて、思いもよらん再会が出来て舞い上がって嬉しいて嬉しいてたまらんかった。もう後悔なんてしたないくせに、柄にもなく勇気出し切らんでうだうだしとる間に翔陽くんは新しい世界に行く事決めとった。ブラジル行きを聞かされて素直に尊敬する気持ちと、この期に及んでこの思いをどうするべきか悩んどる一瞬の間に愛の告白まで先越されて情けない事この上ないわ。でも、めっちゃ幸せ。
     翔陽くんはホンマに生活きちんとしとって、飲みの付き合いは適度にええけど食事もほとんど自炊。
     いつか、なんでそんなにちゃんとしとるん?って聞いたら
    「俺は全部、全部バレーですから!」
     ってあのみなさんの癒しでお馴染み太陽朗らか笑顔で言い放たれた。ホンマこの子ええな。好きやなって思ったわ。そんなかでも身体の中に入れるもんはそれこそホンマにちゃんとしとって、料理も美味いねん。言うとくけどこれは自慢とマウントや。俺はお付き合いする前から食べさしてもろてたから!
     ほんで俺も翔陽くんにつられて気にかける様になった。俺かてプロスポーツ選手やし不摂生はしてないけどな。やけど、意識して生活するだけで身がビッと引き締まるっちゅうもんやな。ほんで今まで料理なんかまったく興味なかったけども、俺も翔陽くんに作ったげたりしたいなぁーって思うようになってから、初めて治に頭下げて家族特価の月謝払ってちょいちょい仕事の合間ぬって教えてもらうようになった。こっちは頭下げるんも勇気いったっちゅうにあの男ほんまケチやで、家族なんやからタダでええやん!とも思ったし、実際言ったけども、あいつが汗水垂らして手に入れた技術なんや思たら粗末には出来んから粛々と収めとる。
     付き合いはじめてすぐのころ、翔陽くんが盛大に酔っ払ってしもたときに、初めてお粥作って出した時美味しそうに食うてやっと笑ってくれて、やってて良かった思うたしな。
     正直あれはホンマに大失敗の大反省のデートやったけど。俺が1人で浮かれてはりきっとったから翔陽くんに無理させてしもた。これからは2人が楽しめる事をするんや。

     
    「あぶないのぉ、お前!!猫の手って言うたやん!!」
    「猫の手ってなんやねん!!」
     サムが呆れ顔ではーーーっと項垂れる。翔陽くんがブラジルに行くまでには立派な料理一品は振る舞えるようになるっていう目標たてて、頑張っててんけど完全にドツボにハマった。
     ちゃうねん。火かけて出来る様な目玉焼き、卵焼きとか、それこそお粥とかはできるようになってん。そこまでは順調に進んできててん。味付けもセンスあるし、火の加減とか気をつけるのも得意やってん。卵くるっと巻くんもすぐ出来たんや。やのに俺は包丁が苦手すぎた。手ぇ大事にするために正直最近まで包丁持ったことすらなかったんや。
    「お前ほんまバレー以外ポンコツすぎひん?指なくなるぞ。」
    「うっさいの!せやけど、せっかく料理つくんならハンバーグとか餃子とかミートソーススパゲッティとか作ってみたいねんもん。」
    「子供か。そもそもお前翔陽に作ったりたいんちゃうん?翔陽が一番好きなん卵かけご飯なんやろ?包丁いらんやん。」
    「なめこの味噌と焼き鮭も好きや。」
    「どれもほとんど包丁いらんやんけ。天然ボケか!」
    「天然ちゃうわ!あとな、お前が翔陽くん呼び捨てで呼ぶなや!俺もしてないのに!」
    「うるさいのぉ、俺が"翔陽くん"は変やろ。」
    「当たり前じゃ!翔陽くんって呼んでええんわ俺だけじゃボケ!!」
    「めんどくさいのーお前はホンマに!」

     サムに当たってもうてる自覚はある。たまの休みに付き合うてもろてんのにな。あー、ほんまなんでこんな事出来へんのやろって嫌んなるわ。もう冷凍食品の方がええんちゃうか?

    「なんやどしたんか、外まで声聞こえとるで。」
    「北さん、お疲れ様です。」
    「北さん!?!?!おっさしぶりです!」
    「おお、侑もおったんか。久しぶりやの。」
    「うすっ!」
    北さんは高校卒業してから疎遠になるんかなと思てたけど、アランくん経由で一時期よう飲みに誘われたりして高校ん頃よりも親密になった。まぁ、なんや妙に緊張するんは変わらんけども。そんでも最近は本業でスタメンに選ばれる様になって飲みにいけてへんかったから、翔陽くんと恋人同士になって翔陽くんにも言うて電話で報告はしとった。なんでか翔陽くんも緊張しとったけどな。
    「あー例の。ショウヨウくん烏野の10番の子ぉとか。」
    「はい。あの、少し前からお付き合いしとります。今度改めてご挨拶伺いますんで。」
    「なんのご挨拶やねん。まぁでも、良かったやん。大事にしたらなあかんで。」
    「うす!」
     俺は電話やのに深々頭下げとった。どんなに親密になっても緊張するもんは緊張するんや。


    「ほんで、どないしたん?まだ喧嘩しよるんか。」
    「ちゃ、ちゃいますよ!ツムが翔陽に料理つくったりたい言うて教えとるんです。」
    「侑が料理作っとんのか?」
    「そうなんです。こいつ包丁のセンス全くないんですよ。包丁で指のうなったらトス上げれんようなって、捨てられんちゃう?」
    「翔陽くんはそんな人でなしちゃうわ!!」
    いや、でも分からん。翔陽くんは優しい子ぉやけど、俺からトスを奪ったら翔陽くんが、俺に魅力感じるところなんてなくなるんちゃう?あかん、ネガティブなってきたわ…。

    「ほんで、その大事な恋人に料理作っとんのか。」
    「そうなんですけど、俺包丁がてんでダメで。輪切りとかざく切りはなんとか…でもみじん切りとか薄く切るとかあきませんねん。」
    「せやったら、スライサーとかみじん切りのチョッパーとか使うたらええんちゃうの?」
    「あ、その手があったか!北さん流石や!」
    「なんですの?」
     北さんはまだ何のことやらわからん俺にスマートフォンをちちょっと操作して、「これや。」と、ショッピングサイトの商品画面を見せてくれた。
    「ちゃっちゃっと出来るし、手の怪我の心配もないで。うちのばぁちゃんも便利やー言うて使うとる。」
    「ほーこんなもんがあるんですね。これやったら俺にも出来そうです!ありがとうございますー!」
    「でも、何や意外です。こういうの北さんは包丁でちゃっちゃっとやるんと思ってました。」
    「まぁ、包丁使うときもあるで。でも、こういうんは頭ん良え人が知恵寄せ合って便利になる様に作ったもんなんやから、ちゃんと使わんとな。ほんで、すこし時間に余裕できたら茶飲んでほっとして心に余裕も出来るやろ。ちゃんと休むんも仕事や。」
     北さんは休憩もちゃんとしてはる。美味い米も作って、サムの店の握り飯も支えとるんやなって思うとホンマに凄い人やと思う。高校生んときはただただ怖かったけども、それも畏怖みたいなん気持ちが大きかっただけなんやと今になっては思う。今も怖いけど、どちらかというと尊敬の気持ちの方がでかい。
     
     
    「翔陽くんと仲良し出来とんのやな。良かったわ。」
    「いや、北さん仲良して。」
    「なんや、仲良ししてないんか。泣かしたらあかんよ。」
    「仲良しです!泣かしたりなんか出来ません!」
    仲良しですけども!翔陽くん泣かしたりなんか絶対せんけども!!まぁでも俺が翔陽くん翔陽くん言うて騒がしくしてたからなんやろけども。北さん、また笑うてはる。
     北さんは、テキパキ納品の仕事こなして、いつもより心なしかにこにこしながら帰っていった。
     北さんは、卒業して米作るようになってからよく笑わはるようになったし、なんや少しだけ印象やらかくなった様な気ぃもする。
     まぁでも、アランくんの前ではよう笑わはるらしいし、俺等の前でも笑ってくれる様なったって事なんやろか。

    「北さん、なんや上機嫌やったな。」
    「せやなぁ。まぁ、お前と翔陽が上手くいっとるん嬉しかったんやないか?」
    「なんでや?」
    「そりゃあんだけ翔陽くん翔陽くん言うて、騒いどってなーーんも知らんまま相手ブラジル行って、お前荒れとるの心配されとったんやで。荒れ方がバレーにのめり込むやったから説教されんかっただけや。」
     それであの頃よう飲みとかメシとかに誘われてたんか。サムも店来いて毎週の様に言うてくれとったしな。
    「俺、恵まれとるんなや。アカン、泣いてまうわ。」
    「何言うてんねん。ほら、やるで。お前が翔陽感動させて泣かせんねやろ!」
    「おう、せやな!」




    「人類の英知や…」
     北さんに教えてもらったスライサーと微塵切りチョッパーはポチって次の日に届いとった。便利な世の中や。とりあえず冷蔵庫の中に入れてたきゅうりをスライサーでスーッとスライスしてみる。「ごっついな〜。」スライスされたきゅうりを見てみると向こうが透けとるみたいに薄い。めちゃくちゃ便利やん。
     ほんで、それ以上にチョッパーに驚いた。ぶつ切りにしたきゅうりぽんぽんって入れて紐ピーピー引っ張るだけで中でホンマにみじん切りが出来とる。紐引っ張る回数で大きさの仕上がりも変えられるし、いやこれはホンマにすごい。

     みじん切り出来る様になったら作ろう思うてた料理がすでにあんねん。実家でよう食べててサムに作り方も教えてもろてる。作り方は簡単や。

      オクラ・パプリカ・きゅうり・トマト・をチョッパーであらみじん切りにする。蒸し鶏とナスは下ごしらえ面倒やからコンビニのサラダチキンと冷凍野菜で代用や。頭良え人等の知恵の結晶使わしてもらうで。きゅうりは刻む前に塩もみしとく。刻んだ具をボウルにいれて細かくちぎった青紫蘇も入れてごまぽん酢と麺つゆで味を整えた出汁を素麺の上にぶっかけて食べる創作料理。
     具沢山やし食欲なくてもつるんと入るし、食物繊維もタンパク質も一緒に摂れるし何より美味い。

    俺が唯一翔陽くんに振る舞えた数少ない料理のひとつ!練習何回かしてサムにも味見させて美味い言われてから翔陽くんを部屋に呼んで食ってもらった。翔陽くんもめちゃくちゃ気に入ってくれてブラジル行っても食べられる様に作り方も聞かれたくらいや。


    ⭐︎


    「そういえば前作ってくれたお野菜いっぱいのぶっかけ素麺!めちゃくちゃ美味しかったです!こっちに来たらなかなか麺つゆ売ってないから懐かしいです。久しぶりに食べたいなー。」
     俺の料理のレパートリーがまた増えたこと伝えたら、俺が作って翔陽くんに食べてもろた料理の話になった。覚えててくれたんがめっちゃ嬉しい。
     こっちが鍋が美味い季節になったら翔陽くんところは暑いやろからああいうんが食べたくなる気持ちめっちゃ分かるわ。
    「そうかー、こっちから送ったりたいけど麺つゆは送られへんみたいやからなー。」
    「いつもあざっす!!今度日本食スーパーに行って探してみます!」
    「今度こっち来ることあったら目一杯作ったるからな。」
    「はい!よろしくお願いしアース!」
    翔陽くんは画面越しでも律儀に頭さげて人懐っこい笑顔見せてくれる。こういうところも好きや。
     あれから俺もレパートリー増やして翔陽くんに食べさせたい料理はめっちゃ増えとる。すこーしずつ包丁の扱いも慣れてぶつ切り以外もできる様になったし、スライサーとチョッパーは今でも愛用しとって、ハンバーグ、ミートソーススパゲッティー、餃子もお手のもんや。いつか、腹一杯俺の作った美味いもん食べさせてやりたいな。ほんで、しこたまトス上げて綺麗に跳ばしたんねん。ほんでも今は出来ることしたんねん。一人で親元離れて異国の地で頑張ってる翔陽くんが不意に不安に思うとること除いたりたいねん。離れとっても、翔陽くんは大丈夫やって言ったりたいねん。
     ほんで、2人で楽しいことずっといっぱいしよな。


    ⭐︎⭐︎


     遠距離がスタンダードな俺達でもほんの数回俺が一時帰国したり、侑さんが渡伯してくれたりして一緒の時間を過ごしたことは何度かある。でもやっぱり1番思い出すのはオリンピック日本代表選手として俺が帰国したときかな。
     何十年かぶりのメダル獲得。一番綺麗な色のメダルが欲しかったけど、肩に乗るメダルの重みは感慨深い。数十年ぶりの快挙に日本は沸き立ち、結構な大騒ぎになった。怒涛のメディア取材とテレビ出演を終えて、大阪行きの新幹線に侑さんと一緒に乗り込んだ。
     そしてその次の日の朝、俺は多分人生で一番緊張していた。
     

    「侑さん、俺スーツどうですか?」
    「うん、似合うとるで。かっこええ!」

     そのスーツは、それより少し前にお互いの両親に挨拶をするため帰国した時に俺がその辺のお店の既製のものしか持ってないと言ったら「翔陽くん。そらあかんで。」と、侑さんが行きつけの仕立て屋で全部見繕ってくれたものだ。侑さんは店員さんとずーっと話し込んでて、「翔陽くんそのチャコールグレーめっちゃ似合うなぁ」とか「やっぱラペル尖っとる方が似合う!翔陽くんの華やかな感じにピッタリや。」とか「やっぱ翔陽くんはブリティッシュの方がええな。」とか楽しそうに呪文にしか聞こえない言葉を使ってあーでもないこーでもないって真剣に選んでくれた。もちろん俺はその間ずっと着せ替え人形だったんだけど。
     想像もつかない値段にビビって「俺が出します!」って言ったけど、「俺が好きでしてんねんから!」「向こう数年分の誕生日プレゼントやと思って!」「俺も別のもんでいつか返してもらうから!ええやろ!」と口説き倒されてそのまま甘えてしまった。
     出来上がったスーツは俺なんかが見ても「高級なやつだ!」って分かる立派な仕立てで、袖を通すと自ずと背筋がシャン!とする。
     実際お互いの家族に挨拶したときはすでに自分のきょうだい達には関係を知られてたし、よくお互いの実家にも顔を出していたから二人の関係はすでにどちらからも勘付かれてたみたいであっさり終わったんだけど。俺の親は「翔陽がこんな風に誰かに興味を持ってパートナーを作っただけで安心する。」って泣かれて、心配かけてたんだなぁって反省させられたし、侑さんのご両親にはそろって「ホンマに治やないで侑でええの?」って心配された。侑さんは「どういう意味や!」って怒ってたけど、俺はほっとしてた。お互いの両親に「心配しかない子だけど、選んでくれてありがとう。よろしくお願いします。」って頭下げられて俺達って似たもの同士なんだなって思ったりもした。
     
     だから今回ずっと行けてなかった侑さんのお世話になった稲荷崎高校時代の先輩・北さんへのご挨拶は、両親への挨拶とカミングアウトよりも緊張してた。
     後から侑さんに聞いたら、侑さんも大地さん達に挨拶に行く時の方が緊張したって言ってた。
     こういうことがある度に、自分が実は緊張しいだった事をまざまざと思い出す。
     本当はもっと早く伺うつもりだったのに中々スケジュールが合わずこんなに遅くなってしまった事も緊張に拍車をかけてる。
    「あ、あつむさん、俺きんちょーしてます!」
    「大丈夫や、俺もしてる。」
     たしかに、侑さんもいつもより硬くなってる。侑さんが一番怖くて一番尊敬してる先輩だと言ってた。誰にも阿ねたりしない侑さんが恐れて尊敬してる人ってだけでどれだけ大切な人か分かる。一度だけ試合で対戦した時の印象は、丁寧にレシーブをあげる人。そんで、少しウチの主将に似てると思った。見た目とかプレースタイルとかじゃなくて、頼れる感じとか背中の大きさとかそういう格好良さが似てるなって思ったんだ。あと、怒ったら多分すごく怖そうなところとか。
     そんで、例の治さんのお店にお米を卸してる農家さんって事も聞いている。だから口から内臓全部でるくらい緊張もしてたけど、楽しみでもあった。あんなにぴんと粒立った美味しいお米を作っているというだけで俺もすでにとても尊敬していたから。


     大きな藁葺き屋根のそのお家は、今思うと北さんの雰囲気にとてもよく似ていた。侑さんは緊張した面持ちでチャイムを鳴らしたので、俺もフルル!と身体が震える。
    「おお、よお来たな。さぁ上りや。」
     北さんは優しい顔で迎えてくれた。高校生の頃の記憶よりすこし柔らかいかもしれない。
     風通しの良い客間に通されて、侑さんは開口一番俺を紹介してくれた。
    「き、北さん。ご挨拶遅なってすんませんでした!この子と、翔陽くんと、お、お付き合いしとります!」
    侑さんは深々と頭を下げて俺を紹介してくれた。侑さんの緊張が伝わって俺も立ったままいつもの感じで挨拶をしてしまった。
    「アーザスサンパウロというチームでバレー選手しています!侑さんとお付き合いしてます!日向翔陽と申します!よろしくお願いシャーーース!!!」
     試合する訳じゃないのに、今思い出さなくても気合いが空回りしてたなと思う。
    「なんや、部活の頃思い出すなぁ。ええから早よ座り。」
     顔を上げると北さんは柔らかい表情をしていた。諭されて侑さんと一緒に座ると、新鮮ない草の匂いが鼻を通った。
    「北さん、これ翔陽くんの地元の銘菓なんですけど。」
    「美味いと、思います!」
    「お、気ぃ使わせたな、ありがとう。なんや別に俺お前の親でも恩師でもないんやけどな。」
    「北さんは、俺の大事な先輩ですから。」
    「そうか、それは嬉しいな。この間のオリンピックもすごかったなぁ。治ンところでみんなで集まって見たんやで。翔陽くんも、メダルおめでとうさん。」
    「あ、ありがとう、ございます!!」
    「あの、実は持ってきたんです。北さんの首にかけてもらお思うて。一番綺麗な色やないですけど。」
     北さんは、侑さんから肩にかけられたメダルを大事に大事に手に取った。
    「おお、すごいな。侑も治も他の奴らも、もう見えへんくなるくらい遠なったと思ってたんに、俺を行けるはずがなかったところまで連れてってくれよるな。ホンマにお前らは自慢の仲間やわ。」
    「北さん。ありがとう、ございます。」
     北さんがくしゃっと破顔したとたん侑さんの瞳が少し潤んだのを見て、俺も喉の奥がジンとした。
    「せやけど、侑がメダル持ってくるとは思ってへんかったわ。」
    「実は、その…翔陽くんに、絶対持って行った方がええって言われて持ってきました。」
     侑さん、なんだかいつもより素直だな。嘘がつけない相手ってやつなのかもしれない。
    「なるほどな。侑がそんなんで言うこと聞くなんて成長やなぁ。翔陽くん、ありがとうな。」
    「ハイ!!あ、イイエ!!」
    「ははっ、どっちやねん。侑は負けず嫌いやし、無鉄砲なところがあるけども、君のこともまっすぐ思っとったんよ。そういうところが裏目に出てまう事もあるけどな、上手くいって良かった思うてたんよ。色々あるやろけど侑と仲良うしたってな。」
    「ハ、ハイっ!!あの、侑さんと俺は遠距離で中々一緒に過ごせないですけど、それでも侑さんにまっすぐ思われて、俺も侑さんを思っていたいって思ってます!!」
    「そら、ええな。侑が、こんなちゃんとしとる子と一緒になったんやったら安心や。侑もちゃんとせえよ。」
    「うすっ!!」
     そう北さんに言われた侑さんは後輩の顔をしていた。初めて見る侑さんの表情は、可愛くてどことなく幼くて愛おしいと思った。


    「せや、茶ぁ出さんとな。」
     北さんは俺たちの「お構いなく!」って声を無視して、冷たい麦茶とお茶請けのお漬物をだしてくれた。
    「ありがとうございます!いただきます!」
     正直緊張して喉カラカラだったので、ありがたく頂戴した。お茶請けのきゅうりの醤油漬けのお漬物も生姜がぴりりと効いていてすごく美味しい。思わず「うまっ」って小さく声が出た。
    「ホンマか。俺が漬けたんやで。」
    「え、すごい!本当にめっちゃ美味いです!ありがとうございます!」

     北さんは、帰る時侑さんと俺に畑で取れた野菜とか、出してくれたお漬物とかを持たせてくれた。親でも恩師でもないなんて言ってたけど、侑さんのこと大切に思う心は親心以外の何者でもないと思う。



     北さんのお家から車で運転交代しながら帰路について、家に着いたのは夜の9時を過ぎていた。
     大切なスーツを皺にならないように仕舞って、二人で交互にシャワーを浴びる。侑さんは俺に先にって勧めてくれたけど、運転は道路に慣れてる侑さんの方が長距離だったから遠慮した。シャワーを浴びて上がると侑さんは部屋着に着替えてソファに座って待ってくれてた。ソファに座ってる時に最近買ったと言っていたクッションを抱く癖を目の前で見るのは初めてだなと思う。
     侑さんは俺が戻ったことを確認すると立ち上がってキッチンに向かった。
    「なんや、腹減ったな。翔陽くんも腹減らん?」
    「そうですね。」
    「こんな時間やし、軽くお茶漬けでもたべるか?北さんにもろた漬物もだそうか。」
    「あ、手伝います!」
    「こんくらい大丈夫や。翔陽くん、疲れたやろ。座っときー。」
    「でも、」
    「ええから、ええから!翔陽くんに俺の作ったもん食べてもらいたいねんから、俺に付きおうて!」
    「あ、あざっす!」
     侑さん最近包丁への苦手意識がなくなって更にいろんなものが作れるようになったから俺に食べてほしいって嬉しそうにしてた。子供みたいでかわいいなぁって思ったのを思い出して、今作るのが楽しいゾーンなのかも知れないとありがたくお言葉に甘えてしまった。
     侑さんがお茶漬けを用意してくれている姿を見つめる。画面越しに見慣れている侑さんの部屋で、侑さんのハーフパンツから覗く膝裏が見れるのが新鮮だ。侑さんの普段見られないところを見られるのが嬉しくてどこも見逃したくないと思う。
    「はい!おまちどおさん!」
    「あ、鮭茶漬けだ!嬉しいです!」
    「翔陽くん、鮭好きやもんな!」
    「はい、あざっす!いただきます!」
     優しい味の白だしが沁みる。北さんのお漬物にもすごく合う。
    「めちゃくちゃ、美味いです。」
    「せやろ?良え鮭手に入ったからな、鮭フレーク作ってん!」
    「え、すごい!侑さんが作ったんですか?」
    「せやで。これやったら日持ちするし翔陽くんにも食べさせられるなー思うて。」
    「めちゃくちゃ嬉しいです。アザっス!!」
    「そら、よかったわ。ほんで俺も感謝せなあかん。翔陽くんに食べてもらいたいなって思って作るようになったんやけど、今作るんめっちゃ楽しいねん。新しい趣味出来て翔陽くんに食べてもらえてほんま嬉しいわ。さっき北さんに漬物の漬け方も教えてもろたんや。」
    「え、いつの間に!」
    「ふっふふん。でも全部翔陽くんのおかげや。」
    「じゃあ、良かったです!」
     お茶漬けは、さらさらするっとあっという間に食べ終わってご馳走様をした。いつか一緒に生活してた頃のように俺が後片付けをして戻ると、俺の姿を確認して侑さんがあの頃みたいに「ここにおいで」って合図をくれたから、俺もあの頃と変わらず侑さんの膝の前にすとんと座った。ぎゅっと抱きしめられる温度が懐かしい。何年も前の事なのにあの頃と何も変わらない。
     侑さんとはいつも一緒にいられる訳じゃないのに生活は一緒にしてるんだっていう感覚がある。不思議な感覚だけど、出会えてよかった。きっと、侑さんとじゃないとこういう風にはなれないんじゃないかって思う。

    「あ、せや!明日はちゃんとしたメシつくろうな。あ、でも外食がええんやったら明日はどっか出かける?」
    「いえ!侑さんのご飯食べたいです。それに俺も作ったの食べてもらいたいです。」
    「そうか?じゃあ、なんがええ?」
    「だったら俺、前言ってた餃子がいいです!侑さん皮から作るんですよね!俺餡つくるんでいっしょに餃子包みましょ?」
    「ホンマ?じゃあ餃子デートしよ!」

     

     次の日、約束通り俺たちは餃子デートをした。昼過ぎに近所に二人で買い出しに出掛けて、帰ってきたあと風呂を先に済ませて侑さんは皮作り、俺は餡を作った。ニラとキャベツと豚のひき肉メインで隠し味に大葉刻んで餡を作る。侑さんは包むのが本当に上手で、「お店のみたいです!」と素直に伝えると「せやろ?」って自慢げに笑ってた。俺は侑さんのこの顔が好きだ。
     そのあと、水に片栗粉を溶かして羽を作るのに成功したから二人してめちゃくちゃ興奮した!
     侑さんは他にもだし巻き卵とか、小さめのハンバーグとか、俺が食べたいって言ってた例のぶっかけ素麺も作ってくれた。俺も良くリモートで一緒にご飯を食べてる時に作ったブラジル料理をつくった。
    「侑さんのだし巻き卵めっちゃ美味いです!ぶっかけも食べたかったから嬉しいです。ハンバーグも美味いこれにかかってるミートソースも作ったんですか?!」
    「せやで。」
    「すげー!めっちゃ好きな味です!」
    「そらよかった。翔陽くんが作ったこのパセリのサラダもめっちゃ美味いな。」
    「タプレっていうブラジルの定番サラダですよ。」
    「パセリのアクセント効いてるわ。あ、これいつも翔陽くんが美味しそうに食べてるやつやん!」
    「そうです!ハバータっていう日本で言えば肉じゃがみたいな煮込み料理です。香辛料とかなかったから味付け適当ですけど。」
    「あ!めっちゃ美味いー。俺もこれ好きな味や。」
    「よかったです!んじゃ、これも作り方後で送っときますね!」
    「お!ありがとお。」
    「そんで、やっぱ餃子ですね!」
    「せやな。俺らの共同作業やもんな。」
    「「めっちゃうまいー!!」」
    「この皮プリプリなのに外はカリカリで好きです!」
    「大葉入れると爽やかになって美味いな。翔陽くんに作ってもらって正解や。」
    「俺ら、やっぱめっちゃセンス合うなー。」
    「本当ですねー。」
     恥ずかしげもなくお互いが作った料理を褒め合いそのあとは食べながらオリンピックで取材受けたテレビ番組をみたり、気になってたバレーの試合を観たりしてすごした。
     俺たちはぱくぱくと何個も餃子を食べてお互い作ったご飯もたらふく食べた。ご馳走様をして二人並んで後片付けをして、定位置に座る。
     侑さんの大きな身体が俺を求める様に包んでくれるのが嬉しいから俺もそれに応える様に身を委ねる。
    「餃子美味かったなぁ〜。また、やろな!」
    「はいっ!でも、聞きたかったんですけど、なんでパーティじゃなくてデートだったんですか?」
    「それは、」
     侑さんが少し言い淀む。どうしたのかな?
    「やって、パーティやと2人っきりになれん気がしてんもん。」
     あ、なるほど。そういうことか。侑さん、本当に俺のこと好きでいてくれるな。俺も負けないくらい侑さんのこと好きだけど!
    「すまん!翔陽くん久しぶりの帰国やし、みんなでワイワイするんが好きなんも分かっとるのに、やっぱり独り占めしたい。」
     そう伝えてくれる侑さんが可愛くて、いじらしくて、我慢できなくなる。愛おしいという気持ちが溢れるって今みたいな事を言うんだろうなって思う。
    「侑さん、俺もふたりっきりがいいです。」
     俺がそう言うと侑さんはキョトンとした後、すごく優しい顔で「ありがとお。」って伝えてくれた。
     侑さんとキスがしたいと思って目で伝えたら、侑さんは誘う様に目を瞑ってくれたから、その大好きな唇を塞ぐ。
     いつかみたいに、お互い同じものを食べて同じ匂いを感じながら求め合ってキスをしてそのまま体を重ねた。
     愛を確かめ合う行為にはいろんな形があることを知っている俺たちが、お互いに優しくし合う夜は甘くて優しくて幸せに過ぎていく。



    ⭐︎⭐︎


     俺はそれから数年後に自分のジャンプ力に衰えを感じてブラジルでビーチにもう一度転向した。侑さんは、何も言わずに背中を押してくれた。
     侑さんはその数年後に膝を壊してしまい第一線を退いて、そのままブラックジャッカルのコーチに転向した。侑さんが誰かに何かを教えると聞いて周りの人からは「大丈夫か?向いてへんのとちゃう?」って心配されたみたいだけど、俺は向いてると思った。侑さんはその人がどういう人なのかすぐ見抜いて、その手を引いて高みに連れて行ってくれる人だから。
     おれの予想は的中して、侑さんは指導力をかわれてそのまま監督になりもうすぐ日本代表監督にも就任する予定だ。
     
     俺達は出会って10年以上経っても結局離れて暮らしている。この生き方が俺たちのスタイルだ。それを寂しいと思う暇がないくらいバレーに携われている俺は恵まれていると思う。そしてその人生で一番大切なものを世界で一番大好きな人と共有できるのは幸せ以外のなにものでもないと本気で思う。
     でも、それでも、他の人との距離感とかブラジルでの生活とかで不意に、ほんの隙に、侑さんの姿を追いかけてしまうことがある。そこにいない侑さんの優しさやありがたさを自覚してどうしようもなく逢いたくなる事がある。
     俺は多分人付き合いは上手な方で、世渡りも多分そこまで下手じゃない。そんなつもりはなくても大胆な行動で周りに心配されるけど確固たる自分を持っていると自慢じゃないけど、自分でも思う。そんなこと多分俺を知っている人はみんな知っている。俺がバレー以外で何かを恋しく思ったり誰かに逢いたいと思うなんて信じないと思う。俺自身最初は戸惑った。侑さんは突然俺の人生に現れて、俺は優しくされて甘やかされて思わず愛の告白をしてしまうくらい絆されてしまった。侑さんは知らない間に俺の輪郭を変えていく。
     でもそれを嫌だとは思ったことはない。だってバレるんだ。毎日画面越しに、時間も季節も距離も越えて、俺が俺自身の変化に戸惑っている事も侑さんの存在がそうさせている事も、全部お見通しだ。その上で「大丈夫や。なんも心配いらんで。寂しい時はお互いの顔見ながらあったかいもん食べようや。」と笑ってくれる。胃が満たされて、心が満たされて、侑さんの肌のぬくもりを思い出して、それだけで俺が肯定される。俺が俺でいるために、必要なもの。侑さんの愛が教えてくれるんだ。そんで、輪郭を変えた俺を俺の生き方ごと包んで大切にしようとする侑さんに、俺も返してあげたいと思うから。


     俺たちは近くにいても、離れていても。

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    mainichi_ponpok

    DONE闇鍋参加させていただきます。R-18ではないです。
    ちょっと長くなったのと、セクシャルマイノリティのセンシティブな部分に触れてしまっている話になってしまったので、ぽいぴくでの投稿にさせていただきました。よろしくお願いします。
    強引な人「いい加減にして下さい。そのノリ面白くないですし、俺そういうの好きじゃないです。気持ち悪いです。」

     最高に調子が良くて気持ち良い勝利に終わった試合の後、更衣室で侑さんに俺の事が好きだと言われて返したのが冒頭の言葉だ。



     恋とか愛とかは難しくてよく分からない。ずっとバレーに夢中だった。男女共に友達は多かったけど、恋愛は20歳を過ぎた今でもしたことはない。でも高三になって背が170センチに届いたくらいの頃から告白をされる様になった。だいたい後輩の一年生。顔と名前が一致しない人と恋人になんてなれないし全部お断りしてたけど、俺より小さくて年下の女の子から好きだと告白されたりバレンタインにチョコを貰ったりすると一晩はその子の事が頭から離れなかった。それからは自分がそういう対象で見られる事もあるんだって意識する様になった。そしてブラジルに行くともっとそれが顕著になっていった。流石に女の人じゃなくて男の人からの方が多くなったのは自分でもびっくりした。でもブラジルは同性婚も認められてるくらいの国だもんなって特に深くは考えなかった。だけど、配達のバイトのお客さんと意気投合してそのまま家に誘われて、ベットに押し倒されそうになって間一髪で逃げおおせた時は本気で怖くて、帰った後ホッとして情けないけどちょっと泣いた。
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    DOODLEツムとショヨが一緒にご飯食べてるだけの話。
    全年齢ですが嘔吐表現があります。苦手な方は気をつけてください。
    Vリーグの知識、関西弁共にあいまいです。ブラジル料理についてはよく行くブラジル料理屋にあるメニューの知識がすべて。
    ツムの欲望と愛がショヨを絆していくみたいなのがテーマでした。
    近くにいても、離れていても。 長い1日を終えて帰路に着く。「今日は少し冷えるな。」一人だと思わず母国語が口からとびでる。息は白い。雪国生まれだからこのくらいの寒さには慣れているけど、未だにブラジルに冬があることを不思議だなーと新鮮に思う。だって、一年中カーニバルしてそうじゃん?
     やっと家に着いて、うがい手洗いを済ませて、風呂の準備をする。ビーチバレー修行に来てたときは湯船に浸かるなんてなかなか出来なくてシャワーだけで済ませるしかなかった事をふと思い出す。そのままだと身体が硬くなるから母さんに送ってもらった湯たんぽを抱きしめて寝る夜もあった。生活のかかったバレーが俺も出来る様になった。日々感謝だ。
     湯船から上がり風呂掃除を終えて、長袖のパジャマに着替える。寒いのには慣れてるけど、慢心なんて出来ないことももう知っている。
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