燃え盛る炎のような試合だった。全身の血液が脈を打ち、体の中が沸騰しそうなほど熱く、それでいて最高に気持ちのいい試合。
額から流れる汗を拭って、オレは目の前で戦闘不能になっているエースバーンへと近づく。オレが近づいてきたのがわかったのか、申し訳なさ気にこちらを見上げる姿に思わず笑いそうになった。的確な指示を出せなかったのはオレなのに、なんでオマエが申し訳なさそうにするんだぞ。
「お疲れ様。エースバーン、サンキューな」
膝をつき、専用のボールを取り出して淡い光と共にエースバーンはボールへと戻っていく。寂しげに微笑みながら、オレは立ち上がった。目の前にはダメージは受けているがまだ戦えると言わんばかりにこちらを見据えるインテレオンとその相棒であり、最高のライバルであるユウリがいる。
汗だくになっている彼女はダークブラウンの瞳を大きく見開き、唇を震わせている。きっと今の状況を理解するのに時間がかかっているのだろう。
セミファイナルはユウリの勝利で幕を閉じた。
この数日間、お互いに何度もバトルをした。
旅に出る前に、旅の途中に、そして今も。
そのすべてでオレはユウリに勝てなかった。引き分けに持ち越すことすらできず、圧倒的な力の差を見せつけられた。初心者トレーナーで、今回の旅で初めてバトルを経験したユウリ。もはや天賦の才といってもいい。それほどまでに彼女は強かった。
「ユウリ、サンキューな! オマエがいてくれたよかったぞ!」
「……ほっぷ、わたし……」
「おいおい。勝ったオマエがなんで泣きそうなんだよ。ほら、次はジムリーダーたちと試合だろ?」
今にも泣きだしそうなユウリは眉根を下げて、綺麗なダークブラウンの目尻に涙をためて堪えている。手を伸ばして頭を撫でてやりたい。「大丈夫だぞ」といって安心させてあげたい。けれどここはバトルフィールドで、試合が終わったばかりだ。
「ジムチャレンジをクリアしたポケモントレーナーたちによるセミファイナルトーナメント。勝ったのはっユウリ!!」
実況しているアナウンサーの声がマイク越しに音割れするほどの大音量で流れる。その声にびっくりしたのか、泣きそうだったユウリの涙はひっこめた。
「ソニアから英雄になれるかもとか言われても正直ピンときてなかったけど……オマエならなんだかとんでもないことをするかもな! おめでとうだぞ! ユウリにインテレオンたち!!」
心からの賛辞だ。だって彼女は実際、すごい。
ここに立つのはオレだって緊張していたのに、ユウリはその緊張を最初の時点でかなぐり捨て堂々とバトルフィールドに立っている。細い足で立ち、細い腕でボールを投げて指示を飛ばす。
何度も見てきた光景なのに、どこか懐かしさを覚える。
試合後、オレはシュートスタジアムの外に出て、スタジアムに寄りかかる形でぼーっと空を見上げていた。
これでオレのジムチャレンジは終了だ。そう思うとスッキリするような、まだまだやりたかったという諦めの悪さが滲み出る。でも、どうしよもうできないのも事実だ。
「ホップ」
「……ユウリ、お疲れ様」
目の前から名前を呼ばれ空から顔を呼ばれた方向へ向ければ、いつものワンピースと上着を羽織ったユウリが立っていた。
「ジムリーダーとの試合は明日だって」
「そっか」
そのままユウリはオレの隣に一緒に立つ。シャワーでも浴びたのだろうか、ほのかにシャンプーのいい香りが漂う。
沈黙が生まれた。この先の続きがうまくでてこない。
空は夕映えが綺麗なオレンジ色だったけど、その色を隠しネイビーブルーに染まりつつある。
シュートシティは都会のため、ハロンタウンのような星はあまり見られない。高いビル群が連なっているせいだろうか。もうあと数分もすれば辺り一面夜の世界がやってくる。
「…………ホップ」
「どうした?」
「…………ありがとう。試合、楽しかった」
そういったユウリはにこりと微笑んだ。その顔が、とても綺麗で、見惚れそうになった。
「……うん、オレこそありがとう。オマエと試合ができてよかった。オレのライバルがユウリでよかったぞ」
夜がくる。
オレンジがネイビーブルーに塗りつぶされ、空には光り輝く星々が煌めきだす。まるで、旅に出る直前に見つけた〝ねがいぼし〟のような輝きをまとって。
「もう暗くなってくるし、帰るか」
「そうだね。ホップ、一緒に帰ろう」
「ああ」
立ち上がったユウリはそのままシュートスタジアムの階段を下りて、そらとぶタクシーが停まっている場所まで真っ先に向かった。その後ろ姿を追いかけながら、オレは――。
鬱蒼と茂った森の中。野生のポケモンたちが思い思いに暮らしているこの土地に、オレは一人で立っていた。
セミファイナル終了後、オレたちの周りは怒涛のいろいろなことがあった。
ローズさんがムゲンダイナとかいうポケモンを目覚めさせてしまったせいでガラル中大パニックになってしまい、兄貴がそれを止めようとしたけど逆に大怪我を負ってしまった。その場に居合わせていたオレとユウリでなんとか相手したけど全然勝てなくて、でもそこに伝説のポケモンであるザシアンとザマゼンダが加勢してくれた。
結果、ユウリがムゲンダイナを捕まえてくれた。
やっぱり、ユウリはすごい。オレも傍にいたけど、きっとオレじゃダメなんだ。あそこにいる資格も器も、ユウリにある。
兄貴のようになりたかった。兄貴の顔に泥を塗るような真似、したくなかった。ビートにも散々言われたが、オレはオレ自身のためにジムチャレンジを続けて、オレのために兄貴を倒したかった。けれどもその夢は叶わなかった。
また来年もジムチャレンジに参加しようかと思ったが、相手はユウリだ。ムゲンダイナを捕まえた後、まだ安静にしていなきゃいけない兄貴が無理をしてユウリとバトルし、結果的にユウリが勝利を収めた。
今日からユウリはガラルの英雄で、チャンピオンだ。
そんな彼女に今の実力で勝つなんて到底無理に決まっている。
では諦めるのかといわれれば、それもなんだか違う。
なにか、もやつく感情が心の中にあって、けれどうまく言葉にできなくて、喉に張り付いて取れない。
「――ホップ」
ハッと誰かに名前を呼ばれて振り向けば、そこにはユウリが立っている。なんでここが……。
「ユウリ……どうしたんだぞ、こんなところに」
「ホップこそ」
「オレは考え事。ここは静かだからな。考え事をするのにぴったりだぞ! ユウリ、優勝おめでとう」
「……うん、ありがとう」
まどろみの森の最深部に位置するこの場所は本当に静かだ。聞こえてくるのはとりポケモンたちの囀りや近くを流れる小川のせせらぎ。人が寄り付かない場所だからか、道も塗装されておらず、獣道のままだ。
そのままユウリはオレの傍まで近づいて、なにを言いたげに胸の辺りで手を動かしている。
「まさかオマエが無敵の兄貴に勝っちゃうなんて。すごいぞ! すごすぎて……わからないぞ」
最強に打ち勝った少女。
隣の家に引っ越してきて、ポケモンバトルも知らなかった、友達でライバル。常に隣にいて、一緒に旅に出て、ここにくるまで色々なことを体験した。きっとこれからも体験するはずだ。
「ユウリ……もう一度、オレと勝負をしてくれ」
オレの言葉にユウリは顔を上げ、こくりと頷く。
「だー! また勝てなかった……サンキュー、ユウリ」
「こちらこそ。ホップとまた戦えてよかった」
地面に直に寝転がったオレの横に座って、ユウリはくすくすと笑う。まだあどけなさの残る顔だが、笑う顔はやっぱりかわいい。