お弁当と恋心 「あれ、モラン先輩今日はコンビニ飯じゃないんですね」
机の上に広げた弁当箱を見て、隣の席に座る後輩─ルカ─がオレに声をかける。
「そうなんだよ〜コンビニ飯じゃ栄養が偏るからってわざわざ作って持たさせてくれたんだ」
「へー……それ作ったのって、もしかして彼女さんですか?」
「え?違う違う、彼女じゃなくて親友のお母さん。オレの事昔から知っててさ、最近忙しくてゆっくりご飯も食べてる時間ないんだ〜ってボヤいてたら、親友の分と一緒にオレのまで作ってくれたんだよ」
「そうなんですか」
「うん」
我ながら、よくもまぁスラスラとこんな嘘が言えたものだなと思った。親友の、というところまでは本当。そこは嘘じゃない。だけど、実際は彼の母親ではなく彼の兄─ユアムさん─がこの弁当を作って持たせてくれたのだ。ルカは仲のいい後輩だし、別に本当の事を言ってもよかったのだけれど、ルカもよく知るあの人と自分の話をするのは少し恥ずかしかった。それは多分、自分があの人に好意を抱いてしまっているからだと思う。
(……美味しいな、ユアムさんの作ったお弁当)
出勤前に持たせてくれた弁当を食べながら、昨日の事を振り返る。昨日はユアムさんの家に招かれ、ミナアとオレ、ユアムさんの三人で一緒に食事をした。ユアムさんはミナアの親友、つまりはオレの事が前から気になっていたらしく、いつか家に呼んで欲しいと彼に言っていたそうだ。だけどミナア本人から紹介される前にオレ達が出会って仲良くなっていたので、合流した時のミナアの驚きぶりは凄かった。オレも最初、ユアムさんがミナアのお兄さんだって聞いて凄く驚いた。血の繋がってないお兄さんが居ることは聞いていたし、家族仲がいい事も知っていた。だけどまさかそのお兄さんがI.DOL所属の隊長だったなんて。しかもめちゃくちゃカッコイイ。女の子みたいな感想だけど完全に一目惚れだったし、心まで撃ち抜かれてしまった気がする。
あの騒動が収まり各自解散の流れになった時、色々落ち着いたらまた三人で会おうと約束をしていて、昨日は丁度その約束の日だった。親友とそのお兄さんと一緒に食卓を囲むという夢みたいな時間を過ごし、その日はそのまま泊めてもらった。皆次の日も普通に仕事だったのだが、ユアムさんが折角だからと上質なワインを開けてくれて、飲みすぎない程度に晩酌をしたのだ。いい感じに酔いが回り、もうこのまま泊まっていけば?とユアムさんが話を持ち出しミナアもいいよと言ってくれたので、オレはその言葉に甘える事にした。
昨夜はミナアの部屋で寝かせてもらって、今朝は朝ご飯も一緒に食べさせてもらった。昨日の晩御飯もそうだったのが、この家の料理当番は主にユアムさんなのだそうだ。最初は出張などで家を空けがちな両親に変わってユアムさんが料理するようになったらしいのだが、次第に料理の楽しさに目覚めていったと話してくれた。あとは自分のボディメイク用の食事のことを考えたら、できあいのものじゃなく自分で作れた方がいいという考えにも至ったらしい。
朝ご飯を食べて各自出勤に向けて準備をしていると、台所にいたユアムさんに声をかけられた。
「モランくん、ちょっとこっち来て」
「はーい」
台所に向かうと、そこには二人分の弁当箱が置かれていた。
「ユアムさんこれは?」
「君たちの今日のお昼ご飯」
「へ?!」
二人分だからてっきり片方はユアムさんので、もう片方はミナアのものだと思っていたから、自分とミナアのだと言われてオレは思わず声を上げて驚いてしまった。
「中身は同じだから、片方はミナアに渡してあげて」
「わ、分かりました。え、でも、なんでオレの分まで……」
「なんでって、君の食生活が心配だからだよ。朝はあんまり食べない、昼も夜もコンビニ飯で済ませてる、なんて話聞いちゃったら何もせずにはいられなくてね」
そういえば、昨日そんな話をしたような気がする。ユアムさんの作る豪華な夕食が美味しくて、いつもはコンビニ飯だから誰かの手料理を食べるのは久しぶりだ、なんて言ったと思う。軽く酔いが回っていたので少し記憶は曖昧だけど。
「モランくんみたいな研究職の人達は僕らみたいに何を食べたら身体にいいとかあんまり考えないのかもしれないけど、それでもちゃんと栄養を取らないと頭が回らなくなるでしょ。忙しいのは分かるけど、もう少し自分の事も労わってあげてね」
はい、と言いながらユアムさんがオレの手に弁当箱を乗せる。ユアムさんの優しさと温かさに触れて、まだ朝だというのにちょっと泣きそうだった。本当に、いいお兄さんなんだなと思った。
「あ、そういえば」
「?」
「モランくん、昨日ミナアの部屋に行く前にリビングのソファーで寝ちゃってたから僕が部屋まで運んだんだけど、思ってたより軽くてびっくりしちゃった。不健康体って訳じゃなさそうだけど、もうちょっと筋肉付けてもいいんじゃないかな。オススメのトレーニングとかジムとか、知りたかったら今度教えてあげる」
そう言いながらユアムさんはオレの横を通り過ぎて自室へと帰っていってしまった。
(え……今の何?ていうかユアムさんオレの事運んで……え?)
確かに、朝起きたらミナアの部屋で寝ていた。それは確かだ。だけど、ミナアの部屋に自分の足でたどり着いたかと聞かれれば自信が無い。別に泥酔していた訳でもないのに、人様の家のソファーで寝落ちしてしまうなんて……。やはり不規則な生活をしていたのがよくなかったのだろうか。いやそれよりも、オレみたいな成人男性を持ち上げて軽いと言ってしまうユアムさんのスマートさにオレは言葉を失っていた。
(……カッコイイな、ユアムさん)
初めて会った時からずっとそう思っていたけど、もう彼に対する気持ちは、憧れという言葉だけで片付けられるものではなくなってきている。まだ確信は無いけど、恋愛的な意味で彼のことが好きなんだと思う。
(これ、返しに行かないとな)
食べ終わった弁当箱を片付けながら、ユアムさんの事を考えて顔が火照る。マズイ。これじゃ完全に恋する乙女のそれじゃないか。もういい歳した大人なのに。別に恋愛初心者でもなんでもないのに、なんで今更こんな……。
「うーーーん……」
「モラン先輩?」
「ルカぁ……AIに悩み相談したら、いい答えって返ってくると思った思う?」
「え、そりゃぁまぁ……ていうか急にどうしたんですか先輩。悩み事ですか?」
「まぁそんな感じー……」
「オレでよければいつでも話聞きますよ」
「えー!ルカ優しい!ありがとう!でも今は大丈夫。話せそうになったら話すよ」
「ははっ、分かりました」
後輩と他愛のない話をしながら、午後の仕事を再開した。だけど、オレの頭の中はまだユアムさんの事でいっぱいで、次に会う時どんな顔をして会えばいいんだろうという事ばかり考えていた。