月夜と吸血鬼達「あ、今夜は満月だ」
城内から夜空を見上げてそう呟くと、ユキさんがオレの後ろから手を伸ばし、窓のカーテンを閉めてしまった。吸血鬼は明るい所が苦手だし、例え夜だとしても満月の夜はそうでない時と比べるといくらか明るい。だからユキさんは、満月の日にはほぼ必ず城内の窓のカーテンを閉めて回っている。
でも、彼がそうする理由が月の光が眩しいからだけではない事を、オレは知っている。その事を知ったのは、彼と一緒に暮らすようになって初めて訪れた満月の夜の事だった。
その日も今日と同じように、夜空には綺麗な満月が浮かんでいた。周りを森で囲まれた城内から見上げる夜空は村にいた頃とは比べ物にならないくらい綺麗で、オレはしばらくその光景に夢中になっていた。
窓から月夜を眺めていると、突然ユキさんがオレの元に駆け寄ってきた。そしてオレの事を後ろから抱きしめると、空いている方の手で勢いよく窓のカーテンを閉めてしまったのだ。突然の事にオレは何が起きたか分からず、ただただ驚くことしか出来なかった。
「え、あの、ユキ、さん……?どうしたんですか?」
ユキさんはオレを腕の中に閉じ込めてから何も言わなくなってしまったので、オレは恐る恐る彼に声をかけた。すると、ユキさんはハッとした顔をして、ゆっくりとオレから腕を離していった。
「あ、あぁ……ごめん、驚かせちゃったね」
「いえ、オレは大丈夫です。むしろユキさんこそ大丈夫ですか……?浮かない顔してますよ」
振り返った先でオレの視界に入ってきたユキさんの顔は、不安と焦りが入り交じったような曇り顔だった。それはいつものユキさんならあまり見せることの無い、珍しい表情だった。
「……そう?僕そんな顔してる?」
「はい……自分じゃ見えないですもんね」
「そっか……顔に出てたのか……」
「……何か、ありましたか?」
なかなか表情が晴れないユキさんの頬に触れ、彼が今こうなっている理由を尋ねる。ユキさんは重たい口を開くと、ポツリポツリと話を始めた。
「……モモは、あの日─モモが危ない目にあった日の月がどうなってたか、覚えてる?」
「えーっと……あんまり……」
「そう。あの日もね、今日みたいな満月だったんだ」
ユキさんはまた悲しそうな顔で月を見上げ、少し震える手でオレの手を取った。
「満月の夜って、そうじゃない日よりも明るいから、普段なら見えないものまで見えてしまうんだ。あの日、モモが森に入るのを見られてしまったのも、きっと満月の光が森を照らしていたせいだと僕は思ってる。それに、昔から月は不思議な力を持つと言われていてね……人を惑わすとも言われているんだ。だから、あの日モモを襲ったヤツらも皆月に惑わされてたんじゃないかって……」
「ユキさん……」
「ここまでの話でもう気付いてるかもしれないけど、僕はあの日から満月の夜が怖いんだ。またあの日みたいにモモが酷い目にあったらどうしようって、つい考えてしまう。だからさっき、月を見ているモモを見ていたら、考える前に体が動いてた。なんとかして月からモモを守らなきゃってね」
話し終えたユキさんは、またごめんねと謝りながらオレを強く抱き締めた。いつも凛としていてかっこいいユキさんだけど、今だけはほんの少しだけ可愛らしく見えた。そしてこう言っては失礼だとは思うが、より愛おしくも思えた。悪魔だと恐れられるユキさんにも怖いものがあったんだな、とオレはこの時初めて知った。
「あの、ユキさんって、もしかしてかなりの心配性ですか?」
「……分からない。でも、そうなのかもしれない。お前に何かあったらって思うと、気が気じゃないんだ」
「自覚があまりないみたいですけど、もう答えは出てるみたいですね。そういう感情を、人は"心配"と呼ぶんですよ」
「そう、なんだ」
「はい」
オレの肩口に額を押し付けてくるユキさんの頭を撫でながら、もう片方の手で彼の背中をさする。オレなら大丈夫、ここにいるよ、もうどこにも行かないよと伝えたくて、彼に優しく触れた。ユキさんは、いつもの柔らかい声でありがとう、と呟いていた。