鉛疲れた。寂しい。悲しい。しんどい。
どれとも言えない得体の知れない呪いじみた重さに身体を引きずり、辿り着いた扉を縋るように叩いた。
『ファウスト、入れて』
誰かと思うほどに声は弱々しく、土砂降りの中で途方に暮れたように佇むネロを、ファウストは黙って部屋に入れた。
ぽてぽてとベッド脇に歩み寄り、そのまま落ちるように床に腰掛ける。冷えないようにと部屋を魔法で暖めても良かったけれど、今のネロに必要なのはそんな即物的な暖ではないだろう。ファウストは自分が羽織っていたケープをネロの身体にそっと掛けた。
「寒くない?」
膝に顔を埋めてしまったから表情は見えないけれど、僅かに頭を上下させたのが分かった。
それからは、何も聞かず、ただぴたりと隣に寄り添って座った。
多分、ネロ自身も今どうして自分がこんなにしんどくなってしまったのかを分かっていない。分からないのに、心ばかり辛くて悲しくてしんどくて、目に力を入れていないと涙がぼろぼろ零れてきそうになる。分からないことは恐怖を纏い、心をじわりと侵食しうるものだ。何かの糸が一思いに切れてしまったのか、擦り切れて擦り切れて遂に切れてしまったのか。考える気力も今のネロには残っていない。
寂しさも悲しみも、感じる心の持ち主だけのものだ。聞いたところでその所有権をネロから移すことはできないのだから、ファウストは何も聞かない。
そう、何も聞かない。
だからこれはファウストの独り言だ。
──きみが、ああこれはひとりでは抱えきれないとか、持ちたくないと思った時、一緒に抱えてあげるなんて傲慢な約束はしない。
でも、そうなってしまった時に、いちばんに声をかけるのが僕であると嬉しい。
きみの心は抱えられないけど、きみ自身を抱えて箒に乗ることはしてあげる。
心とは、ほとほと厄介なものだ。
実体が無いくせに、どうしてこんなにも重い。
「……先生、俺抱えたら潰れそう」
長い沈黙を経て、ふは、とネロが弱々しく笑った。抱えた膝からあげた顔は半分前髪に隠れているが、ほんの僅か、憑き物が落ちたような目をしている。
「魔法で猫にするから問題無いよ」
「そ。……せんせ、ちょっと」
肩貸して、と顔を埋める。泣けないなら厄介だなと思ったけれど、肩口が湿った感覚がしたので、ファウストは少しだけ安心した。
泣けるなら、まだ心は枯れていない。