装飾品に係る小話「ネロ。それを貸してほしいのだけど」
「ん?どれ」
それ、とファウストはネロの左腕、二本のシルバーのバングルを示した。依頼に向かうための服装に着替える時以外は、基本的にいつもネロが身に着けている。
「これ?いいけど、どうかした?」
「特に何も。強いて言うのなら、きみが僕のサングラスをこっそり掛けてみたりしているのと同じ好奇心」
「うわ、ばれてたの」
「ばればれだよ」
軽口を叩き合いながらネロはバングルを一本ずつ腕から外し、向かいに座るファウストに差し出した。特に面白みのあるものでもない、と思うけれど、ファウストが興味を示すならば与えない理由がない。見慣れたものが無い腕はいつもより殺風景に映り、己の身体ではあるが少しの新鮮さを感じる。
普通に手を通せばいいの、と手袋越しに受け取ったファウストは暫くの間物珍しそうにしげしげと眺めていた。それで大丈夫だよとネロが告げれば、初めて触れる道具を稼働させるような丁寧な手つきで手を通す。他人のものでも自分のものでも、どんなものでもファウストは丁寧に扱う。
バングルはするりと素直にファウストの腕におさまった。ネロの腕には丁度良いサイズであったそれらはファウストが着けると随分と余裕があり、肘の辺りまでするするとおりてきてしまう。
「ふふ、ぶかぶか」
「ファウストほっせぇからな。もっと食えよ」
「ネロの料理が美味しいから、以前よりも随分と食べているよ」
ほのかにネロの体温が残るバングルをファウストがそっと指で撫でる。魔道具でもなければ名のある工房の手掛けたものでもない、何の変哲もないバングルだ。それなのにファウストがあまりにも大切なもののように触れるから、まるで聖人が身に着けていた尊いものであるかのように錯覚してしまう。
「きみが僕に触れてくれる度に思っているけど、ネロは身体つきがしっかりしているんだよ。陰気で引き籠りの僕と違って」
骨の太さと筋肉の付き方かな、とファウストは自身の腕とネロの腕を見比べる。毎日魔法舎の皆のために腕をふるう働きものの身体がファウストは好きで、そんなネロの身体を彩るものに単純に興味が湧いたのだという。自分に向けられた純粋な好意と好奇心とを、ネロは暫し噛み締めていた。
ひとしきり満足したファウストは、ありがとうと礼を言いながら腕からバングルを抜いた。
「ネロ、腕を出して。着けてあげる」
バングルで遊ぶファウストを眺めていたネロは、右腕で頬杖をついたまま左腕を差し出した。白い手袋で恭しくはめられていく光景は上等な店で品を仕立てたようで、胸の奥がこそばゆい気持ちになる。
「……うん、やっぱりネロの腕にある方がいい」
元通りになった腕に満足するように、ファウストはバングルとネロの手首をするりと撫でた。ネロは左腕を伸ばしたままファウストのその手を取り指を絡めた。新鮮な殺風景さは失せ、ネロの硬く、健康的な腕に再び二本のシルバーがきらりと光っている。
「なあ、ファウスト。あんたに似合うやつを見繕ってきたら、貰ってくれる?」
白いファウストの腕に、冷たく光る銀の腕輪が二本。悪くないな、とネロは先ほどの光景を思い返していた。シルバーは洗練された美しさを感じるが、ファウストが着けるのであればもう気持ち細身のものの方が引き立つかもしれない。色味が淡い服を着る際に合わせるのであれば、控えめなゴールドを身に着けても似合いそうだ。
アクセサリーは腕に限らず、足、首、耳、それから指と、様々存在する。きっとファウストに似合うものがあるはずで、それを見つけて贈るのは自分でありたいと思った。
「僕に?約束はしないけど」
「何でもいい?」
「きみの選ぶものに間違いはないと思っているよ」
例えばここにはめるものでもいいかな。なんて期待は口にせず、ネロはファウストの薬指の付け根を撫でた。