クイーンよりダブルがいい「…………」
夢の世界に身を任せていた頃、意識の淵でコンコン、とノックの音を聞いた。ぼんやりと意識が浮上する間にベッドの傍に辿り着いた人の気配は、横たわるファウストに視線を合わせるようにしゃがみこんでいる。
「……ネロ…………?」
こじ開けた瞼は裏側と等しくまだ薄暗いまま。カーテンも閉められた明かりのない部屋の中で、ネロの両の瞳だけがしっとりと光る。ファウスト、と囁く声は夜風が吹けば途端にかき消されてしまうように儚く、かろうじてファウストの耳にしがみついている。
「……どうしたの、」
「…………」
「……そんなところにいたら、ひえるよ」
冷房をつけなければ寝苦しい程の夏夜にあって、身体を冷やすなどとおかしなことを言うものだと自分を笑える程度には頭が覚醒してきたらしい。身体を端に寄せて空間を確保すると、ファウストはそっと布団を捲りあげた。
「おいで」
己の体温であたためられて湿った空気が少しずつ逃げていく。少しだけ躊躇う様子を見せたネロは、ややあってファウストの隣に潜り込んだ。
ひとつの枕とひとつの布団を二人で分け合う。ファウストだけの温度で満たされていた夜に、徐々にネロのものが混ざりゆく。
「ねむれないの」
「ん…………」
「さみしい?」
前にもこんなことあったね、と解かれた空色の髪を撫でる。あの時は電話をして、終電間際にほとんど着の身着のまま訪ねてきた彼を寂しさごと抱き締めるように寝た。まだ二人が別々の住処で生きていた時のことだ。
同じ屋根の下で生きるようになってからも、ネロは時折こうしてファウストのベッドにやってくる。最初の頃は、一緒に寝て、とネロがファウストを呼びに来ることが多かった。いれて、と夜中に起こしてしまう後ろめたさと寂しさを内包した不安定な表情でねだりに来るようになったのは、最近のこと。
寂しさには二つある。満たされない故の寂しさと、満たされた故の寂しさ。
共にいることで、一人満たされない寂しさはその姿を潜めた。共にいるから、二人で満たされた日の締めくくりを、無防備になる夜を別々に過ごすことに寂しさを覚えた。甘えん坊のようでネロはこの感情をあまり良く思っていないが、親しくなる前は何事に対しても動かされない能面のようだったネロの心を、ここまで人らしくした己の功績をファウストは密かに誇っている。
「明日、でかけようか」
「……どこに?」
月曜日だし映画でも観んの?と問うネロに、それもいいねと返す。予約が当たり前の世の中で、その場の気分で観る作品を決めるのもいいだろう。思ったものと違った不満や想像以上に満たされた興奮を、頼んだアイスコーヒーの氷が溶けて薄くなるまでゆっくり語らうのもいい。
けれどもまず、映画では満たせない心の領域を埋めようと思う。落ちそうなくらい端のぎりぎりに横たわるネロを、もっとこっちにおいでと手脚の四本を使って抱き寄せる。
「二人で寝られる大きいベッド、見に行こう」
抱えて眠れるような楽しい思い出が無くたって、僕が抱き締めて眠りへと導いてあげられるように。