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    sigu_mhyk

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    1日1ネファネチャレンジ 71
    現パロ ネロファウ

    ##1日1ネファネチャレンジ

    Give me your ring finger.「いい式だったね」
    共通の友人が遂に籍を入れ、式を挙げると聞いた僕達はそれはもう驚く程の行動力をもって有給申請から宿の手配までを行った。
    大事な友人が世界で一番幸せな瞬間を共に祝いたくて、妙に張り切ったその気持ちはネロも同じだった。なんせ、彼が荷造りを一週間前から始めたくらいだ。圧縮袋に入れてしまえば通勤鞄に入ってしまう、たかが一泊の普段着一着と下着が大事そうにキャリーの横に置いてある光景はなかなかしみじみと趣のあるものだった。
    「な。親御さんでもないのに、なんか感慨深くなっちまったよ」
    会社の飲み会では絶対に参加しない二次会に足を運び、二次会どころか三次会まで参加して。
    幸せに包まれたアルコールと食事と、新婚夫婦から頂いた有り余る程の幸福でおなかいっぱいになった僕達は、それでも飽き足らずコンビニで安酒を買ってホテルのベッドで乾杯し直している。揃いで買ったフルオーダーの上等なシーツのまま、髪型もセットしたまま。満たされた心身には一本二百円弱の安酒でさえシャンパンに等しい味わいになる。

    今日はいい日だ。本当に。
    都心部の、ほんの少しだけ奮発したごくごくありふれたホテルの一室。ツインじゃなくてダブルの部屋に二人。電源だけが入った備え付けの液晶テレビが静かにBGMを流している。

    「なぁ、ファウスト」
    余韻に浸っていた僕たちの間に暫し流れていた穏やかな沈黙をおずおずと破ったネロは、どうしたのと視線だけで問いかけた僕の顔をじっと見つめる。
    ゆらりと黄金色を揺らしながら、口を開きかけては戸惑うように閉じるを繰り返す。何か大事なことを言おうとしている時の、ネロの癖だった。頭の中で言葉を組み立てるのに時間がかかるのだと昔言っていて、それは真摯に、丁寧に心を伝えようとしていることの表れだから、ファウストはいつも言葉が出てくるのをじっと待っていた。
    自分の手と、僕の手から飲みかけた缶を回収してベッドサイドに置いたネロは、まるでこの世で一番大切で、儚いものを恐る恐る取るように僕の左手をとった。あのさ、と触れる手の温度が上がった気がする。
    「俺も、ファウストのここ……ほしいな」
    するりと撫でられる、薬指の付け根。
    言いたい内容はひとつで明確なのに、それを伝えるために明確な言葉を避けるのがネロらしくて、ずるいと思う以上になんていじらしいんだと愛おしさで胸が潰れそうになった。
    「……だめ?」
    僕がだめって言うと思っているなら、その目は節穴かって怒るところだ。
    アルコールの勢い任せでないことは分かっている。二次会も、三次会も飲み方を弁えていて、コンビニで「俺がレジ行くから」と奪うように持ち去られたカゴの中身がノンアルコールの缶チューハイだったことには気付いていた。友人の結婚式の熱に充てられたのかもしれないけれど、そんなことはどうでもいい。きっと、ずっとどこかで言おうとしてくれていたのだろう。世の中には沢山のスイッチが転がっていて、ネロの背中を押したのはたまたま分かりやすい出来事であっただけだ。
    「欲しいの?」
    「うん」
    「そう」
    「……うん」
    「いいよ、あげる」
    ネロにあげるよ。そう答えた僕に向けてネロがぱかりと目を見開き、揺れる黄金色に途端に困惑の色を滲ませた。欲しいというくせにいざ差し出されると驚いて、恐縮してしまって、数歩後退りしてしまうところも変わらない。変わらないところを傍でずっと見てきた。
    お付き合いを始めて、一緒にひとつ屋根の下で暮らすようになって、僕達はもう二桁の年数が経過する。普通の人だったら待ちきれない程の時間を僕はネロの隣で待ち続けた自負があるし、待たせた自覚をネロは持つべきだ。責めているわけじゃない。僕が十年も『待ってもいい』と思えるほどの人間なんだよ、と自覚して、それだけ僕に愛されていることをもっと思い知るべきだ。
    「その代わり、ネロのここは僕にちょうだい」
    後退りを許さないようにネロの左手の薬指をお返しのように掴んで、撫でる。
    僕より骨が太くて節くれだつ指。指輪のサイズはどのくらい違うのだろう。銀の腕輪が似合うから、同じような銀の指輪もきっと似合うだろう。
    そう考えたら、ここに指輪がないことの方がおかしく思えてきた。
    「……欲しいの?」
    「うん。欲しいよ」
    「……貰って、くれんの」
    「欲しいんだよ、僕が」
    「…………そっか、」
    「もう。自分で言っておいて、泣かないの」
    だって、とほろりと涙を零し始めたネロを笑いながら抱き寄せた。背中に回された腕が痛いくらいに締めつけてきて、苦しいよとまた笑ってしまう。
    幸せだと嬉しくて笑う僕とは違い、ネロはほろほろと泣いてしまう。これも、重ねてきた年月の中で知ったことだ。最初に泣いたのは、確か初めて身体を重ねた時だっけ。
    「きみは、時々びっくりするくらいなきむしだね」
    「……だって、」
    「うん、いいよ。分かってるから」
    分かっていることも沢山あるけれど、分からないこともまだまだ沢山ある。それはこの後、少しずつ知っていけばいい。これからも人生は数十年とまだ続く。
    ……そう、続くのだ。互いのいちばん心臓に近いところを明け渡しても、証をはめ込んでも、役所に届出をしても、それが人生のゴールじゃない。人生はこれからも続くし、続けなければいけない。恋人から名前が変わった新しい人生に何が待ち受けているかは未知数だけれど、この先もネロと一緒なのだと思うだけで、こんなにも僕の胸はときめく。
    「ネロ」
    「ん……」
    「ありがとう。僕を選んでくれて」
    何十億の中から、僕を見付けてくれて。
    そう告げたら腕の中の人はまた泣き出してしまったので、僕は彼が泣き止むまで背中をさすり続けた。

    ネロがここまで号泣したのは、後にも先にもこの時だけだったね。
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    sigu_mhyk

    DONE1日1ネファネチャレンジ 85
    魔法舎 ネロ+ファウスト(まだ付き合ってない)
    発火装置晩酌の場所が中庭からネロの部屋に。
    テーブルに向き合って座ることから、ベッドに並んで座るように。
    回数を重ねるごとに距離は近付き、互いの体温も匂いもじわりと肌に届く距離を許してもなお、隣に座る友人の男は決心がつかないらしくなかなか手を出してこない。
    手を僅かに浮かせてこちらに伸ばすかと思えば、ぱたりと諦めたように再びシーツの海に戻る。じりじりと近付きながら、数センチ進んだところでぎゅうとシーツを握り締め、まるでそこにしがみつくように留まる。
    ベッドについた二人の手の間、中途半端に開いた拳ひとつ分の距離。ネロの気後れが滲むこの空間をチラリと視線だけで伺って、密かに息をついた。
    よく分からないが魚らしき生き物も、毒々しい色をした野菜らしき植物にも。鋭く研がれた刃物にも、熱く煮えた鍋にも、炎をあげるフライパンにすら恐れることなく涼しい顔で手を伸ばすネロは、そのくせファウストの手を同じように掴むことができないでいる。刃物よりずっとやわらかく、コンロに灯るとろ火よりも冷たいファウストの手は、ネロの手の感触を知らないで今日まできた。
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