「またこれか…」
「互いを泣かせないとって…今回も難題だね」
「老温」
「うん?」
「泣け」
「…阿絮?」
「いいから泣け。お前、泣くのは得意だろ」
「ちょっと待って…阿絮の私に対する認識がおかしくない?」
「なんだ、泣けないのか」
「逆に聞きたいよ、なんで阿絮は私ならすぐに泣けると思うの」
「お前、最近は酔ったらすぐに泣くじゃないか」
「…………は?」
「もしかして覚えてないのか老温」
「……………」
「最近のお前は酔うと俺の名を何度も呼びながら涙ぐんで…」
「あぁぁぁあしゅっ!」
「ん?」
「そっ…それはほら!酔った時の話でしょ…!」
「まぁ、そうだが…」
「それに互いを泣かせないと、でしょ?だったら自分で泣くのは違うよねっ」
「お前…覚えてるな?」
「…なんのこと?」
「なるほど…覚えてないなら聞かせてやらないとな。酔って泣き出すお前の愛らしさなら俺はいくらでも語ってやれるぞ。例えば…」
「ごめんなさい覚えてますっ…だからお願いだからやめて、阿絮…!」
「もしやあれはわざとか?」
「違うっ…それは断じて違うから!断片的にだけれど記憶はある…いっそ忘れてしまいたかったけど覚えてるよ…いつも酔いがさめると後悔してね、次は泣くもんかと思うのに…阿絮を見るとダメなんだ…」
「ずっとそばにいてってやつか?」
「あ〜しゅ〜っ…」
「俺はお前を何か不安にさせたのかと気になってたんだが…」
「不安なんて…逆だよ、ホッとしたんだ。私が谷主だと知っても阿絮は何も変わらなかった。だからこれからも一緒にいられるんだと思うと、嬉しくて…」
「それで泣いたと?」
「勝手に涙が出るんだから仕方ないだろ…」
「…老温」
「…なに」
「ちょっと頬を貸せ」
「え?……痛っ!ちょっ…いっ…いひゃい!いひゃいよっ、あしゅっ!」
「…もうちょっとか?」
「いたたたっ…!」
「あ」
「うぅ…」
「泣いたな」
「酷いよ阿絮…!私の頬、痣になっているんじゃないか…」
「少し赤くなってるぐらいだ、大袈裟な」
「急に抓ってくるから驚いたんだよっ。痛かったし…」
「お前が泣きそうな顔をしてたからもう一押しかと思ってな」
「……阿絮、なんで私から目を逸らすの?」
「そらしてない」
「…耳朶が赤くない?」
「あかくない」
「もしかして照れかくし…」
「また抓られたいのか?老温」
「や、なんでもないです(やっぱり照れてる!阿絮ってばかわいい…)」
「…顔がにやけてないか、お前」
「にやけてない、にやけてない」
「…………」
「でもあれだね、私は阿絮に泣かされたからいいとして…私が阿絮を泣かせるのって…」
「お前も同じことをすればいいじゃないか」
「私に阿絮を抓ろって…?」
「簡単だろ」
「嫌だよ」
「は?なんでだ」
「阿絮の白い肌が赤くなる痛々しい所なんて見たくないし、それこそ痣にでもなったら私は自分を許せない…!」
「痣にならないよう抓ればいいんじゃないか」
「だって泣かせなきゃいけないんだよっ?私は抓られる前にちょっと色々と思い出してて泣きそうだったから泣けたけど抓られた痛みだけで泣くのって相当強くないと無理だからね!?」
「…そうか?いけると思うんだが」
「いや、私は絶対無理だと思う…賭けてもいい。だって阿絮、痛みには強いよね?」
「俺も泣けるように努力する」
「努力でどうにかなるものなの…?」
「だからその切っ掛けとして俺が涙ぐむぐらいまでお前が抓ってくれれば…」
「それが嫌だって言ってるの」
「なら、どうするんだ?他に泣かせる方法なんて俺は思いつかないぞ」
「そうだね…泣く…阿絮が泣く…泣かせる…?………あっ」
「何か思いついたのか」
「…ひとつ、あるかも」
「なんだ?」
「口づけ」
「………………は?」
「だから口づけ。阿絮、私と口づけしよう」
「いやいや待て…どうしてそうなる?」
「息苦しくても涙は出てくるでしょ」
「……………」
「阿絮?」
「っ…………」
「…(阿絮ってば真っ赤!それにもしかして…ちょっと涙目?これはいけるんじゃ…)」
「…おい。なんで腰に手をまわす」
「近づかなきゃ口づけできないでしょ?」
「俺はするとは言ってない」
「じゃあ他に方法がある?」
「だから抓れば…」
「却下」
「俺がいいと言ってるのに…」
「私が嫌だ」
「老温」
「そんな顔で睨まれても怖くないよ。それに…ねぇ、阿絮は今ここで私に口づけされるのは嫌?」
「…その聞き方は卑怯じゃないか」
「だって阿絮がどうしても嫌だって言うのなら無理強いはしたくないし」
「そうなったらどうするんだ?」
「阿絮を口説くよ」
「口説く…?」
「阿絮に好きだってたくさん伝えて、阿絮にも私と口づけしたいと思ってもらえるよう全力で口説く」
「ふっ…くくっ」
「阿絮?」
「ははははっ…!お前っ…真顔で……くくっ…」
「そんなにおかしなことを言ったか?私は本気だぞ」
「あぁ…すまない。そうだな、お前はそういう奴だった」
「あーしゅー?」
「老温、嫌じゃない」
「うん?」
「お前と口づけするの、嫌なわけがない」
「ほんと…?今、してもいい?」
「あぁ」
「…苦しくなるぐらい、するよ?」
「かまわない」
それで俺を泣かせるんだろ?―――と。
悪戯めいた口調で告げた周子舒の言葉は温客行の口に喰われて消えた。