タブー 才能には敵わない。天才には敵わない。
止まらない汗。不愉快な気分を感じる程の余裕も無い。
「いいレースだったよ、○○」
笑顔で、楽しそうに。悔しい私の気持ち何か気づかず握手を求めてくる。それが気に食わない。
格好いい横顔も、無邪気に笑う笑顔も、雨に濡れているミステリアスな部分も。気に食わない。
けれど、それは口から吐き出せないコールタールのような真っ黒な気持ち。
『おめでとう、ミスターシービー』
だから、涙を汗と偽って彼女の手を握る。疲れ果てた身体だからこそ、震えを疲労と偽る事が出来る今だからこその握手。
『次は負けないよ』
虚勢に近い言葉。そのまま手を離し、私は涙に濡れた顔を見せたくないので早足でその場を去る。
私が彼女、いやミスターシービーに勝てるはずが無いのに。
(才能はいつも非常識だ)
現実に打ちひしがれながら、私の脚はそこでーー
「私も、待っているよ!」
帰る私の腕を掴み、ミスターシービーは言う。涙で濡れた顔を気にする余裕なんか無く驚きに言葉も出なかった。
真剣な顔つき、全て見抜かれていた様な錯覚に落ちる。走る事を諦める。隣を走らない事を本能的にミスターシービー、いやシービーは気づいた。
「一人で走るなんて、つまらない。君がいると楽しいんだからさ」
掴む腕の力強さ。走る事に対する諦めを戒める、その見透かすような目に酸素を求める金魚の様に口を開いたり閉めたりしていた。
その様子が可笑しかったらしく、シービーは笑いながら腕を掴むのを止めて逃さない様に抱きしめてくる。
周りの黄色い歓声、シャッター音なんか気にする余裕もない。思考する暇なんか無い。
明日の一面は怖くて見れない。