9戦目★結局は似た者同士なのさ大塚は安原を尊敬している。
スナフキンにしては野性的で雄々しいが不思議と下賎さは感じない、寧ろそのワイルドさがアダルティで際立った魅力がある。
頼もしさを感じる広い背中に腕まくりで露になった筋張った腕、歌劇スターに劣らない華やかな顔立ち。ノリが軽い分多少ヘタレでも大塚にとってはそれすらも愛嬌の範囲内である。
言うなれば新にとっての旧の様な存在が大塚にとっての安原なのだ。
尊敬で目指すべき存在である安原。だがそんな大塚にもひとつだけ安原に言いたい事があった。
「安原さん、僕は安原さんの事をかっこいいと思ってますし、尊敬してます」
「ありがとな。でもどうした急に」
安原の隣に座った大塚が唐突にそんな事を言う。
そんな二人の間を通った柔らかな風を受け、短い若草がそよそよと靡く。
何を藪から棒にとキセルを片手に目を丸くする安原を他所に三角座りの膝を抱え、大塚は続ける。
「でも、もうちょっとピクさんに優しくした方が良いと思います」
「……」
右から左に移動させる様に安原に投げたその言葉は、安原の手からマッチ棒がポロリと落ちてしまう程度には効果敵面だった様だ。
安原とピクの喧嘩は今に始まった事ではない。
常日頃、息をする様に小競り合いを繰り広げる二人を見て思うのだ。
好きなら、大切なら、もっと分かりやすく優しくするべきだと。
安原がピクを誰よりも愛しく思っている事もピクが安原を何よりも信頼している事も大塚の目からしても明らかだ。
だが余りにも喧嘩を繰り返すものだから、いつか喧嘩の延長戦で縁を切ってしまうのではないかと心配性の大塚はいらない心配をしてしまうのだ。
「……それが出来たら苦労はしないさ」
重いため息をつきながら安原は拾いあげたマッチ棒を靴の裏に擦り付け、赤く燃え上がった炎でキセルを燻す。
流れる様なその仕草に思わず見とれてしまいそうになるが、今はそういう場合ではないと大塚は小さく首を振る。
愛してると伝えるより喧嘩の火種を投下する方が余程難しいのではないのだろうか?大塚は困った様な眼差しで紫煙を吐き出す安原を見つめる。
その目は尊敬する男に向けるべきでは無い、憐憫とも取れる目付きだった。
「安原さんって結構ヘタレですよね……」
「お前さっき俺の事尊敬してるって言ってなかったか?」
どうしてこの人はここぞという時にこんなに意気地無しになるのだろう……愛嬌とも取れると思っていた大塚だったが、今回ばかりはそのヘタレ様に物申したくなったのだ。
――安原さんとピクさんが離れ離れになるのは絶対にダメだ。だってこんなにも好き合っているのに、憎まれ口ばかりじゃ勿体ないじゃないか。
大塚は安原がピクを見る目が好きだ。ピクが気づいていない時、安原は仔猫を前にした母猫の様に、目尻を細めそれは愛しげにピクを見つめている。
大切な親友と愛しい花にしか見せないであろうその慈しみを帯びた横顔を、大塚は何よりも守らなければと思うのだ。
「でも、ピクさんって結構かわいいですよね」
「は?あれの?どこが?」
流れる様に話題をピクに置き換えた大塚に、安原は苦虫を足の裏で踏み潰した時の様に微妙な表情を浮かべる。
どの口がそれを言うのかと言い出したくもあったが、大塚はそれを飲み込み話題を続けた。
「一途というか、健気というか……世話を焼かれたくなります」
フットワークが軽く気の良いタイプのムムリクの世話焼き癖は一種の魅力だと、どちらかと言えば世話を焼かれるタイプのムムリクは常々思っていた。
ピクはそんなタイプに好かれるムムリクだ。別の名を憧れの初恋キラーとも言う。
そんな引く手数多な可憐な花のムムリクが安原につっかかり続けるのも一重に一途で健気な愛情である。
初恋を知った少女の様な一途な健気さは安原は勿論、ピク本人すら知らない。二人以外のムムリクが知る事実なのだ。
安原さん、なんて言うだろう?大塚はちらっと隣の安原の表情を伺ってみる。
「………、そんな可愛げのあるものじゃないぞ」
眉をひそめキセルの咥え口に歯を立てた安原は気を損ねた目を大塚から逸らす。
いつもより素っ気ない口ぶりを前に、大塚は目を丸くして安原をまじまじと見つめた。
――あからさまに不機嫌になった!!
体全体に不機嫌オーラを纏った安原は誰がどう見ても不機嫌極まりないと分かる。他人なら数歩後ずさり絶対に関わりたくないと思わせるその有様に、大塚は微笑みに見せかけた苦笑いを浮かべる。
こんなにも分かりやすく機嫌を損ねる理由なんて"それ"しかないのだ。
どんな形であれ安原にハッパをかけてしまったと素直に謝ろうと大塚は口を開いた。
「めんどくさい人だなぁ……」
「お前本当に俺の事尊敬しているのか?!」
ついつい出てきてしまった本音だが、訂正する気はさらさらない。
愛する人に愛してると言う事がそんなに難しいのだろうか?
頑固で意地っ張り、愛する人に気軽に愛してると言ってやれない昭和の名残が染み付いた大人がちゃんと愛を伝えれる様になりますようにと、愛に素直なゆとり世代は思うのだった。
――その頃、ピクの住むムーミン谷では。
「なんだいそれは?」
「これかい?最近流行りの歌劇団のスター俳優達だよ」
煙管をくわえて新聞の一面を見ていたピクの隣に座った新がその新聞の見出しを見て興味を示す。
どのムーミン谷よりも都会的なピクの住むムーミン谷では最近歌劇団というものが流行っているらしい。
ピク曰く、見目麗しい男性女性が歌やダンス、そして演技を披露する大衆的娯楽なのだという。
丁度ピクが読んでいた記事は人気急上昇中の新進気鋭の男性若手歌劇グループについての特集だった。
10人程の個性的な美青年たちが煌びやかな衣装を纏った姿の写真を眺め、新はたまたま目に止まった見出しを指さして読み上げる。
「ワイルドでアダルティ、リスキーな彼の危険な魅力に酔いしれる……だって」
「中々の謳い文句だよねぇ」
大衆の目を引く為の安っぽい謳い文句だがどうやら嘘はついていないらしい。
若干寒い謳い文句を添えられた歌劇スターは線の細い物語の王子様の様な美青年の中で毛色の違う風貌だった。
鍛え上げられた逞しいボディラインは細くもがっしりと骨太で、凛々しい眉と彫りの深い目元、そして不敵に笑う大きな口はこの写真の中の誰よりも雄々しい。
ワイルドでアダルティ、リスキーな色男。不遜で野性的な男を世間はそう言っているらしい。
……少し安原さんっぽいなと言ったらピクは怒るだろうか?そう思った新の隣で、そのリスキーな歌劇スターをまざまざと見定めるピクの口からさらりと告げられた言葉に新は目を丸くした。
「ま、安原の方がかっこいいけどね」
なんの特別感も無く、さも当然の様なあまりにも自然な物言いに新は右に左と目線を泳がせ言葉を探す。
「そうだね……」
その言葉の意味を追求するのは野暮だと察した新は眉を下げて困った様に笑う。
その言葉を安原さん自身に言ったらいいのにな……新のささやかな願いもピクの安原限定天邪鬼が阻み当分叶いそうにない。
「一番人気はこの子なんだって。一番背の低いセンターの子」
そう言ってピクは集合写真のセンターに立った美少年を指差す。
整った顔立ちに華奢なシルエット、一見天使の様な可愛らしさだが垣間見える小悪魔な素振りが人気の理由らしい。
ピクが指をさした美少年を前に新はへぇ、とまじまじと見つめると何かを納得したのか満足気に小さく微笑む。
「確かに可愛らしい子だね。でも平の方がかわいい」
丸く垂れた目尻を細め、その口ぶりには自分を好きだと言ってくれる小柄でかわいい小さな旅人を匂わせる。
そんな新を前に、ピクはキョトンと目を丸くした後、困った様ににやりと笑う。
「君も大概だよねぇ……」
「??なんの事だい?」
無意識の惚気ってこわいなぁ、と自分の事は棚に上げて無意識の惚気砲弾を受けてご馳走様ですと悪戯っぽく笑うピクを、新は小首を傾げて不思議そうに見るのだった。
本日の勝負、どっちもどっちで両者引き分け。