6戦目★たまたま手元にあったから!ムーミン谷を出て一番近い街の歓楽通りにて、イカした帽子の男が出店の前でなにやら物色をしていた。
年頃の少女が好みそうな華やかで煌びやかなアクセサリーの出店を前にそのアクセサリーとは正反対とも言える男が品の並ぶ屋台の中心で一際目を引くピンクの花飾りをじっと見ていた。
「さっきからずっと見てるね。にーちゃん、なんか買ってくかい?」
「ああ……」
家主の女店主にそう言われ、男――安原は今一度そのピンクの花飾りを見つめる。
ガーベラを模ったピンクの花飾りを見た瞬間、安原の中で憎たらしくも目が離せないあの男を思い浮かんだ。
冬の季節になり、あの男がトレードマークのピンクの花冠を被っているのをめっきり見なくなった。
安原はトレードマークのピンクの花冠の代わりに枯れ草で編んだ草冠を被り挑発じみた目で笑うあの男の顔を思い出す。
……別に大した理由はない。
弾き語りでいつもより多めにチップが稼げたからで、多過ぎる日銭はその日の内に使った方が良い気がする。
なにより茶色だらけの草冠では味気ない上にアイアンディティの崩壊にも繋がるだろう。可哀想だから仕方なくれてやるんだ。
「………これ、いくら?」
「毎度。にーちゃん良い男だから特別にまけてやろうじゃないの」
シャツのポケットから小銭を取り出した安原は花飾りの代金を女店主に渡す。
代金を受け取り袋に入れた花飾りを渡す女店主がやけにニヤニヤと安原を見ている。
「カノジョへのプレゼントかい?」
「……まぁ、そんな所さ」
カノジョなんて庇護欲唆る可愛らしいものではないけどな。
と、この前蹴り上げられ地味に痛む腰を摩りながら安原はギターを背負い直して賑やかな人混みに紛れて行った。
――後日、都会的なムーミン谷は連日の晴天に見舞われていた。
洗濯物も良く乾き草木も花々も生き生きと咲く日和。きっと明日も明後日もぽかぽか日和が続くだろうとムーミン谷に住む全員がそう思っているだろう。
そんな穏やかな日和の中、唯一明日の天気を案じる男がいた。
「これ、なに?」
「やる」
密度の高いまつげに縁取られた目をぱちくりと見張り、ピクは目の前の安原と差し出された小袋を交互に見る。
突然出向いてきたと思えば挨拶もなしに差し出された小袋に理解が追い付かず、ピクは頭いっぱいにクエスチョンマークを浮かべる。
脳が理解し難い疑問で埋め尽くされた時、生物は突拍子も無い行動を取るものだ。
「……熱は無いが?」
「ホントだ」
右手で安原の露になっている額に触れ、左手で自分の額に触れるピク。どうやら熱は無い様だ。
「見ても?」
「お前のだからな」
小袋を恐る恐る受け取りそろーっと小袋を開けるその態度にゲテモノでも入れてると思ってるのかと小言を言いたくなったがぐっと堪えて反応を伺う。
小袋から取り出した華やかなそれと対面したピクは目を見張って固まった。
控えめに煌めくストーンで装飾された可憐なガーベラの花飾りは余りにも送り主とかけ離れた存在で、目の前の男がこれを購入する経緯も風景も想像がつかない。
無言で押し固まったピクを不穏に思い顔を覗き込む安原。途端、ピクの肩がわなわなと震え始めた。
「明日はニョロニョロでも降るのか……?!」
「降るかバカ!!」
あの安原が僕にこんなロマンチックなプレゼントだなんて何か大変な事が起こらない方がおかしい!
顔面蒼白でわなわなと震えるピクの素っ頓狂な物言いに眉を吊り上げ怒鳴る安原。
こんな言い様なら気の迷いでこんな物渡すんじゃ無かった、こんなの金の無駄じゃないか!
はぁ、とため息をついてみる安原を他所に花飾りを太陽にかざし、キラキラと反射するそれを眺めるピクの機嫌は手に取る様に分かる。
「まぁ、安原にしてみればセンス良いじゃないか?」
なんで上から目線なんだという悪態を喉元で止まらせ、上機嫌を隠しきれていないピクのニヤケ面を見てたまには慣れない事もするものだなと思った安原だった。
―――後日、聞き慣れないエンジン音が馴染むムーミン谷に訪れた新は愛車のメンテナンスをしていたピクを見つけると、これまた慣れないビジューの煌めきに目を見張った。
「やあピク……おや、その花飾りはどうしたんだい?」
「新じゃないか。これかい?珍しくプレゼントを貰ったんだ」
枯草冠に添えられたピンクの花飾りはピクにとても似合っている。
一体誰からの贈り物なのだろうと首を傾げた新だったが、次にピクの顔を見た瞬間、新は若葉色のイカした帽子を脳裏に浮かべた。
「綺麗だろう?僕のお気に入りなんだ」
この送り主はセンスが良い。きっとこれを送った送り主はピクの事がとても大切に思っているのだろうと新はつられて微笑んだ。
今日の勝負、プレゼント作戦につき安原の勝ち。