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    オモナガな松田

    @mattun_omonaga

    なんかワンク置きたい系の絵とか、もしかしたら文章とかぽいぽいするかもです

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    オモナガな松田

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    初発行同人小説のオモボとオモモ、オモボとサニーのやり取りがすごい好きという話。

     その様子を見ていた司書がヘラリと笑う。
    「僕らのことなんか放っておけばいいだろ。夢見人も、空っぽたちも帰る場所があるんだから。『オモリ』たちと仲良しなんて出来っこないさ。僕らは夢見人の過去を、許せはしないんだから」
     再びオモリの中にふつふつと怒りが湧き上がる。どうして彼はこれほどまでサニーに非協力的なのだろうか。オモリは司書をに近づき、彼を睨みつけて言った。
    「サニーを手伝う気がないならどっか行って。じゃま」
     オモリのそんな言葉にも司書は笑みを浮かべて見せる。
    「怒ってんのか? 空っぽ。電球のこと言わなかったのは悪かったよ。あんな常識、とっくに聞いてると思ったからさ。いざという時は僕も助けに入る予定だったよ」
     まるで真剣みのないその言い方に、オモリは更に怒りを募らせる。うそつき、と零したオモリは真っ直ぐと司書を見据えたまま続けた。
    「失敗して『オモリ』になれなくて、こんなところに追放されてたくせに」
     その言葉で再び司書の眉間がピクリと動いた。笑みの薄らいだ司書が告げる。
    「理屈の分かってない空っぽ風情が文句を言うのか? 一代目の八分の一の力もないお前が?」
     オモリはそれに笑う。そして告げた。
    「でも一代目はゴミ箱行きだった、でしょ?」
     瞬間、司書はこちらを見上げる小さな少年の髪を乱雑に掴んだ。突然のできごとに、オモリの表情が強張る。
    「おいおい、まさか」
     固まったオモリの表情に優越感を抱きながら、司書はしゃがみ込んで彼の顔をじっと見つめ言った。
    「自分が『オモリ』だからって、一番力があると勘違いしてんのか?」
     オモリの瞳に僅かながらにも浮かんだ恐怖の色。サニーを救うための完成した存在が、こうして未完成なまま追放された自分を恐れている。押し黙って、せめて目線は逸らすまいと司書を見つめるオモリの姿が、司書には滑稽に見えた。
     すると突然手のひらに猫に引っ掻かれたような鋭い痛みを覚え、司書は咄嗟にオモリの髪から手を離す。オモリを見れば、呆けた顔で司書を見つめていた。彼は何もしていないようだ。
    「……やめて」
     震える声がそう告げる。その声のありかを辿っていけば、泣きそうな顔のサニーが立っていた。サニーが拒絶してしまえば、司書たちの身体などどうにかできてしまうことを司書は思い出した。
     手のひらを見つめる。そこには猫に引っ掻かれたようなマゼンタ色の三本線が、くっきりと浮かび上がった。
    「……そんなことしなくても、オモリはちゃんと君を怖がってる」
     同時に司書は今の状況も理解した。あろうことか完璧とされた『オモリ』はサニーに守られ、サニーは意図して『代わり』に制裁を与えようとした。臆病者で人を傷つけることを嫌っていた彼が、誰かを守るためにその力を振りかざした。
     オモリを見れば、確かにその瞳は揺れている。司書を、いつ自分を攻撃する存在なのかとじっと観察している。その姿は無知で無力そのものであり、力を示すまでもなく、司書の方が優位に立っていることは明白であった。
     自分は、無知で無力な子どもにまで、手を上げるのか。
     そんな疑問が司書の胸をざわつかせる。自分は自由な大人として作られた。であるならば、弱い子どもに力を示す自分は、果たして大人と呼べるのだろうか。
     そんなことを考える司書を前に、サニーはオモリに向き合った。そして告げる。
    「オモリもいけなかったよ。お互いに否定し合わないで。オモリも、司書のオモリも、もう『オモリ』にはならないんだから」
     その言葉で、オモリはすぐに不貞腐れつつも司書に向かって「言い過ぎた」と口を開いた。
     確かに、サニーの言う通りだ。もうサニーに『オモリ』は必要ない。自分ももう、『オモリ』から離れ始めている。であるならば、司書が『オモリ』に相応しかろうとなかろうと、今のオモリには関係のないことだ。怒りに振り回され、冷静な言動ができないことに、オモリは下を向いた。
     なんだそれ、司書が笑う。
     キョトンとした顔で二人は司書を見つめるが、司書は戸惑った表情のまま、歪に笑った。
    「……冷静になりたい。一人にさせてくれ」
     そしておむぉりと鏡同様、自分の扉の向こうへ戻っていってしまった。サニーはオモリを抱き起しながら、その背中を見送る。誰もが一人で考える時間を必要としているのかもしれない。



    「すぐ分かったか? おれがここにいること」
    「うん。なんか、そんな気がして」
     サニーの返答に、司書は「はは」と力なく笑い、「おれには行くところないからなあ」と零した。少し寂し気なその表情から彼の足元に視線を移せば、くしゃくしゃに折れ曲がった短い煙草が数本と、どこにあったのか、オモリが持っているものとは異なるすっかり錆びたナイフが落ちていた。そしてそのナイフにはべっとりとマゼンタ色の……オモリたちの血液がこびりついている。
     次第に司書の姿がよく見えるようになれば、サニーが彼を制するために付けたもの以外にも、腕や手首、顔など体のあちこちに直線が刻まれていることに気が付く。司書はサニーがその傷を見つめていることに気が付いて、視線を彼から逸らす。
    「……そんな顔すんなよ」
     同情しているわけでもない、ただそこにある傷を苦しそうに顔をしかめて見つめるサニーへ、司書はそう告げる。昔と違って、今の夢見人……自分たちの創造主は優しすぎる。その優しさは時に司書の心を穏やかにするが、時に苦しめるものでもあった。
     もはや、今のサニーが『大人を羨む』ことはない。ルールに従うだけの、弱い子どもからの脱却を、大人になるという方法で望むことはない。今の彼であれば、そのルールの意味を理解し、妥協したり、ルールの変更を要求したりすることができる。大人は彼にとって『絶対的な権力者』ではなくなってしまったのだ。
     だからこそ、司書はサニーに関わることにどこか嫌悪感を抱いていた。彼はもう、自分のようなサニーを必要としていないのだから。
     そう思考が帰結するたびに、司書の胸は耐え難い自己嫌悪と希死念慮で満たされた。人格の統合が任意でできたのなら、どれだけ幸せなことだっただろうと幾度も考えたが、考えたところで何か変わるわけでもない。気が付けはその手足は心の苦痛を和らげるためのクッションになっていた。
    「……痛かった?」
     ぽつり、とサニーが呟く。サニーの目にはその傷が司書の心についた罅に思えてならなかった。あの割れ鏡のようにバラバラになることも叶わず、いつまでもじくじくと痛みを訴えるだけの傷。サニーにはその心の痛みを、真実を思い出すために何度も経験した。
     サニーの問いに、司書が目を伏せる。何も答えたくない、と言いたげな彼の隣へサニーは近づき、そっと腰を下ろす。
    「ねぇ、オモリ」
    「……」
    「僕はね、『大人』が嫌いだった」
     唐突なその言葉に、司書は驚き目を見開く。何故ここで、このタイミングで彼がそんな言葉を零したのか、司書には理解が出来なかった。
     サニーは悲しげな笑みを浮かべる。堪らず司書は少し体をずらし、サニーから距離を置いた。
     彼はそれに動じる様子もないままに、陰鬱とした空気の篭もる部屋の宙をぼうっと見つめ、言う。
    「狡くて、強くて、好きなように生きられる。やりたいことはなんでもできるし、誰かをコントロールするのだって上手だ」
     当時のサニーにとって、大人……殊更父親は特別な存在であった。物心つく前からその背中はとても大きく、それでいて向けられる視線は冷たかった。サニーにとって家庭を司る彼からの低評価は、自尊心を傷つけるには十分だった。それでいて、まだ自我が芽生える前の彼には、その評価に疑問を抱くこともできなかった。当時のサニーにとって、父親は絶対的な存在だったのだ。
     そして、その父親から得た理想が、同じ権力を持つことで心を守るための存在が、司書なのである。
    「……で、なんだ。おれはそのまま、お前の嫌いな『大人』なんだぜ、夢見人」
     サニーはそれを肯定も否定もしなかった。
     ただ寂しそうに司書の瞳を見つめるその表情に、司書は形容しがたい程の強い負の感情を抱いた。
     どうして哀れむような目を向ける。そもそも自分は彼が作った存在なのに。彼から生まれたものであるのに。どうして彼に哀れまれなくてはならない?
     胸の内に湧き上がるその感情は、衝動として司書の体を動かした。
     バッと立ち上がった司書はサニーの胸ぐらを掴み、拳を翳したまま動きを止める。なんでも良い、一瞬でも早くサニーの表情を変えたかった。そうすることで、サニーが何を言おうとしているのか、分かるわけでもないのに。
    「違ったんだよ」
     司書に持ち上げられたまま、サニーは微笑みながら司書の言葉を否定した。司書の身体は自然と動かなくなった。司書の中で目を背け続けていた事実が、少しずつ司書の首を絞めていく。
     サニーは動じることなく続けた。
    「本当の大人は、そんなに狡くも、強くもなかったんだ。好きなようにも生きられない。結局はみんな、何かに縛られて、苦しんで、できないことにも思い通りにならないことにも悔しい思いをたくさんして、それでも生きていたんだ」
     僕の思ってた自由はそこになかったんだよ、とサニーは言う。
    「僕がなりたかった大人は、『僕』の思う大人でしかなかった」
     それは即ち、司書は『サニーの思う大人』でしかなかったということ。
     司書の身体はまだ動けない。何故なら、その拳を振りかざしてしまえば、サニーを暴力で支配しようとすることになる。そして恐らく、それでも尚、今のサニーは司書の思い通りにはならないだろう。
     サニーがその瞼の向こうから、黒い双眸を覗かせた。かつて濁っていたはずのその瞳が、今はとても澄んでいる。そこに、サニーの揺るぎない意思が表れていた。
    「僕、決めたよ。僕はみんなと生きていきたい。例えそれが、みんなをいつか失うことに繋がって……いつか、僕とはまた違う僕が『本当の僕』になってしまったとしても」
     逃げてばかりだった少年はそう告げる。それが今の彼が決めた一つの答えであった。
    「それが正解かは、分からない」
     サニーはそう言って、まっすぐに司書の目を見る。その目はもう、あの泣いてばかりの、迷子の子どもの目ではなかった。でもね、サニーはその透き通った黒色を、で司書の心の中を覗き込む。
    「もう後悔はしたくない。だから僕は、僕の『後悔しない正解』を探す。例えそれが苦しみに塗れた日々を突き進むことになっても……もう、僕は一人じゃない」
     いつになく、彼の言葉は真っ直ぐなものであった。誰にも左右されない、それでいて「誰かに頼る」強さも得た、彼の意思。
     サニーの『強さ』を目の当たりにした司書の喉の奥から、乾いた笑いが込み上げてきた。
    「……なんだ、なんだよ、それ」
     サニーを掴んでいた手をだらりと降ろし、その長身が膝から力なく崩れ落ちる。
     もうあの頃の弱い子どもはいないのだと認めることは、司書の『卑怯な大人』としての存在価値の喪失を認めることとなる。
     そしてそれに気付いた時、それに抵抗しようとする自分が司書の目には映った。彼に求められようと足掻く、地団太を踏む子どもと寸分変わらない自分の姿が。
    「いつからそんな、偉そうなことを、なぁ」
     司書の口から漏れ出す言葉は、サニーを傷つけようとして放つものではなかった。彼が最も衝撃を受けたのは、彼がもっとも失望したのは、
    「いつからお前は、おれより大人になったんだ」
     乾ききってない腕の傷口にぎゅっと爪を立てる。ああ、情けない。
     いつまでもサニーを求める幼稚な自分が、司書は許せなかった。
     ぷち、と再び裂けた傷口から、ピンク色の仮物の血液が流れ出す。ぐ、と歯を食いしばりその痛みに耐えれば、司書の頬を透明な雫がいくつも伝った。
     何もかも、自分が勝っているものだと思っていた。それは彼が『大人』として作られた存在であったからでもある。サニーに憧れを抱かれ、何よりも誰よりも『自由』な存在が自分であると、いつからか錯覚していたのだ。
     しかしサニーからの承認を失った途端、そのアイデンティティはガラガラと崩れ落ちた。サニーの記憶から切り離され、自分から次の『代わり』が生まれたことが、何より司書にとって耐え難いことであった。自分はサニーにとって完全な存在ではなかったと思い知ることが怖かった。
     サニーによって再び記憶の底から戻ってきた時、司書はまだサニーが自分を必要としていると安心した。まだ彼にとって自分は『自由な大人』であるのだと。
     だがサニーは変わった。変わることができた。嘘や秘密や真実と向き合う強さを持ち、現実世界を愛することができるようになった。あれだけ彼が羨んでいた『大人』は、彼にとって周囲の人間の一部になった。何にも怯えることなく、もう彼は『自分の選択』ができるようになったのだ。
    「オモリ」
     サニーが司書の本来の名前を呼ぶ。司書はオモリにはなり得なかった。その時から既に、司書が不完全であったことは示されていただろうに。
    「頼む、もう放っておいてくれ」
     司書がそう呟くが、サニーは司書の前に同じように膝をついた。その顔を見るまいと、司書は項垂れる。向き合うことから、逃げようとする。
     サニーはその言葉に反応せず、かがんだことで自分より小さくなった司書の背中に腕を回した。サニーの胸に頭を押し付ける形になりながら、尚も司書は言葉だけの小さな抵抗をする。
    「もう、もうやめてくれ……。おれに、失望させないでくれ……」
     そして大きくなったあの日の少年は、かつての大人にとって残酷な言葉を告げた。
    「もう……大人じゃなくて、いいんだ。オモリは、オモリでいいんだよ」
     司書の胸を張り裂けんばかりの痛みが襲う。堪え切れなくなった嗚咽が、その白く細い喉から漏れ出した。
     彼は本当の『大人』ではなかった。彼もまた子どもから生まれた、大人を演じる存在だった。かつての大人は自分の未熟さを、そして本当の『大人』ではなかったことを認めることの痛みを噛みしめるように声を殺して泣いていた。

     しばらくすると司書は顔を上げ、深く溜息を吐いた。
     その表情はいつもの陽気なものとは異なり、やる気のなさそうな猫の目がサニーをギョロリと捉える。決して友好的な印象を抱く表情ではないが、サニーはその表情から敵意や怒りを感じ取ることもなかった。
     すん、と鼻を啜る司書はぽつりと語り始める。
    「……考えたんだよ」
    「うん」
     真っ黒の猫の目を見つめ、サニーは頷く。
    「今はほとんど覚えちゃいない、あの四年。もしくはその前のおれと、今こうしてお前の前にいるおれは果たして同じ存在か、ってさ」
     サニーが自分自身から逃げてきた十数年間、『大人』としてサニーに代わってきたはずの、司書としてサニーの記憶と人格たちを纏める存在。マリの死をきっかけに、サニーの中にいた人格は『オモリ』としての冒険を遂行し、サニーにとって初めての人格であった司書はその『オモリ』になる資格を得ることはできなかった。
     司書としての力や、自分の存在価値を失い『屈した』彼はサニーの記憶の片隅でただ自己を腐らせていく。失敗したのは『知識があったから』と判断したサニーの精神は、司書の内側に知識のない『子ども』を作り出した。
     その子どもが司書の一部であったのだとすれば、その一部を失ったことでぽっかりと穴が開いた不完全な司書は、一体何者なのだろう。
    「おれは、夢見人に……サニーにとっての完璧でいなきゃいけないはずだったんだ。でもおれは選ばれなかった。お前の『敵』には、お前が思う『自分自身』には、なり得なかった」
     ちょいと遠すぎたのかもしれねぇな、と付け足して、司書は目を歪ませて当時の自分を嘲笑する。
    「おれは、『オモリ』になれなかった。お前を逃避の世界からすくい出すことはできなかった。お前に与えられた世界で、お前に与えられた友だちと一緒に、朽ちて、落ちて、砕け散るしかなかった」
     司書はそのことを後悔したり、自分の不完全さを恨んだりすることはなかった。サニーにその気がなかったのだから仕方がないと、自分は完璧さながらの最良な選択をしたのだと、自信さえ持っていた。
     砕けた彼の中の新たな代わりの更に奥の奥にあった破片……空虚な存在である、今のオモリが『オモリ』に選ばれたとこの暗闇の中で知る、その時までは。
    「お前の中の『完璧』の証明。……たまげたよ、あの空っぽが『オモリ』になったって知った時には。どうにかなりそうだった。冗談だと思いたかった。あんな子どもが、粉々に割れた破片でしかない奴が、ただのカラでしかなかったはずのアイツが、お前を夢からすくい出したなんてさ」
     司書にとってそれは、自分の不完全さの証明と、ただでさえ不完全だった当時の自分から更にひび割れてしまった、今の自分の存在意義を疑問視するには十分すぎた。
    「じゃあ、おれってなんだったんだろうな、夢見人。アンタに完璧に作られて、アンタの理想だったはずで、何もかもアンタに与えられたままを受け入れられてたおれは、なんで『オモリ』になれなかったんだ」
     誰に問うわけでもなく、司書はそう呟く。その答えは、今の司書ならばもう知っている。
     初めから彼は『完璧』でも『理想』でもなかったのだ。サニーの思う『大人』は、彼にとって壁であった本当の大人には、なり得なかったのだ。
     司書は、サニーをじっと見据える。
    「……教えてくれ、サニー。昔はなんでもお前のことが分かったのに、今じゃお前のこともおれのことも、おれにゃさっぱり分からない。お前はなんでおれの形を戻した? どうしておれを必要とした?」
     サニーは司書の目がまだ揺らいでいることに気が付いた。それは恐らく、サニーの回答に怯えているからであろう。
    「割れたものは元には戻らない。同じ形になっても、そこにある罅は消えない。今のおれには、お前の記憶を管理する力も、残った人格を統率する力もない。そんなおれを、『オモリ』としても司書としても『欠陥品』になったおれを、本当はどうしたいんだ、夢見人」
    「……僕は、」
     サニーは司書の答えに迷うことはなかった。ただ少しでも司書に勘違いが起きないよう、彼が傷つかないよう、サニーは言葉を選び紡いでいく。
    「僕は、まだ、自分のことも、オモリたちのことも分からない。失くしてしまったものの大きさも分からない。だから」
     期待するような縋るような司書のその目に、サニーは告げる。
    「オモリにたくさん、話して欲しい。僕の知らない僕として、僕に自分のことを教えてほしい。何も感じたくなかったのも、いつまでも子どもでいたかったのも、嫌なものを壊してしまいたかったのも、大人になりたかったのも……全部、僕自身だから」
     司書の瞳が僅かに見開く。自分自身を受け入れたそのサニーの瞳に、自己嫌悪の面影は微塵も感じられなかった。
    「僕は僕を切り離してしまった。オモリが言ったみたいに、もう僕らが本当の意味で『一つ』に戻ることは難しいんだと思う。過ぎた時間も、失くなったものも帰ってこない。でも、これから大切にすることはできる。みんなの罅を、みんなの傷を認めて、もう罅を作らないって約束することは、できるはずなんだ」
     サニー、そして司書を始めとする『オモリ』たちが傷ついてきた事実はもう変えられない。であるならば、その傷や罅を認め、お互いの傷を知り、苦しんだ日々を過去のものにする方が良い。それが今のサニーの希望であった。
     サニーは今やもう一人ではない。現実世界にも、精神世界にも、居場所があるのだ。もう偽る必要も、逃げる必要もない。
     例えまた傷ついたり傷つけてしまったりしたとしても、自分たちには未来がある。何度でも約束し、何度でも守るために最善を尽くすことはできる。変わらない過去を嘆くよりも、変えられる未来に夢を描いた方がずっと後悔しない。
    「えっと、だから……。いっぱい話して、オモリ。僕にされた嫌なことも、この世界の嫌いなところも。……いつか見つけられた時は、君がこの世界で見つけた青空も」
     司書は青空に思いを馳せようとするが、頭に浮かんだそれは紫色の夜空であった。
     ぼんやりと思案する。いつか、自分も晴れた空を見つけることがあるのだろうか。今のサニーの瞳のように澄んだ、どこまでも透明な青空を。
    「今は苦しいかもしれないけど……、それでも、僕も一緒に歩くから。君ももう、一人ぼっちにはしないから」
     サニーはそう言いきって司書に微笑んだ。その笑顔を見て、司書の表情にも薄く笑みが浮かぶ。
     そういえば、このサニーという人間は、昔から『こう』と決めたことは揺らがない頑固な人間だった。そこだけは、今も昔も、そして恐らくはこれからも、変わらないのであろう。
     昔は見ることの叶わなかった、この世界を作った少年の青空の笑みを見つめ、司書は再び溜息を吐いて、笑う。
    「……相変わらず、イカれてる」
     今の司書には、明るい未来など想像ができなかった。だが、信じるだけであれば悪くはない。
     希望に縋りたいのは、司書も同じであった。
    「分かったよ。それがおれの新しい存在価値だっていうなら……偽物の大人の役割が、そのわがままを聞くことだって言うなら」
     ニッ、と司書は歯を見せて笑った。
    「お前を信じてみるよ」
     歪んだ大人は、自らの歪みを自覚する勇気をもらった。

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