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    リリ小屋

    @lily22685

    支部から移行しました。
    うっかり沼ったものをもそもそと小説にしています。
    左右は常にガバです。

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    リリ小屋

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    新刊に入り切らなかった焼き芋回

    初恋と焼き芋パチパチと火の爆ぜる音がする。ボーダーの中庭でまばらになった人の中で王子は物珍しそうに火をかき混ぜていた。集められた落ち葉はとうに燃え切って今はただバーベキュー用の太めの薪が赤々と輝いている。
    夜間の防衛任務につく隊の面々が抜け、食事に行く面々が抜け、そうしてぼくが火の番やるよ、と王子が言い出したので自然の流れで蔵内もそこに残った。
    細く白い煙が時々燃えさしの落ち葉から立ち昇る。二人、無言で静かな火を眺めているとどうにも落ち着かない気になった。まるで切り取られた空間で、ここに王子と蔵内の二人きりのようだと蔵内は思う。喧騒も無く、晩秋の本部はもう暗くて、ただ静かだった。

    王子がどうしてボーダーに入ったのか、そういえば聞いたことが無い、と唐突に蔵内は思い出す。お互い、大規模侵攻の後嵐山隊の広報で大量に入隊したC級のうちの一人であった。ポジションが違うから親しくも無い。
    一つ上の、強面で有名なだが生徒会でお世話になった先輩が隊を結成する、と言うので誘われるままラウンジの一角に訪れると、入隊希望者を募る貼り紙を見て来た幾人かが集まっていた。その中に混じる明るい髪色に見覚えがあり、それが学年の中で噂になっていた「やべー奴」である王子一彰だと分かってぎょっとした記憶だけが蔵内の中にある。
    のちのち話してみればいきなり殴るような奴ではないと分かったが、校内では時折教師がぼやいているのを耳にしていた蔵内にとって、王子の初対面は警戒するのに十分だった。
    『頭は良いのにねえ』


    王子の発した一言目は今でも覚えている。

    「──ありがとう」
    弓場さんから回されたプリントを代わりに配っていた蔵内が、何気なく王子にそれを渡した瞬間だった。

    吸い込まれるような青い瞳が真っ直ぐこちらを射抜いて、同じく空間を震わせるような凛とした声が雷の如く蔵内を撃った。
    世界がぎゅっと凝縮したような感覚がある。
    世界には王子と蔵内しか居なくて、この王子という男の言葉全てが天啓になるような。

    隣の同級生の笑い声でハッとした。
    「ああ…どうぞ」
    乱暴では無く、だが愛想の欠片もなくプリントは蔵内の手を離れ王子の手に渡った。
    それが出会いで、その後王子と蔵内は弓場さんに選ばれてバタバタと過ごす内、何となく聞き逃して今に至る。

    王子隊の時に聞けば良かったんだろうが、その時も勧誘だ生徒会だと奔走した結果、じっくり腰を落ち着けた話をするでもなく来てしまった。
    もう焼き芋はない。これはただの燃えさし、感傷が消えるまでの淡いモラトリアムのようなものだ。
    今聞くか、と同じく意味もなく火をかき混ぜていた手を止めた蔵内が顔を上げると、柔らかく微笑む王子と目線があった。
    「きみ、まるで逃避行でも考えてるみたいな顔つきしてたよ」
    「どんなだ…」
    「さながら今からとんでもないことをぼくに言い出しそうな顔さ」
    言ってごらんよ、なんて甘く王子に言われたが蔵内が口に出して聞きたいのはお前は何でボーダーに入ったんだ、の一言だ。
    なんとなくその居心地の悪さに口籠もり、そうして結局は別のことを口にするのだ。
    「なあ、今度飯でも食いに行かないか?」
    「良いよ。ぼくあの、駅前の坦々麺食べたい」
    「いいな…というか腹減ってきたな…」
    「じゃあ、消す?水掛けて消したらそれでいいよって本部長が」
    「もう良いのか?」

    いいよ。
    そう言って膝を伸ばして立ち上がる王子に、このモラトリアムが王子の作り出したものだと蔵内は正しく理解した。流し見る笑顔に許されているような心地がする。
    「水汲んでくるよ。きみはここで待っていてくれるかい?」

    命令でも何でもないそれを聞くのがいつ心地良くなったのだろうか。
    蔵内は微笑んで頷いた。
    「蔵内了解」
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