涙は悲しみから幸せに変わる(サンプル) 暑い、暑い夏だった。
その男が、海に落ちてきたのは。
咄嗟に海に落ちてきた男の身体を抱き抱え、陸まで引き上げた人魚のアンドルーは、砂浜に水兵の服を着た男を転がしては物珍しそうに見つめた。
(人間……こんなに間近で見るの、初めてだ……)
ピクリとも動かないが、死んでしまったのだろうか。
そう思いながらそっと男の頬に手を伸ばし、ぺちっ、ぺちっ……と軽く数回叩いてみると、男は「けほっ……ぅ……う、ん……」と呻き声を上げる。
「ひっ……い、生き……てる……」
「う……ここ、は……?」
ゆっくりと目を開けた男は、まるで海のような美しいマリンブルーの瞳だった。
マリンブルーの瞳とマダーレッドの瞳が視線を交わした途端、目の前の人間の男は驚いたように目を見開く。
「えっ……に、人魚……?」
アンドルーは人間とはあまり関わるな、と他の人魚達に言われていたことを思い出し、何も言わずに海に戻ろうとした瞬間。
「まっ、待ってくれ!」
男に呼び止められ、アンドルーは思わず止まって振り返った。
「な……ん、だよ……」
「助けてくれて、ありがとう! 礼をしたいんだが、その……何をしたら……」
「……別に、礼なんて……要らない……海の中で死なれたら、迷惑だから……陸に戻しただけ、だ……」
男はきちんと返事をしてもらえたのが嬉しかったのか、笑顔を浮かべながらアンドルーに一歩近付く。
「それでも、ありがとう。お陰で助かった。私の名前はルーカスと言うんだ。君は?」
「……アン、ドルー……」
「アンドルーか。良い名前だな」
アンドルーはまっすぐこちらに向けられるマリンブルーの瞳から目を逸らし、今度こそ海に戻ろうとしたのだが。
「あっ、まっ、待ってくれよ、アンドルー!」
「こ、今度は何だよ……」
「また、この砂浜に来たら……君に会えるか……? やっぱり、ちゃんと助けてもらった礼をしたいから……」
アンドルーは少しだけマリンブルーの瞳を見てはやはり目を逸らし、「礼は要らないって、言ったろ」とぶっきらぼうに返して海に飛び込んだ。
「あっ……! 行ってしまった……」
命の恩人に何も礼が出来ず、ルーカスは肩を落とすけれど、ここに来たらまたアンドルーに会えるような、と……そう、心のどこかで感じた。
それが、この二人の出会い。