もうすぐ死んでしまう私と君のお話 5 同じ※死ネタを含むオリジナルです。
自己責任でご覧下さい。
何でも許せる方向け。
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京都姉妹校交流戦に向けて1年の特訓をメインに休憩時間や放課後を過ごしていた。
昼練の後見かけた彼女は、少し俯きがちで。
何だか寂しそうに見えた。
「こんぶ?」
声を掛けると、唯は、
「何でもないよ。大丈夫。元気いっぱい」
にっこり笑って見せた。
寂しそうな、笑顔。
彼女は棘の知らない間に交流戦を辞退していた。
理由は体調不良。
自分で決めた事だと笑っていたが、出たかったんだと、棘は思う。
直近までは任務も立て込んでた。
棘も、唯も。真希もパンダも。
何だかんだで、教室に全員が揃う事は少なかった気がする。そんな繁忙期を、やっと抜けたようにここ数日は静かだった。
ある日、唯は急に真希に呪具の扱いの手解きを申し出た。目を丸くする2年一同を前に、日下部先生にもらったんだと、刀を一振り見せてくれて。少し小さめの、鍔が独特な形をした脇差のような刀。
彼女は暇があれば真希を誘い、竹刀を手に向かっていく。棘もパンダも代わる代わるそれに付き合った。
この頃からだろうか。
相変わらず任務明けは休む事もあるし、家入さんの元を訊ねたりしているのも知っていた。気怠そうにしている事もあったけど、唯がひとり部屋に伏せる事は減った気もする。
今日、唯は夕練には出なかった。
理由は言わずに、ごめんねと“笑って”寮に戻る彼女を見送った。
棘も、夕練には出なかった。
*
流石に夜遅くまで女子寮には居られないと、9時過ぎに棘とパンダは唯の部屋を後にした。
残ったのは、隣の部屋の真希。
「…真希ちゃん、今日はありがとう」
幾分か気が楽になった。胸が軽い。
「ケーキも美味しかった。たくさんおしゃべり出来て、騒いで。何かスッキリした」
唯はカップにティーパックを入れて、お湯を注いだ。食器は棘とパンダが食堂に返しに行ってくれたので、机の上には真希と唯の紅茶だけが並ぶ。
真希がカップを受け取る。
「否、私は何もしてない。ケーキ運んで、唯を呼び出しただけだし」
紅茶のカップに手を付けながら、唯は真希を見た。
「………?」
「棘が私とパンダを招集したんだよ。夕飯の後、いきなりケーキ持って来てさ」
「…棘くんが?」
唯は少し驚く。
不意に出たその名前に、微かに頬が熱くなった。
真希はカップを机に置いて、ローテーブルに片肘を付く。
「唯が元気ないからだって」
みんな忙しかったしな、と付け足す。
「最近、…何かあっただろ?」
真希が唯を真っ直ぐに見た。眼鏡の奥からは刺すような真希の瞳。
唯は大きく目を見開く。
「………」
言葉が出ない。
何も言わなかったけど、
きっと真希にも、心配を掛けていた。
「…ごめんね」
唯は俯く。
「謝る事じゃないだろ」
唯は首を横に振る。
真希は静かに溜息をついた。
「唯は、溜め込み過ぎ。悩みがあるんなら私でも聞くし。まぁ、聞くだけだけどな」
唯は溢れそうになる涙を堪えた。
真希はそんな唯から目を逸らす。紅茶のカップに触れた。少しだけ間があって、考えながら口を開く。
「…棘なら、唯の痛みもわかってくれるんじゃねぇの?」
唯は顔を上げる。
「棘はさ、唯が任務に出ると、めちゃくちゃ心配みたいでさ」
目が合えば、悪戯に笑う真希。
「一日中、心ここに在らずって感じ。ぼーっとして何処か見てたり、いきなり机にぶつかったりして見てて面白い」
………。
想像するとちょっと笑える。
何だか可愛い。
「な?ウケるだろ?」
笑う唯を見て、真希も同意して笑う。
「アイツはあんま自分の事話さないし、自分の気持ちも言わないから実際わからないけど」
真希は優しく唯に笑いかける。
「…その位、唯の事を気に掛けてる」
心臓が、どくんと鳴った。
顔が熱い。
真希はたぶん、唯の気持ちを知っているんだろう。
唯にとって棘が、気になる存在だと。
ニヤリと笑う真希に。
唯は、その気持ちをこっそり告げる。
真希はその日、唯の部屋に泊まって行った。
*
食堂で借りた食器を返して男子寮に向かう。
迷ったけど、ケーキにして良かった。
久しぶりにみんなで集まると、やっぱり楽しい。唯もたぶん、気持ちは一緒だったと思うけれど。
あの日泣いていた唯は、消えてしまいそうで怖かった。
握ったその手が、触れた髪の感触が、今でも忘れられないでいた。柔らかなタオルが不意に目に入る度に、思い出してしまう。
心臓が、ぎゅっと掴まれたように痛む気がした。
「手、なんか付いてるのか?」
言われて我に帰ると、歩きながら利き手を持ち上げていた。
「…お、おかかっ」
パンダから目を逸らす。
あえてそれを覗き込み、ニヤニヤ笑うパンダ。
「唯、楽しそうで良かったな」
棘はネックウォーマーを引っ張って、目元近くまで顔を隠した。
「しゃけ」
「目が泳いでるぞ?」
「…おかか!」
肘でパンダを突く。
顔に熱が昇るのがわかった。
別に、恥ずかしいとかではないけど。
「唯の事、見過ぎじゃね?」
「…おかか」
パンダが、はぁとわざとらしく溜息を吐いて。
「おかかしか言えんのか?」
言われて目線を彷徨わせる。
「…無自覚?」
棘は狼狽えて立ち止まった。
「おかか」
自分が人を好きになる事はないと思っていた。
好きになってはいけないと思っていた。
自分が好きだと伝えたら、
それは途端に『恋』から『呪い』へと姿を変える。
そんな風に、口をつぐんで日常を過ごしてきた幼い頃。
世間とは切り離されたこの学校で。
此処で出会った人たちは、自分を好奇の目で見たりはしない。此処は、今までにない日常を俺に与えてくれた。
此処で初めて、同じ立場の人たちに。
君に出逢った。