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    meepoJlo

    @meepoJlo

    呪術の狗🍙棘 夢小説をこそこそ書いています。

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    meepoJlo

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    🔞伏→夢→狗

    君だけを見ていた⚠️キャプション必須。

    伏→夢→狗

    の狗巻夢です。

    ※伏ファンの方は特に閲覧注意。
     本当に申し訳ありません_(;ω;`」_)土下座。
     読まないで下さい!!!

    ※自己責任でご覧下さい。
     苦情は受け付けません!!!


    ⚠️何でも許せる方のみご覧下さい。









    力一杯引っ張られて、痛いくらいの腕をただただ俯いて見つめる事しか出来なくて。
    熱くなる目頭。揺れる視界に溜まる涙がこぼれ落ちるのを必死で堪える。


    なんで先輩は、

    怒ってくれるの?












    ーー昨日は任務に出た。
    予想外に階級が高い呪霊がいて、思い掛けず苦戦する事になってしまって。
    唯は怪我をした手首を見る。傷も残らず家入さんが治してくれたのでもう痛む事もない。

    声を枯らして呪霊に立ち向かう狗巻先輩が、起点を利かせて唯を下がらせなければ、こんな腕の傷では済まなかったと思う。
    唯はたぶん、文字通りここに居なかった。








    ガコン、と中身の入った缶の落ちる重たい音が響いて。しゃがんだ唯が取り出し口から缶を取り出すと、見慣れない黒の缶。

    「……ぅ。ブラックコーヒーだ。何で…」

    缶を見て呟く。

    「何でも何も、そんなボーッとしてれば間違うだろ」

    溜息を吐いて手元を見る唯の隣で、自販機に小銭を入れる同級生。伏黒がボタンを押すとすぐにまた、ガコン、と中身の入った缶の落ちる重たい音が聞こえて、取り出し口に手を掛ける。

    「…ん。仕方ないから、やるよ」

    差し出された手には、ミルクの多めに入っている甘いカフェオレ。唯がいつも飲んでいる物だった。

    「え?いいの?!」
    「別に。こっち、もらうから」

    言って唯の手からブラックの缶コーヒーを奪うように持って行った。そんな彼は、さっきお茶を買うと話していた気がする。

    「ありがとう」

    申し訳なさを感じながらも、唯は素直にそれを受け取り立ち上がる。
    伏黒くんは普段からそんな甘いカフェオレは飲まない、と唯は知っていた。だから、受け取る意外の選択肢は用意されていない事も理解に容易い。

    「お茶買いたかったんだよね?ごめんね」

    誰もいない自販機コーナー。
    虎杖と野薔薇は任務で出ている。午後の実技を2人で終えて2年生との合同の夕練まで、少しだけ余った時間をグラウンド近くのこの場所で潰していた。

    「別に。コーヒーか迷ってたし。構わない」

    お茶もあとで買うけど、と付け足す。
    座る場所がないのでコンクリートの壁にもたれ掛かり、伏黒は唯が買ったブラックコーヒーの缶を開けた。唯もその隣りでもらったカフェオレの缶を開ける。

    「優しいね、伏黒くん」

    唯が呟けば、伏黒は眉間に皺を寄せた。

    「…そんなんじゃねぇよ」

    コーヒーを口にする伏黒に、唯は笑う。





    飲み慣れたカフェオレを口に運んだ。口いっぱいに、ミルクの甘さが広がって一息吐けば、ぼんやりと頭に浮かぶのは、やはり昨日の任務の事で。

    ーー狗巻先輩、今何してるのかな。


    先輩がいるだろう校舎の方を見上げる。
    何も変わらないいつもの景色。それはとても静かで。ゆっくりと風がそよぐだけだった。


    早く狗巻先輩に会いたいな。

    …なんて。



    溜息を吐く唯に、伏黒が目線を向けた。

    「……何か、あったのか?」

    伏黒の言葉に、唯は目を瞬く。
    振り返れば、青みがかった伏黒の瞳がこちらに向いていた。

    「…………?」

    「否、朝から元気なさそうだったから」

    唯を見て呟く伏黒。
    一瞬考えてから、唯は笑って見せる。

    「そんな事ないよ?」

    努めて笑顔で答えた。
    けれど、彼の顔はそんな唯を前に余計に曇るだけだった。

    「何でもない」

    告げた唯は、あからさまに伏黒から目を逸らす。伏黒は目を細めた。







    ーー狗巻先輩。

    先輩は戦闘で声を枯らしていた。心配だったけれど、お疲れさまと昨夜別れたきりで。
    狗巻先輩は笑って唯に手を振ってくれたし、[大丈夫だよ]と今朝スマホにメッセージも入っていた。


    ただ、それだけの事なんだ。
    なんて事のない、私たちの日常。







    「何でもない、はずなんだけど…」

    目を伏せて小さく息を吐いて。
    唯はぽつりぽつりと同級生に呟く。

    「昨日の任務。狗巻先輩と一緒だったんだ」

    唯はカフェオレの缶を見た。中身はもうあまり入っていない。

    「ああ、知ってる」

    唯の隣で動く気配があって。コーヒーがなくなったのか、伏黒が一歩踏み出して自販機横のゴミ箱に向かう。

    「私、任務で狗巻先輩と組んだ事あんまりないんだけど。伏黒くんはよく一緒に任務行くよね?」
    「否、どうだろう。…まぁ、唯よりは多いかもしれない」

    唯は伏黒の背中を見た。制服は既に着替えて、黒に青のラインが入ったジャージを上下に身に付けている。

    「すごいね、狗巻先輩」

    何の気無しに目を輝かせて言う唯に。
    背を向けて缶を捨てながら、微かに動いた伏黒の表情は唯からは見えない。

    「1級…かな?まさかそんな呪霊がいるなんて報告もなくて」

    唯は3級だ。まだ2級に手が届きそうで届かない。

    「やっぱりすごいよ。狗巻先輩、呪言だけじゃなくて。動きも判断も早くて」

    想定外の事態に、唯は狼狽えたけれど。そんな唯に的確な指示があって、呪霊をいくつか祓った。でも、最後の一体になった時、唯は遥かに格上の呪霊と対峙して上手く立ち回れなくて。

    「…私も頑張って動いてみたけど…、怪我しちゃったし。先輩に庇ってもらってなかったら……」

    ーー死んでいた。
    その言葉は静かに噤む。けれど、この優秀な同級生は察しが着いただろう。

    手首の怪我だけで済んだのは、先輩が寸前の所で助けてくれたから。
    自分も声が枯れて、口元には血が滲んでいた。でも、唯を心配してくれて、高専に戻っても治療が済むまで隣りで一緒に居てくれた。

    「…先輩も声枯れてたし、疲れてたはずなのに…」

    俯いて、次第に声が小さくなっていく。

    「狗巻先輩に、今日は会ってないんだけど…。大丈夫かなって」

    大丈夫。
    先輩はきっと大丈夫。
    そんな事分かってた。

    「早く会って、話し…したいなって」

    怪我をして庇ってもらった3級の私なんかが、心配する事じゃないかもしれないけれど。

    何だかモヤモヤした気持ちのまま一日を過ごした。


    唯を助けてくれた先輩に、ただ会いたくて。
    会ってちゃんと、ありがとうございましたって伝えたくて。


    それだけ、なんだけど。









    ずっと憧れていた。
    優しくて、ちょっと悪戯好きで。
    いつも唯を気に掛けてくれていた。否、たぶんそれは唯だけじゃない。


    唯だからじゃない。



    言葉がわからなくて、最初は怖かったけど。本当は、後輩思いで仲間思いで。みんなを気に掛けてくれていて。

    そんな先輩が、自分のせいで。
    唯は家入さんに傷を治してもらった。先輩の喉も治療は済んだけれど、声はまだ少し掠れたままだった。
    「ヅナヅナー」なんて笑って、いつもの事だから気にしないでと。おにぎりの具に掠れた声を乗せて、優しい紫の瞳を唯に向けてくれた。


    たぶん狗巻先輩は、唯じゃなくても同じ。
    大丈夫だよって、誰にでも優しく笑ってくれるんだ。



    「お礼…ちゃんと言わなきゃ、とか………」

    僅かに赤くなる顔で俯く唯。

    唯だけに向けられた笑顔じゃないんだと、分かっていても。
    やっぱりその顔が忘れられなくて。
    隣に居た事が嬉しくて。
    心配してくれた事が嬉しくて。


    唯だけに向けられた笑顔じゃないから。

    でも、そんな優しい狗巻先輩が、


    ーー…唯の憧れだったから。







    「狗巻先輩なら、たぶん…大丈夫」

    低い声が、小さく響いた。それは術式の反動だろうし、と。

    「…………」

    カンッと、ゴミ箱から軽い音が聞こえた。静かなその場所に、やたらと大きく缶の音が響く。
    振り返る伏黒は、表情もなくただ唯を真っ直ぐに見ていた。



    「…狗巻先輩が、好きなんだ?」



    その言葉に、空気が止まった気がした。

    唯は大きく目を見張る。心臓が嫌な音を立てて跳ね上がり、真っ赤になって狼狽えた。

    「……え?…えぇと…」

    唯は言葉を無くして、真っ直ぐなその目線を俯いて逸らす。羞恥心から心臓が煩く鼓動する。動揺の色を隠す事が出来ないけれど。
    元より唯は隠し事が得意ではないし、野薔薇はそんな唯の気持ちに気付いている風だった。

    観念して気持ちを切り替え、唯は小さく頷く。

    「バレちゃった?さすが、伏黒くんだね」

    熱くなる顔を持ち上げて、軽く笑う。

    目が合った伏黒は、眉間の皺を深く刻んで、口を固く結んでいた。自販機からはほんの僅かしかない距離。背の高い伏黒の歩幅で、唯との距離はすぐに埋まって行った。

    ーーあ。

    と、思った時にはもう唯の目の前には黒のジャージがあった。唯よりも大きな背丈に顔を上げれば、青みがかった瞳と視線が絡む。至近距離でその瞳に見つめられれば、見た事のない同級生の顔に身体が固まる。

    少しだけ残ったカフェオレの缶が、唯の手から滑り落ちて地面に転がって行った。


    「…何で…狗巻先輩なんだ?」

    言った彼は顔を少しだけ伏せて。珍しく少し戸惑ったような表情を見せる。

    「一番近くに、居た…はずだったのに。何度も言おうと思ってたけど言えなくて。でももし、まだ間に合うんなら、」

    大きな手がゆっくりと唯の頭上を掠めて行く。腰を屈めて唯がもたれ掛かっていたコンクリートの壁にトンと手を着いた。


    「ずっと唯が、好きだった」


    唯の瞳が大きく見開かれて、揺れる。


    ……一番近くに居た同級生。
    4月からたった2人の1年生だった。野薔薇たちが、入学するまで任務以外は毎日のように一緒に授業を受けて、2人きりで過ごす事も少なくは無くて。


    一番近くに居た友だち、だった。



    ゆっくりと、綺麗な顔が近付く。
    細めた青の瞳に、黒い髪に、端正な顔立ち。見慣れた同級生の初めて見る顔。
    唯は、微かに震えてぎゅっと目を瞑る。
    俯いて、その胸元に抑えるように手を置いて。無意識に力一杯その手で抗った。唯の力ではびくともしないその身体に。

    「……あ、…やめ……っ」

    思わず漏れたその言葉に、涙が溢れた。

    「…………っ」

    固く瞑った唯の目に、
    浮かんだのは、あの笑顔だった。
    ツナツナと、大丈夫だよと、呟いた先輩の顔。

    俯いて微かに震えた唯の口元が小さく動く。声が上手く出せなくて。

    「…い、ぬま……せんぱ…っ」


    伏黒はコンクリートに着いた拳を握って唯を見た。僅かに目を見開いて、その腕はゆっくりと静かに離れていく。

    彼もまた、人に対しては特段優しい一面を持っている事を、唯は知っている。唯を怖がらせるつもりはないんだと、分かってはいた。
    嫌だと告げればきっと、何もしない。

    でも。

    開いた瞳に映ったのは、ぎゅっと握った拳を下げて目を伏せ、小さく息を吐くその人。

    「……悪い、やり過ぎた…」

    唯は力なくゆるゆると地面にしゃがみ込んだ。

    こんな風に男性に告白されたのは初めてで。
    何を言っていいのか分からない。伏黒の顔を見る事が出来ずに俯いて、カフェオレの缶が転がる地面を見た。

    「…ごめ、なさ……い、」

    言いながら、溢れる涙を袖で拭って。
    閉じた瞳に浮かぶのは、


    やっぱり狗巻先輩で。



    「………ごめん、なさい…私……」

    心臓の音が煩く響く。
    胸が痛い。

    「……………っ」







    「高菜?」

    聞き慣れた特徴のある語彙に、唯は思わず目を見開く。
    顔を上げた目の前には、男性の掌。差し伸べるのは、唯が何度も心の中で名前を呼んだ、その人だった。
    紫色の瞳が唯を見る。

    「…狗巻…、先輩……?」

    差し伸べられたその手に戸惑っていれば、狗巻先輩は有無を言わさず唯の手を取って掴んだ。

    「明太子っ」

    その腕に力を入れて唯を引っ張り上げる。唯はなすがまま腕を引かれてその場に足を伸ばして立ち上がった。

    「ツナマヨ」

    小さく言って唯の腕を更に引き寄せる。あ、と声を漏らしてバランスを崩し、よろめく唯を狗巻先輩が抱き止めた。先輩の腕が唯の腰に回り、更にその身体を引き寄せる。

    「…………?」

    何が起こったのか、理解が追い付かなくて。
    唯は大きく目を見開いて、そのまま動けずにいた。

    「ツナ」

    唯ではなく、その向こう側にいる伏黒を狗巻先輩が見る。片腕を出して伏黒に伸ばすと。

    「おかか。こんぶ」

    唯と狗巻先輩、2人の夕練の不参加だけを告げた。
    それから小さく呟く。

    「高菜」





    狗巻先輩は唯の顔を覗く。
    するりと伸ばしたその手は唯よりもひと回り大きくて。男性にしては細くて長い指先が、唯の手をぎゅっと掴んだ。

    「……っ、せんぱ…、……?」
    「明太子」

    力一杯引っ張られて、そのまま唯は何も言えずにただ前を行く狗巻先輩に着いて行く事しか出来なかった。

    見慣れた景色を校舎から寮に向かって歩き、痛いくらいの腕を俯いて見つめる事しか出来なくて。
    熱くなる目頭。揺れる視界に溜まる涙がこぼれ落ちるのを必死で堪える。



    なんで先輩は、

    怒ってくれるの?






    「…狗巻、先輩……?」

    胸が苦しい。ドキドキと煩く鳴って。
    あんなに会いたかったはずなのに。
    どうしよう、と頭の中で何度か繰り返していた。

    「…あの…、何処に、行くんですか?」

    唯を引っ張って歩く静かな背中からは、何の感情も見えなくて。ただ強引に引かれて行く腕からは、少しだけ畏怖があって。
    唯は溢れそうになる涙を堪えた。

    「先輩、いたい…です」

    意味が分からずに唯は一旦立ち止まって、掴まれた手を引っ張ってみる。すると、狗巻先輩は意外にも簡単に立ち止まって唯の腕を離した。

    ツナ、と振り向いたその顔は、表情なく目を細めて唯を見た。

    「…怒ってますか?」
    「高菜」

    「なんで……」

    狗巻先輩は唯の腕に手を伸ばす。
    さっきまでの引っ張られていた感覚とは違い、そっと触れた温かな掌。ぎゅっと握った唯の手を持ち上げる。

    「こんぶ?」

    言って唯の手元を見た。触れた手が撫でたのは、昨日家入さんに治してもらった手首だった。

    「……?…怪我した所は、もう全然平気です」

    その言葉に小さく頷く狗巻先輩。
    手首の怪我はもう痛む事はないけれど。心配してくれていたんだ、と。温かい気持ちが胸に広がる。

    やっぱり優しいな、って。


    「ツナツナ」

    その目線が唯に向く。片手が唯を指差した。

    「それで、探してくれてたんですか?」
    「しゃけ」

    「先輩も声…。戻ってますね。元気そうで良かったです」
    「明太子」

    狗巻先輩は微かに笑顔を見せた。
    握った唯の掌をゆっくりと開いて、一本ずつ指を絡ませて。静かに目を伏せた。

    「高菜…」

    言って、目深に被ったネックウォーマーのチャックに触れた。開いたチャックからは、蛇の目の呪印の入った口元が見える。
    はくはくとゆっくり動くのは。

     “ ご め ん ね ”

    「…………?」

     “ み て た ”


    静かに開いた口元はまた、静かに結ばれる。


    狗巻先輩は、制服のポケットからスマホを取り出す。画面に、慣れた手つきで文字が打ち込まれていく。

    「ツナ」

    スマホを唯に向けて見せた。


    [ だから、ムカついた ]


    「おかか」



    唯は大きく目を見開いて顔を赤くする。心臓をぎゅっと掴まれたみたいに胸が痛んだ。

    ーー見られていたんだ、と。


    狗巻先輩はスマホに目を向ける。

    [ 恵と何話してたの? ]

    更にもう一度文字を打ち込んで、唯に向けた。


    [ 2人のプライベートだから。

    見ちゃいけないと思って、
    出直そうとした。


    だけど、


    名前呼ばれた気がしたから ]


    あ、と唯は小さく声を出す。
    咄嗟に名前を、呼んでしまったかもしれない。
    唯は無意識に自分の口元を片手で覆うように触れた。

    狗巻先輩は絡んだ指をぎゅっと握って。
    スマホを下ろして唯を見た。アメジストのような瞳が揺れている。


    それがどう言う意味を持った呼名だったのか。
    狗巻先輩は、たぶん気付いているーー。



    真っ赤になって俯いた唯の、視界が次第にぼやけていった。

    こんな風に気付いて欲しかった訳じゃない。


    狗巻先輩はポケットにスマホを戻して、その手を唯の頬にそっと当てがう。先輩の親指の腹が、唯の目尻に触れて。
    溢れそうになる涙を拭った。

    「ツナ?」

    何で、と。
    掠れた低い声が、唯の側で響く。
    口元を覆った唯の手を取って退けて。その唇を、先輩の親指が撫でていく。

    「ツナ」

    吸い込まれそうなくらいの深い色の瞳が、唯だけを映していた。全てを見透かされているようなその色は、密かな笑みを含んで唯を見る。

    近付くその顔に、唯はぎゅっと瞳を閉じて。

    身体が強張るのを感じた。微かに震えるその唇に、


    ーー………っ?


    触れるものは何もなくて。

    代わりに感じたのは、優しい大きな掌の温もり。
    狗巻先輩の掌が、唯の髪を梳くように滑って撫でて行く。

    「………?」

    ゆっくりと目を開けば、すぐ目の前には狗巻先輩。ほんの少し動けば、唇が重なる甘い吐息がもどかしい距離。

    首を傾げて、物憂げに唯を見て尋ねる。言葉はないけれど。
    唯は小さく首を振った。

    「狗巻先輩、が…好きです…」

    告げた唯に、先輩は目を細めて。

    「…狗巻先輩が、いいです」

    ドキドキと、大きく胸が鳴る。その瞳を見つめて、先輩の制服をぎゅっと握ると。どちらともなく、その距離が埋まる。重なる唇に、唯はもう一度目を閉じて。

    「しゃけ」

    背に回る狗巻先輩の腕は、唯を包み込む。

    ふわりと香る優しい先輩の匂い。

    唯だけを見るその瞳。
    唯にだけに触れるその腕。

    唯だけに優しく向けられた笑顔。


    離れて行った唇を耳元に寄せた。


    “ す き ”


    音の乗らないその声に空気が揺れる。



    「ツナマヨ」






    耳元で囁かれたその音に、唯は恥ずかしくて顔を上げられなくなる。
    唯にだけ小さく小さく届くその声に。瞳が揺らいだ。

    そっと耳朶に唇を落とす。柔らかく喰んだ感覚がくすぐったくて、ぞわりと唯の背筋に響いた。初めて感じる甘い感覚。

    狗巻先輩の唇は、唯の白い首筋に落とされる。ゆっくりと這う舌先に、思わず小さく声が漏れて。ぎゅっと先輩の制服にしがみ付いた。

    「…せんぱ……、ん」

    ちゅ、と音を立てて微かに痛むその感覚にビクリと身体が反応した。唯は俯いて目を閉じ、狗巻先輩の首元に顔を埋めて静かに堪える。

    「…………っ」

    制服で、ギリギリ隠れる唯の白い首筋に、先輩の唇はその痕跡を刻んでいく。
    小さく吐いた息遣いに、もう一度だけ、舌先が唯の首筋を撫でて。糸を引いて離れていく。

    「ツナマヨ」

    悪戯にその顔を上げる。
    ツツと爪を立てて撫でた首筋には、赤い痕跡。

    それはまるで、自分のものだと告げるように。









    **


    1年生のたったひとつしかない教室のドアに手を掛ける。微かに震えた唯のその手。一旦目を閉じて、深呼吸をする。


    あの後、特に何かがあった訳ではなくて。
    狗巻先輩と2人で歩いて寮に戻った。

    会話もなく、いつも以上に静かな帰り道。
    「また明日」と告げて、それぞれの部屋へと戻った。



    けれど、鏡を見て気付く痕跡は。
    唯を動揺させるのには十分過ぎて。

    昨日はほとんど眠れなかった。


    無意識に首筋に触れた。
    制服でギリギリ隠れる位置にある赤。


    単純に嬉しくて。でも、少し恥ずかしくて。
    何だか妙な罪悪感があって。
    唯は顔を伏せたまま、閉じた瞳を開いた。




    「……何、やってんだ。んな所で」

    低い声が頭上で響く。

    「…………っうぇぇえ!?!!」

    顔を上げて、跳ね上がるように振り返る。
    そこには見慣れた端正な顔立ちの同級生。顰めた顔にも微かに笑みがあった。

    「朝から元気だな…」

    「…伏黒くん!!」

    大きく目を見開いて動揺する唯に、気まずそうに首に手を当てて顔を逸らす。

    「…お、はよう……」
    「……ん。…おはよ」

    一応挨拶は交わしてみたけれど。お互いそれ以上なく静かに固まる。
    何か言わなければと唯は口を開くが、やはり続く言葉が何も出てこない。

    そんな唯を伏黒は目線で追った。
    小さくけれど重い溜息を吐く。

    「…昨日はその、悪かった」

    言われて唯は顔を上げる。

    「唯を、困らせるつもりはなかった」

    唯は首を横に振る。

    「否。やり過ぎたと、思う」

    「…違、…」

    もう一度、唯は俯いて首を横に振った。

    「違う、よ。私…あんな風に告白されたの、初めてだったから。ちょっとびっくりしただけで」

    言わなきゃいけない、と思った。
    狗巻先輩のこと。狗巻先輩が、好きだと。

    きちんと伝えなければ、と。

    「…ごめん、なさい…。私、あの…」

    言い掛けて俯く唯の頭に、ぽんと大きな掌が乗ってそれを遮る。

    「唯が、ずっと狗巻先輩を見てたのは知っていたし、狗巻先輩も唯だけを見てたから」

    唯は俯いたまま目を見開く。
    狗巻先輩の掌とは違うけれど、大きな友人のただ置かれただけの掌。

    「だから、自分なりにケリを着けたかっただけだったんだけど」

    俯いて。掌を退ける事が出来ないでいた。
    重たい彼の、優しい掌。たぶんそれは、唯の顔を隠すためのもの。

    「昨日、狗巻先輩が虎杖と部屋に来た。菓子とジュース大量に持って、普通に喋ってちょっとゲーム付き合わされて」

    その手は何事も無く離れて行く。
    唯は少しだけ顔を上げた。

    「何も言われなかったけど。帰り際に、ごめんってさ」

    小さく息を吐いて、不意に唯の首元に手を伸ばす。白い唯の首筋に、その手が触れるか触れないかの距離で、止めた。静かにその手は落ちて行く。

    「もう何も言わないし、何もしない。
     でも、もう少しだけ…。せめて今日だけはまだ唯を好きでいさせて欲しい」


    顔を上げて、困惑する唯に。
    表情を変えずに伏黒は唯を見た。

    「んじゃ、…俺、今から任務だから」

    と、唯の言葉は待たずに伏黒は踵を返す。
    本当はたぶん、教室に用事なんてないその人は。

    「明日からまた、よろしく」

    ひらひらと手を振って、その場から一歩を踏み出す。

    待って、と。
    つい言い掛けたその言葉を、唯は飲み込んで。

    「ありがとう」
    と、小さく呟く。
    伏黒くんに、聞こえたか聞こえなかったかわからないその言葉。彼は何の反応もない。

    明日はきっと、今まで通りのただの友だち。
    しばらくは少し気まずいかもしれないけれど。

    一番側にいてくれた、“友だち”だから。







    End***





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