母がいない「なん、で?」
すとんと何かが断ち切れたような夢を見た。
その中身が何だったかはまだ幼い娘にはよく分からず、目を覚ましたらそのわずかに掴んでいた切れ端さえどこかに消えてしまった。
ぽろりと雫が頬を流れこぼれ落ちていく。
「は……さま?」
誰よりも大事な母が城から姿を消したと知ったのは、一月も経ってからの事だった。
「なん、で?ねえお父様あっ母様は?ははさま、帰ってくるって、ちょっと遠くにお仕事しに行ってるだけって!お父様、そう言ったでしょう?!ひゅ、ふ、ぐっ」
「クオン、落ち着くんだ。クオンっ」
「や、だ。やだよおははさまっ母様帰ってきてええっっは……」
「……カルラ……」
暴れてどうにもならなかった娘の背後から首に手刀を振り落としたのは芳しくない顔色をした三つ編みの女だった。
「だから言ったでしょうオボロ、何故急ぐからと言って無理にでも二人をちゃんとお別れをさせてあげなかったんですの。ましてすぐ帰ってくる、なんて一時凌ぎの残酷な嘘を。クオンのエルルゥの慕い方は他の比ではない、オボロと同等に甘えているのはエルルゥだけなんですのよ?」
「……っすま、ん……」
家族皆をクオンとて愛してはいる。
だが無条件で甘えてすがり寄れるのは薬師の師であり叱る時にきちんと厳しくあれるエルルゥだったろう。
導き手は他にも居る。
だが実母が命を賭してこの世に遺した生きた証を、何の衒いもなくただの子供として愛し接することが出来たのは、恐らく幼い妹を母代わりに育てた経験を持ち、平民であったエルルゥだからこそで。
「ウルトですらクオンの背後に信仰する神を見てしまう。オボロ貴方なんてユズハの影をあの子にどうしても見てしまうでしょう?だからこそエルルゥを失っても自責に向かわないよう、独り立ちできるように誘導すべきでしたのに」
「……俺は、父として」
「ともかく次善策を考えましょう、クオンはしばらく寝かせて置いた方がいい。せっかくエルルゥが神との繋がりを絶ったというのにこの不安定さが続けば、簡単に乗り越えてくるでしょうね、それはあの子や主様の望むところではないでしょう?」
キッパリ言い切る女を、ゆるゆると皇である男は仰ぎ見る。
「辛辣な…だがおまえはいい女だな、カルラ」
「あら、今頃惚れましたの? 最も私の心は永遠に主様だけのものですわ」
「違うわっ…お前が仲間で、クオンと共にいてくれて良かった、よ」