404号室で会いましょう(うーみゅ…流星隊Nの全員が活動できる仕事って浮かばないものッスね…)
提出期限の迫った白紙の企画書を前に自然とため息が出る。
春から隊長兼レッドを受け継ぎ校内流星隊のリーダーとして活動しているものの、なかなか思うようにいかない。
鉄虎自身紅月の加入審査に1度落ちた身であるからと流星隊の加入審査は受けた新入生がほぼ全員加入できるようにしたのだが、校内資金のやりくりや後輩の指導など問題は山積みだ。
それに、夏休み終盤にCrazy:Bの流したデマが原因で炎上したばかり。
MDMで守沢先輩と深海先輩が動いてくれたから収まったものの、鉄虎たち2年生の3人だけでは事態を収拾出来なかった。それどころかアイドルロワイヤルで偽情報を流されていると知った直後、3人で会場に乗り込んだ際負けているのだ。
Crazy:Bの一連の行いは『悪』に操られていたもので、彼らもまた被害者なのだから天城燐音たち4人は悪くない、許して欲しいとファンを説得する千秋の背中を見て震える拳を握らずにはいられなかった。
自分はまだ何も理解していない子供なのだと、赤を背負える程の力がないのだと言われた気がしたから。
だからせめて流星隊Nの活動だけは完璧に行わなくては、そう思うのに思えば思う程どうすればいいのか分からない。
はぁ、と大きく何度目かのため息をつき床に就く準備を始める。
(明日、忍君たちに相談するッスよ…)
個人で出演したバラエティ番組の撮影後。次の現場に向かおうとスタジオから出た途端に壁にぶつかってしまった。
「ぐぇっ、壁…?」
「大丈夫かい?ごめんね、余所見をしていたものだから…怪我はない?」
壁だと思ったものは大将の身長を優に超す程長身の男性だった。
白髪混じりの髪を七三に分けグレーのスーツを着こなす、如何にもやり手のサラリーマンといった優しそうな人。
見惚れている場合じゃない、はっとしてすぐに差し出された手を取る。
「大丈夫ッスよ!俺の方こそ考え事してて…すみません!」
「怪我が無いようで良かった。君は確か流星隊の南雲鉄虎君だよね、春に流星隊Nのリーダーになった」
自分のことを知ってもらっているとは。しかも流星隊Mのブラックとしてではなく、Nの隊長として。
自分なりの努力が少しだけ認められたような気がして頬が緩まるのを抑えきれない。
「押忍!俺の事知って頂いているみたいで恐縮ッス、事務所の方なんですかね…?」
「失敬、申し遅れたが私はここの局のプロデューサーなんだ、名刺を受け取って貰えるかな?」
「頂くッスよ、プロデューサーさんだったんスね」
丁寧に両手で渡された名刺にはスタジオの入っている局とプロデューサーと記されていた。
(以前守沢先輩に業界関係者を装って悪行を働く人もいるからちゃんと名刺を見るように、って言われたッスからね、でもこの人は本物ッス)
うんうん、と1人頷いているとプロデューサーさんから思いもよらない発言が飛び出した。
「今度若手のアーティスト数組で特別番組をするんだ、どうかな、ESの流星隊ではなく君が率いる流星隊Nとして出演してみないかい?」
世間の認知度も人気も高いMではなく、Nとして?
「驚くのは分かるよ、みんな視聴率を稼ぎたいが為に人気の高いアーティストに売れた曲ばかり歌わせるからね、それも新曲ではなく何年も前に売れた曲ばかり。でもね、私は今後この世界で花開く金の卵こそスポットが当てられるべきだと思うんだ」
「はぁ……?」
熱く語り始めたプロデューサーさんに少し疑問を覚える。Mも人気とはいえBIG3に比べればまだまだ発展途上だし、Nの新入隊員はステージに立った経験も浅い。小さなイベントの前座どころかTV番組に出られる程の実力はまだ身についていないのに。
「長々と話したがこんな渡から船のような美味い話、怪しいと思うのも普通だろう。芸能界で生きていくには人を疑うというのも必要な術だからね。もちろんこの話には条件があるよ、私は本来の君をよく知らない。そこで君がどういう人間なのか、私に教えて欲しいんだ。どうかな、引き受けてくれるかい?」
「確かに仰る通り俺には願ってもないような話ッス、けど、俺を教えるというのは…?」
「君とゆっくり話をさせて欲しいってことだよ、時間があれば今日の夜8時、この場所に来て欲しい。引き受けるか断るか、是非考えて欲しいな」
そう言うとプロデューサーさんは1枚のメモを握らせ立ち去ってしまった。
(行っちゃったッス…今日の夜、それまでに企画が思いつかないなら…)
立ち去るグレーのスーツを見ながら鉄虎は逡巡するのだった。