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    nezumoto_

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    nezumoto_

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    スーパーが怖い🎍が🍯と買い物をするはなし(🍯→🎍)

    おいしい味噌汁の作り方怖いものは誰にでもある。
    ホラーも、暴力も、なんだって。
    この世界に息をする限り、怖いものはいくつあったって、何であったっておかしくない。
    おかしくない、かもしれない。
    自信が無いからわからない。
    だって俺が怖いものには、いつだって色んな人があふれている。

    「武道〜、ちょっとスーパー行ってきて欲しいの」

    母親からそう言われて1000円札を3枚渡されて、一瞬だけ耳の奥がツンとした。
    「……コンビニじゃダメなの?」
    「ほうれん草と大根とお味噌買ってきて欲しいのよ。コンビニじゃ売ってないでしょ?」
    「そうだけど……」
    「お釣り、そのままお小遣いに足していいからお願いしたいの。いい?」
    「………うん」
    手の中でくしゃりと偉い人の顔が歪んだのを見て、慌ててシワを伸ばして財布を手に取った。
    サンダルをつっかけて、適当な服装のまま外に出る。初夏の夕暮れ時はちょうどいい温度の風が吹いていて、案外心地がいい。
    でも足には重りが引っ付いてるみたいに重くて、握った手のひらはじんわり汗をかいていた。

    どうしようもなくなって逃げた頃から、スーパーって場所が苦手だった。今日の夕飯の献立をリクエストしたり、菓子を買って欲しいと懇願する子どもの声や、仲睦まじくカートを引く夫婦の表情。全部が全部、自分じゃなれなかった別の世界の住人を前にしているようで受け付けられなくて、何か用があれば全部ネットデリバリーで食材を届けてくれるサービスを使っていた。未来ではそういう便利なサービスが溢れていたけど、今は2005年だ。そんなものはない。
    ……「苦手」が「恐怖」になったのは、リープをしてきて初めて人の死を前にしてからだった。
    ──鮮魚売り場に近づけなくなった。
    死んだ魚の目があの時の彼の表情と重なって吐き気がするから。
    ──精肉売り場で足がすくむようになった。
    鮮やかな生肉が、飛び散った肉塊や脳漿を彷彿させて全身の力が抜けていくから。
    そういった視覚の恐怖と、家族や夫婦の賑やかな声に責められる聴覚のストレスで、入口の前でさえ躊躇してしまうほどだった。
    店の前に着いても、ドアの少し前、端の方で爪先を捩るしかできない。具合が悪いと言って断ればよかった。幸い頼まれたのは野菜と調味料だけだし、肉や魚を買えと言われたわけじゃない。それでも足はなかなか動かずに、退店した家族や主婦が怪訝そうな顔をしながら買い物袋を持って隣を過ぎていく。
    こわい。痛いことも苦しいことも何もないのに。
    この場所がとてつもなくこわい。
    自意識過剰だってわかってる。思いこみすぎだというのも。それでも、ありもしない未来への羨望が、そんな未来に近い場所にいる人達からの嘲笑が、死んだ目が、飛び散ったぐちゃぐちゃの肉が、全部全部全部───

    「……タケミッち?」
    「………………えっ?」
    聞きなれた声に振り向くと、そこには眦を緩く垂らした三ツ谷くんが立っていた。
    「こんなとこで偶然だなあ。タケミッちも買いもん?」
    「…………ぁ……っと……親に、たのまれて」
    「そーなん?偉いじゃん!俺は今日の飯の買いもん!」
    三ツ谷くんはそう言ってニッカリ笑って俺の頭をくしゃくしゃ撫でた。彼は顔つきの穏やかさやそんな表情に似た大人しめの性格に反して笑う時はサッパリ笑う人で、俺はなんだかそれが好きだった。垂れた目元をきゅっと細めて、歯を見せて笑ってくれる彼の顔を見ると、全部許された気になるから。
    「そんじゃ、せっかくだし一緒に行かね?今日作るもんまだ考えてねーし、タケミッちも手伝ってよ」
    「え、お、おれが……?いや、でも」
    「マナたちに聞いても、てんでバラバラなもん言ってくるからさあ、タケミッちに考えてもらったらいいんじゃね〜かって。ほら、カゴ!行こうぜ。この時間帯、安くなってるモンいっぱいあんだよ。」
    「あっ、えっ、でも!」
    「ほらほら、いくぞ〜。元隊長の頼みなんだから、聞いてくれるだろ?」
    「あっ、ま、三ツ谷くん!」
    あれよあれよとカートを引いて前に行ってしまう三ツ谷くんの背中を、慌てて追う。ただスーパーに入るだけなのに心臓は痛いほど鳴っていて、ガンガンと頭痛もしてくる始末だった。それでも足を動かして冷気の漂う店内に入ったのは、ひとりになりたくなかったから。

    「タケミッちは何買うん?」
    「え?あ、あっ、えと、ホウレンソー、と、大根と……味噌……?」
    「そか。俺も手伝うよ。無理言って付き合わせちまってるし」
    「む、無理なんて!言ってない、っス!」
    「ハハ、ほんと?じゃーよかった。野菜の方から順番に回ってくかぁ。」
    「は、はいっ」
    極力周りは見ないように。極力周りの音が入らないように。下を向いて、スウェットのフードを軽く被る。
    三ツ谷くんは不思議そうに俺を見て、首を傾げた。
    「タケミッち、寒いん?」
    「あっ、えと……まあ、」
    「まー、中入るとクーラーきいてるもんなあ。」
    深入りされるかと思って身構えていたものの、彼はまたにっこり笑って、次の瞬間には「お、玉ねぎやすーい」と嬉しそうに大玉の玉ねぎをカゴに投げ入れていた。
    俺も近くの棚にほうれん草を見つけて手に取り、カゴに入れる。
    「……お?タケミッち、それ」
    「えっ?」
    ニシ、とはにかみながら三ツ谷くんが俺のカゴを指差すので、今度は俺が首を傾げた。
    「それ、ほうれん草じゃなくて、小松菜!」
    「えっ?ウソ、えっ!」
    「ハハ!あるある!パッと見間違えるよなあ。確かほうれん草の方が茎が細いんだよ。ほら、こっちな。」
    「うわ、恥ず……。普段来ないのバレちまう……」
    「ちょっとずつ覚えてけばいーんだよ。俺もよく間違えてた!」
    ぽんぽん、と軽く俺の肩を叩いて「やっぱ一緒に来てよかったな!」と笑う三ツ谷くんは、いつもより楽しそうな気がした。
    「三ツ谷くんは……どんな間違いしてたんすか?」
    何となく口の端からこぼした疑問に、彼は嫌な顔することなく、相変わらずもにもにと口元を緩めたまま「んー」と声を出した。
    「小麦粉と片栗粉間違えたり、タケミッちとおなじ間違いしたり?俺の時はチンゲン菜だったな。粉なら全部同じだし、見た目ほぼ一緒だしあってるだろ〜って。」
    「三ツ谷くんが?意外ッスね。」
    「んふ、俺だって最初から全部できたわけじゃねーし。今でこそまあ、やろうと思えば大抵できるけど、揚げ物作るのだってビビってたし、油に水気はエグいほど跳ねるとか、なーんも知らなかったしな〜。」
    「へ〜…………。……でも、今できてるの、すごいッス。何回も間違えて、でも続けてきたんでしょ?料理も裁縫も。三ツ谷くん、ほんとにすげーッス。」
    つらつらと、彼への純粋な賛辞が俯いた口から溢れていく。フードに遮られた視線では、彼の手元しか見ることが出来なかった。
    「……すごい。ほんとうに。」
    俺と違って。
    「………………………………おれと……」
    店内のよく冷えた空気が肌に痛い。三ツ谷くんがどんな顔をしているのか確認することもできない。
    「それをタケミッちが言うわけ?」
    「……?」
    顔を上げる前にフードの隙間からするりと喧嘩胼胝のある手が滑り込んできて、俯いていた俺の顔を掬いあげるように頬に触れる。温かいと思っていた三ツ谷くんの手は思ったよりも冷えていて、なんだか不思議だった。
    「タケミッちはさ〜、喧嘩よえーし、すぐ泣くし、向こう見ずだけどさ。」
    「え、酷い言い様……」
    「聞けって。だけど、それでも突っ込んでくじゃん。誰も勝ったことないどんだけ強ェやつでも、どんだけ怖ェ状況でもさ。俺はそうやって、誰もできたことないことをやっちまうタケミッちが死ぬほど羨ましいけど?」
    「三ツ谷くんが?うそだあ。」
    「ウソ言ってど〜すんだよ。めッちゃくちゃ羨ましいワばーか。」
    ツン、と三ツ谷くんの指先が俺の頬を抓る。それでも全く痛みはないまま手は離れて、漸く視界におさまった彼は「行くぞ」と笑った。
    「……ほら、次は大根だっけ?1本丸ごと?4分の1のパック?」
    「ん……ん?えっ、そんなんあるんすか、ど、どっちだろう……」
    「まー、なんにも言われてないなら普通に1本買っちまえば?大根は色んなモンに使えるし。」
    「あ、じゃあ……」
    言われるがままに傷のついてない、葉のしっかりした大根をカゴに入れる。それを見ていた三ツ谷くんは、くすくすと小さく笑いをこぼしていた。
    「……なんかまた間違えてます?」
    「ん?んゃ、なんかいーなって思っただけ。」
    「ん……?」
    「こーやって並んで買い物してんの、夫婦みたいじゃね?」
    「そー………………そッスか?」
    イマイチよくわからずにいる俺に三ツ谷くんはまたおかしそうにはにかんで、もはや癖になったみたいな自然な仕草で俺の頭に手をやった。
    「んふ……なんかもっと、あるだろ。照れるとかさあ」
    「やー……三ツ谷くんみたいな良夫、俺にはもったいなくて想像するのも烏滸がましいッス」
    「俺が夫?じゃあタケミッちがヨメだな」
    「アハ、ダメダメなヨメで……」
    「そしたら俺は専業主夫かな〜。」
    軽口を叩き合いながら、二人で三ツ谷くんのメモに書かれた食材を探して入れていく。まあ確かに、言いたいことはわからないでもないけど、それでも俺と三ツ谷くんじゃ釣り合わないだろうと思って、ヘラヘラと冗談の波に乗るしか出来ない。
    三ツ谷くんはすごい人だ。俺とはちがう。
    俺じゃ手に入れられない未来へいける人。
    いつも俺とはちがう未来にいる人。
    そんな人の隣に、だなんて、想像するだけでも烏滸がましいと思ったのは、嘘でもなんでもない、ただの本音を口にしただけ。
    「……野菜はこのくらいかな。次は味噌だっけ?」
    「…………あ、あっ、はい!」
    カートを引く三ツ谷くんに続いて、調味料コーナーについて行く。両側にそびえる棚には目を回しそうなほど色んな種類の調味料があって、思わずうぉ、と声を漏らした俺に、三ツ谷くんはやっぱり笑った。なんだか今日は、いつもの集会の時よりも笑顔が多い。そんなに俺のリアクションがツボに入ったのかな、なんて思いながら、自宅の冷蔵庫で見たことがある味噌を探しにかかる。
    「……これ……?ん?合わせ……」
    「味噌って、合わせ味噌と白味噌と赤味噌があるんだよ。いつも家ではどれ使ってんの?」
    「え、えー…………赤ではなかったと思うンすけど……」
    「じゃ、合わせか白だな。」
    「どっちだろ……聞いてこればよかった……」
    うんうん唸っていると、横からスっと三ツ谷くんの手が伸びてきて、合わせと書かれた味噌のパックをカートに乗せたカゴに入れた。
    「俺のとこは合わせ。特に決まってないなら、合わせでもいーんじゃね?」
    「ん……そうします。」
    三ツ谷くんの助言に従って俺も同じ味噌をカゴに入れる。これで俺の方の買い物は終わったし、後は三ツ谷くんの買い物について行くだけだ。
    「三ツ谷くんは、あとは何を買うンすか?」
    「俺?あー、あとなんだったかな。」
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