お菓子を配ったそのあとで「戻っていたんですか?」
自分が一番に天幕に戻って来たと思っていたのに、中に入るとこちらに背を向けてベッドで寝転ぶジェレミーの姿があった。
「ん? あぁお疲れさん」
こちらを見ずにひらひらと手を振りながら背中で話す様子は随分とリラックスしており、ついさっき戻って来たと言うわけではなさそうだ。
「ちゃんとお菓子配ったんですか?」
「いや~誰も俺様のところには来なかったから、さっさと帰ってきちまったってわけ」
うぅーとベッドの上で身体を伸ばす様子にちゃんとこちらの話を聞いているのか不安になる。確かにベッド横のテーブルにはお菓子が入ったままのカゴが放置されていた。
誰が提案者かは知らないが、今日はハロウィンだからと駐留しているこの街の子供達に解放軍みんなでお菓子を配ろうという話になったのだ。お菓子はクロエが監修したというから、味は心配ない。
「アレイン殿はちゃんと配るよう仰っていたじゃないですか」
「ガキが来ないんだからしゃーないだろ」
「怠けていたのが発覚したら怒られますよ」
その言葉を聞いてか、ごろりと寝返りを打ったジェレミーがこちらを見る。自然と見上げるような視線にどきりとしたが、一方で表情はこちらを見透かしているかのように笑みを浮かべており、何を言われるのかと身構えた。
「あんたが黙ってくれてりゃ大丈夫だろ」
にやとした表情はそういうことか。暗に「あんたは言ったりしないだろう?」と言ってきているのだ。命令違反は風紀を乱し、部隊内に混乱を来たす。発覚した場合は報告の上で処罰が原則だが、今回のような場合はどうなのだろうか。解放軍の長であるアレインの命令に従わなかったことは間違いないが、お菓子を配らなかったことはそこまで重要な規則違反だろうか……一瞬迷いが出たが、ジェレミーに対して甘い顔をすると、今後調子に乗るかもしれない。そう考えると、はっきりと言わねばならないだろう。
「黙っていると思うんですか?」
言ってから、どうして「報告します」とはっきり言わなかったのだろうと後悔した。こんな言い方をしたら迷いがあると言わんばかりだ。当然その気持ちは筒抜けのようで、ジェレミーの笑みがさらに深くなった。
「そりゃぁもう。愛しい俺様の頼みとなったら聞いてくれないわけないよな?」
「……こういう時だけそういう言い方して、俺に悪いと思わないんですか?」
「そんな俺が好きだろハニー」
こちらがジェレミーのことを憎からず思っていると知っていての言動だ。にやけた顔でこちらを見てくる相手に返せす言葉がない。本当にこの男は……
「……今晩付き合ってもらいますよ」
「りょーかい、準備しておくぜ」
勢いよくベッドから起き上がると、天幕の外へと向かう。先ほどの言葉通り、夜のための準備をしに行ったのだろう。
その背中を見送ってから大きくため息をついた。
「貴方と言う人は……」
本当に掴みどころがない。こちらの気持ちを受け止めることなく、いつもするりとかわしていく。何度も夜を共にしていることで、ジェレミー自身も自分のことを悪いようには思っていないはずだが、本当のところはさっぱりわからない。
こちらの気持ちばかりが募るのは悔しいなと思いながらも、このあと約束された時間を心待ちにするのだった。