百面相していたroが猫になる話『え? まだ凪とちゃんと喋ってねぇの?』
『話したいことは話せる時に話しといたほうがいいぞ』
『ここじゃいつ誰と会えなくなるか、わかんねぇからさ』
数時間前に千切が言っていた言葉が頭の中をぐるぐると回っている。千切には呆れられいたが、考えても考えてもわからない。
(凪が俺のことどう思ってんのか、全然わかんねぇよ……)
「なんかいい方法ねぇかなぁ……ってあー! くっそ! こういう時は寝るに限る!」
何度目かわからない大声を出し、俺は目を閉じた――
「おーい、レオー。起きろー」
目が覚めたのは、ドアがガンガン鳴る音と千切の気だるそうな声。
あれ? 俺、めざましかけ忘れたんだっけ? 家ではばぁやに起こしてもらっていたけれど、凪が俺を起こせるとは思えないし、誰かに起こしてもらえないと起きない……なんてちょっとハズい。そう思って、ここでは完全に対策をしていたはずだった。
「ニャー……にゃにゃにゃ……」
ん? あれ? 猫の鳴き声?
「入るぞー」
「にゃにゃん、ニャ……にゃ!?」
「…………なぁ、お前、まさかレオ?」
*
「というわけで、レオを起こしに行ったら、猫になってましたー」
「ニャー……」
「報告ご苦労だったな、千切豹馬」
見つけてくれたのが千切でよかった。完全にパニックになって部屋を走り回る俺を、得意の俊足で捕獲すると、「お前今猫になってんぞ」と冷静に今の姿を説明してくれた。
「ういー。まぁ、久しぶりに猫触れて癒されたんでいいんスけどね」
面倒な奴らに見られる前に連れて行くか、と抱きかかえられてる間、ちょっと嬉しそうだったのは猫好きだったからか。
「んじゃ、俺は練習行くんで。っておい、レオ、離せよ」
「ニャ~~~~~~!」
「俺も練習してぇんだけど……あ、そうだ。絵心さん、コイツもうちょっと俺が預かってていいっすか?」
面白いこと思いついた、と千切は俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「何それ、猫?」
「そ、猫」
「ニャ、ニャー……」
精一杯猫っぽく振る舞う俺の前にいるのは……凪だ。
『お前、昨日凪がどう思ってるか悩んでたじゃん。どうせまだ喋ってねぇんだろ? 久しぶりに凪の隣にでも座ったら、なんかわかるんじゃね?』
絵心の部屋から練習場までの廊下をスタスタと歩きながら、千切はそう俺に提案してきた。
『ニャ、にゃんにゃにゃ……』
『お前その姿でも悩んでるのかよ。大丈夫だって。どう見ても猫だから』
猫に慣れているのか、単に俺がわかりやすいのか、言葉を失っても千切とはなんとか会話が成立している。
「お嬢、どこで拾ったの?」
「ん。そこらへん」
しかし、相手は凪だ。千切と違って、まず猫に興味を示していない。ふーん、と適当に相槌をうっている。
「んでさ、俺ちょっと走りたいから、持っててくんねぇ?」
「えー……」
「大丈夫、コイツ大人しいから」
千切は凪が興味を持たないことまで想定済みだったようで、強引に俺を押し付ける。グリグリと有無を言わせない強さで凪の胸に押し当てられ、痛ってぇ……ハズなのに、何故かゴロゴロと俺の喉は鳴っている。なんだこれ!? どうなってんだよ、猫って!
「……わかった」
諦めたのか、凪の声がしたかと思うと、脇の下辺りをヒョイっと持ち上げられる。
「猫の持ち方ってこれでいいの?」
「そいつなら適当で大丈夫! んじゃ、よろしくな!」
「ぅにゃー!」
適当なのはどっちだ! 突っ込む声も鳴き声にしかならない俺を凪に渡すと、千切は風のように去っていった。
「相変わらず速……」
頭上で能天気な凪の独り言が聞こえる。
適当で強引ではあったけれど、こんな近くに凪がいるのはいつぶりだろう。千切には、まぁ、ちょっと……いや、すごく感謝はしている。
「なー、猫。お前、どっから来たの?」
「……ニャー、にゃ、ニャン……」
よいしょ、と練習場の端まで俺を運ぶと、凪はペタンとそのまま座り込んだ。
相変わらず何を考えているのか全くわからない顔が、じーっと俺を見つめている。
「ニャ……」
千切と違って、凪は猫をどうやって触ればいいのかわからないようだ。さっきと同じように両手で俺の脇の下を抱え、グイーッと自分の顔の高さに持ち上げてくる。
き、気まずい。というより、顔が近すぎて恥ずい。試しにニャーと鳴いてみても、無表情のまま見てくるだけだ。
「……お前、珍しい色してんね」
上から下まで観察され、ようやく凪が口を開いた。
「レオの髪みたい」
「!?」
まさか俺の名前が出てくるとは思わず、ピーンと耳と尻尾が立ち上がる。
「よく見たらお前の目、レオと同じ色じゃん」
そんな俺を気にすることなく、凪はずいっと顔を近づけてくる。そして。
「はー……」
大きなため息をつくと、今度は俺をぎゅっと抱きしめてきた。
「ニャ、ニャニャ!?」
お前、猫にそんなことしたら死ぬぞ! 容赦ない強さでぎゅうっと凪は俺を抱きしめる。
「……レオー……」
「…………ニャ?」
小さな声で、凪が俺の名前を呼んだ。
「……」
凪は黙って、俺のふわふわな頭に顔を埋める。
もしかして、お前俺に会いたがってる?
俺が寂しいって思ってるように、もしかして……。
肉球のついた丸い手を精一杯伸ばして、俺も凪に触れる。
「俺も寂しいよ」
「…………え……レオ……?」
「な、凪……?」
気がつけば、丸い手はいつもの俺の手で。
俺は猫ではなくなっていて……。
練習場で凪に抱きしめられているのは猫ではなく、いつもの俺の姿になっていた。
「あ、あ……あ……うわあぁぁぁぁぁ……!」
目を丸くした凪の腕を振り解き、俺は全力で練習場を走り去った――