花畑でつかまえて「花畑迷路だって」
「たのしそう、入ろうよ」
じゃんけんぽん、ルカのまけ、逃げてくださーい
から始まりたかったわけよ
「俺をつかまえてごらん!」
走りはじめると「僕足早くないんだからね!」と叫びが聞こえる。最初の方は込み上げる笑いを抑えきれなかったけど、徐々に小さくなっていく。
あっちを右に、こっちを左に行きたい方向に曲がって進んで走ってちょっと戻って、しばらくしてようやく止まる。自分がどこにいるかわからないし、足音も聞こえないからシュウの居場所もわからない。草木の壁は自身をすっぽり隠すほどの高さなので、小さなシュウはアリスの世界に入ってしまった錯覚に陥るかも。
とりあえず出口を求めて歩みを進めてみる。草木の壁は所々花が埋め込まれるように咲き誇っていた。
花に詳しくはないが、これはシュウといった花屋で見たことがあるとか、シュウに花束を送る時に入れてもらった花だった気がする、と花を見て思い出す記憶には全部シュウがいた。
思わず気付いてしまってにやける顔を抑えず、ふんふん鼻歌を口ずさみながらゆったり歩いていると後ろからぎゅう、と抱きしめられた。
前に回った腕が腹を潰しにくるくらいの力で、ぎゅうと。
「や、やっと、つかまえた」
「アハ、ははは!つかまっちゃった!」
「出ちゃったかと思って焦ったよ…いてよかった」
ゼェゼェと息を切らしているのが回された腕から伝わって、必死に探してくれたんだという事実に胸がキュウ、と締め付けられる。細い腕を離して、体を反転してシュウもつかまえた〜と抱きしめてやった。
ふふ、あはは。
映画みたいに密着して、抱っこしてくるくる回るとシュウはきゃらきゃら笑い声をあげた。このままだと二人で倒れ込みかねなくて、徐々に回転を落ち着けて地面に降ろしてやると、先程の笑いが嘘みたいな静寂が訪れた。
周りは草花で囲まれて日常と切り離された世界。俺の腕は彼女の背中にあって、彼女の腕は俺の背中にある。ふたりきりで大好きな人と抱きしめ合っている、と認識すると心臓はドクドクと足を早めていく。
腕の中の彼女をそっと覗くと、黒髪の間から少しだけ見える耳はほんのりと赤く染まっていて、意識すると顔に熱が集まり抱きしめる力もいくばくか強くなったのを自覚した。
そうしているとシュウがもぞりと動いて、こちらを上目がちに見つめてきた。
「る、ルカ、あのさ」
キスしてくれないの?って真っ赤な顔で少し不満げにこぼす。恥ずかしかったのか、少し震えているのが腕を伝ってわかった。
何を言っているんだこの子は。
なんて可愛いことを言ってくれるんだ、俺の彼女は。
「ねぇル、んぅ」
名前は続かなかった。段々と下がっていく小さな頭を逃がさないように、頬をやさしく包んでこれまた小さな唇に自分のものを合わせる。ちゅ、ちゅ、と啄むだけの、戯れのようなキス。
普段はしっかり者の彼女だけど、この子は俺の。花たちにだって見せてあげない。