背後は堅牢な窓、目の前には天敵たるユキヒョウ。
逃げ道はなくドクターは自慢のシマ模様の尻尾を膨らませた。低く唸りながら立ち上がってレッサーパンダ特有の威嚇を試みる。
しかし相手は丸みのある豹柄の耳を左右に動かしただけだった。頭のうえにある三角形の耳先までぴんと張って威嚇したが、効果は一度もない。
ここに来て推定、一週間ほど。木の実の収穫を手伝っていたら、吹雪になり気がついたらユキヒョウに拉致されていた。
犯人は「救助をした」というが、何故いまだにこの屋敷に閉じ込められているのか謎だ。
広大な屋敷と高そうな服装、出てくる食事から推定するに雪国の王であるユキヒョウは名の通りに偉いようだ。
「うっ、うう」
本能として立ち上がって姿を大きく見せようとするが、いかんせん相手が大きすぎる。
こんながっしりとした体格のユキヒョウ相手に効き目なんてないと分かってはいた。
でも怖くて、おどしでもしなきゃ泣くしか、選択肢が残ってない。
ふっ、と全身固いスーツに身を包んだユキヒョウに優雅に微笑まれる。
「…ううっ、うう」
無意味な威嚇を早々に諦めて、唸りながら後ずさる。と、窓枠を背にしてカーテンに尻尾が当たったところで、黒い手袋をした指先に顎を掴まれた。
「気は済んだのか」
ぐいと強制的に顔を上向きにされる。忌々しげに睨み上げたが整った顔に見下ろされて苛立ちが増した。
「済むわけないだろ!早く手を離せっ」
「そんなに拒絶されても困る。私に敵意はないと再三、伝えているのだが」
冷めた口調がより怖い。ドクターは顎を掴んでいる手から逃れようと、身をよじった。そして手首を掴んで引きはがそうとしたがビクともしない。
「離せ!ユキヒョウのお前なんか信用できるかっ」
「お前―」と固い声がそう口にし、手が離れた。
ガタガタと派手な音をたてて、窓に雪が当たる。吹雪の轟音以外は静かで、しばらく端正な顔は無言でドクターを見下ろしていた。
「まだ名も呼んでもらえないとは困った。私はお前と友人になりたいだけだ」
「友人?嘘をつくのも大概にしろよ、それなら私が嫌がることをしないはずだろ!」
性的な事とかと、続けられなかった。相手からしてみたら嫌がらせに入らない、取るに足らないことなのか。
いくら男の身であってもイヤらしい行為の強要は怖い。相手は自分の倍はある天敵なのだし。
「嘘ではない、事実だ。そう何度も言っている」
じりじり、距離を詰められる。
「来るなよ、話なんてしたくない。早く返してくれっ」
部屋の角に追い込まれて、逃げ場がなくなった。ふと、頬を手袋に包まれた指先が触れる。
ぎゅっと目を瞑って、顔を背けた。
それくらいしか抵抗の手段がない。
「呼んでくれないか、私の名を。エンシオディスでも、シルバーアッシュでも構わない。お前なら、どちらでも」
図々しい提案に唇を噛んで睨む。
と、こちらを覗き込むように、首を傾げたシルバーアッシュの銀髪が動く。
「シルバーアッシュ。私のことを閉じ込めておいても、君の得にはならないよ。ましてや君は私の天敵なのだから」
諭して済む相手ではないが、戦っても負ける未来しかない。
「天敵―」と口にしながらシルバーアッシュの豹柄をした耳が横に向いた。そして尻尾の先が左右に揺れている。
獲物を狙うとき、あの尻尾の動きをするとドクターは知っていた。
「確かに私はお前の天敵と呼ばれる種族ではあるのだが、今はもう獲物を狩って過ごしていない。盟友と呼ぶお前を殺したりするはずがない」
「そう言うなら、私を閉じ込めておく理由は何だ?油断したところを、ころ―」全て言い切る前に、シルバーアッシュの低い声がドクターの名を呼ぶ。
両手で頬を包まれて、整っている顔を近づけられる。
「お前を愛しているからだ。何よりも代えがたい、私はお前の全てを知りたいのだ」
しばし見つめ合った間々、シルバーアッシュの会話の意味を考えた。
(…愛している、これってつまりは告白?)
かみ砕いて告白だと分かったら、ドクターは三角形の耳先まで真っ赤になってしまった。自然と視線を落として声が詰まる。
「あ、あわわ…あっ、あいしてる、って?なっ、なんでっ」
「私も知りたい。だから、お前の近くにいたいとそう考えている」
「だ、だからって、急に連れてこなくても」
近くに居たい=拉致、こいつは非常に穏やかではないだろう。おまけに過剰なボディタッチは、食べるための肉付きを確かめていると勘違いしても仕方ないと思う。
「最初からそう話していたが、全く伝わっていないようで残念だ」
ドクターの頬から手を離し、シルバーアッシュは額を抑えた。あからさまに落胆しているユキヒョウを今度は説得するべく、上着の裾を引く。
「いいかい?私はレッサーパンダで、君はユキヒョウだよ?レッサーの意味は理解できるだろう、劣るという意味だ。わざわざ私を選ばなくても、可愛い猫化の子はたくさんいると思うよ?」
「容姿や種族など関係ない。そう自分を卑下(ひげ)するな、お前は非常に魅力に溢れている。何よりも私はお前の全てが知りたい」
ドクターは恐怖の絶叫を飲んだ。全然さっぱり惚れられる要素が分からない。
そもそも恋路に関して強いほうではないので、うまく断る案も出てこなくなり困り果ててしまう。
「どうしてかなぁ。生態系の頂点、ピラミッドのうえにいるのに…どうして私を」
「頂点にいるべき種だと理解しているが、お前を選んではいけないとはならないだろう」
柔らかく微笑むシルバーアッシュは雪国の王で容姿も性格もソレに違いない。偉そうなのは生まれつきなのも納得できる。
ただどうして雄でレッサーパンダのドクターを選んでいるのかが分からない。
落ち着かずにシルバーアッシュの上着を弄りながら、もそもそとドクターは口にした。
「私のこと…す、好きだから、その…えっちな事とかもしてくるの…」
「番(つがい)になるべき者に愛情を示すのは当然ではないか」
はっきりと言い切られて、ずるずるとへたり込んでしまった。
恐怖と羞恥がいっぺんに襲ってきてキャパオーバー。
「食べられるのかと思ってた」
脳みそが急展開にオーバーヒートしている。
ふと「盟友」と呼びかけられて、脇のしたに両手を差し込まれた。
そのまま大きな身体に抱きしめられる。真正面から眺めたユキヒョウは、名の通り銀色で綺麗だが犬歯が鋭くて恐ろしかった。
「どうしよう、私はオスなのに」
ひょいと胸にかかえられ、お姫様抱っこされる。そのままさりげなくベットに連れていかれて当然のように押し倒された。
「盟友」
シルバーアッシュの銀髪が首筋に落ちる。心臓が早く鳴り出して容量の越えた脳みそは仕事をしてくれない。
「ダメだ、私はオスだ―」と言いかけた声を、強引に唇で塞がれる。
舌先で唇を舐められて、ここ数日で学んだ行為を思い出す。こうされたらシルバーアッシュの舌を迎え入れなくてはいけない。
行為の最中、丁寧に教え込もうとするシルバーアッシュの声が、聞こえる気さえした。
その通りにしたら、舌先を絡められて吸われる。ご褒美、とばかりに。
「ぅんッ」
情けない声が喉から出ると、焦ってしまい目の前にあるシルバーアッシュの上着を両手で握った。空気さえも奪われるように求められて、くらくらと視界が歪んでくる。
「うぁっ、んぇ」
口角から飲み込みきれなかった唾液が滴っている。呼吸が出来なくなり、太い尻尾をシルバーアッシュとの間に差し込んで、身を離そうと藻掻くが一向に引かない。
嗚咽を覚える程の濃いめの口づけに恐怖が滲んでくる。
(…食べられちゃう)
このままシルバーアッシュの気が向いて、ガブリと噛み付かれてしまったら…ひとたまりも無い。
ようやく唇を解放されたら「ひゃぁっ」と情けない声がドクターから出てきてしまった。
荒く息を上下すると、頬にシルバーアッシュの髪飾りが触れる。
垂れた唾液を舌先で舐られて派手に身体が跳ねた。
「偉いぞ、私が教えたことを覚えていたのだな」
自分よりも若い人間に褒められたが嬉しくもなんともない。だが強烈でまっすぐな告白に、抵抗する力が弱まってしまったのも事実。
「離して。友達は、こんな事しないっ」
上着を握っていた手をシルバーアッシュの胸について押し返そうとする。散々学んでいるがやはり動かない。
「いきなり番になるよりも、友人になってからと考えたのだが」
「ちょっと待って、私はオスなんだって。番になれないってば」
にじり寄ってきた美貌の圧に、ついドクターは目を瞑ってしまった。と、べろりと口元を舐められる。
「性別など気にすることはない。私はお前だけだ、他にはない」
熱烈な告白は結構だが、ドクター側に拒否権はないのだろうか。苦々しくシルバーアッシュのしたで動く。
「あのねぇ、私の意見は気にしないっていうの」
「この私が好いていると言うのだから、なにも問題ないではないか。それに不満な点があるなら改善しよう」
絶句。本当にこのユキヒョウは王様というべきなのかもしれない。生態系ピラミッドの頂点におり、顔も良いとこんな俺様になってしまうのか。
シルバーアッシュのコマンドには『振られる』という選択肢が最初から存在してない。
「シルバーアッシュ、そんな強気なことを言うと嫌われるよ。気をつけたほうが良い」
「お前以外に何を言われようが、構わないし興味も無い。だが盟友、お前の嫌がることはしたくない。子細(しさい)教えてもらいたいのだが」
縞模様の尻尾でシルバーアッシュの腕をぱしぱしと叩く。
「なら、退いてくれ」
「断る。それに今やめたら辛いのはそちらだろう」
腹立たしい指摘に「はぁ?」と声を荒げる。と、スラックスに包まれた下半身を手袋に包まれた指先がなぞった。
「んっ」
つい声が漏れるとユキヒョウは自信満々な笑顔を浮かべていた。
「このまま続けたほうが、懸命な選択になると提案したい」
「本ッ当に嫌いだ、こいつ。誰のせいでこんなことになってるんだ」
シーツを這ってシルバーアッシュから距離を取ろうとする。ところがグイと伸びてきた手が、乱暴に顎を固定した。
「その言い方は、私も看過できない」
シルバーアッシュの手首を掴んでドクターは声を落とした。
「自分で言ったんだろ、嫌がることはしないって。いま私は嫌だと言っているんだ、シルバーアッシュ」
「そうか。最中に私にしがみついて、もっとと強請るのは誰だろうか」
「あのねぇ、それは君があっちこっち触るからだろ!」
そもそも行為に持ち込んでる時点で、大きく負けているのに最中なんて勘定に入らない。
ドクターの唇を親指でなぞりながら、銀髪のうえにある豹柄の耳が左右に動く。
「心配するな。少し時間をもらえば、今日も前後不覚にしてやろう。どろどろになるまで良くしてやる」
不遜なる言い草にドクターは懸命に唸る。
「大嫌い、こいつ」
続きます〜えちえちにしたい〜