トップに立つ者へ一番必要なのは、圧倒的に高い顔面偏差値なのではないかと、ドクターは思い始めている。
人間、顔ではないと世間では言われるがやはり顔が良いと、なんでも滞りなく事が進む。
ワールドカップ出陣式の後に行われた記者会見。
目映いライトを浴びているスーツ姿のシルバーアッシュを舞台袖から眺めながら、思いは確信に変わりつつあった。
批判が出やすいサッカー代表監督というポジジョンでも、圧倒的顔面力の前では不満の声が和らいでいる。
勝利という結果をそれなりに残し、なおかつ監督の見目が良いと攻撃的な意見もなく、会見は滞りなく進んでいた。
ジャージのポケットに突っ込んでいた手で、サージカルマスクをしっかりつけ直す。
「君とアーミヤの言うとおりだったようだ」
と、背後から医療指揮を担当しているケルシーが、声をかけてきた。
「そう思ってくれたなら良かったよ」
「シルバーアッシュに監督を任せると聞いたときは、非常に不安を感じたが、やはり場慣れしているところを見ると結果として良かったと言わざるを得ない。流石だな、ドクター」
最後の一言が、すごく嫌みに聞こえる。けれども記者会見の舞台袖で押し問答する訳にもいかず、ドクターはケルシーの毒を受け流した。
「やっぱり見た目が良いと、会見も平和だねぇ~」
「見た目は関係あるのか―」と言いかけたケルシーの声に被せるように、ドクターは言い切った。
「そりゃあ、見た目が良い方が余計な意見も飛んでこないよ。少なくとも、君と私が監督をするよりも正解だったんじゃないかな」
ちょっとだけ強く出てみる。ケルシーはソレを感じたのか、抑揚のない冷めた声をピタリと止めた。
そしてドクターと取材対応をするシルバーアッシュとを見比べてから鼻で笑う。
「ドクター。君が、ああいう類いがタイプだとは知らなかった。否定をして悪かった」
「違いますよ、ケルシー先生。見て頂ければ、お分かり頂けるかと思いますけど順調に取材が進んでいます。私はね、メディア対応に強い人間を―」と話す途中で今度はケルシーが声を被せて止めた。
「ドクター、終わるようだ」
場内から割れんばかりに拍手をされて、記者会見が終わろうとしていた。メディアへの写真撮影にシルバーアッシュが応じている。
「…もう、本当にタイプじゃないからね」
「そういう事にしておこう。私はアーミヤとユース(育成)選手を確認してくる」
ケルシーは白衣を翻して歩き出した。
「一戦目のポジジョンチェックを頼んだぞ、コーチ兼ドクター」
「はいはい」
ジャージのポケットに両手を突っ込んで、記者会見場を眺めていた。
ふと写真撮影の最中に、シルバーアッシュが此方を振り向く。目が合うと柔らかく微笑み、ふんわりと豹柄の太い尾を揺らしてきた。
やはり見た目が良いのは強い、でも決してタイプだから代表監督を頼んだ訳じゃない。
***
「あんまりだと思わない?幾ら私でもね、そこはラインを弁えているつもりだよ。君の顔がタイプだから代表監督を頼んだなら、公私混同も甚だしいって」
記者会見場の舞台袖でしていたケルシーの嫌みをシルバーアッシュに愚痴っている。
本番前のミーティングを明日に控え、選手の状態を報告しながらドクターは文句をぶうぶうと垂れていた。
「まぁ私が公(おおやけ)の場面に出たくないっていうのも悪いんだけどさ。ケルシーだって記者会見で質問されたら、答える義務はないって答えるっていうんだから」
ポットからドバドバと音をさせて、医療スタッフのパフューマー特製ハーブティーを入れる。「アーミヤに任せようにも、まだ若いし…それにあの子は顔に出るところがあるし。いきなりフル代表をするのは大変だから、アンダーからにしようって、それで君にお願いしようと会議で決まったのにさぁ」
ハーブティーが入ったマグカップをシルバーアッシュに差しだそうとして、ドクターは続く文句を飲み込んだ。
無表情のシルバーアッシュが、ソファで此方を見たまま固まっていたからだ。
「…ごめん、一気にいろいろ話をし過ぎちゃった」
テーブルにそっと二つのマグを置き、硬直しているシルバーアッシュの隣に静かに座る。
ふと、肩をぐいっと抱き寄せられて、今度はドクターが固まってしまう。
「お前が私の見目を好んで、この役目を任せたのならそれでも良い。つまりはお前に好かれる要素が、私にはあるという意味だからな」
長い睫毛を伏せて、ゆっくりと語るシルバーアッシュはポジティブだった。
顔で選ばれた監督なんて、普通言われたら怒り出すのに、美形を極めると良い方にとるのかもしれない。
「あのねぇ、君と私の名誉にかけて言うけど顔で選んでないよ。メディア対応もできて、勝敗に左右されない落ち着いている人にお願いしようと思ったんだからね」
ワールドカップはピッチで行われる、戦術作戦の披露大会のようなものだ。サッカーは盤上の駒を動かすチェスに似ている。
交代カードを上手く使ってポジションを変化させる方法を理解できていれば、経験がなくても監督に慣れるとドクターは思っていた。
それだから監督経験はないが、チェスの得意なシルバーアッシュに依頼をしたのだ。
「チェスが好きな君なら、私の陣形を理解してくれると思ってお願いしたんだからね。それなのにケルシーってばさぁ、結構失礼だよね」
まくし立てるように話してから、しまったと思いドクターは横に座るシルバーアッシュを見上げた。
またもや表情のない顔が此方を見下ろしているが、銀髪の上にある丸い耳が左右に動いている。
「あの、シルバーアッシュさん?聞いてらっしゃいましたか」
肩を掴んでいた手にプラスして、太くて長い尾が腰に巻き付いてきた。
「聞いている。お前は私を頼りにしてくれたのだな、非常に嬉しい」
まったくそう見えないが、初戦を前にしてテンションが上がってくれたなら好都合だ。
「私の外見だけではなく、全てを加味(かみ)して代表監督を任せてくれたという事を知れてなによりだ。お前の期待に応えよう」
「それは嬉しいよ、世論も君を応援しているし。プレッシャーかもしれないけど、私も君を全力で支えるから」
肩を掴んでいた手がスッと離れて、さも当然のように指先で顎を上向かせられる。そして空いた手がドクターの頬を優しく撫でる。
「世間の声や評価は、私にとってどうでも良いものだ。お前が私を頼ってきたのだから、それに答えるだけのことだ」
「そう言わないでよ、君が歴代監督のなかでグッズの売り上げが一番だって―」と話していたら、柔らかくキスをされて話を止められた。
「そんな事はどうでも良い、私はお前にしか興味がないからな」
さも当然のようにキスされるし、それ以上もしているが、どうしてこうシルバーアッシュが力を貸してくれるのか分からない。
「えぇ、っと…そう、はっきり言われちゃうと、恥ずかしいんですけど」
シルバーアッシュの指先が耳を這う。
その先まで赤くなっているのが自分でも分かる。
「お前の問題を解決できるのは、この私しかいない。これからも私を頼りにしろ、盟友」
顔は良いけども、医療スタッフ兼任コーチにしか興味がない監督って大丈夫なのか。
今更ドクターは心配になってきた。
おまけ
「監督インタビューをお届けしました!続いては逆転ゴールを決め、決勝トーナメントへ出場を確定させたエンカク選手へお伺い致します」
スタジアムの歓声は未だに止まない。サポーターから感謝の応援を聞いていたら、ドクターは泣きたくなってきた。
監督経験のないシルバーアッシュに依頼をしてから、批判がたくさんあった。それはチーム内部でも強く結果が残せなかったら、どうする気だと何度もなじられてきた。
『ありがとう』
ベンチからもスタジアム内と中継を見ているサポーターから聞こえる感謝のひとこと。
『ありがとう』
テレビ取材クルーから解放されたシルバーアッシュが、ベンチ脇で控えていたドクターのもとに戻ってくる。
その姿を見ていたら堪えていたものが、溢れてきてしまった。
「盟友、どうした」
優しく手袋に包まれた指先が、涙をすくう。
声を震わせながら、ドクターはシルバーアッシュを呼んだ。
「君と、ここまで来られて…嬉しくて。大変なこともいっぱいあったけど、一緒に決勝トーナメントに進めて安心したんだ」
「そうか」
頬を触る手は丹念に涙を拭ってくれた。止むことのない歓声に包まれながら、シルバーアッシュを見上げて泣き笑いをする。
「シルバーアッシュ、ありがとう。まだ迷惑をかけるけど、よろしくね」
ドクターの名前を冷静なシルバーアッシュの声が呼んでいた。
そして優しく抱き寄せられ、大人しくシルバーアッシュの胸元に収まる。
「私のほうこそ、感謝をしている。お前が私を選ばなければ、この景色を見ることはなかった」
「シルバーアッシュ…」
「ありがとう。これからも、よろしく頼む」
後頭部を柔らかく支えられながら、落ち着いた声が囁いてくる。
スタジアムの歓声があるのに、ドクターにはしっかりと聞こえていた。
「うぅ~そんな事いわないでよぅ…泣いちゃう」
「これ以上、泣かれては困るな」
シルバーアッシュのシャツを涙で濡らすほどに、涙はしばらく止まってくれない。
次の日のスポーツ紙一面、シルバーアッシュに抱きしめられている後ろ姿が、デカデカと掲載されておりドクターは勢いよく炭酸水を吹いてしまった。
おしまい
銀灰さんは監督顔だなぁと思い、やらかしました。
エースストライカーのエンカク選手と共に、ピッチ脇に立つ銀灰監督は定期的にカメラに抜かれるというのがあれば良いですね。