爆発で朽ち果て、崩れた街のなかで盟友はひとり座り込んでいた。黒く焦げた瓦礫(がれき)の中心部を静かに見つめている。
この生存者のない寂しい街の内部に居たら、なかなか発見できない訳だ。私もテンジンのちからが無ければ、直ぐに見つけられなかったかもしれない。
「盟友」そう声をかけると、俯いていた黒いフードが上向いた。
役目を終えて私のもとに戻ってきたテンジンだが、静かに羽ばたき盟友の華奢な肩に乗る。
「テンジン。私を見つけたの?」
友好的な合図のつもりなのか、テンジンはくちばしで盟友のコートの後ろの紐をついばんでいた。
「探したぞ、こんな所で何をしていたんだ」
「うん、ちょっとね」
盟友はテンジンを後ろ手で触りながら、力なく微笑む。目元が腫れて赤くなっているのを私は見逃さなかったが、ここで口にしてはいけない気がした。
「テンジン。シルバーアッシュと少し話をしても良いかな?」
私が左手を差し出すと、テンジンは迷いなく指先へと移ってきた。そして飛び立つよう、彼方(かなた)へ飛ばしてやると勢いよく空へ舞い上がってゆく。
「相変わらず、テンジンは良い子だなぁ」
あっという間に姿が見えなくなったテンジンを腫れぼったい瞼で見上げつつ、盟友は緩やかに息を吐く。
「話とは?」と促すと、重たい目元が私を見上げた。
「腕の怪我はどう?痛くない?」
「これは怪我のうちに入らない。掠っただけだ、直ぐに治る。見ていただろう」
「そうだね。でも、痛いでしょ?大切な君に傷をつけてしまって…」
声のトーンを落とし、盟友は唇を噛んだ。
赤くなった目元へ見る間に涙が溜まる。
長い睫毛に涙の粒が引っかかり落ちてゆく。それをすくい取るように私は盟友の頬に指先を滑らせた。
「そんな顔をするな、私と居る時は楽しそうな顔をしろ。怪我など気にしなくて良い」
「うん、ごめん。シルバーアッシュ、でも私は君のことが大切だから…」と口にして、盟友は俯いてしまった。
頬に触れる私の手を、盟友はおずおずと握る。
「私が君を大切なように、此処に住んでいる助けてあげられなかった人も、大切な人が居たんだなろうなって思ったんだ」
「それで見に来たのか、ひとりで」
「うん」と涙声で盟友は頷いた。
仁愛では誰も救えない。
慈しみの深い盟友の心だけでは助からない命もある。
無論、盟友は誰よりも、それを理解しているのだろう。
だがあえて、自分に事実を刻み込もうとしている。勝者の罰だと言えば簡単だが、それだけでは足りない重荷を盟友は背負おうとしているのだ。
「絶対に泣くから、君には見つかりたくなかったのに。せっかく、こっそり来てメモしたのになぁ」
おどけた調子で言いながら、頬をひきつらせて微笑む姿が痛々しかった。
楽しそうにしろとは言ったが、無理をしてまで維持をしてほしい訳ではない。辛そうな表情は堪えてしまう。
「盟友、お前は作戦のたび記録をしているのか」
「たいしたものじゃないよ。ロドスで作戦内容撮影してるから、私が気になったことだけをメモしてるの」
と、ためらいがちに盟友が、重ねていた手を差し出した。
「ワガママ、言っても良い?」
どうやら抱きしめて欲しいらしい。
意図を汲んだ私は優しく盟友の手を取る。
「いいぞ」と口にしながら、引き寄せた腕はいつになく華奢に感じた。
「…エンシオディス」
すっぽりと私の胸に納まったあと名を口にし、盟友はすすり泣きを溢す。
フードのうえから後頭部を撫でると、額を胸に押しつけてきた。
「忘れた方が良いって分かってる。でも君が怪我した事も、助けてあげられなかった人の事も忘れちゃいけないからメモしてるんだ」
記憶喪失の身なのに、落ち着いて指揮をとる盟友を他人からみれば、冷酷な者という印象を与えるだろう。
だが本当は、かなりの負担を我が身に科している。また記憶を失っても良いようにと記録を残しておくのが正しい行為と言えない。
打ちひしがれる盟友の姿を見て、私は得も言われぬ思いを覚えていた。
これを続けていけば状態が良くなり、作戦が円滑に進む気配もないというのに。
「また忘れてしまっても、思い出さないと―」そう言いながら、私のシャツを握る盟友の手は震えていた。
「無理をしない方が良い。お前は替えがないのだから」
この気持ちを表現をする言葉が見つからず、私は盟友を抱き寄せることしか出来なかった。
「へへ、それなら君もだよ」
努めて軽い口調に戻した盟友は、また腫れた目元で私を仰ぎ見た。長い睫毛に涙が引っかかり、鈍く光っている。
「今日、君に甘えたこともちゃんとメモしておくよ。これまでみたいに」
「…私のことも、記録していたのか」
「うん」と返事をして、私の胸元から顔をあげた盟友は急に言葉にならぬ声を出した。
そして私の顔と胸元を交互にみて、大声をあげる。
「どうしよう!君のシャツ、私の涙でぐちゃぐちゃだ!」
透けるまではいかないが、確かに胸元が濡れている。と、私の前で慌てて盟友はコートのポケットを漁りだした。
「ええと、持ってきたはず…あった!ハンカチ、これで拭いてっ!」
私に向かって水色のハンカチを盟友は突き出す。
「心配しなくて良い。時期に乾くだろう」
「そうはいかないよ、まさかこんな汚してしまうなんて…」
ぽんぽんと私のシャツを抑える盟友の手を優しく撫でる。
「盟友。ひとつ確認したいことがある」
「ん、何?」
「私の胸元を隠す手伝いをしてほしい」
水色のハンカチを握って、ぽかんとした表情が私を見上げていた。気の抜けた盟友の顔を見ることができるのは、早々いないだろう。
優越を感じてしまうのは仕方ないことではないか。
少しくらい、盟友の記憶に残る行為をしても許されるはずだ。
私なら。
「横を向け」と短く言うと、盟友は直ぐに理解したのか泣きはらした目元を細めた。
「え、なんか照れるなぁ~。それに私、けっこう重いよ?腕が痛むんじゃないかな」
「常にお前を乗せているだろう」
「うわ~えっち~」と子供っぽい話し方をしながら、愛らしい真っ直ぐな笑顔が盟友から弾けた。構わず盟友を抱き上げると、クスクスと笑い出す。
「その調子だ、私の前では笑っていてくれ」
フードをずらした盟友は、おどけたような声で返事をする。
「うん、コレはメモにもしっかり書いておかないと!君に抱っこされました~って」
ハンカチを握ったまま、私の首に腕を回す盟友は愉快そうに微笑んでいた。
応える前に盟友は「私は君のものだよ」と、頬を寄せて柔らかい声音で呟く。
「エンシオディス」
***
「エンシオディス・シルバーアッシュ」
向かい側に座るケルシー女史は私と書類を交互に眺めると、怜悧な瞳を細めた。
「君を採用するにあたりオペレーター志望の動機を、もう一度確認させてもらいたい」
「人事担当者にも説明したが必要なのだろうか」
私の回答が不服だったようで、書類越しに女史の睨む目が厳しくなった。
「…再度、伺いたい。ドクターの力になりたいというのが志望動機で良いのだろうか」
「変更はない。私はただ友人の力になりたいだけだ」
「そのドクターは、君がオペレーターに志願していると知っているのだろうか」
「いいや―」と私が口にすると、ケルシー女史は分かりやすく不快な表情をした。
そして書類を丁寧にそろえてから、白衣の襟を直している。
「現在のロドスは武力対応よりも医療従事の仕事を主としている。君の素晴らしい腕を発揮する機会が少ないかもしれない」
遠回しに私の記憶にある状況下とは違うと訴えてきた。
勿論それも理解している。私がロドスのオペレーターとして作戦に参加していた世情と異なっていることを。
前世などという簡単な用語で片付けたくはないが、私が持ち合わせている記憶は現在の状態と異なった部分がある。
ケルシー女史は、その差違を理解して、私を試そうとしているのだろう。これで彼女は以前のロドスを覚えていると分かった。
だが様子をみるに、記憶があるのを案にほのめかすのは、オペレーターに採用されるまでは控えた方が良さそうだ。
「何の事か、些か理解ができないのだが」
頭上にある耳を僅かに揺らし、ケルシー女史は私を真っ直ぐに眺めた。
「…失礼をした。君はただドクターの為に、志願をしてくれたのだったな」
そう言い終えてから白衣を翻して席を立つ。
「幾つか、はっきりとさせたい契約箇所がある。人事部を交えて話をしても良いだろうか」
「勿論だ。盟友のためならば」
はたして今度のロドスは盟友の為になるのだろうか?
いいや、もうそんな事はどうでも良いのかもしれない。また盟友から「私だけだ」という気持ちを聞けば充分だ。
他の事情は一切、関係ない。私は盟友の力になれれば充分だ。
つづく…