エンシオディスは時折、夜半にうなされている。大声を出すというよりは悲しげに、か細い呻き声を出す。
優しい情事のあとは身体が熱っぽくて、直ぐ眠れない夜がドクターにはあった。エンシオディスは不眠気味の妻に付き合ってくれるのだが、毎度毎度だと申し訳ないなと感じる。
ある夜またもや眠れず、くだらない話をつらつらとこぼしていた時だった。珍しく寝落ちした夫を眺めていたら、苦しげにうなされていたのだ。
睡眠を取る瞬間は、どんな生き物でも素の状態になるという。故に苦しい思い出や、悲しみなどが出て来やすいと聞く。
最強な俺様系夫であるエンシオディス。態度と図体は充分な程デカいけど、子供の時分に押し込めた負の感情が眠る刹那に溢れるのだろうか。
我慢をし続けた反動が、現在にあるとしたら…そう考えると、気の毒さと愛おしさが混じった。自分の前では無防備になっているのは嬉しいし、どうにか助けてあげたいと思う。
根本には最強夫であるエンシオディスに惚れているからというオチが控えているのだけど。
このストレートな愛情を伝えれば、大概ドヤ顔で「そうか」と言われる。あのつよつよフィジカルのなかに、今も幼い銀髪の少年がいるのだろうか。
膝を抱えてうずくまり、両親を失って泣くことも出来ないエンシオディス。
幼い妹達を懸命に支えようとする孤独なフェリーンの少年がいるのかもしれない。今宵も少年はただひとり、冷めぬ悪夢に呻いている。
「エンシオディス、私がいるよ」
色素の薄い銀色の髪を撫で優しく頬を寄せる。
「大丈夫、もう一人で頑張らなくて良いんだ」
苦々しい、うなり声をあげる程の夢は、もう終わらせよう。
イェラグの事も家の事も、なんならこの大陸にはびこる、あらゆるしがらみを忘れてしまおう。そうして朝寝をするのも悪くないじゃないか。
知らない場所を散策して、知識を蓄えてみるのも悪くない。そうして、ひとつひとつ問題を解決しよう。
山のように積み上がった、国の内情や迫る余所からの脅威も決着をつけるため努力する。
(…君は一人じゃない、エンシオディス)
夢に支配されている夫の端正な横顔にかかる細やかな銀髪を指先で払った。
「愛してるよ―」と、常はなかなか言えない本音を囁いて、優しく頬に口づけを送る。
普段は俺様極まりない整った顔は、寝ていると幾らか幼さが残っていた。
◆
私の嫁は睡眠を取るのが上手くないらしい。本人もその自覚があり、不眠症ではないかと気にしている。
夜を共にしたときも、体力を使い切れば気絶したように眠れるのだが、半端なままだと逆に目が冴えてしまうようだ。かといって耐久力のない者だと理解しているドクターに対し、毎晩無茶をするのも夫としては、やや気が引けてしまう。
本人の希望もあり、眠れるまで会話を持つ事にしたが、どうやら先に私が眠りに落ちてしまうようだ。
うつらうつら…夢と現実を行き交う私の耳に、柔らかな愛おしさの溢れる声が届く。
このときに聞こえるドクターの本音を、密かに私は楽しみにしていた。
「エンシオディス、私がいるよ」
「大丈夫、もう一人で頑張らなくて良いんだ」
「愛してるよ」
甘い。滴る蜜よりも、どんな砂糖菓子よりも。
「ずっと一緒に居るから心配しないで」
優しい指先が、私の頬を撫で髪を払っている。
起きてはいけない。
目を開けてしまえば、この密かな楽しみが終わるに違いないと分かっていた。
その頭脳にあわぬ、内気な部分を持つ私の可愛い伴侶。面と向かって言えばいいものを、寝ていると分かって愛を囁いてくるとは可憐でたまらない。
「エンシオディス、君は良い子だね」
そう言いつつ寄せてきた身を、抱きしめてしまいたくなった。けれどもいけない。
目を覚ましてしまえば、たちまち真っ赤になって困ってしまうのだろう。
私の密かな楽しみを続けるために、たどたどしく触れる伴侶の指先に耐える。
「ふふ、尻尾がふわふわだ」
おしまい